Quest23:狐火を使いこなせ【中編】
※
ダンジョンを進んでいると、首筋がチクリと痛んだ。
さらにフェーネの耳がピクッと動き、二体のスケルトン・ウォーリアが横道から飛び出してきた。
「ハッ!」
最初に動いたのはフェーネである。
足下にあった小石を拾い、スリングショットで放つ。
手を離すか離さないかのタイミングで小石が漆黒の光に包まれる。
小石は吸い込まれるようにスケルトン・ウォーリアの眉間に当たる。
次の瞬間、漆黒の炎が爆発的に膨れ上がり、スケルトン・ウォーリアを呑み込んだ。
さらにもう一体のスケルトン・ウォーリアを呑み込む。
二体はボロボロと崩れていく。
しばらくして炎が一際大きく燃え上がり、忽然と消える。
魔石が地面に落ち、小さな音を立てる。
フェーネは魔石をポーチに収め、にんまりと笑う。
「どうッスか? おいらの実力!」
フェーネは振り返り、クルンと尻尾を回した。
全身から誉めて誉めてオーラを発している。
「よーしよし、よくやった」
マコトはワシワシとフェーネの頭を撫でた。
フェーネは喜色満面、ローラはちょっと不満そうな表情を浮かべている。
空気を読んでくれたのか、リブが口を開いた。
「おいおい、フェーネ。少しは自重しろよ」
「どうしてッスか?」
「お前が一撃で倒してたらローラがレベルを上げられねーだろ」
フェーネはマコトとローラを交互に見つめた。
「う、申し訳ないッス」
「い、いえ、お気遣いなく」
「さっさと進みましょ」
微妙な空気が流れるが、ユウカの一言で吹き飛んだ。
「そうッスね!」
「ええ、探索を進めましょう!」
二人はこれ幸いとばかりに前を向いた。
マコト達は隊列を組み直してダンジョンを進む。
「調子に乗ってるわね」
「ッ!」
ユウカがボソリと呟き、フェーネの尻尾が逆立った。
「いやいや、調子に乗ってるはねーよ、調子に乗ってるは」
「……調子がいい?」
「そっちだよ、そっち。もしくは波に乗ってる、な」
ユウカが間を開けて言い直し、マコトは同意した。
辞書的な意味はさておき、調子に乗っているではネガティブなニュアンスになる。
ちょっと天然が入っている人物ならポジティブなニュアンスに感じられるかも知れないが、ユウカでは無理だ。
『調子に乗ってるわね』の後に『ちょっとシメてやらなきゃ』と続けても違和感がない女なのだ。
「それにしても……」
「まだ何かあるのか?」
「さっきも言ったけど、尻尾が二本に増えたのはアンタのせいだと思うの」
「そう言えば尻尾はもう痒くないか?」
「大丈夫ッス」
フェーネは尻尾をクルン、クルンと回した。
どうやら、あの痒みは尻尾が増える前兆だったようだ。
「フォックステイル族ってのは尻尾が増えるもんなのか?」
「や、聞いたことないッスね」
「七悪に纏わる伝承に九つの尾を持つ狐の話がありますね」
「聞いた覚えがあるな」
精霊術士のお婆ちゃ――もとい、少女からだろうか。
「世界を食べた男、百万の子を従えたゴブリン王、国盗りの盗賊、禍狂いの狼、神に挑み続ける戦鬼、九つの尾を持つ狐の話があります。よろしければお話ししますが?」
「時間のある時に頼むよ」
「では、今度のオフに。私の家でよろしいですか?」
「……『黄金の羊』亭にしてくれ」
誘惑をされたら何をするか分からない。
「マコト様のお部屋で?」
「下の食堂で」
「……分かりました」
ローラはかなり不満そうに言った。
「ねぇ、ローラ?」
「何ですか?」
「七悪に関する伝承なんだけど、六つしかなかったわよ」
「七つ目はないもんなんじゃねーの?」
「それは七不思議でしょ」
ユウカはスピードを落とし、手の甲でマコトの二の腕を叩いた。
そして、再びスピードを上げる。
取り敢えず、マコトはスルーすることにした。
「七不思議ってまだあるのか?」
「さあ、少なくともあたしは学校の怪談なんて聞いたことがないわ」
多分、友達がいなくて知る機会がなかったのだろう。
不憫な娘だ。
「で、どの伝承がないんだ?」
「アンタの精霊。つまり、怠惰ね」
「勝手に決めるなよ」
このネタを何処まで引っ張るつもりなのだろう。
気力が尽きている期間は長かったが、仕事自体は真面目にこなしていたと思う。
「けど、怠惰だけないってのはな~」
「それはそうでしょ」
当たり前のことを、と言わんばかりだ。
「だから、なんで?」
「面倒臭い、面倒臭いって言ってるヤツが伝承に残るはずないじゃない。多分、人知れずに朽ち果てたのよ」
「ありそうで嫌だな」
六つの伝承はどれも格好よさそうだ。
「それに、怠惰って動機にならなそうじゃない」
「スローライフを送りてぇ」
「……」
こんにゃろ、とユウカは唇をひん曲げた。
「ま、七悪の伝承はいいとして、フェーネに何かした?」
「どうして、そんなことを聞くんだよ?」
「アンタが関わってるとしか思えないもの」
「決めつけはよ――」
「兄貴とチューしたッス」
ダンジョンの中なのに凍て付いた風が吹いた。
「あ、アンタ、こんな年端もいかない子どもに……この変態ッ!」
「おいらは子どもじゃないッス」
フェーネ、とユウカは溜息交じりに言った。
「いい? アンタくらいのが子どもじゃないもんって言ったら、こういう変態が近づいてくるのよ」
「や、本当においらは子どもじゃないんスよ」
「分かってる分かってる。子どもは皆、そう言うのよ」
「姐さん達の世界ではともかく、この世界では大人なんス」
「合法、ロリ」
ユウカは呻くように言った。
「どうでもいいけど、お前って何気にそういうことに詳しいよな?」
「どうでもいいじゃない」
「どうでもよくねーよ」
「優等生だから勉強してるのよ」
「勉強?」
マコトは思わず聞き返した。
「ほら、クラスメイトの会話に入ってく必要があるでしょ?」
「お前って友達いないんじゃなかった?」
「……元の世界じゃそれなりに上手くやれてたのよ、それなりに上手く」
やはり、呻くように言った。
「お前って友達が欲しい派?」
「ぼっちだって思われない程度に欲しかったけど、今は無理に作らなくてもいいかなって思ってるわ」
まあ、ダンジョンに置いてけぼりにされればそうなるだろう。
「……む?」
フェーネがピクピクと耳を動かす。
やや遅れて首筋がチクリと痛んだ。
「アンデッドか?」
「この先で誰かが戦ってるみたいッス」
「どうするの?」
「死なれても寝覚めが悪ーし、様子を見に行くぞ」
四人とも異論はないようだった。
※
通路を駆け抜け、広い空間に出る。
そこでは四人の冒険者が無数のゴースト・メイジに囲まれていた。
メンバーは戦士が二人、狩人が一人、魔法使いが一人だ。
ゴースト・メイジは空中にいるので、戦士はあまり役に立っていない。
魔法使いが魔法を、狩人が矢を放つ。
ゴースト・メイジにダメージを与えられているようだが、魔法使いは疲労困憊、狩人の矢は残りわずかだ。
「こういう時ってどうするんだ?」
「交渉するんだよ、交渉」
リブはニヤリと笑った。
「魔石を全部寄越したら助けてあげるわよ!」
「断る!」
ユウカが声を掛けると、戦士の一人が即答した。
「交渉決裂ね。帰りましょ」
「もう少し粘れよ」
相手だって少なくない労力を費やしているのだ。
魔石を全部寄越せという要求は呑めないだろう。
「じゃあ、アンタがやりなさいよ!」
「魔石を半分寄越せ!」
「分かった!」
やはり、戦士は即答した。
「お前の条件が厳しかったんじゃねーの?」
「次からは半分にするわよ」
リブとローラがユウカを庇うように立つ。
「スキル・並列起動×10。リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、追え追え猟犬の如く――」
ユウカが詠唱を開始すると、ゴースト・メイジはこちらを向いた。
一斉に炎を放つ。
もちろん、狙いはユウカだ。
マコトは肌を炙られる感覚に顔を顰めた。
魔法耐性を持っていても本能的な恐怖は抑えがたいらしい。
だが、ユウカは詠唱を続ける。
「させません! 衝撃反転!」
ローラが盾を構えて叫ぶ。
盾が光を放ち、炎を跳ね返した。
炎が天井付近を漂っていたゴースト・メイジを呑み込む。
「我が敵を追う猟犬となれ! 顕現せよ、追尾弾!」
呪文が完成し、ユウカは魔法を放った。
枝分かれした追尾弾は軌道を変えながらゴースト・メイジを貫く。
まさに猟犬のごとくだ。
ゴースト・メイジは三分の一ほどに数を減らしていたが、戦闘意欲は失われていないようだ。
「おいらもやるッス!」
フェーネはスリングショットで立て続けに石を放つ。
石が触れた瞬間、ゴースト・メイジは漆黒の炎に呑み込まれた。
「どんどん行くッスよ!」
フェーネは調子に乗って次々と石を放つ。
ゴースト・メイジの数が三分の一ほどになった頃に異変は起きた。
「ハッ!」
フェーネがスリングショットで石を放つ。
石がゴースト・メイジに触れ、漆黒の炎を解き放つ。
だが、火勢は弱々しい。
ゴースト・メイジは炎を振り払い、お返しとばかりにフェーネに攻撃を仕掛けた。
「それくら――はれ?」
フェーネはその場に跪いた。
「危ねぇッ!」
リブがフェーネを庇い、背中で炎を受ける。
火の粉が派手に飛び散る。
「再詠唱!」
流石にただ事ではないと判断したのか、ユウカがゴースト・メイジを一掃する。
バラバラと魔石が地面に落ちる。
「リブ、背中は?」
「髪の毛が焦げただけだって」
リブは背中を向ける。
流石、火鼠の革製と言うべきか、コートには焦げ目一つ付いていない。
「痩せ我慢はしてねーな?」
「あたいはそこまで我慢強くねーよ。それに、下手な痩せ我慢はチームの生存率を下げるしな」
リブは愛嬌のある笑みを浮かべる。
「フェーネ、どうしたんだ?」
「急に力が抜けたんス」
フェーネの呼吸は荒く、顔色も悪い。
顔面蒼白だ。
「七悪の力を使い過ぎたんだな」
「レベルが上がってたから油断したッス」
レベルが低い頃はマコトも脱力感を覚えていた。
「ユウカ、頼む」
「分かってるわよ」
ユウカはフェーネに手を翳し、スキル――ソウル・ヒールを使う。
青白い光が手から放たれ、フェーネの呼吸が少しだけ落ち着く。
「少し気分が楽になったッス」
「今日の探索はここで終了にしよう」
「おいらは大丈夫ッス!」
「気持ちは分かるが、俺の判断だ。従ってくれ」
「分かったッス」
フェーネはしゅんと項垂れた。
※
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移!」
魔法が発動し、浮遊感に襲われる。
目を開けると、そこはロックウェルの南城門だ。
陽が大きく傾き、街が城壁が茜色に染まっている。
「お、アンタ達か」
流石に三度目になると慣れるのか、門番は平然としていた。
だが、リブに担がれたフェーネを見て、大きく目を見開いた。
「ケガをしたのか?」
「……ちょっとな」
マコトは言葉を濁した。
「まあ、大したケガじゃなくてよかった。冒険者ってヤツは無理しがちだからな。疲れている所を悪いが、通行証を見せてくれ」
通行証を見せると、門番は満足そうに頷いた。
「よし、通っていいぞ」
マコト達は城門を抜け、大通りを道なりに進む。
茜色に染まる街並みは何処か気怠げだ。
「何か、懐かしい感じね」
「お前は東京都二十三区出身って設定だろ」
「設定って言わないで」
ユウカはムッとしたように言う。
「あたしは二十三区出身だから」
「そうか」
「そうよ」
それ以上、ユウカは突っかかってこなかった。
いつもこうならいいのに、と思わないでもない。
ローラは教会の前で立ち止まった。
「私の家はこちらなので。明日はどうされますか?」
「明日はオフだな」
「分かりました。では、お疲れ様です」
ローラは一礼し、踵を返した。
徐々に背中が遠ざかり――。
「あたしもあっちだったわ」
ユウカは慌ててローラを追い掛けた。
マコト達は路地に入り、『黄金の羊』亭に向かう。
懐かしい匂いが鼻腔を刺激する。
「ただいま」
「お帰りなさい。今日は早いんですね」
カウンターの内側ではシェリーが料理をしていた。
「味噌汁の匂いがするな」
「旦那に作り方を教わったんで、忘れない内に作ってみたんですよ。できるまでもう少し時間が掛かりますけどね」
シェリーは手を打ち合わせ、嬉しそうに言った。
「俺の雑な説明でよく作れたな」
「雑って自覚はあったんですねぇ」
うふふ、とシェリーは笑う。
「ところで、フェーネちゃんはどうしたんです?」
「おいらはここッス」
フェーネがリブの背中で呻くように言った。
「ケガでもしたんですか?」
「疲労困憊ッス」
シェリーは胸を撫で下ろした。
「飯の時間まで上で寝てろ。リブ、頼んだぞ」
「おうよ」
「気分が悪くて食べられなかったら許して欲しいッス」
リブはフェーネをおぶったまま階段を登った。
マコトは小さく溜息を吐き、自分の席に座った。





