【幕間2:フトシとコウキ】【修正版】
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コウキは下の階層に続く坂道の前で立ち止まった。
斥候の話によればこの下が最下層らしい。
「いよいよ、最下層だ。準備はいいね?」
「はい」
「任せておけ」
コウキが最後の確認をすると、キララとタケシは力強く頷いた。
「私達を頼って下さっても一向に構いませんが?」
茶化すような声に振り返ると、騎士団長のルークがこちらを見ていた。
両脇には二人の騎士が控えている。
「ルーク殿、お気遣い痛み入ります。ですが、これは私達の戦いです」
「私達の、戦い」
ルークは噛み締めるように言い、嘲弄するかのように口の端を歪めた。
言いたいことは分かる。
このダンジョンを攻略するために騎士団も被害を受けた。
とは言え、死者は出ていないし、重傷者も出ていない。
被害という意味では自分達の方が大きい。
特に五階層に現れた蜘蛛のような下半身を持つスケルトン――アラクネは強敵だった。
支援チームまで投入して戦い、ようやく倒したのだ。
そのお陰でコウキはレベル15になったが、被害を思えば喜べない。
リスクを回避しながら全体的にレベルアップするのが理想だ。
「俺が先頭、次にコウキ、最後がキララでいいな?」
「ああ、頼りにしてるよ」
コウキはタケシの胸を軽く叩いた。
タケシは守護騎士――敵を引き付け、攻撃を受けることに特化したジョブだ。
それにしてもいつの間に名前で呼ぶようになったのか。
一応、口止めしておくべきか。
そんなことを考えていると、キララが口を開いた。
「援護は任せて下さい」
「もちろんさ」
コウキが微笑みかけると、キララは恥ずかしそうに俯いた。
キララのジョブは聖乙女。
聖乙女なんて失笑ものだが、適正レベル以上の魔法を習得し、威力に補正が掛かるレアなジョブだ。
不意にタケシの視線を感じた。
大方、嫉妬でもしているのだろう。
よくない兆候だ。
組織のトップとNo.2が仲違いしていてはルークに付け入られるかも知れない。
「行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
タケシを先頭に坂道を下ると、そこは広大な空間だった。
地面は固まった溶岩のようにゴツゴツとしている。
視線の先――空間の中央と思しき場所に祭壇らしきものがあった。
「ゆっくり近づこう」
「おう」
タケシは盾を構え、ゆっくりと祭壇らしきものに近づいていく。
近づくにつれて詳細が明らかになる。
祭壇は黒曜石のような材質の石で作られていた。
彫刻が施されているようだが、確認している暇はない。
「……タケシ」
「分かってる。嫌な気配がビンビンしやがるぜ」
タケシは祭壇を睨む。
正確に言えばその上にいるアラクネを、だ。
五階層で見た個体より一回りは大きいだろうか。
眠っているのか、眼窩に光はなく、八本の脚を折り畳んで座っている。
このまま攻撃を仕掛けるべきか。
そんなことを考えていると、アラクネの眼窩に光、いや、炎が灯った。
赤い炎だ。
さらに全身から赤い光が湯気のように立ち上る。
「――ッ!」
アラクネが体を起こして叫ぶ。
それは声ではない。
魂に響くような衝撃だった。
「キララ!」
「ペリオリスよ! 不浄なる攻撃から我らをお守り下さい! 抵抗!」
温かな光がコウキ達を包み、衝撃が和らぐ。
文字通り、抵抗は魔法に対する抵抗力を上げる魔法だ。
コウキとタケシはアラクネに襲い掛かった。
アラクネがコウキに狙いを定め、口を開く。
光が収束する。
恐らく、光を撃ち出すつもりなのだろう。
「お、オオオオオオオオッ!」
タケシが雄叫びを上げる。
低い、地鳴りのような雄叫びだ。
突然、アラクネはタケシの方を向き、光を放った。
守護騎士は特殊な発声法で雄叫びを上げ、敵の注意を引き付けることができる。
「衝撃反転!」
光が盾を直撃する。
衝撃反転は攻撃を跳ね返す騎士系ジョブの技だ。
今まで何度もこの技に助けられてきた。
だが――。
「ぐ、ぐぅ……」
タケシが苦悶の声を上げる。
見ればジリ、ジリと後退している。
アラクネは力で押し切ろうとしているのだ。
一体、どれほど力量差があればこんなことができるのか。
「ぐぁぁぁぁッ!」
タケシが叫び声を上げ、吹き飛ばされた。
地面に触れるたびに火花が散る。
板金鎧を身に着けていなければ血塗れになっていただろう。
「タケシさん!」
キララが悲鳴を上げるが、タケシに構ってはいられない。
背を向ければ攻撃を受ける。
それだけの簡単な理屈だ。
コウキは剣を構え、突進する。
アラクネがこちらを向き、口を開いた。
光が放たれる。
コウキは強く地面を蹴り、光を躱した。
背後で爆発音が響き、バラバラと小石が振ってくる。
「痛ッ!」
コウキは顔を顰めた。
攻撃を躱したはずなのに腕がヒリヒリと痛んだ。
アラクネが祭壇から飛び降り、拳を振り下ろす。
コウキは前に出る。
相手のリーチは剣を持っているコウキより長い。
ならば懐に飛び込んだ方が有利だ。
アラクネが振り向き様に拳を繰り出す。
「剣気解放!」
コウキの剣が純白の光を放つ。
剣に秘められた力を解放する剣聖の技だ。
純白の光に包まれた剣がいとも容易くアラクネの腕を切断する。
アラクネが跳び退り、コウキは追い縋ろうと地面を蹴った。
だが、動きが止まる。
光の帯が体に絡み付いていた。
この魔法は――。
「捕縛陣だって!」
コウキは思わず叫んだ。
もちろん、アンデッドだって魔法を使う。
だが、まさか、アンデッドが捕縛陣を使うなんて予想外だった。
「く、クソッ!」
腕に、脚に力を込めるが、光の帯はビクともしない。
もう一つのジョブ――聖騎士は魔法に対する抵抗力を与えてくれるはずなのだが。
アラクネがこちらを向き、口を開いた。
光が収束していく。
「ペリオリスよ! 不浄なる力を打ち消したまえ! 解呪!」
キララの声が響き、光の帯が不規則に明滅する。
「ハァァァァッ!」
コウキは叫び、光の帯を引き千切った。
アラクネが光を放つ。
「ペリオリスよ!」
コウキは叫び、左手を突き出した。
光の盾が展開し、敵の攻撃を遮る。
だが、聖騎士の魔法は魔法職に及ばない。
縁から徐々に浸食されていく。
コウキは渾身の力で対抗する。
「ペリオリスよ! 我に不浄なる敵を打ち倒す力を! 聖光弾!」
白い弾丸がアラクネの側頭部を殴打する。
圧力が弱まり、コウキは光をいなして横に逃れる。
アラクネが光を放つ。
狙いはキララだ。
「キャァァァァァッ!」
「キララ、危ねぇッ!」
キララが悲鳴を上げ、タケシが間に割って入る。
守護騎士の面目躍如と言うべきか、盾で光を防ぐ。
チャンスだ。
「剣気解放!」
コウキは切っ先をアラクネの胸――弱点である魔石に向かって突き出す。
だが、切っ先は魔石に突き刺さらなかった。
火花が散っているが、それだけだ。
「くッ!」
コウキは呻き、切っ先を押し込もうと力を込めた。
火花が激しくなる。
焦燥が胸を支配し、ルークに助けを求めればという考えが脳裏を過ぎる。
馬鹿なことを、と否定する。
あの男に力を借りれば死なずに済む。
だが、それは軍門に降るということだ。
それだけはできない。
できないのだ。
「ペリオリスよ! 彼の者に邪悪を討ち滅ぼす力をお与え下さい! 祝聖刃!」
キララの声が響き、剣が眩い光を放つ。
視認することさえ難しい。
「縮地!」
これは数メートルの距離を一瞬にして踏破する剣聖の技だ。
しかし、この状況ならば運動エネルギーを攻撃のために使える。
「ガァァァッ!」
コウキは獣のように吠えた。
肩に、腕に激痛が走る。
要は作用と反作用の法則だ。
火花が激しさを増し――切っ先が魔石を貫いた。
アラクネの眼窩から光が消え、その場に頽れた。
「……勝った」
コウキは肩で呼吸しながらアラクネを見つめた。
【レベルが上がりました。レベル18――】
御使いの声が響き、ダンジョンの崩壊が始まった。





