Quest20:変神せよ【後編】
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翌朝、倉庫は異様な雰囲気に包まれていた。
子ども達はスリムの死体を中心に円を描くように座っている。
子ども達は忙しなく目を動かしている。
ジャンボとスリムが殺し合ったことで猜疑心の塊になってしまったのだろう。
この状況で疑われるようなことをすればすぐに密告されるに違いない。
キングという男は人心掌握に長けている。
伊達に部下を従えていないようだ。
こんな状況だが、幸運もある。
少なくともクリスティンにはアーネストという仲間がいる。
協力できる仲間がいるのは心強い。
交替で睡眠を取れるし、子ども達の一人に襲われても二人で対処できる。
ジャンボはと言えばスリムを殺したことで精神が崩壊してしまったのか、爪を噛みながらブツブツと呟き続けている。
襲い掛かってこないか、心配だ。
「ガキども! 移動の時間だ!」
キングは倉庫に入ってくるなり場違いなほど陽気な声で言った。
「これからお前達は何処かの変態どもに買われていく! まあ、上手く立ち回ってれば長生きできるかもだ!」
「スキル・並列起動×10!」
キングの部下が倉庫に入ってくると、凜とした声が響いた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、追え追え猟犬の如く、我が敵を追う猟犬となれ! 顕現せよ、追尾弾!」
十の光弾が倉庫内に侵入し、キングとその部下を貫く。
だが、威力が足りなかったのか、それとも別の理由か、よろめいただけだ。
その時、風が吹いた。
風の正体はマコトだった。
マコトは瞬く間にキングの部下を叩き伏せる。
だが、キングの部下はまだ残っている。
いくら客人と言っても敵に囲まれては打つ手がない。
「地震撃!」
角の生えた女――恐らく、彼女がバイソンホーン族の女戦士だろう――が飛び込み、ポールハンマーを倉庫の床に叩き付ける。
倉庫全体が大きく震え、キング達は足を止めていた。
風を斬る音が断続的に響き、キングの部下が次々と頽れる。
ふと足下を見ると、金属製の弾が転がっていた。
そこに――。
「突撃!」
ローラが衛兵を率いて突進してきた。
わずかに生き残っていたキングの部下は斬り伏せられていく。
「て、てめぇ! よくも俺の部下を! 俺達のレジェンドが! クソッ、どうやって居場所を察知した! ここは俺のスキルで探知されないようにしているのに!」
「人海戦術に決まってるだろ!」
マコトが喚くキングに突っ込んで行く。
なるほど、とクリスティンは手を打ち合わせた。
誘拐された時の台詞から察するにキングの能力は違和感を覚えられたら無効化されてしまう程度なのだろう。
たとえば人海戦術で建物をチェックし、地図を塗り潰していく。
そうすればキングの影響下にある場所が残る。
ベラベラと自分のスキルについて語るからこうなるのだ。
「い、いかん!」
クリスティンは悲鳴を上げた。
マコトはキングの――動きを封じるスキルの存在を知らないのだ。
「“動くな”!」
「な、なんだ! 動けねぇぞ!」
「くっ、体が!」
「こっちもです!」
バイソンホーン族の女戦士とローラ、衛兵が動きを止めていた。
キングは勝ち誇った笑みを浮かべ、そのまま凍り付いた。
「オォォォォォォォッ!」
マコトが雄叫びを上げ、拳を突き出す。
「俺は“動くな”と言ったんだぞ! どうして、お前は動いてるんだよ! 俺が“動くな”と言ったら“動くな”!」
キングが“動くな”と命令するたびにマコトの動きが鈍る。
だが――。
「オォォォォォォォッ!」
マコトは雄叫びを上げ、ブンブンと腕を振り回す。
動きが精彩を欠いているように見えるのは七悪の力が効果を発揮しているからだろう。
「く、クソが――ッ!」
マコトの拳が脇腹を捉え、キングは血反吐を撒き散らしながら倉庫の壁に叩き付けられた。
倉庫が倒壊するのではないかと思うほど激しく揺れる。
キングは床に落下し、力なく血を吐いた。
それが切っ掛けであったかのようにクリスティンは自由を取り戻した。
それは他の面々も同じだったようだ。
「すぐに倉庫の外に避難して下さい!」
衛兵達はローラの命令に従って子どもを外に誘導する。
ジャンボはバイソンホーン族の女戦士に担がれて外に出た。
ワシは最後か、とクリスティンは何だか釈然としない気分だった。
こういう時は真っ先にクリスティンを助けるべきではないか。
「よう、クリス。助けに来たぜ」
「クリス、この人は?」
「俺はマコト、チーム『黒炎』のリーダーだ」
マコトはアーネストと視線を合わせるように跪いた。
「クリス様」
やや遅れてローラがやって来た。
スリムの死体にマントが掛けられているので、それで遅れたのだろう。
もう倉庫には四人しかない。
「――たくねぇ、死にたくねぇ。俺達の伝説はこれから始まるんだ」
キングの声が響く。
「金だ! ガキどもを売って、金を手に入れる! 俺は全てを、全てを!」
キングが血を吐きながら立ち上がった。
「金、金、金ッ!」
漆黒の炎が噴き出し、その中でキングは変貌していく。
目が真っ黒に染まり、鼻と口が迫り出す。
筋肉が肥大化し、無数の針が全身から飛び出す。
気が付くと、キングの身長は2メートルを超えていた。
「物質化!」
マコトの右腕から炎が噴き出し、装甲に変わる。
「死ネェェェェェェッ!」
キングが無数の針を撃ち出し、マコトはその場に踏み止まって攻撃を捌く。
理由は明白だ。
後ろにクリスティン達がいるからだ。
「やっぱり、無理か!」
マコトが小さく吐き捨てる。
見れば右腕の装甲に無数の亀裂が走っていた。
あと一回でも攻撃を受ければ砕け散るだろう。
「クリス様、逃げますよ」
言うが早いかローラはクリスティンとアーネストを脇に抱えた。
「申し訳ありません。足止めを」
「謝る必要はねーよ。これも給料の内だ」
マコトとローラは同時に駆け出した。
「逃ガサネェェェッ!」
「お前の相手は俺だ!」
轟音が断続的に響く。
マコトがキングに拳を叩き込んだ音だ。
もはや、それは音ではなく、衝撃だ。
だが、真に驚くべきはキングの耐久力だ。
マコトの拳をまともに受けているにもかかわらず、ダメージらしいダメージがない。
「硬ぇな!」
マコトの拳が空を斬った。
キングが跳び上がり、天井に張り付いたのだ。
「逃ガサネェ、ト言ッタ!」
キングの足下から黒い光が広がる。
それは瞬く間に倉庫を覆い――。
「きゃッ!」
ローラが騎士らしからぬ悲鳴を上げる。
黒い光によって弾かれたのだ。
「クリス様、失礼します」
ローラはクリスを床に下ろすと黒い光を斬りつけた。
だが、剣が弾かれる。
「スキル・魔法極大化、並列起動×10!」
倉庫の異常に気付いたのだろう。もう一人の客人――ユウカは倉庫の前に立つと杖を構えた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
もはや壁としか言い様のない魔弾が黒い光に殺到する。
だが、人間種の限界まで強化された魔弾でも黒い光を撃ち抜くことはできなかった。
「地震撃!」
バイソンホーン族の女戦士がポールハンマーを叩き付けるが、結果は変わらない。
「退いて! 再詠唱!」
バイソンホーン族の女戦士が退き、再び魔弾が押し寄せる。
「再詠唱!」
だが、都合三度の魔弾を受けても黒い光は健在だった。
「マコト!」
「分かってる。けどよ!」
ユウカが叫ぶが、マコトは降り注ぐ針に対処するだけで手一杯だ。
不意に針が止まり、マコトはこちらに向かって走る。
ほぼ確実に罠だが、クリスティン達を逃がさなければ存分に戦えないのだ。
「退いて――ッ!」
背後から音が響き、マコトは振り返る。
倉庫の中央に立っていたのは異形と化したキングだ。
「死ネェェェェェェッ!」
キングが一斉に針を撃ち出す。
マコトは目にも留まらぬスピードで攻撃を捌くが、針が肩に、太股に突き刺さる。
もし、自由に動けたのならば傷一つ負わずに済んだだろう。
だが、マコトはクリスティン達を庇っているために攻撃を躱せないのだ。
「イイ加減ニ、クタバレェェェェッ!」
キングが巨大な――身の丈ほどある針を放ち、それはマコトの右腕と頭を貫いた。
マコトがゆっくりと倒れる。
微かに口元が動く。
――変神。
クリスティンはマコトがその言葉を紡いだ瞬間を見ていた。
マコトの体が漆黒の炎と化した。
炎に包まれたのではない。
本当に炎と化してしまったように何も見えないのだ。
「む?」
クリスティンは小さく呻いた。
炎の中に影のようなものが見えたのだ。
それは徐々に大きくなり――。
「ギィィィィィィィィッ!」
炎が二つに割れ、異形の騎士が生まれた。
騎士――本当に騎士だろうか。
確かに全身は装甲じみたもので覆われている。
頭はゆで卵のようにツルリとしている。
目や鼻はなく、口の位置に細い溝――スリットがある。
それに、鋭い爪と尻尾は――。
まるで――。
悪魔のようではないか。
「死ネェェェェェェッ!」
キングが無数の針を放ち、異形の騎士は軽く背筋を反らし――。
「ガァァァァァァァァァァァァァッ!」
絶叫した。
どうやって声を出しているのか疑問だが、それだけで無数の針は塵に変わった。
「な、何じゃ!」
クリスティンはその場に座り込んだ。
腰が抜けたのだ。
股間に濡れた感触がある。
失禁。
たった一度の咆哮で生存本能を刺激された。
見ればアーネストも失禁していた。
ローラは――うっとりとした表情を浮かべていた。
きっと、脳が誤作動を起こしているのだ。
元々、ローラはマコトに好意を抱いていた。
好意と恐怖がごちゃ混ぜになり、正常な判断ができなくなっているのだ。
「ゴォォォォォォォッ!」
異形の騎士が跳び、キングは避けることもできずに受け止めた。
「オレハ、伝説ヲ築クンダッ!」
キングが野望を口にしても異形の騎士は取り合わない。
そもそも、理性が存在しているのかさえ怪しい。
異形の騎士は腕を振り下ろした。
「ギィヒィィィィッ!」
キングは肩口から脇腹まで切断されて悲鳴を上げた。
傷口が泡立ち、傷が修復されていく。
異形の騎士は尻尾をキングの首に巻き付け、床に叩き付ける。
それから先は一方的な蹂躙劇だった。
異形の騎士が腕を振り下ろすたびに骨の拉げる音が響き、血が飛び散った。
肉片が倉庫の壁に張り付き、腕が重々しい音を立てて床に落下する。
最後に異形の騎士は拳を振り下ろした。
頭蓋骨が破裂し、中身が汚らしく床に広がった。
あとに残ったのは徹底的に破壊されたキングの死体だけだ。
その時、異変が起きた。
キングの死体が黒い光を放ったのだ。
それは煙のように立ち上り、球体を形成した。
異形の騎士はそれを見上げ、口を開けた。
あのスリットは口だったのだ。
異形の騎士は球体を吸い込むと口を閉じた。
「オォォォォォォッ!」
異形の騎士が仰け反る。
装甲に亀裂が走り、そこに赤黒い光が灯る。
さらに装甲は禍々しいものに変わる。
「……」
クリスティンは無言で異形の騎士を見つめていた。
無理だ、と本能が叫んでいる。
目の前にいるのは絶対捕食者だ。
逃げるとか、逃げないとか、そういう存在ではない。
頭を垂れて、やり過ごすべき存在だ。
だが、だがしかし、恐怖のあまり頭を垂れることもできないのだ。
「……アペイロン様」
クリスティンが神に祈ったその時、異形の騎士が漆黒の炎と化した。
炎が収まると、傷一つないマコトが倒れていた。





