Quest21:味噌と醤油を入手せよ【後編】
※
「どうして、宿まで歩かなきゃならないのよ」
「申し訳ありません」
ユウカは文句を言うと、ローラは軽く頭を下げた。
角度が浅いのは彼女が醤油の入った壺を抱えているからだ。
ちなみにマコトは味噌の入った壺を抱えている。
「どうして、お前が手ぶらなんだよ?」
「杖を持ってるじゃない」
ユウカは杖を指差し、当然のように言い放った。
「ローラ、しんどいなら俺が持つぞ」
「いえ、これでも騎士の端くれですから」
ユウカにローラの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「もう少しだから頑張ってな」
「はい、マコト様」
路地に入ってしばらく進むと、『黄金の羊』亭が見えてきた。
荷馬車が店の前に止まり、フェーネとリブが袋を店の中に運んでいた。
二人とも軽々と袋を担いでいる。
「兄貴、お帰りなさいッス!」
「よう、何をやってるんだ」
「……兄貴」
フェーネは小さな溜息を吐いた。
「ジャイアント・スケルトンを討伐した報酬ッスよ」
「報酬は教会で受け取っただろ?」
「村からの報酬ッス」
「ああ、そう言えば」
マコトは荷馬車を見つめた。
村長の姿はないが、荷馬車には袋が五つ積まれている
「金がなければ麦で構わないと言ったけどよ」
ちゃんと金で支払うと言ったくせに麦を送りつけてくるとは思わなかった。
なんて恩知らずな村なのだろう。
滅びてしまえ。
「兄貴、金も持ってきてくれたッスよ」
「足りない分を麦で補填か?」
「金は約束分あったッスよ。でも、金だけじゃ足りないと思ったんじゃないッスかね」
「まあ、そうだな」
約束の金額は払ったし、麦も渡したから追加で報酬を要求してこないでねと言いたいのだろう。
「おい、フェーネ」
「分かってるッスよ」
リブが頭を掴むと、フェーネは唇を尖らせながら麦の袋を店内に運んでいく。
「手伝うぜ」
「これくらいならあたいらで十分だ」
そう言って、リブは二つ同時に袋を担ぎ上げた。
「悪いな」
「盗賊退治の時には何の役にも立てなかったからな。これくらいはさせてくれよ」
リブは少しだけ口惜しそうに言い、袋を店内に運び込む。
「ただいま」
「旦那、お帰りなさい」
シェリーはカウンターに立ち、笑顔で迎えてくれた。
リブがカウンターの奥に消えていく。
恐らく、裏手にあるスペースに袋を積んでいるのだろう。
「小麦はどうするんですか?」
「『黄金の羊』亭で使ってくれ」
小麦があってもマコトは役立てる方法を知らない。
だったらシェリーに預けた方がいい。
「いいよな?」
「ま、いいんじゃない」
文句の一つも言われるかと思ったが、ユウカはあっさりと引き下がった。
いつもこうだといいのだが。
「その代わり、真っ白いパンを食わせてくれよ」
「まったく、旦那ったら」
シェリーはクスクスと笑った。
「ところで、その壺は?」
「味噌と醤油がようやく手に入ったんだよ」
マコトはカウンターに壺を置いた。
「これでようやく味噌汁が作れるな」
「前にも言いましたけど――」
「分かってるって。最初は俺が作るよ」
「当然、米代と煮干し代はマコト持ちよね?」
「……俺が持つよ」
何が当然なのか分からないが、ここで文句を言っても仕方がない。
「米と煮干しを買うまで、もうしばらくの我慢ね」
「おかずなら作れるけどな」
「何が作れるの?」
「……何って」
マコトは腕を組んで思案する。
一人暮らしの経験があると言っても自炊をしていたのはわずかな期間だ。
「シェリー、鶏肉はあるか?」
「ええ、ありますよ」
「なら、あれが作れるな」
マコトはニヤリと笑った。
※
唐揚げの作り方
1:鶏肉を適当な大きさに切る。
2:すりおろしたニンニクと生姜を醤油に入れ、鶏肉をぶち込む。
3:片栗粉を塗し、油で揚げる。
「――こんな感じだな」
「説明が雑なんだけど!」
ユウカはバンッとカウンターを叩き、立ち上がった。
マコトはカウンターの内側で唐揚げを皿に盛りつける。
「何が不満なんだよ?」
「分量を説明してないじゃない」
「家庭料理なんだから細かなことを気にするなよ」
「そういう台詞は自分で揚げてから言いなさい」
隣を見ると、シェリーが額に汗して唐揚げを揚げている。
「いや、危なっかしいって言うからさ」
マコトは肩を竦め、カウンターに唐揚げの載った皿を置いた。
「おお、美味そうッスね」
「これが唐揚げか」
フェーネとリブは唐揚げを頬張った。
「……味が染みてて」
「脂が口の中に広がるな」
「皮が美味しいです、皮が」
フェーネ、リブ、ローラの三人は満足そうな笑みを浮かべる。
ユウカは唐揚げを頬張り、軽く目を見開いた。
「あ、意外にいける」
「だろ? 適当にやってもそれなりのものができるんだよ」
コロッケ丼は失敗だったけどな、とマコトは心の中で呟いた。
当たり前と言えば当たり前のことだが、コロッケは煮崩れる。
丼物には向いていない。
「いい匂いだな」
「いらっしゃい」
背後から声が聞こえ、シェリーは声を張り上げた。
珍しく客が来たのだ。
「……このままお客さんが増えりゃいいんですけどね」
「俺は今の状態が気に入っているんだけどな」
大通りから離れていることもあり、『黄金の羊』亭は静かだ。
宿が潰れるのは困るが、五月蠅くなるのも困る。
※
翌朝、マコトが一階に下りると、ローラがカウンター席に座っていた。
「旦那、おはようございます」
「マコト様、おはようございます」
シェリーが挨拶し、ローラが遅れて続く。
「おはよう」
マコトは挨拶を返し、指定席――カウンター席の端に座る。
「ローラ、どうした? クリスに報酬を支払うように命じられたのか?」
「……それもあるのですが」
ローラは深刻そうな表情を浮かべる。
「実は……暇を出されまして」
「……それは大変だな」
暇を出されたとは、休暇をもらったという意味ではなく、解雇されたという意味だ。
ローラとクリスティンは信頼関係ができていたように見えたので、意外だ。
「やるせないもんだな」
「いえ、護衛の任を果たせなかったので仕方がありません。それに、クリス様はしばらくしたら呼び戻して下さると約束して下さいましたし」
ローラは小さく溜息を吐いた。
話を聞く限り、解雇はクリスティンの本意ではなかったように思える。
まあ、短期間で二度も失態を演じた部下を庇うのは領主でも難しいということだろう。
「次の仕事は決まっているのか?」
「いえ、まだ」
ローラはチラチラと視線を向けてくる。
「俺のチームに入るか?」
「よろしいのですか?」
「まあ、もう一人盾役がいてもいいと思ってたからな」
マコトが遊撃、リブとローラがユウカとフェーネを守るという分担になる。
「随分と賑やかになってきましたねぇ」
「あとは回復役が欲しいな」
ローラを育てたら聖騎士にクラスチェンジして回復魔法を使えるようになったりしないだろうか。
背後からウェスタンドアの軋む音が響く。
どうやら、客が来たようだ。
「いらっしゃ――」
「シェリー」
「――ッ!」
シェリーは名前を呼ばれ、大きく目を見開いた。
「まさか、アラン?」
「あ、ああ、戻ってきたんだ」
昔の恋人の登場か、とマコトは背後を見る。
気弱そうな感じの男がスウィングドアの近くに立っていた。
冒険者だったという話だが、男が身に着けているのは普通の服である。
夢破れて、ということだろうか。
マコトは大粒の涙を零すシェリーを見ながら暗澹たる気分になった。
多分、二人を見て、兄と両親を思い出してしまったからだろう。





