Quest20:変神せよ【前編】
※
「……解除」
マコトは物質化を解除し、改めて地面に突き刺さった五寸釘サイズの杭を見つめた。
杭は漆黒の炎と化し、空気に溶けるように消えた。
「ちょっと、どうなってんのよ?」
「俺にも分からねーよ」
駆け寄ってきたユウカに答える。
「退け退け!」
複数の足音がこちらに近づいてくる。
逃げるべきか悩んでいると、衛兵がマコト達を取り囲み、槍を向けてきた。
ユウカはマコトから離れ、両手を挙げた。
「あたしは関係ないから!」
「おい!」
「いい? 腕のいい弁護士を付けてあげるからあたしは無関係だって証言するのよ?」
「清々しいほど自分本位だな、お前は!」
焼きソーセージ代を返せ、と言いたい。
「つか、この世界に弁護士なんているのかよ?」
「皆殺しにするわよ。多分、あたしらなら暴力でこの世界を支配できるわ」
「変わり身が早いな!」
どうして、話し合うという発想が出てこないのだろうか。
「人殺しは嫌なんだろ?」
「一人殺せば殺人犯だけど、一万人殺せば英雄よ。きっと、碌でもないことでも大規模にやれば評価されるわよ」
誰だよ、こんな女を異世界に召喚したのは。
「ま、待って下さい!」
見知った女――ローラが衛兵を押し退けて現れる。
「これで誤解は解けそうだな」
「いざとなったらあの女を人質にするわよ」
マコトは思わずユウカを見つめた。
「何よ、そのドッペルゲンガーでも見たような顔は?」
「ドッペルゲンガーを見たような顔って何だよ?」
「ドッペルゲンガーを見たような顔はドッペルゲンガーを見たような顔よ」
「分からねーよ!」
マコトはイラッとして叫んだ。
「この方は私の知り合いです。武器を収めて下さい」
ローラが言うと、衛兵達は武器を引いた。
「何があったんだ?」
「クリス様が攫われました」
「それは知ってる」
何しろ、目の前で攫われたのだ。
「目の前で攫われたのよね?」
「俺を追い込むなよ。道連れにするぞ」
「……犯人は相当な手練れと見たわ」
ユウカは難しそうに眉根を寄せた。
「マコト様、ユウカ様……どうか力を貸して頂けないでしょうか?」
「金次第ね」
ユウカは親指と人差し指で輪を作りながら言った。
「1日1万A、メンバー全員よ」
「分かりました」
「え?」
ローラが即答し、ユウカは頬を引き攣らせた。
日給1万A――100万円という条件を呑んでもらえるとは思っていなかったのだろう。
だが、領主を助けるためならばその程度の条件は呑むだろう。
たった1万Aでいいの? ラッキー! と思われている可能性もある。
「成功報酬ももらえるのよね?」
「クリス様が無事に戻られたら追加で1万Aお支払いします」
「い、いいわ。協力してあげる」
ユウカは傲然と胸を張ったが、目が泳いでいた。
こいつに交渉を任せない方がよさそうだ、とマコトは溜息を吐いた。
※
クリスティンが目を覚ますと、そこは倉庫と思しき場所だった。
意識を失ってから時間が経っているらしく窓から白々とした光が差し込んでいる。
嗚咽が聞こえたので、視線のみを動かして周囲の様子を確認する。
倉庫には十人ほどの子どもがおり、禿頭の男が監視している。
禿頭の男は棍棒を持っている。
粗雑な造りの棍棒だが、頭蓋骨を陥没させる程度の威力はあるだろう。
こういう時は静かにしておくべきだ。
体力の消耗を抑え、目立たないようにする。
そうすればいざと言う時に逃げ出しやすくなるだろう。
「よかった。目を覚ましたんだね」
「……うぐ」
いきなり声を掛けられ、小さく呻く。
声の方を見ると、そこには少年――年齢はクリスティンと同じか、年上だろう――がいた。
他の子ども達に比べてぽっちゃりしている。
「大丈夫? 何処か痛いの?」
「……」
少年は心配そうにクリスティンを揺り動かした。
放っておいて欲しいのに、どうして構うのか。
だが、ここまでされて返事をしなければ印象に残ってしまう。
禿頭の男が様子を見に来るかも知れない。
仕方がなく、体を起こす。
「なかなか目を覚まさないから心配してたんだよ。君の名前は?」
「……クリス」
「僕はアーネスト、皆はアーニーって呼ぶよ」
「おい、デブ! 静かにしろ!」
「そうだぞ、デブ!」
離れた所にいた太った少年と痩せた少年が侮蔑的な言葉を口にし、アーネストは肩を窄めた。
取り敢えず、クリスティンは太った少年をジャンボ、痩せた少年をスリムと呼ぶことにする。
「アーニーと呼ばれてるのではなかったのか?」
「友達はそう呼んでくれるよ」
「……友達」
クリスティンは改めて視線を巡らせた。
他の子ども達はジャンボとスリムの近くで膝を抱えて座っている。
「友達がいるのか?」
「……いない」
アーネストは拗ねたように唇を尖らせる。
「僕にだって初めて会った可愛い女の子に見栄を張りたいって気持ちはあるんだよ」
「うむ、その気持ちは分からんでもないが……結局、誰からアーニーと呼ばれておるんじゃ?」
「……父さんや母さんはそう呼んでくれるよ」
アーネストはしばらく間を置いて答えた。
「僕のことはもういいじゃない。君は何処の学校なの?」
「学校には通っておらん」
クリスティンはエルウェイ伯爵領の領主なのだ。
安全上の問題から市井の学校には通えない。
身元のしっかりした女家庭教師を雇い、勉強を教えてもらっている。
「お主は何処の学校に通っておるんじゃ?」
「僕は公立だよ」
ロックウェルにある公立校は一つだけだ。
幼い頃から適切な教育を施すことで領地運営に役立つ人材を育てるつもりだったのだが――。
「そうか。では、連中はクラスメイトか?」
「うん、まあ、そうだね」
アーネストの答えは何とも歯切れが悪い。
あれだけ侮蔑的な言葉を浴びせられればクラスメイトと認めたくない気持ちは分かる。
「教育を施しても品行方正に育つとは限らんのだな」
「勉強を教わったくらいで人格者になれるんなら苦労しないよ。僕の母さんは詩は心を豊かにしてくれるって言うんだけど……」
「うん?」
唐突に母親の話をされて首を傾げる。
「詩の書き取りをするくらいで心が豊かになるんなら苦労はしないよ。何遍も同じ詩を書かされて、嫌いになったよ」
アーネストは溜息交じりに言った。
「それに、父さんは健全な肉体に健全な精神は宿るって言うんだけど……」
「最後まで言わなくても分かるぞ。運動が苦手なんじゃろ?」
クリスティンはアーネストを見ながら言った。
彼のぽっちゃりとした体を見て、運動が得意と判断する人間は少ないだろう。
「苦手? 苦手だって?」
「む、得意なのか?」
「まさか! 僕の体を見てよ。この体を見て、どうしたら苦手なんて控え目な表現が出てくるのさ」
アーネストは大仰に腕を広げた。
芝居に出てくる道化のようだ。
「運動が……駄目なのか?」
「まあ、ね。学校では戦闘訓練……と言っても結界で威力を弱めてるんだけど」
「うむ、それは、幼い頃から訓練をしておけば優れた騎士になれると考えてだな」
「先生もそれは言ってたけど、勘弁して欲しいよ」
アーネストは嘆くように言った。
「どうしてじゃ?」
「僕は暴力が嫌いなんだよ」
「いやいや、戦闘訓練と暴力は違うじゃろ?」
「同じだよ。少なくとも僕には学校の外で苛められるのと戦闘訓練で負けることの区別がつかないよ」
「ヘタレか、貴様は」
「クリス、いつも負ける僕の身にもなってよ。無様な姿を晒しているせいで女子にも馬鹿にされるんだよ?」
「努力すればいいではないか」
「努力!?」
アーネストは眼球が零れ落ちんばかりに目を剥いた。
「僕が努力していないように見えるの?」
見えるとは言い出せない雰囲気だった。
「僕だって努力はしたんだよ」
「……そうか」
クリスティンは目を細め、努力の痕跡を探そうとした。
だが、ぽっちゃりとした体からはそれらしきものが見出せない。
「ところで、アーネスト」
「なんだい?」
「ここにいる連中はお前のクラスメイトと言ったが、相違ないな?」
「そう言ったじゃない。聞いてなかったの?」
「念のために確認しただけじゃ」
クリスティンはイラッとして言い返した。
「戦闘能力はどれくらいじゃ?」
「少なくとも僕よりは強いよ」
「……そうか」
上手く煽動すれば自分が逃げるまでの時間を稼げると思ったのだが、ジャンボとスリムはこちらに敵意にも似た感情を向けているので難しいだろう。
「……ワシは可愛いからな」
「クリス、自分で自分を可愛いって言わない方がいいよ」
「事実じゃろ?」
「いくら可愛くても自分で言ったら痛いヤツだって、ハブられるよ」
「……痛いヤツ」
打ち首にしてやろうかとも思ったが、彼の意見はなかなか貴重だ。
道化だと思えば気にならない。
考えてみれば自分の周りは真面目な人間しかいない。
自分のやっていることが正しいのか判断するためにもこういう底辺の視線は必要なのではないだろうか。
「ワシは寝る」
「怒ったの?」
「怒っとらんわい」
体力を温存するために眠るのだ。
「……それにしても」
クリスティンは小さく呟く。
あの男はどうやって戦闘能力のある子どもを選別したのだろう。
捜査したのだとすれば不可解な点がある。
クリスティンのスキルは誰にも知られていないのだ。
あの男がどんなスキルを持っているのか把握しなければ逃げられないかも知れない。





