Quest15:隊商を護衛せよ【前編】
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早朝――ロックウェルの北城門には大勢の冒険者が集まっていた。
人数は約五十人、男が約七割を占める。
種族は人間と獣人が多く、ドワーフとエルフは少ない。
立ち居振る舞いや装備から察するにベテランはそう多くないようだ。
何割かの冒険者がこちらに視線を向け、何かを話し合っている。
もちろん、彼らの目的はマコトではなく、リブである。
「おい、あいつはリブだぞ?」
「あのリブか?」
「どうしたって、こんな仕事に?」
「傭兵団を辞めたって噂だぞ?」
「なんだって、そんな馬鹿な真似を?」
「俺は見たんだ。あいつらが教会に大量の魔石を積む所を」
う~む、とマコトは唸った。
どうやら、リブはかなり有名な傭兵だったようだ。
本当にキャリアを棒に振るような真似をしてよかったのかと心配になる。
マコトは隣にいるリブに視線を向けた。
昨日、リブはロジャース商会で上着とパレオを購入した。
すごいことになったな、とマコトは小さく息を吐いた。
リブは黒い革のジャケットを羽織り、下半身を色鮮やかな刺繍の施されたパレオで覆っている。
ジャケットの背中に炎をモチーフにした刺繍が施されていることも相俟って、ヤンキーのような雰囲気を醸し出している。
リブはマコトの前に立つとドヤ顔で胸を張った。
「どうよ、この服?」
「いいんじゃねーの?」
「へへ、そうか」
マコトが適当に誉めると、リブは照れ臭そうに笑った。
こんな適当な誉め方で本当に嬉しいのだろうかと思わなくもない。
気をよくしたのか、リブはリュックを背負ったフェーネの前に立った。
「どうよ、この服?」
「いいんじゃないッスかね」
酷評するかと思いきや、フェーネは誉め言葉を口にし、こちらにチラチラと視線を向けてきた。
「おいらもこういう服を着た方がいいッスかね?」
「あ、いや……」
突然、話を振られて言い淀む。
どうやら、フェーネはリブに気を遣ったのではなく、マコトが肯定的な意見を口にしたので忖度したようだ。
気遣いできるヤツと言えば気遣いできるヤツである。
ともあれ、ずっと黙っている訳にはいかない。
「ま、まあ、フェーネにはそれが似合うぜ。俺とお揃いだしな」
「そうッスね。お揃いッス」
フェーネはリブに勝ち誇った笑みを向けた。
「う、あたいだってマコトとお揃いのコートが欲しかったけど、体に合うサイズがなかったんだよ」
リブが言い訳がましく言うと、フェーネは笑みを深めた。
どうして、女はマウントの取り合いをしたがるのだろう。
「いや、リブはそれが似合ってるぜ。何と言うか、硬派な感じでさ」
「そ、そうか。だったらいいよな」
「……兄貴」
フェーネは不満そうに下唇を突き出した。
一体、どうすればいいのだろう。
自問しても答えは出ない。
「モテモテね」
「代わってやろうか?」
「はっ、冗談」
ユウカは鼻で笑った。
こいつは性格が原因で置いてけぼりにされたくせにどうして全方位に喧嘩を売るような真似を続けるのだろう。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという言葉があるが、経験に学ばない彼女は何者なのか。
いや、経験に学ばず、ひたすら自分を貫き続ける彼女は案外大物なのかも知れない。
「お前、そういうの疲れない?」
「そういうのって?」
「……そういうの」
全方位に喧嘩をする真似をして疲れないかと聞きたかったが、それを口にする勇気は流石になかった。
「性格のことなら疲れないと言っておくわ。私は……学校じゃ猫を被って、こっちでもできるだけ本心を押し殺してきたわ」
「決まったことに文句を言ってくるって言われてなかったか?」
「それは命が懸かってたからよ。自分の命が懸かってるのに忖度して死んじゃったら意味がないでしょ」
「間違ってはないな」
「でしょ」
ユウカはしたり顔で頷いた。
間違ってはいないが、きっと、クラスメイト達も同じことを考えていたのだろう。
見知らぬ土地に放り出され、協力しなければいけない状況で和を乱すヤツがいれば排除する方向で動くだろう。
「念のために言っておくけど……」
「何だよ?」
「あたしにデレを期待しないで」
ユウカは真顔で言い放った。
「薬はちゃんと飲んだか?」
「何でよ!」
「いきなり、あたしはデレないって言われても反応に困るだろ」
「薬って言った!」
「我ながら見事なアドリブだったぜ」
ふぅ、とマコトは袖で額を拭う。
「まさか、あたしが正気を失ったと思ってるの?」
「いや、正気を疑っただけだ」
「同じじゃない!」
ユウカは顔を真っ赤にして言った。
「アンタ、マジで――」
「おい、マコト」
リブは空気を読まずに割って入り、マコトにヘッドロックをかましてきた。
本人は肩を組んだつもりなのかも知れないが、身長差があり過ぎる。
「邪魔したら死ぬわよ」
「おいおい、これから挨拶回りに行くのにリーダーを殺さないでくれよ」
「挨拶回り?」
「これから名前を売らなきゃいけないんだから必要だろ?」
「……そうね」
リブが問い返すと、ユウカはしばらく間を開けて答えた。
「じゃ、そういうことで」
リブはひらひらと手を振り、ユウカに背を向けた。
あたかも十戒のように冒険者達が道を譲る。
ヘッドロックされたままなので視線が痛いが。
「上手くいったろ?」
「ああ、助かったよ」
「ユウカは面白いヤツだよな」
「面白いか?」
「ああ、見てて飽きねーよ」
そう言って、リブは歯を剥き出して笑った。
あれを面白いとは――牛だけに神経が図太いのだろうか。
「マコトはユウカのことを嫌いなのか?」
「面倒臭いヤツだけど、嫌いじゃねーよ」
もう一歩くらい離れた所から見られれば面白いヤツだと思うかも知れない。
「よかった」
「何が?」
ホッと息を吐くリブに尋ねる。
「チームが解散になったら困るじゃん」
「まあ、そうだな」
チームが解散になったらユウカは嬉々として三人組を殺しに行きそうな気がする。
自分のためにもそれだけは避けたい。
「……リブ」
「なんだよ?」
「そろそろ、離れてくれねーか?」
「なんで?」
「なんでって……」
リブが平然と言い、マコトは口籠もった。
丁度、胸が顔の位置に来ているのだ。
ゆさゆさと揺れる胸を見せつけられる身にもなって欲しい。
「マコト、あたいのおっぱいに見とれてるな」
「違ーよ。目のやり場に困るんだよ」
「はは、こんなもんでよければいつでも揉ませてやるよ」
「……反応に困る台詞を吐くなよ」
マコトは深々と溜息を吐いた。
「揉まねーのか?」
「揉まねーよ!」
「分かった」
マコトが声を荒らげると、リブは神妙な面持ちで頷いた。
どうやら、気持ちが伝わったようだ。
「じゃ、二人きりの時に揉ませてやるよ」
「そうじゃねーよ」
「チッ、つまんねーの。マコトはもう少し自分勝手になった方がいいぜ」
リブは可愛らしく舌打ちした。
セクハラをされたら何処に相談すればいいのだろう。
「お、いたいた! お~い!」
「――ッ!」
リブがいきなりその場で飛び跳ね、手を振った。
その拍子に激しく揺れた胸がマコトの顔に当たる。
こんなものと言っていたが、重量感と柔らかさを併せ持つ胸だった。
「おーッ!」
少し離れた場所に立っていた男がリブに応じて手を振る。
男は冒険者の間を擦り抜けながらこちらに近づいてきた。
リブより二回り体の大きな男だった。
同じ部族なのか、肌は浅黒く、やや小振りな角が生えている。
ボリュームのある髪と髭が一体化して鬣のようだ。
厳つい顔立ちだが、親しみ易さを感じさせる。
革製のジャケットを羽織り、褌を締めている。
前垂れは身に着けていない。
子どもが見たら泣くのではないだろうか。
「おお、リブ。久しぶりだな」
「フランクこそ、久しぶりだな」
二人は拳を打ち合わせた。
男――フランクはリブを見て、訝しげに眉根を寄せた。
「その格好は?」
「おい、マコト」
「ああ、俺が着るようにお願いした」
「なん、だと」
褌を隠すのは種族的なタブーなのか、フランクはドスの利いた声で言った。
「あのさ、バイソンホーン族的に褌を隠すのって駄目なのか?」
「我々は身に着けている装備が少なければ少ないほど勇猛さを示せると考えている」
「部族で一番勇猛なヤツは真っ裸だったりするのか?」
「違う」
フランクが首を横に振り、マコトは胸を撫で下ろした。
流石に真っ裸のヤツが尊敬を集める部族とは仲良くなれそうにない。
「大昔はそういう風潮があったが、勇敢さを示すために肌を晒しているのか、本人の性向なのか分からんという意見があって掟が変わったのだ」
「あ……そういう風潮があったのか」
「大昔の話だ」
フランクは恥ずかしそうに頬を染めている。
「他にも己が意を通す時には武力を以てという掟がある」
「犯罪が多発しそうじゃね?」
「あくまで意見が対立し、族長達が双方の言い分に利があると判断した時だけだ」
「まあ、そうだよな」
武力を以て意思を押し通すことが是とされるのならば部族の維持・発展は難しい。
掟は共同体の維持・発展させるためのものでなければならない。
「……と言う訳で」
フランクは手を差し出してきた。
握手を求められていると考えるべきなのだろうが、獰猛な笑みがそうでないと示している。
「力比べか?」
「リブが肌を隠しているということはお前に力比べで負けたのだろう。だから、俺が勝ったら無効だ」
「族長達の承認はいらないのか?」
「いらん」
フランクは力強く断言し、歯を剥き出した。
何と言うダブルスタンダードだろうか。
正直、適当な理由を付けて断りたい。
しかし――。
「おい、バイソンホーン族のフランクが力比べをするらしいぞ」
「まさか、あのフランクが?」
「モンスターを素手で殺したこともあるらしいぞ」
「あのガキは何者だ」
「バイソンホーン族のリブを侍らせているから恋人じゃないのか?」
断るにはギャラリーが多すぎる。
ここで弱気な発言をすれば同業者に舐められてしまうだろう。
「分かった」
「ふふ、お前が先に力を込めていいぞ」
マコトが手を握り返すと、フランクは挑発的な笑みを浮かべた。
どうやら、彼はステータスを見るスキルを保有していないらしい。
歴戦の勇士みたいなことを言われているのだからスキルがなくても直感的に実力を見抜いて欲しかった。
そう考えてしまうのはいけないことだろうか。
「じゃ、行くぜ」
「いつでも来――イィィィィィッ!」
マコトが力を込めると、フランクはリアクション芸人のように仰け反った。
それほど力を込めたつもりはないのだが。
「……マコト」
「あ、悪ぃ悪ぃ」
手を放すと、フランクは精根尽き果てたかのようにその場に跪いた。
だらだらと汗を流し、荒い呼吸を繰り返している。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だとも」
フランクは手をさすりながら立ち上がった。
「……あ~」
「ふはははッ、貴様は凄いヤツだ。貴様ならばリブを任せられる」
こいつは何を言っているのだろう。
「祝福するぞ」
そう言い残して、フランクは仲間の下に戻って行った。
「おい、フランクが負けたぞ」
「いや、手加減したんだろう」
「つまり、あのガキに花を持たせてやった訳だな」
「流石はバイソンホーン族のフランクだ。武力だけではなく、心まで一級とは」
こいつらの目も節穴だな、とマコトは小さく溜息を吐いた。
「悪いことをしちまったかな?」
「いや、あれでいいんだ。わざと負けるのは最大の侮辱だからな」
「……リブ」
「勝利のチューか?」
「いや、そろそろ放してくれ」
マコトはリブの手の甲を摘まんだ。
さっきからずっと腋の下だ。
正直、居心地が悪い。
「悪ぃ悪ぃ、具合がよくってよ」
リブはマコトから離れ、悪びれずに言った。
ロジャース商会の馬車がやって来たのはそれからしばらく経ってからだった。





