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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest2:グールを討伐せよ【後編】



 目を覚ましたマコト達は食事を摂ってダンジョンの探索を再開した。

 進んでも進んでも似たような光景が続く。

 細い通路と開けた空間の繰り返した。

 何らかの規則性があるのではないかと思ったが、それらしきものは見出せなかった。


「騎士団がダンジョン専門って理由が分かったような気がするよ」

「これだけ広いんだもの。ソロじゃ厳しいでしょうね」

「……そういう意味じゃなかったんだが」


 騎士団は極地法を採用していると思ったのだが、ユウカが何も知らないということは違うのかも知れない。

 ちなみに極地法とは、ベースキャンプを設けた後、次々と前進キャンプを設営していくという登山方法である。


「……待て」


 マコトは足を止めた。


「どうしたのよ?」

「血の臭いがした。ゆっくり進むぞ」


 耳を澄まし、視線を巡らせながらゆっくりと歩を進める。

 グチャ、グチャという音が聞こえてきた。

 空気が熱を帯びる。

 いや、悪臭を孕んだと言うべきだろうか。

 物理的圧力すら感じさせる臭いだった。


「なに、この臭い」

「……」


 開けた空間に出ると、そこでは二匹のゾンビが死体を貪っていた。

 幸い、食事に夢中でこちらに気付いていない。


「先制攻撃だ」

「……」


 ユウカは杖を握り締めたまま動こうとしない。

 顔色は青ざめていて、杖を握る手は小刻みに震えている。

 恐らく、ゾンビ、もしくは死体が知り合いだったのだろう。


「ユウカ!」

「りゅ、リュノ・ケスタ・アガタ、無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 魔弾!」


 ユウカが魔弾を放ち、小さな土柱が上がった。

 狙いを外したのだ。

 ゾンビがゆっくりと振り返る。

 若い、少年と言っても差し支えのない年齢である。

 飢えた獣のような表情を浮かべ、口元を血で濡らしている。


「お、おーッ!」


 ゾンビはギクシャクとした動作で立ち上がり、こちらに近づいてきた。


「点火!」


 漆黒の炎が右腕を包む。

 だが、相も変わらず不規則に点いたり消えたりを繰り返している。


「オオーッ!」


 ゾンビは雄叫びを上げて飛び掛かってきた。

 三日前であれば為す術もなくやられていただろうが、多少なりとも経験を積んだ今は違う。

 敵の動きを見る余裕がある。

 マコトはゾンビの脇に回り込み、渾身の力で炎に包まれた拳を叩き込んだ。

 ゾンビの下顎が千切れ飛ぶ。

 漆黒の炎が攻撃力を強化しているのだ。

 そうでなければマコトの力で人体を破壊できるはずがない。

 噛み付きは封じたが、両腕は健在だ。

 レベルが上がっているので、掴まれても振り解くことはできる。

 だが、もう一匹が食事を止めて襲い掛かってきたら苦戦は必至だ。

 ゾンビが掴み掛かってくる。

 下顎を失って、もう人間を食うことはできないにもかかわらずだ。

 一体、何のために向かってくるのだろう。

 マコトはそんなことを考えながらゾンビの腕を払い除けた。

 人間ならば痛みで動きが鈍るが――。


「オ、ォォォォォォッ!」


 ゾンビは音を発しながら尚も迫ってくる。

 そこにあるのは執念、いや、憎悪だ。

 こいつらは生きているヤツらが羨ましくて羨ましくて仕方がないのだ。

 自分が失ってしまったものを当たり前のように享受している。

 それが羨ましくて、妬ましくて、憎らしいのだ。

 ゾンビを躱し、擦れ違い様に拳を叩き込む。

 硬い感触が伝わってくる。

 革の鎧を身に着けているのだ。


「この野郎ッ!」


 漆黒の炎が激しく燃え上がり、ゾンビを包み込んだ。

 まるで映画のワンシーンのようだと感じてしまうのは熱を感じないからだろう。

 ゾンビは炎の中でボロボロと崩れていく。

 それでも、憎悪をぶつけるためか、のろのろと近づいてくる。


「オ、ォォォォォォッ!」

「魔弾!」


 ユウカが魔法を放ち、ゾンビの頭を吹き飛ばした。

 ゾンビは膝から崩れ落ちるように倒れ、地面に触れると同時に塵と化した。

 あとは死体を貪っているゾンビを倒して終わりだ。

 マコトが視線を向けると、ゾンビはゆっくりと立ち上がり、こちらに向き直った。


「オォォォォォォォッ!」


 ゾンビが雄叫びを上げると、異変が起きた。

 突然、体が膨れ上がったのだ。

 膨張した肉体が革鎧を内側から押し広げる。

 ギギッという音が響き、革鎧と服が弾け飛んだ。

 皮膚がどす黒く変わり、鼻が犬のように迫り出した。

 さらに犬歯が伸びる。


【ゾンビがレベル上限に達し、グールに進化しました】


 御使いの声が頭の中に響く。


「進化!?」

「ちょっと聞いてないんだけど!」


 マコトが叫ぶと、ユウカが後に続いた。

 所詮は即席魔法使いと言った所か。

 どんなカリキュラムを組んで教育したのだろう。

 国王を小一時間ほど問い詰めてやりたい。


「オォォォォォォォッ!」

「リュノ・ケスタ・アガタ――」


 ゾンビ、いや、グールが突進してくると、ユウカは詠唱を開始した。


「無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」


 魔弾がグールの膝に直撃する。

 ゾンビならば膝が拉げたはずだが、進化したことで耐久力が上がったのか、わずかに動きが鈍った。


「オォォォォォォォッ!」


 グールは雄叫びを上げて突進してきた。

 マコトはまともにグールの体当たりを受け、吹き飛ばされた。


「ケハッ!」


 背中から地面に叩き付けられ、肺の中の空気が強制的に絞り出される。

 涙で滲んだ視界に影が映り、マコトは地面を転がった。

 濁った風切り音が間近から聞こえた。

 恐らく、グールが拳を振り下ろしたのだろう。

 格闘技の概念を理解している。

 進化したことで身体能力だけではなく、知能も強化されたのだろう。


「クソッ!」


 マコトは地面を転がり、その勢いを利用して立ち上がった。

 すぐに立ち上がったとは言え、隙を作ってしまったことには違いない。

 グールはその隙を突くように突進してきていた。


「魔弾!」


 魔弾がグールの横っ面に突き刺さり、スピードがわずかに鈍る。


「チャンス!」

「ゴォォォォォッ!」


 マコトが脇腹に拳を叩き込むと、苦痛にか、グールは悲鳴を上げた。

 表皮がボロボロと崩れ落ち、赤黒い肉が剥き出しになる。


「もう一発!」

「グォォォォォッ!」


 剥き出しになった部分に再び拳を叩き込むと、グールは仰け反って絶叫した。

 見れば肉が大きく抉れている。

 いける、と踏み込む。

 すると、グールは無茶苦茶に腕を振り回した。

 腕を振るたびに濁った風切り音が生じる。


「魔弾!」


 ユウカの放った魔法が背中に直撃するが、グールは痛痒を感じていないようだ。

 マコトから視線を外そうとしない。

 どうやら、グールはマコトを脅威と判断したようだ。


「ルォォォォォォッ!」


 腕を振り回すスピードが上がる。

 大振りで隙だらけだ。

 マコトにもう少し技術があれば腕をかいくぐり、踏み込んで一撃を加えられたかも知れない。

 焦燥が心を浸食する。

 相手に主導権を握られている。

 乱取りにおける負けパターンだ。

 主導権を取り返さなければならないと思っているのに体が動かない。

 このままではじり貧だと分かっていても起死回生の一手を打てない。

 視界が大きく揺れた。

 地面の窪みに足を取られたのだ。


「しま――ッ!」

「グォォォォォッ!」


 グールが腕を振り、マコトは咄嗟に腕を交差させた。

 衝撃が全身を貫き、壁に叩き付けられる。

 膝から力が抜けそうになるが、必死に踏み止まる。

 乱取りならこちらが戦意を喪失した時点で相手は手を休めてくれる。

 だが、これは実戦なのだ。

 相手が弱みを見せればそこを突くし、戦意を喪失したのならば追撃を仕掛ける。

 命の遣り取りとはそういうものだ。

 グールが牙を剥き出して飛び掛かってきた。

 狙いは首筋だ。

 人体の構造に詳しい訳ではないが、それでも、噛み付かれたらお終いということは分かる。

 マコトは反射的に左腕で首を庇った。

 牙が服を貫通し、腕を捕らえていた。最初に感じたのは熱だった。

 そして、左腕を覆った熱は激痛になって脳を直撃した。


「は、ギィ――ッ!」


 マコトは必死に悲鳴を噛み殺した。

 ユウカを心配させたくないとか、女々しい所を見せたくないという理由ではない。

 ここで悲鳴を上げたら心が折れてしまいそうな気がしたのだ。

 きっと、ステータスはグールの方が高いに違いない。

 その上、心で負けてしまったら――敗北を受け入れてしまったら、完全に勝機を失ってしまう。

 馬鹿らしい精神論だ。

 精神論を振りかざす上司とどう違うのか。

 だが、今はその精神論以外に縋るものがない。

 マコトが拳を突き出したその時、グールが激しく首を振った。

 一体、どれだけの筋力を秘めているのか。

 マコトの体は浮かび上がり、激しく振り回される。


「――ッ!」


 歯を食い縛り、グールの頭を掴む。

 皮膚がボロボロと崩れ落ちるが、その下にある赤黒い肉は無傷だ。

 何で? どうして? と疑問が思考を埋め尽くす。


「……リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、燃えろ燃えろ炎の如く、我が敵を焼き尽くせ! 顕現せよ、炎弾ファイア・ブリット!」


 ユウカが魔法を放つ。

 握り拳大の炎はグールの背に触れると爆発的に広がった。

 まるで火炎瓶のようだ。


「グゥゥゥゥゥッ!」


 痛みに耐えるためか、グールが歯を食い縛る。

 ぶつんという音が響き、マコトは空中に投げ出された。

 地面に叩き付けられ、二転三転しながらユウカの足下に到達する。


「あ、アンタ、腕ッ!」

「分かってるよ!」


 チラリと左腕を見ると、血が心臓の鼓動に合わせるように噴き出していた。

 恐らく、動脈を傷付けられたのだろう。


「逃げましょ!」

「何処に逃げるんだよ」


 マコトは吐き捨て、グールを睨み付けた。

 出血のせいか、目の前がチカチカする。


「逃げるんならお前だけ逃げろよ」

「お前は先に行けってヤツ?」

「死ぬだろ、それ」


 運が良ければ逃げられるかも知れないが、追いつかれて殺される可能性が高い。


「じゃあ、どうするのよ!」

「ありったけでいくしかねーだろ」


 グールを倒すために自分達の持っている全てをぶつける。

 伸るか反るかの博打だ。

 頭のいいヤツはやらない。


「ありったけって、さっきのがアンタの全力でしょ? それとも、危機的状況下で新しい力に目覚めたの?」

「少年マンガの主人公じゃねーんだぞ」

「アラフォーだもんね」

「……やり方を変える」


 マコトは右腕に意識を集中する。

 漆黒の炎は自分の意思で制御しているのだ。

 ならば収束させることも可能なはずだ。

 収束しろ、収束、と心の中で呼びかける。


「……ぶっ殺してやる」


 呟いたその時、歯車が噛み合った。

 炎が膨れ上がり、一気に収束――右腕が漆黒の光に包まれる。

 グールがスピードを上げながら近づいてくる。


「ユウカ、ヤツの足下に炎をぶち込め!」

「動いてるのよ! 無理に決まってるでしょ!」

「大体で構わねーよ!」

「もう知らないからね!」


 ユウカは杖を突き、詠唱を開始した。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、燃えろ燃えろ炎の如く、我が敵を焼き尽くせ! 炎弾!」


 マコトはユウカが魔法を放つと同時に駆け出した。

 炎弾は地面に触れるやいなや爆発的に膨れ上がった。

 背中を焼かれたことを思い出したのか、グールが足を止める。


「ちょ、ちょっと!」


 ユウカが止めるのも構わずにマコトは焼かれるのも構わずに炎に突っ込んだ。

 炎を突き破って反対側に飛び出すと、グールは驚いたように目を見開いた。

 マコトは右拳を突き出す。

 グールは払い除けようとしたが、右拳は触れた部分を塵に変え、胴体を貫いた。


「崩れ落ちろ!」

「グ、オォォ――ッ!」


 収束した炎を体内で解き放つ。

 漆黒の炎が体中の穴という穴から噴き出し、グールの体は瞬く間に崩れ落ちた。

 コツという小さな音が響く。

 何事かと見てみればビー玉のような物が地面に落ちていた。


「あ~、しんど」


 炎を消して、その場にへたり込む。

 すると――。


【レベルが上がりました。レベル10、体力16、筋力14、敏捷15、魔力20。ボーナスポイントが5付与されました】


 御使いの声が頭の中に響く。

 左腕の出血が止まり、傷が急激に癒えていく。

 三十秒ほどで完治したが、見ていて気持ちのいいものではなかった。


「ホントに倒しちゃった」

「まあ、何とかな」


 マコトは立ち上がり、よろめいた。


「大丈夫?」

「体が怠ぃ」


 どうやら、レベルアップしても疲労感は回復しないようだ。

 いや、漆黒の炎はレベルアップでは回復しない何かを燃料にしているのかも知れない。

 ふと隣を見ると、ユウカが考え込むように口元を押さえている。


「……仕方がないか」


 そう言って、ユウカはマコトに手の平を向けた。

 青白い光が放たれる。

 冷たく見えるのに温かな光だ。

 心なしか疲労感が和らいでいくようだ。


「回復魔法が使えたのかよ」

「そ、そうよ」


 嘘を吐くなよ、と心の中で突っ込む。

 呪文を唱えなかったので、これは魔法ではなく、スキルだろう。

 しばらくして光が消えた。


「もう終わりか?」

「回復魔法は使うと疲れるの」


 ユウカはムッとしたように言った。

 詳しく聞こうと思ったその時、呻き声が響いた。

 貪られていた死体がゾンビに変わったのだ。


「お、ぉぉぉぉぉ!」

「……点火」


 マコトが小さく呟くと、漆黒の炎が右腕を包む。


「今にも消えそうよ?」

「威力をセーブしてるんだよ」


 手の平を上に向ける。

 漆黒の炎は球状に変化し、浮かび上がる。


「人魂みたいね」

「見たことがあるのか?」

「こっちでだけど」

「流石、異世界だな」


 マコトは漆黒の炎をゾンビに投げる。

 炎は胸に当たると一気に燃え広がり、ゾンビを塵に変えた。


「そう言えば攻撃を躊躇ってたけど、友達だったのか?」

「友達って言うか、ただのクラスメイト」


 ユウカは小さく溜息を吐いた。


「……彼は戦闘が得意じゃなかったから支援チームに配属されたの」


 そうか、とマコトは頷いた。


「支援チームは戦闘に関わらないから安全だって言ってたのに」

「コウキ君とやらが?」

「ホシノさんも大丈夫だって」

「ホシノ?」

「ホシノキララさん……クラスの副委員長で女子の纏め役」


 マコトが鸚鵡返しに尋ねると、ユウカは不愉快そうに顔を顰めて言った。

 どうやら、二人は仲が悪いらしい。

 嫌な予感がするな、とマコトは頭を掻いた。

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