Quest14:魔石を売り捌け【前編】
※
マコト、フェーネ、リブの三人はユウカを中心に円陣を組んだ。
「転移魔法を使うけど、忘れ物はない?」
「ねーよ」
「ないッス」
「ないな」
言葉遣いこそ違うが、内容は一致している。
「一つ聞きたいんだけど、いいか?」
「何よ?」
「転移魔法を使う時はリラックスした方がいいのか?」
「多分、大丈夫でしょ」
多分、とマコトは小さく呟いた。
ラノベなどでは気を強く持つことで魔法を無力化することができる。
TRPGにおける行為判定を小説に落とし込んだ結果だと思うが、このルールが採用される場合、マコトは置いていかれる可能性が高い。
マコトのステータスはユウカを上回っているし、魔法耐性というスキルを取得しているからだ。
「じゃ、気を楽にして……」
「大丈夫って言ったばかりッスよ」
「気分の問題よ」
フェーネが突っ込んだが、ユウカは取り合わず、杖を突いた。
「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移!」
詠唱が完成し、光り輝く魔法陣が足下に展開する。
魔法陣の放つ光は徐々に増していき、マコトは目眩を覚えた。
「おっと」
目を閉じて頭を振る。
再び目を開けると、そこはロックウェルの南城門の前だった。
どうやら、転移に成功したようだ。
ユウカはもちろん、フェーネとリブの姿もある。
「お、おい、あんた達」
門番が怖ず怖ずと声を掛けてきた。
髪に白いものが混じった年嵩の男だ。
長年の苦労を物語るように肌は日に焼け、革鎧は色褪せている。
「驚かせて済まない」
「今のは転移魔法か?」
ああ、とマコトは頷いた。
「四十年門番をしているが、転移魔法を見たのは初めてだ。アンタが使ったのか?」
「ええ、そうよ」
ユウカは得意げに胸を張り、小鼻を膨らませた。
「は~、その歳で転移魔法とはね。きっと、歴史に名を残す偉大な魔法使いになるんだろうな」
「それほどでもないわ」
本人は謙遜しているつもりなのだろうが、不遜さが言動の端々から滲み出ている。
なかなか面白いヤツだと思わなくもない。
調子に乗ってボロを出しても困るので、マコトは二人の間に割って入った。
「街に入りたいんだが、大丈夫か?」
「ああ、通行証を見せてくれ」
門番はマコト、ユウカ、フェーネ、リブの順で通行証を確認した。
しきりに目を細めていたので、ステータスも確認したに違いない。
「よし、問題ないな」
「ありがたいよ」
思わず呟く。
温かい寝床で眠りたいと思っていたし、お金がある時に希望が叶えられないのは精神衛生上宜しくない。
お金があるのにホテルに泊まれなかったり、漫画喫茶に入れなかったりした時のストレスは異常だ。
「開門!」
門番が叫ぶと、門がゆっくりと開いた。
マコト達は門を潜り抜け、真っ直ぐに街灯に照らされた表通りを進む。
「マコト、これからどうする?」
「……宿に戻って」
ぐっすり寝たいという言葉をすんでの所で呑み込む。
「魔石の換金について話し合おうぜ。リブは大丈夫か?」
「何がだよ?」
「宿だよ、宿」
「ああ、前に使ってた宿なら引き払った。今は『黄金の羊』亭の三階にいるぜ」
「いつの間に」
まあ、考えてみれば四六時中一緒にいた訳じゃないのだ。
気が付いたら同じ宿の三階に宿泊していることもあるだろう。
表通りから路地に入ると、途端に暗くなる。
「……足下が見えないんだけど」
「暗視を取得すればいいだろ」
「嫌よ」
冒険者をする上で割と役に立つと思うのだが、ユウカはそう思っていないらしい。
「姐さん、手を貸すッスよ」
「ありがと」
フェーネが手を握ると、ユウカは礼を言った。
「……は~」
「溜息を吐くと、幸せが逃げるぞ」
「それくらいで逃げる幸せはいらないわよ」
ユウカはムッとしたように言い返してきた。
「で、どうして溜息を吐いてるんだ?」
「どのタイミングで宿を変えるか考えてたのよ」
「姐さん、チームを抜けるんスか?」
「チームじゃなくて宿よ、宿」
「なんでッスか?」
「危ないからよ」
「……?」
フェーネは訳が分からないと言うように首を傾げた。
多分、劣悪な環境で暮らしていた彼女にはユウカの気持ちが分からないのだろう。
もう一つ路地に入り、しばらく歩くと『黄金の羊』亭が見えてきた。
まだ営業時間らしく一階の扉は開け放たれている。
中に入ると、シェリーはカウンター席に座っていた。
「ただいま」
「おや、旦那。随分、遅かったんですねぇ。もう店じまいにしようかと思いましたよ」
マコトが声を掛けると、シェリーは立ち上がり、カウンターの向こうに移動した。
「食事はどうします?」
「頼むよ」
「温め直すんでちょいと時間を下さいよ」
「ああ、それと大事な話をするから雨戸を閉めさせて欲しいんだが……」
シェリーは動きを止め、訝しげに眉根を寄せた。
「そりゃ、店じまいしろって意味ですか?」
「そう受け取ってもらって構わない」
「急なお願いですねぇ」
シェリーは思案するように腕を組んだ。
自分の部屋で話し合うべきだったかと後悔するが、今更後悔しても遅い。
疲れているせいで気が急いていたのかも知れない。
「構いませんよ。どうせ、お客さんは来ないですしね」
「追加料金を払うよ」
「いりませんよ、そんなもの」
そう言って、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「いや、今回はそこそこ儲かったんだ。それなのに好意に甘えるのは、な」
空間魔石が100万A、アラクネの魔石が2万A、パピルサグの魔石だって数千Aにはなるだろう。
これだけ利益を出しておきながら関係者に還元しないのは間違っていると思う。
マコトはカウンターに歩み寄り、ポーチに手を突っ込んだ。
魔石の欠片が指に触れる。
やや大きめな欠片だ。
もう少し小さな欠片でもいいかなと思ったが、ここでケチっても仕方がない。
魔石の欠片をカウンターに置く。
「こいつは?」
「魔石の欠片だ。現物支給で申し訳ないけどな」
「もう、旦那はしっかりしてますねぇ」
シェリーは拗ねたように唇を尖らせた。
現金化の手間を考えれば必ずしも実入りのいい取引とは言えない。
「素直に甘えればいいじゃないですか」
「俺にもプライドはあるんだ」
「……ふぅ」
シェリーは小さく溜息を吐き、カウンターの引き出しに魔石の欠片をしまった。
これで取引成立だ。
「雨戸を閉めるぞ」
「了解ッス!」
「分かったぜ」
フェーネとリブは手分けして雨戸を閉め始めたが、ユウカは中央のテーブル席に着き、突っ伏した。
お前も働けよ、と言いたかったが、仕方がない。
彼女はこういう生き物なのだ。
窓を閉め、ユウカのいるテーブル席に着く。
やや遅れてフェーネとリブが席に着いた。
ちなみにフェーネはマコトの隣、リブはマコトの対面だ。
「取り敢えず、戦果の確認だな」
「分かったッス」
フェーネは大きな布袋と空間魔石を取り出してテーブルの上に置いた。
それだけで他に物が置けなくなるほどの量だ。
「アンタも出しなさいよ」
「隠してる訳じゃねーよ」
マコトはポーチから砕けた魔石を取り出し、布袋の上に置いた。
「何だかんだと結構な量だな」
「そうね」
ユウカは短く応じたが、ホクホク顔だ。
「……自分達で加工できりゃいいんだが」
「ないものねだりが過ぎるわよ」
だな、とマコトは頷いた。
将来的に自分達の工房を構えてオリジナルブランドを――とこれは考えすぎか。
「リブ、どのくらいになると思う?」
「う~ん、あたいは商人って訳じゃねーからな」
「大体でいいんだよ」
「空間魔石は100万A、袋に入っている魔石は2万Aにはなるんじゃねーか? 蠍の魔石は1000Aくらいか? まあ、魔石の値段には純度も影響してくるから一概には言えねーんだけど」
リブは難しそうに眉根を寄せながら言った。
「これで兄貴に金を返せるッス」
「お前、マコトに借金をしてるのか?」
「仲間内での借金がよくないのは分かってるッスよ」
リブが非難がましい口調で言うと、フェーネは拗ねたように唇を尖らせた。
「これにはちょっとした事情があるんだ」
「そうは言うけど、仲間内での借金は揉め事に繋がるんだぜ」
「それも分かってるさ。これでも、それなりに人生を積んでるからな」
他人に金を貸す時は戻ってこないと思え。
それが父親の借金に振り回されて学んだ教訓である。
まあ、この程度の教訓は痛みを伴わずに学びたかったが。
「とっとと借金を返しちまえよ」
「それは、分かってるッス」
フェーネは決意を感じさせる目でリブを睨んだ。
「リブ、魔羆の時みたいに捌けるか?」
「無理だ。これだけの量になるとあたいの能力を超えてる」
「役に立たないッスね」
「あたいは傭兵だぞ」
リブはムッとしたように言った。
「これだけの量だと教会に仲介してもらうのが一番じゃねーか?」
「教会は素材の買い取りをしてないって聞いたんだが?」
「買い取りはしてねーけど、仲介はしてるんだよ。かなり手数料を取られるからルートを持ってるヤツは利用しねーけど」
「じゃ、教会を頼るしかねーな」
手数料は痛いが、教会のコネクションを利用できると考えれば必要経費の範疇だろう。
それにしても仲介しているのなら仲介していると教えて欲しいものである。
「教会に仲介してもらって魔石を売るってことでいいか?」
「異議なしッス」
「他に選択肢がねーからな」
「仕方がないわね」
他に選択の余地はないが、満場一致だ。
「じゃ、俺が教会に行くってことでいいか?」
「マコトが行くのか?」
リブは不満そうな表情を浮かべて問い返してきた。
恐らく、リーダーが雑用をすることに忌避感があるのだろう。
「それだけが目的じゃねーけどな」
マコトは立ち上がり、その場で一回転した。
「なんで、いきなり踊ってんのよ?」
「踊った訳じゃねーよ。背中と脇腹を見ろ」
流石に背中は無理なので、脇腹を指差す。
コート、鎖帷子、シャツが裂け、素肌が見える。
「ああ、新しい装備ね。服はシェリーに直してもらえばいいじゃない」
「服くらいならいくらでも繕いますよ」
ユウカがカウンターに視線を向けると、シェリーは皿に料理を盛りつけながら言った。
「……申し訳ない気分で一杯なんだが」
「あれだけの物をもらった後ですからね。申し訳ないと思う必要はありませんよ」
それに、とシェリーは続ける。
「弟ができたみたいで嬉しいんですよ」
「……弟」
マコトは小さく呻いた。
若返ったとは言え、アラフォーなのだ。
それなのに弟扱いされるとは――。
そう言えば『歳の割に』ってよく言われるな~、と溜息を吐く。
自分ではアラフォーのつもりだったが、中身は年相応に成長していなかったのかも知れない。
「息子じゃなくてよかったじゃない」
「流石に息子は……」
「もう五歳年齢が離れてればそう感じていたかも知れませんねぇ」
シェリーは少しだけ嬉しそうに言った。
「念のために聞いておきたいんだが、俺は何歳に見える」
「多く見積もっても同い年よ」
「十代半ばって感じッスかね。ちなみにおいらは十五ッス」
「あたいもフェーネと同意見だ」
つまり、十五歳前後と思われていると言うことか。
マコトは暗澹たる気分で溜息を吐いた。





