Quest19:ユウカをエスコートせよ【後編】
※
「お金は持ってきたでしょうね?」
大通りに出ると、ユウカはそんな言葉を口にした。
デートのつもりはないが、著しくやる気を削がれる一言だ。
やはり、ユウカと精霊祭に来るべきではなかった。
今からでも帰りたいが、そんなことをすれば怒らせてしまう。
どうするべきか考えていると、先程の会話を思い出した。
ギャルゲーのヒロインかっての。
ゲーム――役になりきればストレスが軽減されるのではないだろうか。
どんな役になりきるべきか。
援助交際しているおっさん――駄目だ。
援助交際している相手にユウカみたいな態度を取られたら殴ってしまう。
残念ながら素の自分で勝負するしかないだろう。
「ちゃんと持ってきたから安心しろよ。何でも好きな物を食え」
「間が空いたのが気になるけど、そうするわ」
ユウカは大通りを眺める。
通行規制をしているのか、馬車の姿はなく、道路沿いには屋台が延々と並んでいる。
普段ならこの時間帯は人気がなくなるが、大勢の人々が通りを歩いている。
特に子どもが目に付く。
親に連れられている子どももいれば、友達と一緒の子どももいる。
「子どもが多いわね」
「そうだな」
「あたし、子どもが苦手なのよね」
「分かるよ」
「アンタも子どもが苦手なんだ」
「……ああ」
マコトはかなり間を置いて答えた。
わざわざ子どもが苦手なんて言わなくてもユウカを見ていればそれくらい分かる。
そういうニュアンスだったのだが、気付いてくれなかったようだ。
「よしよし、焼きソーセージを買ってやろう」
「なんで、上から目線なのよ」
マコトは焼きソーセージに向かい、フェーネと出くわした。
弟のレドも一緒だ。
「兄貴じゃないッス?」
「おお、フェーネ。話し合いは済んだのか?」
「一応ッス」
フェーネは照れ臭そうに頭を掻いた。
「どうなった?」
「一緒に住まないって方向になったッス」
マコトはレドに視線を向けた。
「私は聖職者になろうと考えているんです。宿舎で生活することになるので、どうしても姉と住むことはできないんです」
「そうか」
マコトは小さく頷いた。
目的があって別れて暮らすという選択をしたのならばフェーネも認めるしかないだろう。
「家は諦めるのか?」
「諦めないッス」
「一緒に暮らさないんだろ?」
「レドとは一緒に暮らさないッスけど、いずれはおいらも家族を持つと思うんスよ」
フェーネは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「その時のために家を買うのも悪くないと思ってるッス」
「買うことにしたのか」
「そうッス。いつか夢の家を建てて見せるッス」
ぐっ、とフェーネは拳を握り締める。
「家があれば家族が集まれるしな」
「そうッスね」
フェーネは歯を剥き出して笑った。
リブだと獰猛に見えるが、フェーネの場合は悪戯っ子のようで可愛らしい。
「ちょっとソーセージを買うのにどれだけ時間を掛けてるのよ」
「やや、姐さん。お疲れ様ッス」
フェーネが頭を下げ、レドもそれに倣う。
やや角度が浅いのは初対面で緊張しているからだろう。
マコトは屋台に歩み寄り、髭面の店主に声を掛けた。
「焼きソーセージを四本くれ」
「12Aだ」
硬貨を渡し、焼きソーセージを受け取る。
「ほら、食え」
「頂きます」
「頂くッス」
「ありがとうございます」
焼きソーセージを差し出すと、ユウカ達は礼を言って受け取った。
マコトは焼きソーセージに齧り付き、軽く目を見開く。
皮がパリッとしていて、肉汁が溢れ出てくる。
「おいら達はもう少し歩き回ってくるッス」
「家族水入らずを楽しめよ」
「はいッス」
フェーネがマコトの脇を通り抜け、レドは立ち止まった。
「マコトさん、姉さんのことをお願いします」
「ああ、そっちこそ頑張れよ」
レドはマコトの手を握り締め、フェーネの後を追った。
「あれは姉さんを幸せにして下さい的な握手ね」
「また、それかよ」
「アンタがあちこちにフラグを立てるからでしょ」
「フラグを立てたから責任を取れってか?」
「そこまで言ってないわよ」
マコト達は焼きソーセージを食べながら大通りを歩く。
「……こうしてると」
「恋人になった気分って言ったら殺すわよ」
「違ーよ」
どれだけ自意識過剰なのだろう。
身の程を知れ、と言いたい。
「じゃ、どんな気分なのよ?」
「俺も結婚してたらお前くらいの子どもがいたんだな~って複雑な気分だよ」
「そこは素直に喜びなさいよ!」
ユウカはムッとしたように言ったが、複雑な気分に変わりはない。
「いや、小さい頃はパパ大好きとか言ってたのにお前みたいになるんだぜ。複雑な気分になっても仕方がねーだろ」
「仕方がなくないわよ! もっと子どもの成長を喜びなさいよ!」
「無理」
「無理でもやりなさいよ!」
マコトはユウカを横目で見た。
血が繋がっていれば娘がこんなになっても素直に成長を喜べるのだろうか。
申し訳ないが、そんな人格者になれそうにない。
マコトは焼きソーセージに齧り付こうとし、串しかないことに気付いた。
隣を見ると、大きな胸が揺れていた。
「よう、マコト」
「……リブ」
俺の焼きソーセージを食いやがったな、とそんな言葉が喉元まで迫り上がる。
「酔ってるな?」
「ちょっとだけだよ、ちょっとだけ」
リブは強烈なアルコール臭を発しながら言った。
「あっちで人形劇をやってるんだけど見に行こうぜ!」
「そんな歳じゃ――」
「よし、行こう!」
リブはマコトを担ぎ上げた。
※
リブに連れて行かれたのは教会の近くだった。
いくつも長イスが並び、その先には大きな木の枠がある。
緞帳――になるのだろうか――が下りていて、劇はまだ始まっていないようだ。
リブはマコトを最後尾のイスに座らせ、劇団員と思しき男に話しかけている。
しばらくして割り箸を三つ持って戻ってきた。
「ほら、水飴。買ってきてやったぞ」
「昭和の紙芝居かよ」
「懐かしい?」
「一世代は前だよ」
ユウカはリブから水飴を受け取り、マコトの隣に座った。
「これ、どうやって食べるの?」
「練って食べるんだよ」
マコトは割り箸で水飴を練り、その表面を舐める。
「上手くやらないと手が汚れるから気を付けろ」
「面倒なお菓子ね。つか、練る意味あるの?」
さあ? と答え、水飴を練っていると、大きな鈴の音が鳴り響いた。
緞帳が開き、しとやかな女性の声が聞こえてきた。
「……昔々のお話です。ある所に一人の男がおりました」
男の人形が現れ、人形劇が始まった。
昔々、ある所に一人の男がいた。
羊を連れて荒れ地を放浪する羊飼いの男だった。
ある日、男が放牧から帰ってくると、家族が殺されていた。
老いた両親、結婚を間近に控えた妹、やんちゃ盛りの弟が無残に殺されていた。
男は駆け出した。
血の涙を流し、血を吐きながら走った。
走り続けて、いつの間にか人間ではなくなっていた。
四本の足で大地を蹴り、優れた嗅覚で仇の臭いを追う。
男は狼になっていた。
男は怒りに突き動かされて次々と人を殺した。
人を殺すたびに怒りは大きくなった。
数え切れないほど多くの人々が殺され、三人の勇者と巫女が立ち上がった。
彼らは幾つもの試練を乗り越え、遂に狼と対峙した。
しかし、狼は強かった。
勇者達の武器も、技も狼を傷付けられなかった。
精霊術も黒い光に阻まれた。
万策尽き果てたその時、巫女が狼の前に歩み出て――。
「誰か助けてぇぇぇぇッ! 人攫いじゃぁぁぁぁッ!」
物語も佳境という所で聞き覚えのある声が聞こえた。
同時に首筋がチクッと痛んだ。
マコトは振り返ると、黒い服を着た男がクリスティンを担いで通り過ぎた。
「おい、ユウカ?」
声を掛けてもユウカは水飴を練りながら人形劇を見ている。
まるでマコトの声が聞こえていないかのようだ。
「リブ?」
リブもユウカと同じように反応しない。
「おい、待て!」
マコトは水飴を投げ捨て、立ち上がった。
観客を巻き込みたくないので、道の中央に移動する。
「おい!」
もう一度、声を掛けると、男はゆっくりと振り返った。
髪を短く刈り、耳にいくつもピアスを付けている。
身長はマコトより頭二つ分高いだろうか。
かなり体を鍛えているらしく腕は太く、胸板は厚い。
何より目を引いたのは顔の右半分を覆うタトゥーだった。
「おお、マコト! 助けてくれ!」
「最初からそのつもりだよ」
その時、男が大きな溜息を吐いた。
「俺のスキルが通じないのか?」
「スキル?」
「ああ、認識阻害の強化版だ。このスキルを使っている時は誰も俺を認識できない」
「……何だよ、そのチート」
マコトは小さく吐き捨てた。
こっちには大して役に立ちそうにないスキルしかないのに釈然としない。
「そんなの無敵じゃねーか」
「そうでもない」
男は小さく笑う。
「俺が激しく動くと、スキルが無効化されるんだ。恐らく、動くことで齟齬が生じるんだろう」
「そんなにべらべら語っていいのか?」
「ああ、他にも役立つスキルはある。たとえば――」
男が右手を掲げると、漆黒の炎が噴き出した。
炎の中で二メートルはあろうかという漆黒の杭が形成される。
「俺の針は万物を貫く!」
「物質化!」
男が杭――本人曰く針――を投げ、マコトは炎を物質化させた。
耐え難い痛みが脳を直撃するが、物質化しなければ防げないと思ったのだ。
マコトは腕を振り上げ、杭を弾いた。
耳障りな音が大音量で響き、杭は教会の壁に突き刺さった。
「え? 何が起きてんのよ!」
「な、なんだ!」
ユウカとリブが驚いたように立ち上がる。
「はは、スキルが無効化されたか!」
「待ちやがれ!」
男が身を翻し、マコトは後を追った。
「勝負はここまでだ!」
男は地面を強く蹴って跳躍し、マコトも地面を蹴ろうとした。
その時、悪寒が背筋を駆け抜けた。
「点火! 最大火力!」
漆黒の炎がマコトを包み、男の背中から五寸釘サイズの杭が放たれた。
マコトは腕を振り下ろし、炎の壁を形成する。
しかし、杭は炎の壁を突き破り、地面に突き刺さった。
そして、炎が晴れた時、男とクリスティンの姿はなかった。
「……逃げられたか」
マコトは右腕を見下ろし、戦慄した。
スケルトン・ロードの体を容易く貫いた装甲に亀裂が入っていたからだ。





