Quest2:グールを討伐せよ【前編】
※
「お~! お~ッ!」
ゾンビの声がダンジョンに響く。
目の前にいるのはリュックを背負ったゾンビだ。
騎士団とはぐれ、アンデッドに殺されたのだろう。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
ユウカが魔弾を放つ。
狙いは脚だ。
魔弾が直撃し、膝が生々しい音と共に拉げる。
マコトはバランスを崩したゾンビに向かって走った。
「点火!」
漆黒の炎が叫びに呼応するように右腕から噴き出す。
だが、点いたり消えたりを繰り返し、安定しない。
構わずに殴りつけると、漆黒の炎がゾンビの顔面に引火する。
にもかかわらず、ゾンビは歩みを止めない。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く――」
背後からユウカの声が響き、マコトは地面に伏せた。
「我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ! 魔弾!」
魔弾が直撃し、ゾンビの頭を打ち砕いた。
だが、頭部を失ってもこちらにゆっくりと近づいてくる。
「いい加減に死ね!」
マコトがヤクザキックをお見舞いすると、ゾンビはようやく倒れた。
【レベルが上がりました。レベル5、体力15、筋力12、敏捷13、魔力14。ボーナスポイントが1付与されました】
御使いの声が頭の中に響く。
「よし、戦利品の回収だ」
「まるっきり強盗ね」
ユウカの嫌味を無視し、リュックを漁って食料を回収する。他にも役立つ物――武器があればと思うが、このゾンビは食料専門だったようだ。
「チッ、しけてんな」
「マジで強盗だわ」
ユウカはがっくりと肩を落とした。
「今日は休もうぜ」
「さっきの開けた場所に戻りましょ」
「おう」
マコトは岩陰に隠しておいたリュックを背負い、元来た道を戻る。
細い通路を抜けると開けた空間に出た。
「結界を出して」
「分かった」
リュックから鳴子――結界を取り出して渡すと、ユウカは先端が丸くなっている金具を地面に突き刺し、正方形を形作った。
この結界は生者の気配を遮断し、アンデッドから見えなくしてくれるらしい。
「は~、しんどかった」
マコトは結界に入り、座り込んだ。
「ちょっと毛布を出してよ」
「分かったよ」
リュックから毛布を取り出して地面に敷くと、ユウカはその上に座った。
「このまま永遠に脱出できないような気がしてきたわ」
「それはないだろ」
マコトは気休めを口にする。
ユウカと出会ってから三日が過ぎたが、九階層に上がるための通路さえ見つかっていない。
「せめて、紙と鉛筆があればな~」
「地図を持ってるヤツがいてもおかしくないのに」
「そうだな~」
マコトは頷き、水筒を呷った。
ユウカの水筒ではなく、ゾンビから奪ったものだ。
この水筒は水が無限に湧き出るマジックアイテムだ。
元の世界に持って帰れば高値で売れそうなアイテムだが、この世界では大して珍しいものではないらしい。
「……お風呂に入りたい」
「水筒の水で体を拭けばいいんじゃねーの?」
「アンタの前で?」
「そこら辺の岩陰に隠れりゃいいだろ」
「覗かれたくないから止めておくわ」
「覗かねーよ」
「どうだか」
ユウカは不信感を隠そうともしない。
生死を共にしているとは言え、知り合ってから三日しか経っていないのだから無理もない。
しかも、男と女である。
彼女が自分のステータスやスキルを口にしないのはその辺に理由があるのだろう。
「念のために言っておくけど、あたしには好きな人がいるから」
「藪から棒にどうしたんだ?」
「コウキ君って言ってね。お金持ちで、格好良くて、勉強もスポーツもできて、性格もいいの。アンタとは雲泥の差よ」
「好きな人の説明でお金持ちって」
何を重要視しているのか分かってしまう発言だ。
「お金は大事じゃない!」
「そうだな」
元の世界では金のために苦労したのだ。
金が大事ではないとは言えない。
もしかしたらユウカも金に苦労していたのだろうか。
もう少し穏和な性格であればと思うが、お金に苦労した結果、捻くれた性格になってしまったのだとしたら親近感が湧いてくる。
苦労は人間を磨きもするが、駄目にもするのだ。
「異世界に転移した後、皆を纏めたすごい人なんだから」
「そりゃすごいな」
マコトは素直に称賛した。
何処にも図抜けたヤツはいるらしい。
「だから、駄目だからね」
「前後の文脈が繋がってねーけど、自分に手を出すなっていいたいんだろ?」
「そうよ」
ユウカはムッとしたように言った。
「出さねーよ」
「ホントに?」
「こんな所で敵を作るような真似をしてどうするんだよ」
マコトは深々と溜息を吐いた。
一人でゾンビを倒せるかと言えばちょっと不安だ。
それはユウカも同じだろう。
生き延びるためには協力しなければならないのに自分から前提条件を崩してどうするというのか。
裏切るとしてもそれはユウカが必要なくなった時だ。
「……そうね」
「そうねって顔じゃねーぞ」
こちらの本心を探ろうとしているかのような表情である。
「まあ、取り敢えず食え。食って寝ちまえ」
「ちょっと投げないでよ!」
パンと干し肉を投げると、ユウカは声を荒らげた。
毛布の上に落ちたパンを手に取り、すっかり硬くなったそれを口に運ぶ。
どうやら、かなりストレスが溜まっているようだ。
食料と寝床こそ確保できているものの、ダンジョンでの生活は不便の連続だ。
はぁ~、とユウカは深々と溜息を吐いた。
温かい飯を食べさせると兵士の士気が上がると聞いたことがある。
逆に言えば冷たい飯ばかり食べていると士気が下がるということだ。
「ナイフを持ってくればよかったわ」
「そうだな」
ユウカがカチカチの干し肉を噛みながらぼやく。
干し肉は小さなブロックに分けられていて、すごく歯応えのあるジャーキーという感じだ。
マコトはパンを割り、歯で削るようにして食べる。
パン粉でも食べているような気分だが、何もないよりはマシだ。
「ところで、さっきの点火って何よ」
「気合を入れるキーワードだ」
マコトは袖を捲り、点けと念じる。
すると、漆黒の炎が噴き出した。
「ゾンビに気付かれたらどうすんのよ!」
「悪ぃ悪ぃ」
消えろ、と念じて漆黒の炎を消す。
「どうも火付きが悪ぃんだよな。精霊術士って、こんな感じなのか?」
「どうなのかしら?」
ユウカは首を傾げた。
「何だ。知らないのか」
「少なくともあたしの知っている精霊術士は呪文を唱えてたわ」
「どんな呪文なんだ?」
「あたしが知ってる訳ないじゃない」
「呪文を唱えりゃ上手く使いこなせると思ったんだけどな」
マコトは腕を上げ、タトゥーを見つめた。
「かなり上手く使えてると思うけど?」
「全然上手く使えてねーよ。火の勢いは安定しねーし、遠距離攻撃はできねーし」
「格闘家なんだから殴り合えばいいでしょ」
「嫌だっての」
「どうしてよ?」
「怖いからに決まってるだろ」
それなりに強くなったと思うが、怖いものは怖いのだ。
「男のくせに情けない」
「安全マージンをしっかり取っておきたいんだよ」
いくらゲームっぽい世界でも流石にセーブとコンティニューはないだろう。
仮にあったとしても痛いのは嫌だ。
「つか、お前らは大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「ダンジョンの攻略って言ってるけど、これはガチの殺し合いだぞ? 死んだ方がマシな目に遭うかも知れないんだから普通はビビるだろ」
ゾンビは怖いし、痛いのは嫌だ。
自分でも情けないことを言っていると思うが、これが普通の反応だとも思う。
「死んだ方がマシって?」
「切腹って知ってるか?」
「それくらい知ってるわよ」
「あれってさ、短刀を腹に刺した後、十字に切り裂くんだけど、そこまでしても死ねねーから介錯……首を斬り落としてくれる人がいるんだよ」
あ、とユウカは小さく声を上げた。
「お前らって、そういう目に遭っても戦えるのか?」
「……無理だと思う」
ユウカの顔色がみるみる青ざめていく。
そんな目に遭っても戦意を失わないのは徹底的に訓練された特殊部隊の人間くらいだろう。
「そういう訳で俺はできるだけ安全策を取りてーの。分かるか?」
「わ、分かったわ」
マコトは地面に毛布を敷き、その上に寝転がった。
国王が信用できないと思っているくせに、どうして殺し合いの怖さを理解できないのか。
コウキという男がその辺りをぼかしてクラスメイトを纏め上げたのならば大したものだと言わざるを得ない。
裏切られるか、使い潰されるかしそうなので、知り合いにはなりたくないが。
「あんまり気にすんなよ」
「アンタが不安を煽ったんじゃない!」
「不安を煽ったんじゃなくて情報共有だよ、情報共有。俺が何を考えているのか知っていればやりやすいだろ」
「……そりゃそうだけど」
ユウカは不満そうに唇を突き出す。
「俺達の目的は無事にダンジョンを脱出することだ」
「分かってるわよ」
「命大事にだぞ、命大事に。ガンガンいこうぜは絶対にないからな」
「分かってるわよ!」
怒ったのか、ユウカは声を荒らげた。
「怒鳴るなよ。ゾンビに見つかるぞ」
「アンタが怒らせなけりゃ静かにしてるわよ」
ユウカは押し殺したような声音で言った。
「これ以上、怒らせない内にさっさと寝ることにするよ」
マコトはパーカーを被って目を閉じた。





