Quest21:味噌と醤油を入手せよ【前編】
※
夢を見ている。
少年の夢だ。
一人の少年が露店に並べられた食べ物を見ている。
大人が、子どもが店主に金を渡し、食べ物を受け取る。
ごくありふれた光景だったが、少年にはそれができない。
金がなかったからだ。
少年が必死に働いても得られるお金はわずかだ。
この時はわずかなお金さえ得られない日が続いていた。
お腹はキュウキュウと鳴り、お腹と背中の皮がくっつきそうだった。
このままでは飢えて死んでしまうと思った。
だから、少年は盗むことにした。
初めての盗みだが、それが悪であるという意識はなかった。
暴力が是とされる地域で育ったのだ。
元より罪悪感など持ちようがない。
それなのに盗みに手を出さなかったのは失敗すること――死を恐れていたからだ。
少年は隙を突き、食べ物を手にし――あっさりと捕まって袋叩きにされた。
七悪――強欲の力が目覚めたのはこの時だった。
大人達の動きを封じて逃げ切った。
その日から少年は盗みを繰り返した。
犯行はエスカレートしていき、殺人を犯すまで時間は掛からなかった。
それでも、少年は止まらなかった。
少年はいつしか組織のボスになり、キングを名乗るようになっていた。
それはいつか国を盗んでみせるという決意の表れだった。
だが、そんな夢は異形の騎士によって阻まれた。
「……俺のせいにするなよ」
マコトが目を開けると、視界に天蓋が飛び込んできた。
柔らかな感触が手を包んでいる。
不審に思って視線を動かすと、ユウカがマコトの手を握り、ベッドに突っ伏していた。
さらに隣を見ると、ローラがイスに座って眠っていた。
う、う~ん、とユウカが呻き、目を開けた。
「……おはよう」
「機嫌が悪そうだな」
「低血圧なのよ」
ユウカは体を起こし、ボリボリと頭を掻いた。
一晩中傍にいてくれたはずなのに今一つ感謝の念が湧いてこない。
「フェーネとリブは?」
「宿に帰ったわよ」
やはり、不機嫌そうな声で言う。
「スキルを使ってくれたのか?」
「そうよ。使っても使っても回復してる感じがしなかったから諦めて寝ようかと思ったわよ」
「あ、そう」
感謝しなくても正解だった、とマコトは溜息を吐く。
「それにしてもアンタがモンスターになれるとは思わなかったわ。それも精霊術?」
「多分な」
変神した後の記憶は霞がかったようになっている。覚えているのは激痛と敵に対する強い殺意だ。
「えっと、アンタの――」
「七悪な、七悪」
「それって本当に大丈夫なの? 呪われてる感満々だったんだけど」
「そんなに不安がる必要はないらしいぜ」
「それを鵜呑みにした訳?」
ユウカは訝しげに眉根を寄せた。
「やっぱり、鵜呑みにしない方がいいか」
「あったり前でしょ。害がないならスキルを使ってないわよ」
「だよな」
マコトは頭を掻いた。詐欺師は絶対に儲かると言って近づいてくるのだ。
それを忘れてどうするというのか。
「けど、変神しなかったらキングには勝てなかったぜ」
変神したキングには打撃が通じなかった。
同じ土俵に立ったから勝てたのだという奇妙な確信がある。
「それでも、使うべきじゃないわ」
「最後の手段にしておくべきだな」
「……」
ユウカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「何だよ?」
「フラグね、死亡フラグ」
「縁起でもないことを言うなよ」
「ペナルティーがある能力を習得したヤツは限界以上に能力を使って死ぬか、廃人になるって相場が決まってるのよ」
「不安を煽りすぎだって」
マコトは深々と溜息を吐き、体を起こした。
意識を失っている間に脱がされたのかパンツしか穿いていない。
「あたしが悲鳴を上げると思ったら大間違いよ」
「お前は予想通りの行動を取ってるぞ」
ユウカなら絶対にこういう態度を取ると思っていた。
期待を裏切らない女だ。
マコトは右腕を見つめ、軽く目を見開いた。
肘までしかなかったタトゥが肩まで広がっていたのだ。
ふとキングを倒した時のことを思い出す。
恐らく、あれは精神や魂的なものだったのだろう。
そう考えればあんな夢を見たことにも説明が付くような気がした。
「ってことは強欲の力が使えるようになったってことか?」
「な~に、独り言を言ってるのよ」
「ユウカ、“動くな”」
「何様のつもり?」
ユウカは舌打ちをして立ち上がった。
「なんだ、強欲の力を吸収した訳じゃねーのか」
「あたしを実験体に使うつもりだったのね。この恩知らず!」
「いや、ちょっと試してみようと思っただけだって」
「実験するなら鼠から始めなさいよ!」
「悪かったよ」
やはり、何も言わずに実験体に使ったのはマズかった。
う、う~ん、とローラは小さく呻き、顔を上げた。
既視感を覚える光景だ。
「ま、マコト様!」
「よ、よう」
「……」
ローラの頬が紅潮していき――。
「キャーーーーーッ!」
悲鳴が部屋に響き渡った。
「アンタの期待してた展開よ」
「微妙に違うような気がするんだが?」
「ま、マコト様のあられもない姿が! な、何気に筋肉質なんですね――ッ!」
ローラは頬を押さえ、頭を振った。
「期待してたんでしょ?」
「してねーよ」
こんな姿は見たくなかったな、とマコトは天を仰いだ。
※
マコト達はローラに先導されて屋敷の廊下を進む。
廊下には絨毯が敷かれ、調度品がバランスよく配置されている。
大富豪のお宅拝見的な気分だ。
「ファンタジーだな」
「何処が?」
「現実味がない」
「気持ちは分かるわ。あたしも初めて校舎を見た時は『死ね! クソセレブ!』って思ったから」
「俺はそんなことを考えてねーよ」
漫画や映画の世界に迷い込んだみたいな感想を抱くのではなく、憎悪を滾らせるコイツの方が自分やキングよりも七悪に相応しいのではないか。
「苦労しすぎると、人間が駄目になるんだな」
「あたしの何処が駄目人間なのよ?」
「駄目人間とは言ってねーよ。人間が駄目になってるって言ったんだよ」
「同じでしょ?」
「ニュアンスが違うだろ、ニュアンスが」
「どう違うのよ?」
「受験の苦手科目みたいなイメージだな」
一点突破型の駄目人間と言い換えてもいいかも知れない。
駄目な部分が全体に影響を及ぼすのだ。
「訳が分か――」
「着きました」
ローラは立ち止まり、重厚そうな扉をノックした。
しばらくして――。
「……入れ」
「失礼致します」
くぐもった声が響き、ローラは扉を開けた。
「ファンタジーね」
「まあ、な」
幼女がアメリカ大統領の執務室を思わせる部屋で机に向かっている。
これをファンタジーと言わずして何と言う。
「マコト様、私は廊下で控えておりますので……」
「分かった」
マコトとユウカは執務室に入り、机から離れた場所で立ち止まった。
背後からパタンという音が響く。
恐らく、ローラが扉を閉めたのだろう。
「昨日は大儀であった」
「ありがたき幸せ」
マコトは軽く頭を下げた。
成功報酬を含めて4万Aも支払ってくれるクライアントなのだ。
時代劇調で返すのも吝かではない。
「すでに3万Aは支払われていると聞いたが、相違ないな?」
「相違ございません」
「うむ、報酬が支払われているのか心配だったのだ。安心したぞ」
クリスティンは胸を撫で下ろした。
「ローラが成功報酬で1万A渡すと約束したようじゃが――」
「まさか、支払わない気?」
「ワシは領主じゃぞ」
クリスティンは不愉快そうに眉根を寄せた。
「ワシはたった一人当たり4万Aではお主らに報いたことにならんのではないかと言いたかったんじゃ」
「それって報酬を上乗せしてくれるってこと?」
「まあ、そういうことじゃな。マコト、好きなものを望むがいい。ワシの名に懸けてお主の願いを叶えてやろう」
「なんで、マコトだけなのよ」
ユウカが不満そうに呟くが、クリスティンは華麗にスルーした。
「何でもいいのか?」
「うむ、何ならローラを嫁にやるぞ」
「いや、生き物はちょっと」
背後からガタッという音が響く。
「盗み聞きしてたのね」
「みたいだな」
今日一日でローラの評価が一気に下がったような気がする。
初めて出会った時は気丈な女騎士だと思ったのだが――。
「とんだポンコツ騎士ね」
「そこは指摘してやるなよ」
こいつには武士の情けがないのだろうか。
「どうじゃ?」
「そうだな」
マコトは腕を組み、小さく唸った。
クリスティンは母親の形見だけではなく、自分の部下まで差し出そうとするような少女である。
かなり無茶な要求をしても呑んでくれそうな気がするが、そういう子どもの性質を利用するのはマズいような気がする。
それに1人4万A、チームでは16万Aが支払われるのだ。
流石にこれ以上要求しては強欲の誹りを免れない。
「どうじゃ?」
「ああ、決めたぞ」
「そうか!」
何が嬉しいのか、クリスティンは身を乗り出した。
「それで、何を望むんじゃ?」
「味噌と醤油をくれ」
「……何じゃと?」
クリスティンはわざとらしく聞き返してきた。
「ちょっと!」
ユウカは手の甲でマコトの二の腕を叩いた。
「相手がいいって言ってるんだから取れるだけ取ればいいのよ!」
「そうじゃぞ! 主が望むのなら地位も、名誉も……女も思いのままじゃぞ!」
「どうして、俺が説得されなきゃならねーんだよ」
マコトがうんざりした気分で言い返した。
「それはお主が何も望まんからじゃ!」
「そうよ、アンタが悪い!」
クリスティンとユウカは仲よくマコトを責め立てる。
「けどさ、面倒臭そうだろ」
「面倒臭そうって、アンタね」
ユウカは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「ならば名誉はどうじゃッ?」
「名誉欲がある訳じゃないしな。逆に聞きたいんだが、どうして礼をしたがるんだ?」
「……それは」
う~、とクリスティンが唸る。
「それは?」
「お主のせいじゃもん! ワシが礼をしたいと言っているのにいらんいらん言うんじゃもん! ワシにだって領主としての面子があるんじゃもん!」
クリスティンは駄々っ子のように手足をばたつかせた。
「あ~あ、泣かせた」
「泣かせてねーよ」
「二度も助けられて、礼ができないなんて面目丸潰れじゃもん!」
「……面子か」
本気で泣き出すまで放置しようとも思ったのだが、言われてみればクリスティンは領主なのだ。
クリスティンが他の貴族に軽んじられるのなら、あまり意固地にならない方がいいかなという気がしてくる。
「分かった」
「おお、ようやく礼を受け取る気になってくれたか! ならばお主にローラをやろう」
「だから、生き物はいらないって」
またしても廊下から音が聞こえてきたが、今回は流石にユウカも無視した。
「ローラはちょっと行き遅れ気味じゃが、処女じゃぞ。結婚すれば下級じゃが、貴族になれるぞ」
「へ~、処女だって」
「なんで、お前が嬉しそうなんだよ」
「アンタは嬉しくないの?」
「何と言うか、面倒臭さが先に立つって言うか」
若返ったお陰で性欲は持て余し気味なのだが、どうも恋愛に対して前向きな気分になれないのだ。
「割り切った大人の関係がお好みって訳?」
「どうなんだろうな?」
マコトは首を傾げた。
「もしかして、セフ――」
「そういうのもちょっとな。なんか、今一つ燃えないんだよ」
「面倒臭いヤツ」
ユウカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「うむ、そういうことならば名誉騎士の称号を与えてやろう」
「名誉騎士って何をすればいいんだ?」
「何もしなくていいぞ。偶に遊びに来てくれればよい」
「まあ、それくらいなら」
マコトは領主から信頼されている冒険者という評価を、クリスティンは恩人を厚く遇する領主という評価を得る。
どちらにも利がある。
まさにWIN-WINの関係だ。
「それはそれとして味噌と醤油を忘れないでくれよ」
「うむ、我が家の備蓄を分けてやろう」
クリスティンは満足そうに頷いた。





