Quest24:色欲を討伐せよ その3
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箱馬車は街道を北に進む。
マコトは座席に浅く腰を掛け、景色を眺めていた。
窓から見えるのは森だ。
時折、途切れることもあるが、ロックウェルを出てから森が続いている。
「……ふぁ」
マコトは大きな欠伸を一つ。
クリスティンが手配してくれた箱馬車の乗り心地はかなり良かった。
箱馬車の中は広くゆったりしていて、内装もシックな感じで落ち着く。
足回りのお陰か、それとも座席のお陰か、震動を殆ど感じない。
単調な景色が続いているからか。
それとも、わずかな震動のせいか。
眠気が込み上げてくる。
「寝不足か?」
「そういう訳じゃねーよ」
マコトは目を擦りながら対面の席に座るリブに応じる。
「ヤバそうな仕事だからシェリーとやりまくってきたのかと思ったぜ」
「んな訳ねーだろ」
マコトはうんざりした風を装いながら答える。
実際はやりまくった。
戻ってこないと思われたのか、シェリーは情熱的だった。
実に、情熱的かつ積極的だった。
それでいて羞恥を失っていない所が素晴らしい。
ついつい責めてしまったが、誘導されていたような気がしなくもない。
魔性の女なのだ。
「そういうことにしておいてやるよ」
「ありがとよ」
「つか、マコトっておかしくねーか? あたいが後腐れなくやらせてやるって言ってるのに手を出してこないとか」
「……前言撤回」
今度こそ、うんざりした気分で言う。
「あたいは大柄だけどよ。シェリーに負けてねーと思うぜ」
リブは豊かな胸を鷲掴みにし、上げたり下げたりを繰り返した。
胸囲という意味では勝っているし、シェリーにない魅力がある。
後腐れなくやらせてくれるんなら、と誘惑に屈しそうになる。
だが――。
いかんいかん、とマコトは頭を振った。
後腐れなくなんて言っているが、あとあと面倒臭いことになるに決まっているのだ。
「俺は湿気った薪なんだから盛り上げてくれよ」
「頑張ってるっての」
リブはムッとしたような表情を浮かべた。
「もしかして、ヘッドロックはアピールのつもりか?」
「そうだよ」
「ああいう体育会系のノリはちょっとな」
「……ハードルが高ぇな」
途方に暮れているのか、リブは天井を見上げた。
「俺の何処がいいんだ?」
「言っただろ?」
リブはムッとしたように唇を尖らせた。
そうだっただろうか? とマコトは内心首を傾げた。
実感としては気付いたら好意を持たれていたという感じなのだが。
「もう一度、聞いておこうと思ってさ」
「……最初は強かったからだな」
リブは思案するように腕を組む。
いや、大きさを強調するように胸を持ち上げたのだ。
「何と言うか、ちょっと限界を感じててよ」
「まだまだ伸び代があるだろ?」
出会った時はレベル14、今はレベル40だ。
あの時は限界を感じていたとしてもいずれ乗り越えていたはずだ。
「そういう限界じゃないんだよな~」
「どういう限界なんだ?」
「あのまま仕事を続けても先に行けねぇって感じてたんだよ」
「そう言えばそんなことを言ってたな」
「忘れるなよ」
リブは拗ねたように唇を尖らせ、座席の上で胡座を組んだ。
「マコトをプロデュースして、上に行こうと思ってたんだけどよ」
「断ったけどな」
「まあ、そこは気にしてねーよ」
本当に気にしていないのか、サバサバした口調だ。
「今までのキャリアを捨てた甲斐はあったか?」
「あるに決まってるだろ」
リブは歯を剥き出して笑った。
無防備な笑みを見せられてドキッとする。
「今は色々なことができそうな感じがするぜ」
「それで、俺の何処がいいんだ?」
「何処って?」
マコトが改めて尋ねると、リブは首を傾げた。
「まあ、命を助けてもらったり、デカいことを考えてたり、お前の血を取り込みてぇって気持ちはあるし、つれない態度だからムキになってる部分はあると思うんだけど……」
「思うんだけど?」
「好きってことでいいんじゃね?」
「……なるほど」
言われてみれば人を好きになるなんて、そんなものかも知れない。
「できるだけ気持ちを盛り上げるようにするけど、その時は頼むぜ」
「善処する」
マコトはリブの隣――フェーネに視線を移した。
フェーネは横向きに座り、スリングショットの弾をチェックしている。
表情は真剣そのものだ。
「弾を買い足したのか?」
「……何スか?」
フェーネは集中していたせいで聞こえていなかったようだ。
「弾を買い足したのか?」
「そうッス」
フェーネは頷き、鏃を手に取った。
弾は弾丸タイプと鏃タイプの二種類。
敵がアンデッドでないことを考慮してか、鏃が多い。
「今回は弾を拾っている時間がないかも知れないッスからね。ああ、マジックアイテムも買い足したんスよ」
フェーネは足下に置いたリュックを叩いた。
「期待してるぞ」
「任せて欲しいッス」
フェーネはドンと胸を叩き、弾のチェックを再開した。
マコトはさらに視線を隣に移す。
そこにはローラが木箱を抱え、行儀良く座っていた。
「その箱は何だ?」
「クリス様からの餞別です」
「意外だな」
「クリス様はお優しい方なのです」
ローラは小さく微笑んだ。
「今はその優しさが怖ぇ」
「どうしてですか?」
マコトが呟くと、ローラは不思議そうに首を傾げた。
「1000万Aも要求したからな」
「怖いと仰るのなら何故?」
「あそこから値段交渉があると思ったんだよ。まさか、本当に支払うとは……」
「あの、では……」
「残念だが、契約は契約だ」
「ですよね」
ローラはしょんぼりと頷いた。
罪悪感はもちろんあるが、それはそれ、これはこれだ。
「で、その箱の中身は?」
「いえ、特に中身についての説明は。ただ、私達に必要な物が入っていると仰っていました」
「私達に必要な物?」
ローラの言葉に反応したのはリブだ。
「開けてみようぜ」
「開けていいのでしょうか?」
「ピンチの時に開けて、大したもんが入ってなかったら困るだろ?」
「……それもそうですね」
ローラは少し間を置いて頷き、箱を開けた。
「紐でしょうか? あ、奥に手紙と本が入ってますね」
ローラは紐を取り出し、あやとりでもするように指で広げる。
紐は革と金属で作られていた。
「何でしょう?」
「……」
ボンデージだろ、という言葉を呑み込む。
「貞操帯だろ、貞操帯」
「貞そ――ッ!」
ローラは熱い物に触れたかのようにボンデージ――貞操帯から手を放した。
恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。
「な、な、何故、このような物を?」
「そりゃ、人面兎が女を孕ませるからだろ」
リブは手を伸ばし、貞操帯を拾い上げた。
「新品だな」
「な、な、な何故?」
「汚れてねーし」
ローラは顔を真っ赤にしているが、リブは落ち着いたものである。
へへへ、とリブは笑い、身を乗り出してきた。
「いいことを思い付いたぜ」
「俺は嫌な予感しかしねーけど」
「まあ、聞けよ。これならマコトも火が点くって」
「その言い方だと俺が不能みてーだな」
「似たようなもんだろ?」
「似てねーよ!」
マコトは思わず叫んだ。
「で、いいことって何だよ?」
「まず、あたいが貞操帯を着ける」
「それで?」
「で、鍵をマコトに預ける」
「だから?」
「分からねーのかよ! つまり、マコトはあたいの排泄を管理でき――」
「どんな特殊プレイだ!」
マコトは再び叫んだ。
「いや、スゲーアイディアだろ? 思い付いた瞬間、あたいは自分が天才なんじゃねーかって思ったぞ?」
「確かにスゲーアイディアだけどよ」
リブは鼻息が荒いが、マコトはあまり興奮できない。
「ほ、本当なら、じ、じ自分でできることを、か、管理されるなんて興奮するだろ?」
「お前が興奮してんじゃねーか!」
「そこも込み込みで興奮しろよ!」
「しねーよ! 体育会系なんだか、マゾなんだかはっきりしろよ!」
「小柄なマコトに押し倒されて為す術もなく犯されると考えると興奮が止まらねぇ!」
「余計に訳が分からなくなったじゃねーか!」
体育会系なのか、マゾなのか、ショタなのか、はっきりしろと言いたい。
「……確かに、興奮しますね」
「お前もか!」
「い、いえ! そのようなことは!」
ローラは慌てて否定した。
「チッ、もっと色々と考えないと駄目か」
何処まで本気だったのか、リブは冷静さを取り戻し、貞操帯を突き出した。
ローラが箱を差し出し、貞操帯は箱の中に収まった。
貞操帯が人数分あるのか少しだけ気になった。
「手紙と本は?」
「手紙は応援のメッセージでした。本は……」
「エロ本か?」
リブが言うと、ローラは引き攣った笑みを浮かべた。
「特殊な知識について書かれた本でした」
「後で貸してくれよ」
ローラはギョッとリブを見つめた。
「正気ですか?」
「その言い方はおかしくね?」
「……リブ様が本気ならば」
ローラはぶるぶると震えながら言った。
どんな本なのか興味があるが、女性にエロ本を貸してと言う訳にもいかない。
マコトは自分の隣に座るユウカを見つめた。
ユウカはロックウェルを出てから一度も口を開いていない。
黙って俯いている。
クラスメイトと再会することに思う所があるのだろう。
そんなことを考えていたら、ユウカが顔を上げ、こちらに視線を向けた。
「ねぇ、マコト」
「何だよ?」
「……あたしに優しくして」
ユウカはこれ以上ないくらい真剣な表情で言った。
「お願いだから、あたしに優しくして」
「……悪ぃ」
マコトは呻いた。
「俺はお前が無神経な女だとばかり思っていた。けど、優しくしてって言うほど追い詰められてたんだな」
「姐さんにも心があったんスね」
「まあ、こういう商売をしていると、必要以上に突っ張っちまうことってあるよな」
「私達はユウカさんの味方です! そうだ! この仕事が終わったら一緒に教会に行きませんか? 告解を行えば気分が楽になります! 自分の罪を認めて、人生をやり直しましょう!」
「アンタ達、すっごく失礼ね!」
何が不満なのか、ユウカは声を荒らげた。
「いや、俺達はかなり優しいと思うぞ?」
「なんで、真顔なのよ?」
「おいおい、俺達の優しさを疑うなよ。お前がここで息をしていることが俺達の優しさの証明みたいなもんだろ」
「は? はぁッ? 息をしていることが優しさの証明って何様のつもりよ」
「俺様」
マコトは両手の親指で自分を指差した。
「アンタが俺様なら、あたしは神様よ!」
「俺達を蔑ろにする神なんていらねぇッ!」
「そういう台詞はラストバトルで言いなさいよ!」
「お前がラスボスか!」
「知らないわよ!」
ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。
「んで、どうして優しくしろなんて言ったんだよ? 念のために言っておくが、俺達はかなり優しいぞ」
「何処が?」
「堂々巡りになるだろ、それ」
マコトは深々と溜息を吐いた。
「今度の依頼であたしのクラスメイトと会う可能性が高いでしょ?」
「まあ、そうだな」
「だからよ。あたしをダンジョンに置き去りにしたことを後悔させるために優しくして欲しいのよ。大事にして欲しいのよ」
「止めた方がよくねーか?」
「なんでよ? あたしが一流の冒険者チームで大事にされてるって分かれば見捨てたことを後悔するでしょ?」
「そういう嘘はすぐにバレるんだよ。つか、俺達が普通にチームを組んでるってだけで十分じゃね?」
「十分じゃないわ。単にチームを組んでるだけじゃ駄目なの。あたしが大事にされてるって示すことが重要なの」
「面倒臭ぇ」
黙り込んでいると思ったら、こんなしょうもないことを考えているとは。
もう少しまともなことを考えられないのだろうか。
「復讐に協力してくれるんじゃなかったの?」
「約束したか?」
「した」
マコトが問い返すと、ユウカは即答した。
正直、復讐に協力すると約束した覚えはないのだが――。
「だから、あたしに優しくして! 大事にして! 頼られてる感を演出して!」
「まあ、無理のない範囲で――」
「無理のない範囲って何よ!」
「面倒臭ぇんだよ!」
「面倒臭がらないでよ!」
マコトが叫ぶと、ユウカは叫び返してきた。
「面倒臭ぇもんは面倒臭ぇんだよ! 優しくしてとか、大事にしてとか、頼られてる感を演出してとか、お前は可哀想な子か!」
「だ、誰が可哀想な子よ!」
「お前しかいないだろ!」
「……くッ」
ユウカは口惜しそうに呻いた。
「つか、お前がチームにいられるってだけで十分じゃねーの?」
「だから、それじゃあたしの気持ちが収まらないの!」
「……残念な子だな」
マコトは深々と溜息を吐いた。
「俺は仲間としてお前のことを認めてるし、大事にしてるぞ」
「だから、もっと……」
「演技してもいいけどよ。それだとバレた時に悲惨だぞ」
「ぐ、ぐぅ」
ユウカは呻いた。
「自然体でいいだろ、自然体で」
「む、無理のない範囲でいいわ」
「分かればいいんだよ」
マコトは内心胸を撫で下ろした。
演技をするなんて面倒臭い真似したくないのだ。
「……アンタ、ホッとしてない?」
「そんな訳ねーだろ」
図星だったが、マコトは平静さを装った。
なんて、疑り深い女なのだろう。
「そう言えばローラ、目的地までどれくらい掛かるんだ?」
「明後日の昼には到着します」
「……ふ~ん」
マコトは頷き、あることに気付いた。
「目的地があるってことは敵の動向を掴んでるってことだよな?」
「敵は北進を続けているらしいのです」
「それで次に襲われる場所を割り出したってことか」
「……恐らく」
ローラは小さく頷いた。
まあ、敵――人面兎の進む方向を誘導している可能性もあるわけだが。
「他に気になることは?」
「目的地に到着したらどうすればいいんだ?」
「挨拶回りですね」
「やっぱり、そういうのがあるんだな」
リブに連れられて挨拶回りしたことを思い出して溜息を吐く。
「ご安心下さい。私は騎士団に知り合いが多いのでお役に立てると思います」
「頼りにしてるよ」
「はい!」
ローラは嬉しそうに声を弾ませた。
名刺でも作っておけばよかったかな、とマコトは頭を掻いた。
向こうでは部署的に名刺を必要としなかったが、挨拶回りをしてみると、その有用性が実感できる。
「……あたいも気になることが」
リブが軽く手を上げた。
「何ですか?」
「野宿ってことはねーよな?」
「はい、街道沿いの宿を手配してます」
「クリスティン様は分かってるな!」
リブは拳を手の平に叩き付けた。
「そんなに宿に泊まれるのが嬉しいのか?」
「野宿は消耗するからさ。士気を保つためにもこういうのは大事なんだよ」
「まあ、それは分かる」
野宿の辛さはダンジョンで経験済みだ。
「……ふぁ」
マコトは欠伸を一つ。
「先は長ぇから眠っておけよ」
「悪戯するなよ」
「し、しねーよッ!」
リブは顔を真っ赤にして叫んだ。
マコトは背もたれに寄り掛かり、目を閉じた。





