Quest10:冒険の準備を整えよ【後編】
※
「では、三人とも左手を重ねて下さい」
マコト達は司祭に促されるままに左手を重ねた。
さらに司祭がその上に自分の左手を添える。
「無窮ならざるペリオリスよ」
司祭が厳かに祈りを捧げると、ウィンドウが表示された。
どうやら、共同口座を開設できたようだ。
「以上で共同口座開設の手続きは終了となります」
「ああ、ありがとう」
便利な世界だな、とマコトは感心しながら手を離した。
司祭に背を向けて歩き出す。
目的は受付だ。
受付の少女と目が合ったので、小さく手を振る。
すると、少女は恥ずかしそうに顔を伏せ、それから遠慮がちに手を振ってきた。
「おいらが依頼を受けてくるんで、兄貴達は待ってて欲しいッス」
「頼むぞ、フェーネ」
「はいッス!」
フェーネは嬉しそうに受付に駆けて行った。
転ぶなよ、とマコトは呟き、近くにあった長イスに腰を下ろした。
ユウカは隣に座る。
やや距離を置いているのは警戒感からだろうか。
「あれは絶対に惚れてるわね」
「またかよ」
ローラの時はそれなりに嬉しかったが、二度目ともなると『勘違いじゃねーの?』という気がしてくる。
「シェリーも憎からず思ってるはずよ」
「何でもかんでも恋愛に結びつけるなよ」
マコトは深々と溜息を吐いた。
ユウカはシェリーが憎からず思っているなどと言うが、あれは宿の店主として対応しているだけだ。
「ノリが悪いわね。嬉しくないの?」
「別に告白された訳じゃねーし、そんなことを考えてる余裕なんてねーだろ」
「……まさか」
「女と付き合ったことはあるからな」
「な~んだ」
ユウカは期待して損したと言わんばかりの口調で言った。
「そう言えばアンタってアラフォーなのよね。結婚したい相手はいなかったの?」
「なんで、そんな話をしなきゃならねーんだよ」
「興味があっただけよ」
マコトは再び溜息を吐き、脚を組んだ。
「結婚したい相手はいたけどな」
「どうして、しなかったの?」
「借金があったんだよ」
「見事なまでのDQNっぷりね」
「言っておくけど、俺の借金じゃねーからな」
「じゃ、誰のよ」
「親の借金だよ」
親が騙されて借金を背負った。
他にも要因はあるが、詳しく説明するつもりはない。
「借金があっても結婚はできるんじゃない?」
「実家の借金を返したいから共働きしてくれとは言えねーだろ」
「……あたしなら」
「義理の両親のために十年働けるか?」
「無理ね。実の親でも無理」
断固とした口調だった。
「親を見捨てちゃえばよかったのに」
「そうだな」
兄貴はそうしたけどな、とマコトは心の中で付け加えた。
どうして、同じ親から生まれたのにあんな自分勝手な人間になったのか今でも不思議に思う。
しかも、借金を返した後で子どもを連れて遊びに来るのだ。
両親も突き放せばいいのに初孫にデレデレだ。
甥っ子に罪はないが、全てを水に流すことなどできない。
せめて、詫びの言葉を口にして欲しかった。
「借金を返し終えたのは二十八の時だったか」
「やり直せたんじゃないの?」
「人生は何度でもやり直せる、か」
思わず失笑すると、馬鹿にされたと思ったのか、ユウカは柳眉を逆立てた。
「人生はそう何度もやり直せねーよ」
「……言い訳に聞こえる」
「そうかもな」
ユウカくらいの年齢ならばそうだろう。
不思議と怒りは湧いてこない。
代わりに鉛のように重く、砂のように乾いた感情が湧き上がる。
「新しいことを始める気力が湧いてこなかった。今にして思えば気力が尽きてたんだな」
「アラフォーにも色々あるのね」
「アラフォーにも色々あるんだよ」
溜息を吐くように呟く。
「アラフォーのおっさんからの忠告だ。お前は自分のために人生を使え」
「精々頑張るわ」
「ああ、頑張れ」
本当は復讐なんて下らないと繋げたかったが、何故か口にすることができなかった。
「って、アンタも頑張りなさいよ」
「俺も?」
「当たり前じゃない。幸か不幸か若返ったんだもの。人生をやり直さなきゃ嘘よ」
「何が嘘なんだよ」
マコトがぼやくと、ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。
「人生をやり直すか」
「そうよ」
「その前に生活基盤を整えなきゃな」
「どんだけネガティ――」
「兄貴! 薬草採取の依頼を受けて来たッスよ!」
ユウカの言葉を遮り、底抜けに明るい声が響いた。
フェーネが戻ってきたのだ。
嬉しそうに依頼書をブンブン振っている。
「さて、と。次は買い物だな」
「真面目に考えなさいよ」
「分かってるよ」
マコトは長イスから立ち上がり、三度目の溜息を吐いた。
※
フェーネはロジャース商会の前で立ち尽くしていた。
「あ、兄貴。ホントにこんな高級な店で買い物するんスか?」
「……高級な店って」
それほど高級な店でもないよな? とマコトは首を傾げた。
「普段、どんな所で買い物してるのよ?」
「装備品を買う時は故ば……中古ッスよ」
ユウカが尋ねると、フェーネは蚊の鳴くような声で言った。
故買屋と言わなかったのはいい判断だ。
ちなみに故買屋とは盗品の売買を行う質屋のことだ。
大通りでは口にしない方が無難な言葉である。
「いいから入るぞ」
マコトが先頭に立って店に入ると、ユウカとフェーネも後に続いた。
中で待っていたのは一昨日と同じ男性店員だ。
「ロジャース商会にようこそ……おや?」
「よう、また来たぜ」
「マコト様、ご来店頂きありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
前回よりも輪を掛けて丁寧な接客だった。
「今日は仲間の装備を買いに来たんだ」
「左様でございますか。では、こちらに」
男性店員に先導され、装備品を扱っているエリアに案内される。
「流石、ファンタジーって感じね」
「……」
ユウカはエリアの中央に立っているが、フェーネはモジモジしている。
「おいら、やっぱり結構ッス!」
「逃げるなよ」
マコトは逃げだそうとするフェーネの首根っこを掴んだ。
「言っただろ、これは投資だって」
「分かったッス」
フェーネは頷き、籠手と脚甲が置かれた棚の前に移動した。
ユウカは男性店員から説明を受けながら杖を見ている。
あっちは放って置いてもいいか、とフェーネの後ろに立つ。
彼女が見ているのは革製の防具だ。
金属製のそれに比べると、値段が安い。
「遠慮しなくてもいいぞ?」
「おいらの売りは素早さッスから少しでも身軽にしておきたいんス」
フェーネは手にした籠手を傾けながら言った。
色々と考えているのだなと思う。
彼女が仲間になると分かっていれば一人で買い物なんてしなかったのだが。
「……お」
マコトは棚を見渡し、声を上げた。
そこに見知った物――パチンコがあったからだ。
とは言え、知っているそれとは形状がかなり異なる。
フレームは木と金属を組み合わせて作られ、グリップは銃把を思わせる。
ブレを防ぐためか、補助具まで付いている。
このパチンコは弾を撃ち分けられるらしく、金属の球体と鏃――小振りのダーツのように見える――が近くに置いてあった。
「……パチンコとは言わないよな」
「兄貴、何を見てるッスか?」
「あれだ」
名前を思い出そうと記憶を漁っていると、フェーネが話しかけてきたので、これ幸いとばかりにパチンコを指差す。
フェーネは立ち上がり、頭をマコトの腕に寄せた。
「スリングショット、ッスね」
「ああ、なるほど」
マコトの脳裏を過ぎったのは水着のスリングショットだ。
確かに言われてみれば目の前にある武器によく似ている。
「1000Aか、それなりに値が張るんだな」
「対モンスター用のスリングショットッスからね。使ってる素材が特殊で、弾もミスリル合金製ッスからどうしたって値が張るッス」
パチンコのくせに、という言葉をすんでの所で呑み込む。
武器と子どもの玩具を比べることがそもそも間違っている。
「……スリングショットか」
マコトはスリングショットをしげしげと眺める。
フェーネに装備させたらどうかと思ったのだ。
自分とフェーネが肩を並べて戦っている光景はイメージできないが、スリングショットで援護する姿は簡単にイメージできる。
「買うか」
「え!?」
フェーネがビクッと体を竦ませた。
「お前の武器に丁度いいんじゃないか?」
「いやいや、兄貴! 勢いで言っちゃ駄目ッスよ!」
「俺なりに考えてるさ」
「けど、本当にいいんスか?」
「投資なんだから遠慮すんな」
「……何だか申し訳ないッス」
マコトはスリングショットと二種類の弾を手に取り、フェーネに渡した。
「防具は選んだか?」
「これにするッス」
フェーネは籠手、脚甲、胸当てを手に取った。
いずれも革製の防具だ。
マコトには頼りなく感じるが、素早さを活かすにはこれで十分なのだろう。
「他に買っておいた方がいいアイテムはあるか?」
「一応、水薬を買った方がいいと思うッス。1本500Aするッスけど」
「取り敢えず、二本買っておくか」
視線を巡らせるが、水薬らしき物はない。
「水薬はあっちッスよ」
「じゃ、移動するか」
マコトはユウカを見る。
「もう少し安くならないの?」
「いえいえ、私どもといたしましてもこれが精一杯でございます。こちらのブーツを併せてご購入頂ければ考えますが?」
ユウカは杖を握り締め、男性店員と睨み合っていた。
男性店員は困ったような表情を浮かべながらブーツを売ろうとしている。
「……魔道書は?」
「こちらのケープも併せて如何ですか? 先日、マコト様が購入されたコートと同じ黒でございます」
「行くか」
「そうッスね」
薬を売っているエリアに向かって歩き出す。
その途中でフェーネは足を止めた。
彼女が見ているのは黒いコートである。
「これも買っておくか」
「……えっと」
「ユウカも黒いケープを買うみたいだしな。チームカラーってことで」
「……お願いしまス」
フェーネは申し訳なさそうに肩を窄めた。
※
マコトとフェーネが宿に戻ると、シェリーは箒を動かす手を休め、目を細めた。
カウンターに比べればまだしも距離が近いのだが、判別できないらしい。
「帰ったぜ」
「お帰りなさい、旦那。随分と買い込んだんですねぇ」
声で分かったのだろう。シェリーは一昨日と同じようなことを言った。
「必要な投資だからな」
「そういうことにしておきますよ」
シェリーはクスクスと笑った。
多分、なんだかんだ理由を付けて悪ぶっているみたいに思っているのだろう。
「フェーネ、さっさと荷物を部屋に置いてこい」
「分かったッス」
フェーネは荷物を抱えながら二階に向かう。
やれやれ、結構な出費だったな、とマコトはカウンター席に座った。
シェリーはカウンターに入ると、グラスに水を注いでマコトの前に置いた。
「手伝ってやってもよかったんじゃありませんか?」
「そこまで甘やかすつもりはねーよ」
マコトはレモン水で喉を潤し、小さく息を吐いた。
本当は着替え――下着まで買ったので、手伝いにくかっただけなのだが。
「ユウカさんはどうしたんです?」
「あいつは値引き交渉中だ」
これだから女は、という言葉を呑み込む。
「まあ、女ってのはそういうもんですよ」
マコトの気持ちを知ってか知らでかそんなことを口にする。
「旦那、明日のご予定は?」
「薬草の採取だ」
「弁当を作った方がいいですかね?」
「どうだろうな?」
「?」
シェリーは不思議そうに首を傾げた。
「何せ、初仕事だからな」
「そんなんで大丈夫ですか?」
「成功するように祈っていてくれよ」
「私はいつもお客さんが無事に帰ってくるように祈ってますよ」
シェリーは困ったように笑う。
「危なくなったら尻をまくって逃げてくるさ」
「だったら、安心ですねぇ」
シェリーは溜息を吐くように言った。





