【幕間1:ヤマダ フトシ】【修正版】
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フトシは森の中を歩いていた。
秋だというのに木々の葉は青々と生い茂り、低木や下生えの草が行く手を阻む。
「く、くそッ! ど、どうして、俺がこんな目にッ!」
鉈で行く手を阻む木の枝を切り払う。
歩を進めるたびにギシ、ギシという耳障りな音が聞こえてくる。
無視しようと思ったが、意識しないようにすればするほど煩わしく感じる。
「うるさいッ!」
鉈を右脚に叩き付けるが、甲高い音と共に弾かれた。
当然と言えば当然だ。
フトシの右脚は鋼鉄製の義足なのだから。
「……どうして、こんな目に」
王都に辿り着けば魔法で治せると分かっていても体の一部を失った事実はフトシの心を掻き乱した。
どうして、と小さく呟く。
骸王のダンジョンでも、攻略した小さなダンジョンでもフトシは生き延びた。
問題は王都に戻る途中で起きた。
アンデッドの群れに襲われたのだ。
骸王のダンジョンでも見たことがない蜘蛛のようなアンデッドだった。
馬車が破壊され、教導役の騎士が次々に倒れ、フトシは逃げ出した。
背後から自分を呼ぶ声がしたが、知ったことではなかった。
一昼夜、森をさまよい――。
「クソ、クソッ、コウキの野郎! こんな危ない目に遭わせやがって! 何が危険は最小限だ! あのチンカス野郎!」
フトシは喚き、自分の顔に爪を突き立てた。
ツルリとした感触が伝わってくる。
本来ならば眼窩があるはずの場所は肉によって塞がれている。
熊に襲われたせいだった。
顔の右半分を吹き飛ばされ、右脚を食われた。
別の熊が現れなければ殺されていただろう。
「クソッ、役立たずの水薬め!」
持っていた水薬を全て使ったが、傷が塞がっただけだった。
「王都だ。王都に戻るんだ」
王都に行けば大丈夫だ、とフトシは自分に言い聞かせ、枝を切り払おうとした。
だが、切れ味が落ちているのか、折れて垂れ下がっただけだ。
「くそッ!」
フトシは鉈を木の幹に叩き付けた。
「――イサ・ザサ・オム」
呪文を唱える。
これは魔法を使うための下準備――車で言えばエンジンを掛けるようなもの、ネットで言えばパスワード認証だ。
フトシの意識が大きなものに触れる。
魔法を教えてくれた人物はこれをペリオリスだと言っていた。
ペリオリスとは何なのか。
ある者はペリオリスを管理者だと言い、ある者は世界だと言っていた。
死者はペリオリスの下に召され、永遠を生きるのだとも。
フトシは宗教を理解できないが、ペリオリスをシステムのようなものと考えていた。
「無窮ならざるペリオリスよ、変成せよ変成せよ鋼の如く――」
呪文を詠唱すると、光り輝く魔法陣が地面に浮かび上がった。
ここまでくれば魔法は完成したも同然だ。
「草を断ち肉を断つ刃となれ、顕現せよ! 鉈!」
一気に呪文を唱える。
魔法陣が一際強い光を発し、土が渦を巻きながら盛り上がる。
表面の土が剥がれ落ち、現れたのは鉈である。
これがフトシの、いや、錬成士のみが使える魔法だ。
金槌や金床を使わずに土塊から武器を作ることができる。
いや、その気になれば何でも作れる。
この義足も魔法で作ったものだ。
正直に言えばフトシはこの錬成士という職業が好きではなかった。
異世界に召喚されたのだから華々しく戦える戦士系か、魔法系のジョブが欲しかった。
何なら特殊なスキルでも構わない。
圧倒的な破壊をもたらすスキルでもいいし、格上を切り崩せるスキルでもいい。
もしくは他人を陥れられるスキルだ。
だが、実際に手に入れられたのは生産系のジョブだけだ。
スキルは手に入らなかった。
異世界に召喚されても自分はスクールカーストの底辺なのだ。
そう、フトシは私立大河学園高校で苦汁を舐めてきた。
世間的な感覚では金持ちでも大河学園高校では平均か、それ以下なのだ。
おまけに見た目もよくない。
悪いと評してもいいだろう。
フトシという名で本当に太っているものだから余計に嘲りの対象になる。
アニメやラノベが好きなことさえ嘲られる。
庇ってくれる人もいない訳ではなかったが、そういう輩は庇うという行為を通して充足感を得ているのだ。
「……早く王都に戻りたいな」
ふひ、と笑う。
この世界に召喚されてよかったと思えることはフトシでも女を抱けることだ。
元の世界ならばオカズにすることしかできない美人や美少女が猫撫で声を出して擦り寄り、股を開いてくれるのだ。
本心は分からないが、変態チックなプレイにも応じてくれる。
クラスの中で女性経験はトップクラスだという自負がある。
そんなフトシをクラスメイトは軽蔑する。
だが、フトシは知っている。
男どもは嫉妬しているのだ。
ヤツらは自由に動けない。
クラス内で築き上げた地位を失うことを恐れて素直になれないのだ。
クラスのNo.2であるタケシなどその典型だ。
コウキの右腕として振る舞いながらキララを目で追っている。
きっと、頭の中で何度も犯しているに違いない。
もちろん、フトシも頭の中で何度もキララを犯している。
最底辺の自分に犯されたらあの女はどんな反応をするのか。
最初は嫌がりながら次第に受け容れるというストーリーを思い描いていた。
だが、今は最後まで抵抗するストーリーを思い描いている。
進んで股を開く女ならいくらでもいるのだ。
嫌がられたい。
抵抗されたい。
ある女のことを思い出す。
サトウ ユウカ。
ちょっと頭がいいだけで大河学園高校に入学したきた庶民だ。
あの女はいつも蔑むような目でフトシを見ていた。
だが、コウキを見る目はキラキラと輝いていた。
その落差がフトシを興奮させる。
あの女を裸に剥き、乱暴に犯す。
それを想像しただけで得も言われぬ快感が背筋を這い上がる。
キララとユウカを同時に犯してやりたい。
二人の視線や表情を想像しただけで得も言われぬ快感が背筋を這い上がる。
だが、夢が叶うことはない。
ユウカは死んでしまったのだ。
恐らく、同じチームの女どもに置き去りにされたか、殺されたかしたのだろう。
本当に惜しい。
キララとユウカを犯す想像をし、頭を振った。
いや、今は王都に生還することが先だ。
溜まったものを女どもにぶち撒け、それから機会を待つ。
やがて、機会は巡ってくるだろう。
「……チッ」
フトシは地面から鉈を引き抜き、舌打ちをした。
明らかにバランスが悪い。
これがフトシの実力だった。
「ないよりマシだ」
フトシは鉈で枝を切り払い、再び歩き始めた。
文句を言いながら脳裏を占めているのは女のことだ。
どれくらい歩き続けただろうか。
突然、視界が開けた。
そこは川の畔だった。
川幅はそれほど広くなく、流れは非常に緩やかだ。
対岸にも木が生えているが、その密度はやや離れた場所にある村が見えるほど薄い。
「……しけた村だな」
フトシは小さく吐き捨てた。
アンデッドやモンスターが跋扈するこの世界では街や村を城壁や塀、柵で囲むのが常識になっている。
逆に言えば周囲を囲んでいるもので経済状況などを察することができる。
対岸にある村を囲んでいるのは木の柵だ。
その状態から柵の修繕もできないほど貧しい村であると分かる。
「……でも」
王国の騎士団に所属していると言えば飯と寝床くらい用意してくれるだろう。
もしかしたら、女を世話してくれるかも知れない。
そんなことを考えていると、少女が川に近づいてきた。
貧しい村に相応しい痩せた少女だ。
服は見窄らしく、薄汚れている。
少女はこちらに気付いていないらしく桶で川の水を汲んでいる。
フトシは警戒させないようにゆっくりと近づいた。
川面に姿が映ったのか、少女は顔を上げ――。
「キャァァァァァァッ!」
「待て!」
少女が悲鳴を上げて逃げ出し、フトシは慌てて追い掛けた。
ステータスによる恩恵があるとは言え、何日も森をさまよって疲弊している。
やっとこさ追いついて肩を掴んで向き直らせる。
「痛ッ!」
フトシは小さく悲鳴を上げた。
手の甲に血の珠が浮かぶ。
少女――いや、少女が爪を立てたのだ。
少女はキーキー喚きながら尚も爪を立てようとした。
カッと頭に血が上る。
友好的に接しようとしたのに悲鳴を上げて逃げ出したばかりか爪を立てたのだ。
「このガキッ!」
「ギャッ!」
フトシが突き飛ばすと、少女は吹っ飛んだ。
ゴロゴロと地面を転がり、強かに後頭部を打ち付ける。
「た、助けて!」
怯えたような目でこちらを見上げ、腰が抜けたのか、肘と足を使って逃げようとする。
その態度を見て、溜飲が下がる。
ツンとした臭いが鼻を突く。
見れば少女のスカートにシミが広がっていた。
小便を漏らしたのだ。
「……ふひ」
思わず笑いが漏れる。
考えてみれば自分は騎士団に所属しているのだ。
生殺与奪の権利を与えられているはずだ。
ふひ、ふひひ、と笑いながら少女にのし掛かる。
邪魔だな、と鉈に意識を集中した時、軽い衝撃に襲われた。
二度、三度と衝撃が続く。
視線を動かす。
「ヒッ!」
目が合い、女が木の棒を振り上げたままの姿勢で動きを止めた。
見窄らしいワンピースに身を包み、ナイトキャップのようなものを被っている。
どうやら、母親のようだ。
二人から似たような臭いがする。
「逃げて!」
少女の母親――雌でいいだろう――は四度、五度と木の棒を振り下ろした。
元の世界なら脳震盪くらい起こしていたかも知れないが、フトシは生産職とは言えレベル10を超えている。
村人の攻撃など通用しない。
ふひ、とフトシは立ち上がり、体を沈めた。
鉈を使う訳にはいかない。
雌が木の棒を振り下ろし、フトシは突進した。
木の棒を潜り抜け、雌を押し倒す。
赤子の手を捻るより簡単だ。
「逃げなさい!」
雌が叫ぶ。
見れば雌ガキが逃げだそうとしていた。
いいか、と見逃すことにする。
顔に痛みが走る。
キーキーと喚きながら雌が爪を突き立てようとしている。
雌は必死だ。
「悪い子! 悪い子ッ!」
フトシは馬乗りになり、平手で雌の頬を叩いた。
十分に手加減はしているが、叩くたびに血が飛び散る。
「謝れ! 謝るんだ! 殴って悪かったって謝るんだ!」
「……殴って申し訳ありませんでした」
「謝って済むことか! 俺は騎士団員だぞッ! ボコボコ増えることしかしない底辺のくせに俺を殴って!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
ようやく立場を理解したのか、雌は懇願した。
フトシは深い満足感に包まれた。
「誰か来てくれッ!」
怒声が響き渡り、雌がホッと息を吐いた。
ふひ、とフトシは笑った。
体の奥から力が湧き上がる。
「……痒い」
痒みを覚えて視線を落とすと、黒いタトゥーのようなものが右手の人差し指から肘に掛けてゆっくりと広がっていった。
フトシは立ち上がり、雌を担ぎ上げる。
※
夕方――フトシは雌を見下ろした。
爪先で小突くが、反応は鈍い。
体がぐにゃぐにゃしている。
「娘がどうなってもいいのか?」
「……」
雌はピクリとも動かない。
「……村に戻るか」
姿を見られていたとしても問題はない。
皆殺しにすればいいのだ。
いや、殺すのはマズいか。
教会で儀式を受けずに人を殺すと、ステータスが赤くなると言われた。
「クソッ!」
フトシは股間と右腕を掻き毟った。
この女は病気持ちだったのかも知れない。
そんな不安が湧き上がるが、フトシはその場に跪いた。
その時、ヒュンという音が聞こえた。
左肩に衝撃が走り、熱が生じる。
それはあっと言う間に激痛に変わった。
恐る恐る肩を見つめ――。
「ふ、ふひぃぃぃぃッ!」
フトシは悲鳴を上げた。
矢が左肩に突き刺さっていたのだ。
「当たった! 当たったぞッ!」
「ひぃぃぃぃッ!」
「残念!」
フトシは悲鳴を上げて逃げ出したが、茂みから現れた男が行く手を遮る。
革鎧を身に着けた戦士だ。
男は剣を振り下ろし――。
「ふひぃぃぃぃぃッ!」
フトシは二度目の悲鳴を上げた。
左腕が上腕の半ばからなくなっていた。
男に斬り落とされたのだ。
傷の上を押さえ、その場に蹲る。
痛みが思考を埋め尽くす。
顔を上げると、三人の男と一人の女がこちらを見ていた。
「酷い、酷いぃぃぃッ!」
「何が酷いだ、この犯罪者!」
女が吐き捨て、フトシの股間に蹴りを入れた。
激痛に息が詰まり、得も言われぬ快感が全身を貫いた。
「こ、こいつッ!」
女は熱いものに触れたように足を引き、フトシの顔面に蹴りを入れた。
鼻が、歯が折れる。
痛みに苛まれながらフトシは興奮していた。
「酷い、酷いぃぃぃ、俺は騎士なのに、騎士なのに」
フトシは女を見つめた。
ブラウンの髪を編み込んだラッパーみたいな女だ。
眼差しは鋭く、唇には厚みがある。
「騎士だってふざけ――」
「お、おごぉぉぉぉぉぉッ!」
女の声を濁った悲鳴が遮った。
雌の腹が急激に膨れ上がっていた。
まるで臨月、いや、それ以上に膨らんでいく。
「な、なんだ!」
「何が起きているんだ!」
「ま、まさか?」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ!」
四人は振り返り、困惑に彩られた言葉を発する。
今、彼らの意識からフトシは消えている。
「ふひぃぃぃぃッ!」
フトシは落ちていた鉈を拾い、すぐ近くにいた男の頭に振り下ろした。
男の頭をかち割り、隣にいた男の首に鉈を叩き込む。
血が噴水のように噴き出す。
「こ、こいつッ!」
男は剣を突き出したが、混乱しているからか、動きに精彩を欠いている。
フトシは難なく躱し、顔面に鉈を叩き込んだ。
【レベルが上がりました。レベル15――】
御使いの声が響き、折れた鼻が、歯が元に戻り、左腕の傷が塞がる。
だが、左腕は再生しない。
右脚もそのままだ。
「よくも仲間をッ!」
爆発音が響き、血と肉が女に降り注いだ。
「な、何がッ?」
女は振り返り、絶句した。
そこには二匹のモンスターが立っていた。
女の腹から出てきたことを示すように全身が血で濡れている。
見た目は――餓鬼に似ている。
腕と脚は枯れ木のように細く、腹は突き出している。
耳はなく、その代わりに頭からバニーガールを思わせる耳が生えている。
そして、顔はフトシによく似ていた。
「ふひひ、ふひー」
「ふひひひ」
餓鬼が笑い声を漏らす。
何の予備知識もなく遭遇すれば恐怖しか感じないだろう。
だが、フトシにはこの二匹が自分の子どもであると分かった。
魔法を使う時とは違う感覚で繋がっている。
「クソッ! すまな――ッ!」
「逃がすかッ!」
フトシは倒れ込むように女の足首に鉈を叩き付けた。
女は悲鳴を上げ、地面を転げ回った。
「お前達ッ!」
フトシが命令すると、子ども達は女に襲い掛かった。
「くっ、止めろ! 止め、止めてぇぇぇぇッ!」
森に女の悲鳴が響き渡った。
※
「クソッ、左腕までなくなったじゃないかッ!」
「……」
フトシは女を見下ろした。
目はどんよりと曇り、涎を垂れ流している。
「ふひふひ」
「ふひひひ」
「ふひ~」
フトシは左腕の断面を撫でる。
レベルアップしたお陰で死なずに済んだが、左腕を失った精神的ダメージは計り知れない。
レベルアップしたら傷が治るはずなのに――。
もしかしたら、大きな傷は治らないのかも知れない。
よくよく思い出してみれば騎士の中には傷が残っている者がいた。
「……村人は死んだが、冒険者の女は生きている」
三匹の子どもを見ながら呟く。
村人と冒険者の違いについては検証しなければなるまい。





