Quest22:シェリーを攻略せよ その5
※
マコト達は夜道を急ぐ。
「さっきの話は本当なのか?」
「こんな嘘は吐かないッスよ」
「……そうか」
フェーネが溜息交じりに言い、マコトは小さく溜息を吐いた。
「兄貴、あまり責めるようなことを言っちゃ駄目ッスよ。借りた金を飲み代に使うようなヤツとは距離を取れって言うだけでいいんスからね」
「分かってるよ」
「台詞と表情が一致してないッス」
フェーネはまたしても溜息交じりに言った。
マコトは自分の顔に触れてみるが、どんな表情をしているか分からない。
「まさか、金を貸すなんて」
「……兄貴」
フェーネが不安そうに声を掛けてきた。
「いや、大丈夫だ。俺は落ち着いてる」
確かにシェリーがアランに金を貸したという話を聞いた時は頭が真っ白になった。
どうして、そこまでショックを受けたのか自分でも分からない。
自分は納得したはずではなかったか。
シェリーは待ち続け、アランは戻ってきた。
それに、金を貸すことなんてよくある話だ。
困窮している元彼を見かねて金を貸した。
それだけの話だ。
仮にアランが酒代にそれを使ったとしても、返すつもりがないとしても、大事なのはシェリーが納得してるかだ。
納得して金を貸しているのならばそれでいいではないか。
「クソッ、いい訳ないだろ」
マコトは吐き捨てた。
アランはシェリーを裏切っている。
許してはいけない。
「……どうして」
どうして、そんな風に裏切れるのだろう。
どうしてなのだろう。
「……兄貴」
「俺は……落ち着いてねーな」
本当は分かっているのだ。
マコトはシェリーに両親を、アランに兄を重ねているのだ。
いや、もしかしたら、シェリーに自分をも重ねているのかも知れない。
ふと脳裏を過ぎるのは兄が戻ってきた日の記憶だ。
その日、マコトは疲れていた。
クレーマーに罵倒され、上司にクレームの処理の仕方が下手だと叱責され、精も根も尽き果てて家に帰った。
そんなマコトにあの男はヘラヘラと笑いながら歩み寄り、久しぶりだな~と言ってきたのだ。
言いたいことは山ほどあった。
どうして、自分達を捨てて逃げ出したのか。
どうして、今になって戻ってくるのか。
どうして、どうして、とそんな言葉が脳裏を渦巻くばかりで何も言えなかった。
兄が帰った後、マコトはトイレで嘔吐した。
今度、嫁と息子を連れてくる、と。
別れ際にあの男は言い残したのだ。
あの時の――最悪の気分は忘れられない。
「そろそろ、『黄金の羊』亭に着くッスよ」
「……くッ」
マコトは胸を押さえた。
息が苦しい。
いくつもの感情が胸中で入り交じり、激しく渦を巻いている。
元の世界で兄とその家族を殺してしまうかも知れないと思って家を出た。
だが、本当はこの感情から逃げたかっただけなのではないか。
この感情と向き合うことを恐れていた。
そんな気がする。
フェーネが『黄金の羊』亭の近くで立ち止まり、マコトも足を止めた。
店から漏れた明かりが足下を照らしている。
「……今日は別の宿に泊まった方がいいんじゃないッスか?」
「先延ばしにしても仕方がねーよ」
正直に言えば気持ちを整理するための時間が欲しい。
だが、問題というものは先延ばしにした分だけ厄介になるものだ。
ここで解決しなければ自分の手に負えなくなる。
そんな不安までもが湧き上がる。
「……フェーネ」
「なんスか?」
「隣にいてくれ」
「……兄貴」
フェーネは落胆したような表情を浮かべた。
ヘタレだと思ったのだろう。
そう思われても仕方がない。
実際にヘタレそのものの行動なのだから。
マコトは意を決して『黄金の羊』亭に入った。
「……た、ただいま」
「旦那、お帰りなさい」
シェリーはいつものようにカウンターの向こうから挨拶を返してくれた。
ホッと息を吐く。
「ユウカとリブは?」
「食事を終えて上に行っちまいましたよ」
「そうか」
マコトは小さく頷き、自分の指定席――カウンターの端の席に向かった。
「……あ」
イスに触れると、シェリーは小さく声を漏らした。
「どうかしたのか?」
「いえ、気にしないで下さい」
「……ああ」
マコトはカウンター席に座った。
もちろん、シェリーが声を漏らした理由は分かっている。
この席がアランの席だからだ。
少なくとも彼女はそう思っている。
「あらよっとッス」
フェーネは掛け声を発して隣の席に座る。
「今日は大変だったみたいですねぇ」
「大変なのはいつものことさ」
シェリーがカウンターに置き、マコトはそれを口に運ぶ。
レモン水だ。
「あまり危ないことはしないで下さいよ」
「今回は安全マージンをしっかり取ってるから大丈夫だよ」
マコトはグラスをカウンターに置いた。
事を荒立てる必要はないのではないか。
シェリーの幸せを壊し、マコト自身も嫌な思いをするだけではないか。
そんな思いが湧き上がる。
何のことはない。
ほんの一、二分でマコトの決意は揺らいでいるのだ。
「兄貴、そんなに言いにくいなら――」
「いや、俺が言う。俺が言わなきゃいけないと思う」
「どうしたんです? そんな深刻そうな顔をして」
「……あ、あのだな」
シェリーが不思議そうに首を傾げ、マコトは俯いた。
深呼吸を繰り返す。
注射と一緒だ。
辛いのは一瞬だけ。
「シェリー!」
「だから、何です?」
「…………さっき、アランを見たんだ」
「ああ、そうなんですか」
シェリーはこちらの心情など理解していないかのように言った。
それは当然のことだ。
マコトだって自分の心情を理解しきれていないのだから。
「怪しげな男と路地に入っていく所を見た。それで後を追ったんだが――」
「追い掛けたんですか!?」
シェリーは驚いたように目を見開き、すぐに目を細める。
その瞳は困惑で彩られていたように思う。
クソッ、と心の中で毒づく。
どうして、もっとスマートに話せないのだろう。
二十年の社会人生活でそれなりの能力は身に付いているはずだ。
「『名もなき英雄』亭って街外れの宿に泊まってるのは知ってるか?」
「……い、いえ」
シェリーは自身を守ろうとするかのように胸を押さえた。
「そこで……ああ、クソッ」
「……兄貴」
マコトは頭を掻き毟り、フェーネがコートをギュッと掴んだ。
「シェリー、金を貸したのか?」
「そ、それは戻ってきたばかりでお金がないって言うもんで……」
「あいつはその金で酒を飲んでたんだぞ? 人から借りた金で――」
「旦那ッ!」
シェリーが鋭く叫ぶが、マコトは止まれなかった。
何故か、右腕が疼いた。
「利用されてるだけだって! 一度裏切った人間は何度でも裏切るんだよッ! 俺の兄貴みたいに裏切ったくせにヘラヘラ笑って――」
パンッという音が響いた。
頬が熱い。
平手打ちを食らったのだ。
一瞬で頭に血が上ったが、怒りはすぐに収まった。
シェリーは手を振りきった姿勢のままマコトを睨んでいた。
頬は朱に染まり、目は潤んでいる。
それで、自分がどうしようもなく失敗したと分かった。
だからこそ、この気分だ。
「ごめんなさい、旦那。でも、あの人の悪口は言わないで下さい」
「……ああ」
ギシッという音が響き、反射的に階段を見上げる。
すると、階段の半ばにユウカが立っていた。
いや、立ち尽くしていたというべきかも知れない。
何か言ってくるかと思ったが、ユウカは嘆息し、二階に戻った。
「……もう部屋に戻るよ」
マコトは小さく溜息を吐き、席を立った。
※
翌日、マコトは階下から響く音で目を覚ました。
そのまま何をするでもなく天井を見つめる。
気分は悪くないが、どうにも気力が湧いてこない。
だが、いつまでもベッドに横たわっている訳にもいかない。
「……起きるか」
マコトはベッドから下り、いつもの倍の時間を掛けて服を着た。
廊下に出て、階段を下りる。
その途中でシェリーがこちらを見上げた。
「……おはよう」
「……おはようございます」
マコトは小さく溜息を吐き、階段を下りた。
気まずい。
カウンター席に着くべきか悩んでいると、ユウカが下りてきた。
何のつもりか大きなリュックを背負っている。
「おはようございます、ユウカさん」
「おはよう」
ユウカはいつになく冷淡な口調でシェリーに応じた。
「その荷物はどうしたんだ?」
「……外で話しましょ」
ユウカは溜息を吐くように言って外に出て行った。
やや遅れて後を追う。
店の外で待っているということはなく、一人で歩き出している。
「一人で行くなよ」
「……」
追いつき、肩を並べて歩く。
「その荷物はどうしたんだ?」
「どうしたって、出て行くからに決まってるでしょ」
「なんで?」
「昨夜、あんな場面を見せられたからに決まってるじゃない」
どうして、分からないの? と言わんばかりの口調だ。
「……事情があったんだよ」
「事情があるのは分かるわよ」
「だったら、どうして?」
「あのね、あたしは客なの」
ユウカはうんざりしたような口調で言った。
「そりゃ、シェリーには世話になったわよ? けど、あんな場面を見せられて泊まっていられる訳ないでしょ。別にあたしは神様扱いしろとか、王侯貴族のように扱ってくれって言ってる訳じゃないわ。金額に見合うサービスをしろって言ってるの」
「……俺の責任だな」
昨夜、マコトは客と店主という立場を乗り越えてしまった。
そんなことをすれば感情のぶつかり合いになるに決まっている。
「で、何をしたのよ」
「……言わなきゃ駄目か?」
「言いたくなけりゃ言わなくてもいいわよ。けど、言わなかったら、あたしの心によくないものを残すかも知れないわ」
「強制じゃねーか」
マコトは深々と溜息を吐き、昨夜の出来事を説明した。
できるだけシェリーに対する心証を悪くしないように心掛けて。
「…………やり方は間違ってるし、もっと冷静になりなさいよって思うけど、マコトの気持ちは分からなくもないわ」
ユウカは長い沈黙の後で言った。
「何が言いたいんだよ?」
「間違いに限りなく近い正解って所ね」
「そうかい」
気持ち分ポイントを加算してくれたということか。
「これからどうするつもり?」
「どうするって?」
「あんたね」
マコトが問い返すと、ユウカはこれ以上ないくらい深々と溜息を吐いた。
「別の宿に泊まるかどうかよ。この街に着いた時は節約しなきゃって気持ちが強かったかも知れないけど、今は余裕があるじゃない」
「……俺が後押ししたのか」
元々、ユウカは『黄金の羊』亭に宿泊することに否定的だった。
昨夜の件が決断を後押ししてしまったのだろう。
「どっちにしてもいずれ出て行ったわよ。それよりあたしの質問に答えなさいよ」
「まだ決めてねぇ」
なかったことにするのは難しいだろうし、謝って元の関係に戻れるかも分からない。
どうして、謝らなきゃいけないんだという気持ちもある。
「あ~、面倒臭ぇ」
「その内、息をするのも面倒だって言い出しそうね」
「ゲイラかよ」
「誰よ、そいつ?」
「知らねーの?」
「知らないわよ」
「ジェネレーションギャップを感じるな」
「当たり前でしょ」
そう言って、ユウカは立ち止まった。
「あたしはこれから宿を探すけど……」
「俺はもう少し考えてみるよ」
「だったら、あの二人と相談してみれば?」
「あの二人?」
ユウカが指を指した方を見ると、フェーネとリブが建物の陰からこちらを見ていた。
二人が追ってきていることに気付かないとは、自分でも気付かない内に一杯一杯になっていたようだ。
「じゃ、頑張って」
ユウカは無責任に言い放ち、大通りを南に向かって歩き始めた。
「えへへ、奇遇ッスね?」
「マコト、遊びに行こうぜ」
フェーネは照れ臭そうに、リブはいつもの調子で言った。
「そうだな。遊びに行くか」
「何処に行くッスか?」
「あたいは酒場に行きてぇな」
フェーネはマコトの腕にしがみつき、リブはいつかのようにヘッドロック――肩に腕を回してきた。
※
夜――マコト達は大通りに面した喫茶店にいた。
窓際の席に着き、夜の街を眺める。
時間が時間だけに人気はない。
「この街って、遊ぶ所が少ないんだな」
「おいらは楽しんだッスよ」
「あたいも楽しかったぜ」
フェーネとリブはポンポンとお腹を叩いた。
「美味しかったの間違いだろ?」
「そうとも言うッスね」
「次はあたいが奢ってやるよ」
「……食べ歩きをすることになるとはな」
マコトは頬杖を突いた。
もう少しデートっぽいことを期待していたのだが、二人は色気より食い気らしい。
らしいと言えばらしいし、それで救われたのも事実だ。
「兄貴、これからどうするんスか?」
「さて、どうするかな?」
マコトは背もたれに寄り掛かり、頭の後ろで腕を組んだ。
「今日はこのまま別の宿に泊まらねーか?」
「今から泊まれるのか?」
「ちょっとしたコネがあるんだよ」
リブは玩具を自慢する子どものように笑った。
「まあ、それも――」
「ちょっと探しちゃったじゃない!」
マコトの言葉を遮ったのは『名もなき英雄』亭の巨乳ウェイトレスだ。
「ああ、昨日の?」
「遅かったッスね」
「遅くないわよ」
巨乳ウェイトレスはムッとしたように顔を顰めた。
「兄貴、分かってると思うッスけど、あの二人を調べてもらってたんス」
「お前って、ガチな盗賊だったんだな」
マコトはしみじみと呟いた。
「で、どうだったんスか?」
「期待されてた以上の情報が手に入ったわ。実は……あの二人は『黄金の羊』亭を襲うつもりなのよ」
「何だって?」
マコトは思わず聞き返した。
「はっ、あたいらの宿を襲おうなんざ百年早いぜ」
「どうして、俺達が泊まっている宿を?」
リブは獰猛な笑みを浮かべたが、マコトは純粋に疑問を抱いた。
チーム・黒炎の実力はそれなりに知れ渡っているはずだ。
「まあ、流れ者と言うか、はぐれ者ならそんなもんかも知れないッスね」
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ。すぐに宿に戻るぞ」
「おうよッ!」
マコトとリブが立ち上がってもフェーネは動こうとしなかった。
「兄貴、座って欲しいッス」
「あ、ああ」
本当は一秒でも早く『黄金の羊』亭に向かいたかったが、マコトは席に着いた。
フェーネが意味もなく、こんなことを言うとは思わなかったからだ。
やや遅れてリブも席に着いた。
「兄貴、助けに行かなきゃ駄目ッスか?」
「お、おい、何を馬鹿なことを言ってるんだ。シェリーが殺されちまうかも知れないんだぞ?」
「一度は忠告したじゃないッスか」
「それとこれとは別だろ」
アランが襲撃計画を立てていると知ればシェリーだって愛想を尽かすはずだ。
「また、嫌な思いをするかも知れないッスよ」
「……それは」
兄貴、とフェーネが手招きする。
マコトが身を乗り出し――気が付くとフェーネがすぐ目の前にいた。
唇に柔らかなものが触れる。
フェーネの唇だ。
「何をしてるんだよ!?」
マコトは慌てて体を引いた。
「兄貴、おいらは兄貴のことを好きッス。リブもそうッス」
「あたいは初めから言ってるだろ」
リブはムッとしたように言った。
「おいら達のことを大事にして欲しいと思っちゃ駄目なんスかね?」
「いや、でも、それは違うだろ」
シェリーを助けに行くことと、フェーネとリブを大事にすることは両立できるはずだ。
それなのに――マコトは走り出すことができなかった。





