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Quest20:変神せよ【中編】



「――クリス。ねぇ、クリスってば」

「なんじゃ、五月蠅いのう」


 クリスティンが目を開けると、アーネストがこちらを覗き込んでいた。

 すぐ近くにはジャンボとスリムの姿もある。

 監視は何をしているんじゃ、と体を起こす。

 眠っているのか、禿頭の男は体を前後に揺らしていた。


「脱走するから手伝え」

「うむ、なかなか魅力的な台詞じゃ。じゃが、断る」


 断られると思っていなかったのか、ジャンボは鼻白んだ。


「なんだと?」

「ワシは子どもが思い付いた雑な作戦で逃げられるとは思っとらん」

「俺には精霊術がある。この力があれば大人だって手を出せない」


 ジャンボの手に炎が灯る。


「すまんが、ワシは貴様らを信用しとらんのだ」

「チッ、お前なんか死んじまえ」


 ジャンボは吐き捨てるように言った。

 学校制度を見直さなければならんかな、とクリスティンは小さく溜息を吐く。

 アーネストのようにヘタレてしまうのも問題だが、ジャンボのように好戦的になってしまうのも考えものだ。

 精霊術を使えるくらいで大人と戦えると考えている所がすでに駄目だ。


「……キ●ガイに刃物を持たせるための学校ではなかったんじゃが」


 幸い、クリスティンの言葉は無視された。


「デブ、お前はどうするんだ?」

「……僕は」


 アーネストはチラチラと視線を向けてくる。

 逃げるか、逃げないかの判断くらい自分でしろと言いたい。


「僕はここに残るよ。クリスティンを一人にはできないし」

「――ッ!」


 ジャンボはアーネストを殴りつけた。

 かなり強く殴られたように見えたのだが、アーネストは歯を食い縛って耐えた。

 ヘタレだと思っていたらなかなか根性がある。

 クリスティンの中でアーネストの評価が少しだけ上がった。


「チッ、お前も死んじまえ」


 ジャンボは吐き捨て、他の子ども達の下に向かった。

 スリムもそれに倣う。

 見事な腰巾着振りだ。


「アーネスト、大丈夫か?」

「大丈夫そうに見える?」


 アーネストは血で濡れた口元を服の袖で乱暴に拭った。


「お主は逃げてもよかったんじゃぞ?」

「クリスを放っておけないじゃない。これでも、僕は男なんだし……」


 それに、とアーネストは続ける。


「クリスも言ってたけど、信用できないヤツの作戦には乗れないよ。いつ、切り捨てられるか分からないんだし」


 ジャンボに対する不信が勝ったと言うことか。


「うむうむ、よい判断だ。騎士として召し抱えてやってもよいぞ」

「光栄に存じます」


 アーネストが照れ臭そうに言ったその時、倉庫が赤く染まった。

 ジャンボが精霊術を使ったのだ。


「ヒィ、ヒィィィィィィッ!」


 禿頭の男が炎に包まれ、悲鳴を上げた。


「今だ! 扉を破れ!」

「精霊よ!」


 ジャンボが叫び、スリムが扉に向けて地の精霊術――岩の塊を放つ。

 ガンッ! という音と共に扉が拉げる。


「もう一発だ!」

「精霊よ!」


 再び岩の塊を放つ。

 扉が外側に向かって弾け飛ぶ。

 冷たい空気が吹き寄せ、子ども達が外に飛び出す。


「逃げるぞ! けど、お前らは駄目だッ!」


 ジャンボは駆け出し、振り向き様に炎を放った。

 この先に進むなと言わんばかりに炎の壁が聳え立つ。


「バーカ! 死んじまえッ!」

「……お前が死ね」


 クリスティンはジャンボの背中に向けて吐き捨てた。

 まあ、その頃には外に逃げ出していたが。


「ど、どうするの!?」

「……お主は」


 アーネストが腕にしがみつき、クリスティンは溜息を吐いた。


「……精霊よ」


 クリスティンは腕を軽く振った。

 それだけで炎が凍結し、砕け散る。


「クリス、逃げよう!」

「無理じゃろ」


 クリスティンは腕を振り、禿頭の男を包んでいた炎を消し飛ばす。

 失敗すると、冷凍肉になるが、今回は上手くいった。


「……それだけの力があれば盗賊くらい」

「ワシの精霊術は大したもんではないぞ」


 精霊術の心得か、対魔法戦の経験があればあっさり対応されてしまう。

 ミツバチの針のようなものだ。

 クリスティンは跪き、チチチッと舌を鳴らした。

 すると、倉庫の隅から鼠が這い出してきた。

 正直、触りたくないが、ポケットからハンカチを取り出して鼠に結ぶ。

 手を離すと、鼠はチューチュー鳴きながら排水溝に潜り込んだ。


「今のは?」

「ワシのスキル……アニマル・トークじゃ」

「助けを呼んだんだね?」

「どうじゃろうな?」


 クリスティンは首を傾げた。

 アニマル・トークは動物と会話ができるというレアスキルなのだが――。


「ぶっちゃけ、鼠じゃからな」

「鼠でも数を集めれば見張りくらいなんとかなったんじゃない?」

「よほど数を集めん限り、ビビって逃げるぞ」

「動物に命令できるんじゃないの?」

「あくまでお願いするだけじゃ」


 命を危険に曝すような命令は聞いてくれないし、素直に話を聞いてくれるのは鼠、犬、猫、鳥までだ。

 大型の肉食獣になると話も聞いてくれない。

 むしろ、クリスティンを餌だと思っている節がある。


「う、う~ん」


 禿頭の男が呻き声を上げ、ガバッと体を起こした。


「ガキどもは!?」

「逃げたぞ」

「クソッ、兄貴に殺されちまう」

「それはないと思うぞ」


 精霊術を使える子どもの見張りを命じたのだ。

 棍棒一つでは制圧できないことくらい分かりそうなものではないか。


「お前ら、逃げるなよ!」

「うむ、じっとしているぞ」


 クリスティンがその場に座ると、禿頭の男は棍棒を持って外に向かい――やはり、気になったのか振り返った。


「逃げるなって言ったのは逃げていいって意味じゃねーからな。勘違いするなよ」

「うむ、逃げん」

「そのままの意味だからな? 絶対に勘違いするなよ? 絶対に裏の意味があると思うな!」

「そこまで念を入れずとも分かっておる」

「兄貴!」

「そんな大声を出さなくても聞こえてるぜ」


 禿頭の男が叫ぶと、黒ずくめの男がジャンボを担いで倉庫に入ってきた。

 無造作にジャンボを投げ捨てる。


「この野郎!」

「効くかよ」


 ジャンボは即座に立ち上がり、黒ずくめの男に炎を放つ。

 だが、炎は黒ずくめの男に触れることさえできずに消えた。

 見れば黒い光が黒ずくめの男を包んでいた。

 マコトと同じ力――七悪の力か、とクリスティンは目を細めた。

 同じ精霊術ならば打ち消すことも可能だろう。


「ボス。全員、捕まえましたぜ」


 部下と思しき男達は倉庫に入るなり、子どもを投げ捨てた。

 殴られたのか、頬を腫らしている子どももいる。


「……おい」


 そう言って、黒ずくめの男はクリスティンの足下にナイフを投げた。


「そのナイフでそいつを刺せ」


 黒ずくめの男は顎をしゃくり、ジャンボを指し示した。

 なるほど、とクリスティンは頷いた。

 どうやら、ジャンボを刺させることで子ども達に不信感を植え付けようとしているらしい。


「断る!」

「なんだと?」


 黒ずくめの男が鬼のような形相で睨んできたが、クリスティンは恐怖を抑えつけ、胸を張った。


「お主の考えていることなどまるっとお見通しじゃ。大方、ワシにそいつを刺させて不信感を植え付けようという魂胆じゃろうが……」


 クワッと目を見開く。


「ワシはそやつと友達ではない! 皮を剥ぐなり、切り刻むなり、好きにするがいい!」

「スゲーガキだ」

「ガキではない。クリスじゃ」

「そうか。俺はキングだ」


 黒ずくめの男――キングはスリムを突き飛ばした。


「お前が刺せ。刺せないならお前が刺されろ」


 スリムはナイフを手に取る。

 その目は忙しなく動いている。

 ナイフを手に取りながら迷っているのだ。


「やる気かよ」

「いや、そんなつもりは……」


 ジャンボが獰猛な笑みを浮かべると、スリムは途端に怖じ気づいた。


「ああ、そのままじゃ刺せないよな。“動くな”」


 キングが命令した次の瞬間、クリスティンの体は動けなくなった。

 アーネストも、他の子ども達も同じだろう。


「七悪の力か?」

「俺の力を知ってるのか? そうだ!」


 キングの体から漆黒の炎が噴き出した。


「俺は強欲の使い手!」

「ふむ、ワシらを攫ったのもその力か?」

「そうとも、欲しいものを嗅ぎ付ける! それが俺のスキル! 強欲な嗅覚センス・オブ・ヘッジホッグだッ!」


 漆黒の炎が膨れ上がり、一瞬にして掻き消えた。


「あと助けを期待しても無駄だぜ。ここは俺のスキルで見つけられないようになってる」

「どうすれば無効化できるんじゃ?」

「それはな……おっと、いけねぇいけねぇ。スキルの話を振られると、ついついベラベラと喋っちまう」

「自己顕示欲が強いんじゃな」

「誉め言葉として受け取っておくぜ」


 キングはジャンボとスリムを見つめた。


「ああ、“ナイフを持っているガキは動いていい”ぜ」


 スリムはプハッと息を吐き、ナイフを構えた。


「お、おい、止めろよ。俺達、友達だろ?」

「う、うわぁぁぁぁッ!」


 スリムは大声で叫びながらジャンボに突進した。


「ギャァァァァァッ!」


 ナイフが脇腹に深々と突き刺さり、ジャンボは絶叫した。

 呪縛が解けたかのようにスリムを突き飛ばす。

 まさか反撃されるとは思っていなかったのか、スリムは尻餅をついた。


「悪ぃ悪ぃ、痛みや衝撃を与えると動けるようになることを言い忘れてたぜ」


 キングはゲラゲラと笑いながら言った。


「よ、よよ、よくもやってくれたな!」

「命令されたんだ。仕方がなかったんだ」


 ジャンボは脇腹に刺さったナイフを引き抜いた。

「こ、殺してやる」

「ま、待ってよ」


 スリムは尻をついたまま後ろに下がる。

 だが、クリスティンは黄色の光が漂っていることに気付いていた。


「死ねぇぇぇッ!」

「お前が死ねッ!」


 石の槍が地面から飛び出す。

 スリムの精霊術だ。

 だが、石の槍は虚空を貫いた。

 痛みでジャンボの歩みが鈍ったせいだった。


「こ、この、クソ野郎がぁぁぁぁッ!」


 ジャンボは倒れ込むようにしてスリムにナイフを突き立てた。

 スリムは何とかしてナイフを押し返そうとするが、圧倒的に力が足りなかった。


「ギャッ!」


 ジャンボが悲鳴を上げる。

 スリムが親指を眼球に突き立てたのだ。


「よくも、よくも俺の目をッ!」


 ジャンボはナイフを引き抜き、思いっきり振り下ろした。

 何度も、何度もだ。

 スリムの絶叫が倉庫に木霊する。


「死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇぇッ!」


 ジャンボが絶叫し、ナイフをスリムに突き立てる。

 いや、突き立てたと言っていいものだろうか。

 ナイフは根元からへし折れていたのだ。

 静寂が舞い降りるが、それは呻き声によって破られた。


「……痛い」


 スリムの声だった。

 スリムは胸を穴だらけにされながら生きていた。


「ひ、ヒィィィィツ!」


 ジャンボはナイフの柄を投げ捨て、スリムから飛び退いた。

 痛い、痛い、とスリムは体を震わせた。


「……ママ、ママ、助けて」


 人間はなかなか死なぬものなのだな~、とクリスティンはそんな感想を抱いた。

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