Quest24:色欲を討伐せよ その1
※
群体ダンジョン五階層――ゾンビが大挙して押し寄せる。
ジューシーなゾンビではなく、フレッシュなゾンビだ。
当然、動きは速い。
「ここはお任せを!」
ローラが飛び出し、盾を構えた。
ゾンビは細い通路を押し合いへし合いしながら迫る。
「盾撃!」
ローラの体が沈み、爆発的に加速する。
先頭の何匹かが盾撃をまともに食らって吹き飛ぶ。
さらに後続を巻き込み、将棋倒しになった。
「ハッ!」
ローラは起き上がろうとしたゾンビの首を刎ねる。
剣を振るたびにゾンビの頭がポンポン飛ぶ様はかなりグロい。
夢に見そうだ。
ローラはゾンビの首を刎ね終え、ピタリと動きを止めた。
「レベルが20になりました」
「おめでとう」
マコトはパチパチと手を叩いた。
「ありがとうございます。まさか、これほど早くレベル20になれるなんて」
「これで打ち止めじゃなければいいわね」
「ふぐッ!」
ユウカが余計なことを言い、ローラは呻いた。
フェーネがレベル20で上限に達したことを考えると、あまり伸び代は残っていないかも知れない。
「おいらもレベルを上げたかったッス」
「レベル24になりゃ上等だろ。あたいなんてレベル40のままだぞ」
リブがちょっとムッとしたように言った。
「悪かったな」
「悪ぃ、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだ」
リブはバツが悪そうに頭を掻いた。
「そろそろ、依頼を受けてもいいんじゃない?」
「できればローラのレベルを30まで上げたかったんだけどな」
「戦力の底上げは大事だけど、お金だって大事よ」
「……」
「何よ?」
マコトが無言で視線を向けると、ユウカは睨み返してきた。
「お前、そんなに高い宿に泊まってるのか?」
「そこまで高い宿に泊まってないわよ」
「いくらだ?」
「…………50A」
ユウカは間を置いて答えた。
「意外だな」
「何がよ?」
「いや、お前ならもっと高い宿に泊まりそうだったから」
「アンタはあたしを何だと思ってるのよ」
ユウカは眉根を寄せ、唇を尖らせた。
目を細めれば可愛く見えないこともない。
「で、何処の宿に泊まってるんだ?」
「表通りの端っこにある『獅子の毛皮』亭って宿」
「お~、あそこに泊まってるのか」
「金持ちがいるッス、金持ちが」
リブが感心したように言い、フェーネは眩しいと言わんばかりに目を覆った。
「ふ~ん、いい宿なのか?」
「そこそこよ、そこそこ。洗濯してもらうのにお金が掛かるけど、表通りにあるし」
「ユウカ、サービスに金を払うのは当然だぞ」
「だって、シェリーがただでやってくれるって言ったんだもの。アンタだってお金を払ってないでしょ」
「俺は払ってたよ」
シェリーと関係を持つまでは、と心の中で付け加える。
関係を持ってからは払っていない。
何も言わなくても身の回りの世話をしてくれるのだ。
ちょっと――いや、かなり申し訳ない気持ちになる。
「それに表通りにあるって」
「あたしはアンタ達と違って夜目が利かないの」
「女の子みたいなことを言うなよ」
「あたしは女の子よ!」
ユウカは声を荒らげた。
「女の子は盗賊を蹴り殺さねーよ」
「あ、あれは事故よ、事故! 未必の故意ってヤツよ!」
「未必の故意は違わねーか?」
この場合、ユウカは盗賊が死ぬ可能性を認識しながら蹴りを入れたことになる。
あれは――うっかり殺してしまっただけだ。
「だったら、正当防衛よ! もしくは緊急避難ッ!」
「少しくらい悪びれろよ」
「アンタの方が殺している人数が多いんだからそっちこそ悪びれなさいよ!」
「いや、逃げなかったのはアイツらだし」
一応、忠告はしたのだ。
逃げなかったヤツが悪い。
「……」
「……」
マコトとユウカは無言で睨み合った。
その時、ローラがタイミングを計っていたかのように口を開いた。
「それにしても五階層はゾンビが多いですね」
「ああ、フレッシュなゾンビが沢山いたな」
「……フレッシュなゾンビ」
ユウカが呻くように言った。
「兄貴、そうじゃないゾンビは何て言うんスか?」
「ジューシーなゾンビに決まってるだろ」
「あ~、確かに汁っぽいな」
「……肉が食べられなくなりそうなんだけど」
リブがマコトに同意し、ユウカは吐き気を堪えるかのように口元を押さえた。
「今までのパターン的に強いアンデッドがいそうだな」
「そう言えばそうッスね」
フレッシュなゾンビと出くわすのは強いアンデッドがいる時か、モンスターハウスがある時だ。
要は冒険者が死ぬような何かがある時だ。
「初心者向けダンジョンって感じじゃないわよね」
「そうッスね」
ユウカがぼやき、フェーネが頷く。
「強いアンデッドと遭遇したらどうするんだ?」
「取り敢えず、フェーネとローラに任せる」
「あたいの出番はよ」
「二人が手に負えなかった時だな」
「……分かった」
リブは渋々という感じで頷いた。
※
マコト達はダンジョンの探索を続け、広い空間に出た。
ここ以外は探索を終えている。
下に続く階層がなければダンジョンを攻略したということになる。
「……かなり広いですね」
「他の三倍はあるんじゃねーか」
ローラとリブが周囲を警戒しながら進む。
「むぅ、あれは何スかね?」
「祭壇か?」
マコトは目を細める。
フェーネが指差した方向には祭壇らしき物がある。
そこでは四本の腕を持つスケルトンが片膝を突いていた。
四つの手にやや短めの剣を握っている。
「ユウカ、ステータス」
「確認中よ。スケルトン・ウォーリアの亜種でレベルは30、体力20、筋力30、敏捷25、魔力0。スキルは自己修復」
「う~ん、微妙なレベルだな」
二対一で戦うので、何とかなりそうな気はするのだが――。
「いざとなったら助けに行けばいいでしょ」
「いや、まあ、そうなんだが……」
ローラの同僚を死なせてしまった前科があるので、慎重に判断したい所だ。
そんなことを考えていると、リブが肩に腕を回してきた。
「そんなに悩むなって。あたいがしっかり見極めてやるからよ」
「それが心配ッス」
「あたいが信用できねーのか?」
「バイソンホーン族基準は信用できないッス」
喧嘩を売っているようにも聞こえるが、リブは気分を害した様子がない。
自分の種族がどんな評価をされているのか分かっているのだろう。
そこを差し引いてもリブの態度は立派だと思う。
「慎重に見極めるから信じてくれ」
「う~、信じてるッスよ」
「おう、任せろ」
「信じてますから」
「お、おう」
ローラに縋るような目を向けられ、リブは言葉を詰まらせた。
普段は何も言わない人間の一言は堪えるらしい。
「あの四本腕は強いと思うか?」
「あんなの見たことねーし」
リブはフェーネとローラを見つめながら答えた。
先行しているのは当然のことながらローラだ。
盾を構えながら近づいていく。
敵と対峙している時に比べて歩幅が広いのはまだ襲われないと考えているのだろう。
フェーネはやや距離を空けて付いて行く。
「あれだけ冒険者が死んでるんだから強いんでしょ」
「確かにかなり充実した装備だったな」
ユウカは結果から、リブは冒険者の装備から強さを推し量っているようだ。
「お、そろそろだ」
マコトはリブの言葉を聞き、ローラ達に視線を戻した。
ローラは歩幅を狭め、ゆっくりと近づいていく。
動きを止めると同時にスケルトン・ウォーリア――実際は亜種らしいが――が立ち上がり、腕を広げた。
祭壇を蹴り、ローラに飛び掛かる。
ローラは盾で流れるような四連撃を受け止め、反撃に転じようとする。
だが、スケルトン・ウォーリアは剣で攻撃を受け止めた。
さらに自由な腕を駆使して攻撃を繰り出す。
上、左右からの同時攻撃だ。
ローラの盾は大きいが、その身を覆い隠すほどではない。
どう対処するのか。
「盾撃!」
ローラはスケルトン・ウォーリアを吹き飛ばし、攻撃そのものを不発に終わらせる。
スケルトン・ウォーリアは転倒こそしなかったが、大きくバランスを崩した。
そこに――。
「隙有りッス!」
フェーネがスリングショットでミスリル合金の弾を放つ。
甲高い音が響く。
スケルトン・ウォーリアが剣で弾を弾いたのだ。
直撃こそしなかったが、刃から白煙が上がる。
恐らく、剣も体の一部なのだろう。
「もう一発ッス!」
フェーネは再びミスリル合金の弾を放つ。
スケルトン・ウォーリアは先程と同じように剣で弾を弾き、漆黒の炎が膨れ上がる。
炎が剣と腕を呑み込み――。
「なんとッ!」
驚愕にか、フェーネは声を上げた。
スケルトン・ウォーリアは炎に包まれた腕を切り離したのだ。
切り離した腕は炎の中で崩れ、腕が再生を始める。
スケルトン・ロードに比べればかなり遅い。
「なら、今度は胴体に……くッ」
フェーネはスリングショットを構え、小さく呻いた。
スケルトン・ウォーリアがローラで射線を塞いだのだ。
ローラも自分が盾代わりに使われていることは分かっているはずだ。
フェーネの射線を確保しようとするが、スケルトン・ウォーリアはそれを許さない。
「盾撃!」
ローラが解き放たれた矢のように加速する。
距離を取れば射線を確保できると考えたのだろう。
だが、スケルトン・ウォーリアは見事な体捌きで盾撃を躱した。
盾撃には欠点がある。
力を溜める必要があるのだ。
それは体が沈む動作として表れる。
スケルトン・ウォーリアが三本の剣を振り上げる。
ローラは隙だらけだ。
「させないッス!」
フェーネがミスリル合金製の弾を放つ。
スケルトン・ウォーリアは大きく跳び退って躱した。
「こんにゃろッス!」
立て続けにミスリル合金製の弾を放つ。
スケルトン・ウォーリアは弾を躱し、剣で弾く。
躱したのは七悪の力が込められた弾、弾いたのはそうでない弾だ。
刃から白煙が上がる。
剣で防いだ方がダメージが少ないということだろうか。
スケルトン・ウォーリアがフェーネに視線を向ける。
「ハァァァァァァッ!」
ローラの声がダンジョンに響き渡る。
マコトは肌が粟立つような感覚に顔を顰め、スケルトン・ウォーリアはローラに向き直った。
「へ~、やるじゃん」
「分かるのか?」
「騎士の雄叫び……正式な名前は分からねーんだけど、騎士系のジョブは相手を引き付ける声を出せるんだよ」
リブはニヤニヤ笑いながら答えた。
ローラとスケルトン・ウォーリアは同時に地面を蹴った。
瞬く間に距離が詰まる。
スケルトン・ウォーリアが三本の剣を同時に繰り出す。
ローラは盾を突き出し、体を捻りながら脇に回り込む。
それはフェーネを庇うためだ。
「盾げ――ッ!」
ローラの体が沈み、スケルトン・ウォーリアは跳び退った。
「逃がしませんッ!」
ローラは地面を蹴り、盾の縁でスケルトン・ウォーリアの胸を殴りつける。
しかし、浅い。
スケルトン・ウォーリアはすぐに体勢を立て直す。
「頭を下げるッス!」
ローラが頭を下げると、そのすぐ上を小瓶が通り過ぎた。
スケルトン・ウォーリアが小瓶を剣で叩き落とし、炎が燃え上がった。
漆黒の炎ではなく、普通の炎だ。
フェーネは即席の火炎瓶を放り投げたのだ。
スケルトン・ウォーリアは炎をものともせず、ローラに襲い掛かった。
強烈な三連撃を受け、ローラはよろよろと後退った。
スケルトン・ウォーリアはここぞとばかりに追撃を仕掛ける。
剣と盾のぶつかり合う音が響き渡る。
怒濤のような攻撃にローラは防戦一方に追い込まれた。
盾を保持しているのが精々という有様だ。
「くッ!」
一際大きな音が響き、ローラが吹き飛んだ。
スケルトン・ウォーリアはトドメとばかりに追い縋り、動きを止めた。
その前には漆黒の炎――狐火が浮かんでいる。
ローラは視界を遮りながら狐火まで誘導したのだ。
「も、もう駄目ッス!」
プハーッ! とフェーネが息を吐いた瞬間、狐火が爆発した。
膨れ上がった炎がスケルトン・ウォーリアを呑み込む。
剣が、体が崩れていくが、倒すには至らない。
炎が消え――。
「ハァァァァッ!」
ローラは裂帛の気合と共に剣を振り下ろした。
スケルトン・ウォーリアは腕を交差させ、剣を受け止めた。
「アァァァァァッ!」
ローラは盾を投げ捨て、両手で剣の柄を握った。
そして、渾身の力を込める。
フェーネの攻撃で脆くなっていたのだろう。
剣は腕を、鎖骨を、肋骨を砕き、魔石に到達した。
スケルトン・ウォーリアは硬直し、バラバラになって地面に落ちた。
「二人ともご苦労さん」
リブはマコトの肩に腕を回したまま二人に近づいていく。
目の前で胸がゆさゆさと揺れている。
勘弁して欲しい。
ローラは虚空を見上げている。
「あ、レベルが上がりました」
「レベル21ね」
ユウカが補足する。
「ボスを倒したんだから、もう少し上がってもおかしくないのにな」
「ここは群体ダンジョンッスからね」
フェーネは魔石を拾い、ポーチに収めた。
複数のアンデッドによって作られているダンジョンだからボスが弱いと言いたいのだろうか。
「兄貴、おいらの活躍はどうだったッスか?」
「ああ、最後の連携は良かったぞ。二人の手柄だな」
「それほどでもないッス」
「マコト様、ありがとうございます」
フェーネはパタパタと尻尾を振りながら、ローラは恥ずかしそうに言った。
「ローラ、あの声はいつ覚えたんだ?」
「あ、あれはぶっつけ本番です」
ローラは申し訳なさそうに肩を窄めた。
「練習はしていたのですが、なかなか使えず」
「普通はすぐに使えるようになるものなのか?」
「それは人によるのですが、私は才能がある方ではないらしく」
ローラはますます申し訳なさそうにしている。
「熟練度が設定されてるのか?」
「熟練度ですか?」
ローラは不思議そうに首を傾げた。
童女を思わせるあどけない仕草だ。
「熟練度ってゲームじゃないんだから」
「この世界で言われてもな」
剣と魔法どころか、レベルアップにスキルまで存在する世界だ。
熟練度が設定されていても不思議ではない。
「隠しパラメーターだったら確かめようがないか」
「拘るわね」
「効率よくパワーアップできればと思ってな」
「……効率よくッスか」
フェーネはマコトを見つめた。
「俺を見るな」
「申し訳ないッス」
そう言って、マコトから視線を逸らす。
「一度試してみるのも手かも知れませんね」
「止めとけ」
ローラを止めたのはリブである。
「どうしてですか?」
「マコトは湿気った薪みたいに火付きが悪ぃんだよ。こう、盛り上げてやらないと」
「だから、肩に腕を回しているんですか?」
「そういうこと」
マコトはリブから離れた。
「……火付きが悪いですって」
「そうだよ」
「ま、一線を越えちまえばこっちのもんだ!」
「なるほど」
リブが豪快に笑い、ローラは拳を握り締めた。
「時間の問題だと思うけど」
「そうだな」
それでも、問題を先送りにしたいと思ってしまう。
「で、ダンジョンを攻略したけど、明日はどうするの?」
「リブに魔石の換金を頼んで、教会で討伐報酬の受け取りだな。それから旨味のありそうな依頼を探すか」
「早く指名がくればいいのに」
ユウカは小さく溜息を吐いた。





