Quest15:隊商を護衛せよ【後編】
※
数時間後――マコト達は街道を北に進んでいた。
途中で壊れている幌馬車を発見した時は肝を冷やしたが、旅は順調に進んでいる。
「いい天気だな」
天候は穏やかで、頬を撫でる風が心地良い。
こんな風に晴れやかな気持ちで森を歩くのは何年ぶりだろう。
このまま何も起きなければいい。
そんなことを考えていたら、リブに肩を叩かれた。
「おい、マコト。こんな後ろの方にいていいのか?」
「こんな所?」
「最後尾ってことだよ」
イラッとしたのか、リブは眉根を寄せて言った。
ちなみにマコト達がいるのは隊商の最後尾だ。
「いいか。普通、護衛をする時は依頼主に顔を覚えてもらうために少しでも近くに陣取るものなんだよ」
「まあ、俺もアピールは大事だと思うんだが……」
「だが?」
「前を見てみろよ」
リブは前を見た。
襲撃を警戒してか、五台の幌馬車が間隔を置いて進んでいる。
冒険者の人数は五十人程度なので、十人で一台を守る計算だ。
実際、十人で一台を守るように人員が配置されているのだが、後ろに下がるにつれて装備の質が悪くなっている。
戦力が偏り過ぎている。
これでは襲撃を受けた時に後方が大損害を被ってしまう。
「あ~、なるほどな。きちんと考えてたんならいいや」
「まあ、それに……」
「まだ、あるのかよ」
リブが意外そうに目を見開く。
「いくらリブが有名な傭兵って言っても俺達は立ち上げたばかりのチームだろ。
他のチームから反感を買うことは避けてぇ」
「そんなの実力で黙らせりゃいいじゃねーか」
リブは力瘤を作る。
すると、フェーネが近づいてきた。
「相変わらず、脳筋ッスね」
「なんで、あたいが……荷物は大丈夫か?」
「レベルが上がったお陰で軽々ッスよ」
フェーネは自分の筋力を誇示するように四人分の荷物を収めたリュックを背負い直した。
分担して持つと言ったのだが、フェーネは自分で持ちたいと譲らなかった。
戦闘以外の部分で役に立とうと必死なのだろう。
「狐じゃなくて、カタツムリみたいだな」
「兄貴、カタツムリはあんまりッス」
むー、とフェーネは頬を膨らませた。
「おっと、話が逸れちまったな。なんで、あたいが脳筋なんだよ?」
「数は力ッスよ」
「あたい達に勝てるヤツなんて滅多にいねーと思うけどな」
「悪評が立ったら払拭するのは難しいッスよ」
フェーネはしみじみとした口調で言った。
借金のせいでソロ活動せざるを得なくなった彼女ならではの台詞だ。
「そんなもんか?」
「そういうもんス。それに殴り合うだけが戦いじゃないッス。相手をやり込めたいと思っているヤツにとってはちょっと邪魔しただけでも勝利なんス」
「お前は色々と考えてるんだな~」
リブが感心したように言うと、フェーネは勝ち誇ったように笑った。
「あとはッスね」
「まだあるのか?」
「耳をかっぽじってよく聞くッスよ。ぶっちゃけ、何処にいようが、他の冒険者の手に負えないトラブルが起きたら実力をアピールできるッスよ」
「お~」
リブは小さな拍手をフェーネに送った。
「兄貴、どうッスか?」
「当たりだ」
マコトが頭を撫でると、フェーネはだらしなく相好を崩した。
「まあ、本音を言えば何も起きないのが一番――」
「アンデッドだ! アンデッドが出たぞッ!」
マコトが言い切るよりも早く冒険者の一人が叫んだ。
慌てて前を見ると、右手の森から無数のスケルトンが飛び出してきた。
「俺のせいじゃないからな」
「分かってるッス」
「さっさと武器を構えろよ。ちょっとばかりヤベーぞ」
「ただのスケルトンだろ」
この世界に召喚されたばかりの頃ならいざ知らず今のマコトにとっては雑魚だ。
それは冒険者にとっても同じだろう。
「あれはスケルトン・ウォーリアだ!」
「スケルトン・ウォーリア?」
マコトは改めてスケルトンを見た。
ウォーリアと呼ばれるだけあって粗末ながら剣と鎧で武装している。
しかし、それくらいならば普通のスケルトンも装備していた。
まあ、便宜上、スケルトン・ウォーリアと呼んでいたことはあったが。
「見た目に違いは――あッ!」
思わず声を上げる。
肋骨の内側にビー玉サイズの魔石が浮かんでいたのだ。
「あのサイズはグールと同じくらいか?」
「まあ、な」
ペッ、とリブは手の平に唾を吐き、ポールハンマーを握り締めた。
マコト達がまごまごしている間に他の冒険者達は行動を開始していた。
前衛職が右翼に移動し、後衛職がその背後に控える。
判断そのものは見事なのだが――。
「炎弾!」
「魔弾!」
「聖光弾!」
「精霊さん! 攻撃をお願いします!」
赤、緑、白――色とりどりの魔法がスケルトン・ウォーリアに向けて放たれる。
ある個体は炎に包まれ、ある個体は砕け、ある個体はボロボロと崩れ去る。
やや遅れて無数の矢が放たれるが、その殆どはスケルトン・ウォーリアにダメージを与えられなかった。
前衛がスケルトン・ウォーリアとぶつかり合う。
三列目までの幌馬車を守る冒険者は戦線を支えきれたが、四列目以降は支えきれなかった。
戦線が半壊したと言うべきだろうか。
四列目以降の冒険者の半分は武器を打ち合わせた次の瞬間に吹き飛ばされていたのだから。
「俺が四列目、リブは五列目を守ってくれ! ユウカとフェーネは任意に迎撃!」
「おうよ!」
「分かったッス!」
マコトとリブが駆け出すと、ユウカは杖を、フェーネはスリングショットを構えた。
「点火、収束!」
マコトは倒れた冒険者に斬りかかったスケルトン・ウォーリアに抜き手を繰り出す。
元の世界でやれば突き指必至、下手をすれば骨折しかねない。
しかし、漆黒の光に包まれた抜き手はスケルトン・ウォーリアの鎧を、肋骨を、その奥にあった魔石まで破壊する。
スケルトン・ウォーリアは動きを止め、バラバラになって地面に落ちる。
マコトはそのまま走り抜け、手近な敵に襲い掛かる。
抜き手を繰り出し、蹴りを放つ。
そのたびにスケルトン・ウォーリアは数を減らしていく。
鎧袖一触、電光石火とはまさにこのことだ。
マコトは立ち止まり、仲間の方を見た。
「どりゃぁぁぁぁッ!」
リブはスケルトン・ウォーリアの密集地帯に飛び込み、力任せにポールハンマーを振り回した。
ポールハンマーがスケルトン・ウォーリアの頭を、肋骨を、腰の骨を打ち砕く。
剣で攻撃を受けようとする個体もいたが、無駄だった。
ポールハンマーはあっさりと剣をへし折った。
もちろん、潜り抜けようとした個体もいたが、リブに蹴られて吹き飛ばされた。
レベル40の戦士を相手取るにはスケルトン・ウォーリアは力不足だった。
「こんにゃろ、こんにゃろッス!」
フェーネはスリングショットでひたすらスケルトン・ウォーリアを攻撃していた。
狙いは正確無比で眉間に確実に撃ち抜いている。
しかし、フェーネの快進撃は長くは続かなかった。
「た、弾切れッス!」
フェーネは動きを止め、情けない悲鳴を上げた。
「姐さん、よろしくッス!」
「しょうがないわねぇ」
ユウカはフェーネを庇うように立ち、杖を構えた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」
ユウカの放った魔弾がスケルトン・ウォーリアの頭部を粉砕、その背後にいた個体の首から上を吹き飛ばした。
スケルトン・ウォーリアがユウカとフェーネに向かって走る。
「姐さん! 次もお願いするッス!」
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く――ちょっと、動きが早すぎるんだけど!」
ユウカは呪文を中断して叫んだ。
「あ、姐さん、呪文呪文!」
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く――」
「ああ、もう駄目ッス!」
「このッ!」
ユウカは呪文を中断し、バットを振るように杖をフルスイングした。
スケルトン・ウォーリアの頭が吹っ飛ぶ。
魔法使いと言ってもレベル72である。
戦線を維持できずに吹き飛ばされた前衛よりもよほど強い。
「あ、姐さん。殴った方が早いんじゃないッスか?」
「接近戦はちょっと、杖が壊れるかも知れないし」
ユウカは唇を尖らせ、杖を撫でた。
杖は魔法の威力や精度を高めるための物なので、武器には向いていない。
とにかく、仲間達は無事なようだ。
「――ギャァァァァッ!」
突然、悲鳴が響き渡る。声のした方を見ると、戦士と思しき男が炎に包まれていた。
地面を転がって炎を消そうとするが、火の勢いは強く容易に鎮火できない。
男の動きは徐々に鈍くなり、やがて止まった。
神官と思しき女性が駆け寄り、脈を確認する。
沈痛そうな面持ちから察するに男はすでに事切れているようだ。
「ペリオリスよ、不死王の呪縛より彼の者を守り、御許にお迎え下さい」
女性神官が十字を切ると、温かな光が男の死体を包んだ。
恐らく、アンデッド化を防ぐ――成仏させる魔法だろう。
マコトは視線を巡らせるが、敵魔法使いの姿は見えない。
「上か!?」
空を見上げると、三つの半透明な人影――幽霊が浮かんでいた。
胸の中央に小さな赤い球体が浮かんでいる。
「ゴースト・メイジだ! 撃て撃て撃てッ!」
「魔弾!」
「聖光弾!」
フランクが叫び、冒険者が魔法と矢を放つ。
だが、幽霊改めゴースト・メイジは攻撃をやすやすと回避する。
スピードはそれほど早くないのだが、空中を自在に動けるというのが大きい。
三体のゴースト・メイジが腕を突き出す。
「来るぞッ!」
誰かが叫び、炎が振ってきた。
雨のように炎が降り注いだら、対処のしようがなかったが、数は三つだ。
恐れる必要はない。
そう考えていたら炎は狙い澄ましたように――いや、狙っているのか――女性神官に向かった。
「危ねぇッ!」
マコトは女性神官を庇い、ゴースト・メイジの攻撃を一身に受けた。
三つの炎が溶け合い、激しく燃え盛る。
「アチチチチッ!」
思わず叫ぶ。
ダメージを受けている感覚はないので、反射のようなものだ。
慌ててコートを脱ぎ捨てる。
シェリーに繕ってもらったコートが一日で灰になってしまった。
マコト自身は何ともないのにえらく理不尽な気がする。
よくも俺のコートを、とゴースト・メイジを睨む。
当たり前と言えば当たり前だが、連中はこちらの視線など意に介さず再び炎を放とうとする。
炎弾を使っても倒せそうだが、一度に倒せないものだろうか。
そんなことを考え、盗賊を殺した時のことを思い出す。
ゴースト・メイジが一斉に炎を放つ。
「点火!」
漆黒の炎が勢いよく噴き出し、マコトは弧を描くように腕を振った。
炎が弧状に広がりながらゴースト・メイジに接近、放った魔法ごと呑み込む。
コツン、コツンと地面に魔石が落ちる。
「もう一体は?」
「オーーーーッ!」
薄くなった炎を突き破り、ゴースト・メイジが高速で接近する。
物理攻撃は効かなそうなイメージなのだが――。
「お?」
ズブリ、と無造作に突き出した拳がゴースト・メイジの顔面に突き刺さる。
小麦粉を溶いた水に手を突っ込んだような感覚だ。
「――ッ!」
ゴースト・メイジは耳障りな悲鳴を上げ、空気に溶けるように消えた。
これで200Aは割に合わねーんじゃないかな、とマコトはコートだった物を見つめ、溜息を吐いた。
※
夜――パチ、パチと薪が橙色の炎の中で爆ぜる。
炎にはリラックス効果があるって言うけど本当なんだな、とマコトは目を細める。
ユウカとリブも穏やかな表情で焚き火を見つめている。
フェーネは調理の最中――干し肉とパンを刻んでいる。
マコト達がいるのは街道沿いにあるちょっとした広場だ。
何でも街道沿いにはこういう広場が点在し、旅人の休憩所になっているらしい。
襲撃があったせいで広場に辿り着いたのは大分遅くなってからだ。
マコトは太股を支えに頬杖を突き、小さく唸った。
「どうしたんだよ?」
「さっきから視線が痛くてな」
襲撃を退けてから冒険者達のマコト――正確にはマコト達だが――を見る目が明らかに変わった。
「あれだけ大活躍をすればそうなるだろ」
「そんなもんか?」
「そういうもんなんだよ。強けりゃ尊敬されるし、弱けりゃ相手にされない。あたいらがいるのはそういう世界なんだ」
まるでプロスポーツの世界――いや、何処の業界も同じか。
冒険者稼業は分かり易く実力を評価されるということだ。
「性格が悪いヤツはどうなるんだ? 勝つためなら手段を選ばないとか、女を取っ替え引っ替えするとか」
「突き抜けた実力がないと死ぬな」
「死ぬのかよ」
「殺されることは滅多にねーけど、嫌われもんはいざって時に助けてもらえねーもんだからな」
「調子に乗って好き放題しない方がいいんだな」
もちろん、最初から好き放題するつもりはない。
悪いことをするのは簡単だが、悪いことをし続けるのは難しいのだ。
少なくともマコトのような小市民には無理だ。
「ま、そこを乗り越えるとニッチな人気が出たり、カリスマとか呼ばれてもてはやされたりするんだけどな」
「……ニッチな人気」
キャラとして立ち位置が確立すると言うことだろうか。
「ちょいと失礼するッスよ」
そう言って、フェーネは焚き火の前に移動して金属製のカップを並べた。
サイズはマグカップよりもやや大きい。
カップの中には刻んだ干し肉とパン、謎の草が入っている。
「アチチッ!」
木の枝を使って焚き火の中から石ころを取り出し、カップの中に入れ、そこに水筒の水を注ぐ。
ジュ~という音と共に湯気が立ち上り、周囲に美味しそうな匂いが漂う。
「兄貴、どうぞッス。姐さんも……」
マコトはフェーネからカップを受け取り、スープを口にする。
「お?」
軽く目を見開く。塩気の効いたスープだが、驚いたのはそこではない。
わら半紙のようなパンの味が少しまともになっていたのだ。
「美味いな」
「伊達に貧乏してないッスよ」
えへへ、とフェーネは照れ臭そうに笑う。
「伊達に貧乏してないってことは草でも食ってたのか?」
「うぐぐ、そういうことは言わないで欲しいッス」
リブがスープを啜りながら尋ねると、フェーネは顔を歪めた。
「へぇ、結構美味しいわね」
ユウカはスープを飲み、リブに視線を向けた。
「ねぇ、リブ?」
「何だ?」
「この仕事って……割に合わなくない?」
ユウカは真剣な顔をしている。
確かに報酬の割に敵が強すぎる。
日給200Aは世間的には高額かも知れないが、死人が出るような依頼の報酬としては安すぎる。
「う~ん、いつもはこんなんじゃないんだぜ。モンスターが出てくることだって滅多にないし、旨味のある仕事なんだよ」
「旨味どころか、出涸らしッスよ」
「お、うまいことを言うな」
ハハ、とリブは笑った。
「……恐れ入ります」
「何か用ですか?」
マコトはカップを置き、立ち上がった。
丁寧な言葉を使ったのは声を掛けてきたのがクライアントだったからだ。
上品な口髭を蓄えた男である。
仕立てのよい服に身を包んでいるが、肌は日に焼けていて、胸板は厚い。
「マコト様がコートを焼かれてしまったと聞き、代わりを用意させて頂いた次第です」
「……そんなに気を遣わなくても」
「それでは手前どもの気が済みません」
マコトは男が差し出したコートを受け取った。
焼けたコートと同じ黒だが、比べものにならないほど手間が掛かっている。
「こちらは火鼠の革を贅沢に利用したコートとなっております」
「火鼠?」
何処かで聞いたような名前だ。
「はい、火鼠は炎に耐性を持つモンスターでございます。当然、こちらのコートも炎に対する耐性を有しております」
「でも、お高いんですよね?」
「いえいえ、お代は結構でございます。手前どものサービスでございます」
サービスの部分に力を込めて言うが、あまり強調されると不安になる。
一般的には無料の意味だが、セールスマンが使う場合は有料と相場が決まっている。
「やはり、結構です」
「気に入りませんでしたか?」
「いや、そういうことではなく……」
もらうと面倒なことになりそうなのでいらないです、とは言えない。
適当な口実を探している内にふと死んだ冒険者のことを思い出した。
「私は依頼をこなしただけですから特別に何かを頂く訳にはいきません。もし、それでもと仰るのならばここにいる皆に追加で報酬を払って頂けないでしょうか?」
「なんと!」
男は意外そうに目を見開いた。
それは周囲にいた冒険者も同じだ。
「あんな高価な装備を返すなんて馬鹿じゃないのか?」
「いや、この程度じゃ足りないって意思表示だろう」
「けど、あまり高そうな装備を持っているように見えないぞ?」
「馬鹿言え。魔法を喰らって無傷だったんだぞ」
「魔法を無効化するアイテムか。確かにそんなものを見せられたら火鼠の革のコートなんて安物に見えるな」
酷い評価である。
いや、まあ、自分のことを考えての発言なので、偽善には違いないのだが、陰口を叩かないで欲しい。
しかし――。
「いえ、あの御方は高潔な魂を持っていらっしゃるのです」
「あいつは善意で言っているんだ。俺には分かる」
女性神官とフランクの言葉に風向きが変わった。
「フランクさんが言うんならそうなんだろう」
「つまり、あいつは力だけじゃなく人柄でもリブを惹き付けてるって訳だな」
「そうだな。優れた人格者でなければ女が三人もいるチームを纏められないよな」
どうやら、人格者ということで落ち着いたようだ。
それにしても見事な手の平返しだ。
人間不信になりそうだ。
「理由をお聞かせ頂いても?」
「襲撃してきたモンスターはいつになく強力だったと聞きました。実際に犠牲も出ています。だからです」
「おお、おお! なんとお優しいッ!」
男は感極まったように叫んだ。
動作がオーバーで道化じみている。
本当は何も感じてないじゃないかと思ったが、口にはしない。
コートを受け取らずに済むのなら真意が何処にあっても構わない。
「冒険者一人につき600Aを追加で支払うとお約束しましょう!」
「スゲー! 追加報酬だってよ!」
「マコト様々だな」
「ふ、俺には分かってたぜ」
男が宣言すると、冒険者は色めき立った。
まあ、誰だって三日拘束されて600Aの仕事が1200Aになれば喜ぶだろう。
「では、コートをお返しします」
「いえいえ、一度お渡ししたものを受け取る訳には参りません」
男は両手を左右に振った。
「え、いや、でも――」
「我々は追加報酬を手に入れ、マコト様はコートを手に入れる。何か問題でもございますかな?」
男はニヤリと笑った。
どうやら、何が何でもマコトにコートを渡したいようだ。
それにしてもどうしてそんなにコートを渡したいのだろう。
どちらにしてもコートを渡すくらいなら皆に追加報酬をと言ってしまったので、受け取らない訳にはいかない。
マコトがコートを受け取ってくれないから追加報酬はなしと言われても困る。
「ありがたく頂戴します」
「いえいえ、サービスですから」
やはり、サービスの部分を強調して言う。
もはや、嫌な予感しかない。
「ところで、マコト様。チーム名を教えて頂けますでしょうか?」
「チーム名?」
「はい、冒険者として売り出していく上でチーム名は欠かせないものです」
「チーム名は黒炎だ!」
マコトがチーム名、チーム名と呟いていると、リブが叫んだ。
「おお! 素晴らしい、素晴らしいチーム名ですッ! 何よりマコト様がリーダーと分かる所が素晴らしい!」
「そうッスね。兄貴がリーダーって分かる最高のチーム名ッスね!」
「だろ? ちょっと前から考えてたんだよ!」
男が仰々しく言うと、フェーネとリブは鼻息も荒く賛同した。
マコトはメンバーから背中を打たれて小さく呻いた。
「……黒炎ね。いいんじゃない?」
「ユウカ、お前もか」
ユウカはニヤリと笑った。
「チームのマークなどは決まっておりますか?」
「……いいえ」
「それはいけません」
男は大仰に首を振った。
「有名なチームほどマークに拘るものです」
「そうなんですか?」
「そうなのです!」
男は力強く断言した。
「仕方がありません。ロジャース商会が責任を以て黒炎のマークを作成しようじゃありませんか」
「いえ、そんなに無理をしなくても――」
「サービスですから!」
畜生、お前なんか嫌いだ。
「グッズ販売でもされるんですか?」
「いえいえ、グッズ販売など考えておりません」
男は心外ですと言わんばかりに首を横に振った。
多分、チームが有名になったらグッズ販売を提案しますということだろう。
「もちろん、メンバー全員分のコートと――」
「あたしはケープよ」
「二名分の黒いコートと一名分のケープを準備させて頂きますとも」
「グッズ販売した時はロイヤリティーをよろしくね」
「はは、何のことか分かりませんが、承りました」
「聞いたわよ。嘘を吐いたら……」
「千本の針を飲めばよろしいのですかな?」
「アンタのうちに火を点けてやる」
「ははは、火を点けられないように善処します」
男は朗らかに笑いその場を立ち去った。
悪質なクレーマーに絡まれるとは可哀想な男である。
マコトは大きな溜息を吐き、その場に座り込んだ。
ほんの数分の遣り取りだったが、戦闘よりも疲れた。
隣を見ると、ユウカがニヤニヤと笑っていた。
「何だよ?」
「何でもないわ」
ただ、とユウカは続ける。
「必死に善人ぶろうとしているアンタって好きよ」
「言葉と表情が一致してねぇ」
たとえるなら猫が鼠大好きと言っているようなものだ。
マコトは溜息を吐き、スープを飲み干した。





