Quest9:金を稼げ【前編】
※
「結構、依頼ってあるもんなんだな」
マコトはしげしげと教会の掲示板を眺めた。
隊商の護衛や薬草採取、畑を荒らす害獣退治、猫を探して欲しいなんて依頼まである。
飯の種が多いのは結構なことだが、逆に言えば領民が自腹を切って依頼しなければならないほど領主が頼りにならないとも言える。
「ちょっと、どの依頼にするか早く決めてよ」
「もう少し待ってくれ」
隊商の護衛が妥当なのではないかと思う。
食事と水は自分で何とかしなければならないようだが、日当200Aは魅力的だ。
かなりの人数を募集しているようなので、何とか潜り込めるだろう。
ただ、募集要項にランクCと記されている点が気になる。
見れば他の依頼書にもランクが記されている。
パッと見た限り、ランクはB、C、Dの三種類だ。
「まあ、聞くのが一番だな」
マコトは受付に向かった。
そこには質素なローブを纏った少女が座っていた。
そういう習慣なのか、ヴェールを被っている。
「なあ、質問していいか?」
「あ……はい、どうぞ」
声を掛けると、少女はハッと顔を上げた。
「依頼を受けようと思うんだが、ランクってのは何なんだ?」
「ランクは……ランクは上からS、A、B、C、D、Eになってます。えっと……」
少女は『えっと』を繰り返す。
恐らく、新人なのだろう。
だからと言ってまともに説明できないのでは話にならない。
客は彼女を新人ではなく、プロとして見る。
だが、新人と分かっているのに完璧な仕事を求めるのは酷だろう。
誰だって最初は素人なのだ。
「そんなに焦らなくてもいいぜ」
「……」
安心したのか、少女はホッと息を吐いた。
「ランクは、最初はEランクからスタートして、査定に通ると昇格します」
「査定を通る条件は?」
「依頼の達成件数や人柄です」
「なるほど」
要は信頼できる人間に重要な仕事を任せるというシステムなのだろう。
「SやAクラスの仕事は掲示板になかったんだが?」
「そのクラスになると、殆ど指名での仕事になってきますから」
少女は申し訳なさそうに肩を窄めた。
「ってことは俺はEランクか」
「あの、Eランクの仕事はありません。ランクが上の方と一緒なら依頼を受けられたのですが……」
女は蚊の鳴くような声で言った。
「俺とあっちの……」
マコトは肩越しに不機嫌そうに腕を組むユウカを見て、それから正面に向き直る。
「あっちの女はそこそこレベルが高いんだが、それでも駄目か?」
「少々、お待ち下さい」
少女はカウンターの下から片眼鏡を取り出した。
「失礼ですが、ステータスを拝見してよろしいでしょうか?」
「ああ、構わねーよ」
「――ッ!」
少女は片眼鏡を付け、ビクッと体を震わせた。
無理もない。
レベル100の人間は羆以上の化け物だ。
「あ、あの、申し訳ありません。やはり、ランクがEですので」
「ちょっと! いつまで掛かってるのよ!」
「ひぃッ!」
ユウカが荒々しい足取りで近づくと、少女は悲鳴を上げた。
まあ、羆以上の化け物が不機嫌そうに近づいてきたら悲鳴を上げて当然という気もするが。
「あ、あの、ランクが足りなくて、その……」
「あん?」
「あ、あの、その……」
少女はユウカに睨み付けられながら必死に言葉を紡ぐ。
可哀想に、脂汗をダラダラと流している。
気持ちは分かる。
仕事を始めたばかりの頃は小さなミスでも取り返しの付かないミスをしてしまったと思うものだ。
「まあ、待てよ」
「今まで待ってたでしょ」
ユウカはムッとしたように言い返してきた。
「で、どうだったの?」
「制度の問題ですぐに依頼を受けるのは無理っぽい」
「依頼は諦めてダンジョンを攻略しない? 多分、そっちの方がお金になるわよ」
ユウカの意見はもっともなのだが――。
「ダンジョンの攻略はもう少し先にしたい」
「なんでよ?」
「もっと戦力が充実してからじゃないと危ないからな」
たとえば骸王のダンジョンだ。
もし、仲間がいれば幽霊から逃れるために飛び降りずに済んだだろう。
あの時は何とか乗り切ったが、次も乗り切れるとは思わない。
「じゃあ、どうするのよ?」
「森に行って、モンスターを退治する」
「ったく、記念すべき第一歩だってのに」
「悪ーな。もう少し制度について調べておくべきだったよ。為になりそうな情報を聞くから、もう少し待っててくれ」
「……分かったわ。まあ、アンタに情報収集を任せきりにしていたあたしにも悪い所がない訳じゃないし」
自分にも非があるっていえねーのかよ、とマコトは心の中で突っ込む。
「イスに座って待ってるわ」
「悪ーな」
ユウカは舌打ちしてホールに向かった。
「怖がらせちまって悪ーな」
「い、いえ、期待させるようなマネをした私が悪いんです」
「確かにそこはな」
マコトは呻いた。
人間は自分に都合のいい解釈をするものだし、質の悪いクレーマーはそれを利用して誠意を見せろと言ってくるものだ。
「ま、次から気を付ければ大丈夫さ」
「あ、ありがとうございます」
少女は小さく頷いた。
感情が高ぶっているのか、耳まで真っ赤だ。
「と言う訳でモンスターを退治しようと思うんだが、お勧めの狩り場ってあるか?」
「申し訳ありません。冒険者の方が森でモンスターを退治することは知っているのですが……」
「まあ、そうだよな」
自分でも馬鹿なことを聞いたと思う。
冒険者にとって狩り場は飯の種だ。
無償で教える訳がない。
「お役に立てず、申し訳ありません」
「そこまで申し訳なく思う必要はねーよ」
時間はあったのだから下調べをするべきだった。
「あと、聞きたいんだが、モンスターの角や毛皮は買い取ってくれるのか?」
「すみません。教会では買い取っていないんです」
「……そうか」
マコトは溜息を吐いた。それもそうかと思う。
世の中には需要と供給という物が存在しているのだ。
常時、買い取りを行うためにはそれだけの需要が必要だ。
それがなければ在庫は貯まる一方――保管場所の維持費が掛かってしまう。
「街に入る時は入場料みたいなのは発生するのか?」
「……?」
少女はキョトンとしていた
「あ~、実は……ここに入る時はクリスティンと一緒だったんだ」
「領主様とですか!?」
少女は驚いたように目を見開いた。
「ああ、ちょっと縁があってな」
「領主様のお知り合いでしたら教会に頼まなくても……」
「言ったろ、ちょっとした知り合いだって」
「……真面目なんですね」
「善人と思われたくてな」
マコトは肩を竦めた。
命を助けたのだから融通を利かせてくれるはずだが、そんなことをしたら厄介なヤツに助けられたと思われてしまう。
恩義を感じてもらうにはこちらから要求してはいけないのである。
「教会で発行している通行許可証があれば何度でも無料で行き来できます」
「でも、お高いんでしょ?」
「いえ、1ヶ月100Aです」
マコトが戯けると、少女はクスリと笑った。
※
マコト達は街道を進む。
歩を進めるたびに通行証――名前と有効期間が記された金属のプレートが胸元で揺れる。
奪われたり、盗まれたりしたら簡単に悪用されそうだ。
受付の少女に尋ねると、城門を守る衛兵はステータスを見ることができると言われた。
ただ、盗賊の中には認識を阻害するスキルを持っている者がいるそうなので、ステータスのみで判断はしていないらしい。
「ねぇ、何処まで行くの?」
「そんなに歩いてないだろ」
「結構、歩いてるわよ」
ユウカはぼやくように言った。
振り返ると、城壁のシルエットが見えた。
「そんなに歩いてねーよ」
「それで、これからどうするの?」
「さあ、な。ほっつき歩いてればモンスターに出くわすんじゃねーか?」
「……いないわよ」
ユウカはキョロキョロと辺りを見回して言った。
ゲームならモンスターが襲い掛かってきてくれるのだが、そこまでゲーム的ではないらしい。
まあ、当たり前と言えば当たり前か。
いきなり襲い掛かってきて死ぬまで戦うような生物はすぐに絶滅してしまう。
「アンタの力でモンスターを探せないの?」
「今の所、何も感じねーな」
どうやればいいのかも分かってねーし、と心の中で付け加える。
自分の力を使う練習をするべきだっただろうか。
「気配探知のスキルも機能してるんだか、機能してないんだか」
「もうスキルを取得したの?」
「隣にいただろ?」
「あたしはあたしで忙しかったもの」
マコトが溜息交じりに言うと、ユウカはふて腐れたように唇を尖らせた。
「で、どんなスキルを取得したの?」
「ステータスを確認しろよ」
「そうだったわね」
む、とユウカは目を細める。
「えっと、状態異常耐性、物理耐性、魔法耐性、暗視、気配探知、治癒力向上、鑑定。何と言うか……普通ね」
「奇を衒っても仕方がねーだろ」
「それもそうね」
「ユウカはどんなスキルにするつもりなんだ?」
「…………物理耐性?」
「魔法使いのくせに」
「盾役がしっかりしてれば取らないわよ」
「頼りない盾役で悪かったな」
イラッとして言い返す。
精霊術士も、格闘家も盾役には向いていない。
それでも、ユウカを守りきったのだ。
まずはそのことを誉めて欲しいものである。
「は~、今日は無駄骨になりそうね」
「周囲の地理を確認できたと思えばいいだろ」
「お見合い結婚した夫婦じゃあるまいし」
「意味が分からねーよ」
「……毎日がいい所探し」
ボソッと呟く。
多分、無理に前向きな発言をしていると言いたいのだろう。
「こんなに計画性がなくてやっていけるのかしら」
「一応、計画はあったぜ。すぐ駄目になったけどな」
「……はぁ~」
マコトが言うと、ユウカは深々と溜息を吐いた。
「けど、ダンジョンにいた頃よりはマシじゃねーか」
「確かに、飢え死にする心配はないわね」
「だろ?」
「皮肉よ、皮肉」
ユウカはわずかに声を荒らげる。
「どうせ、行き当たりばったりなんだから森に入ってみない?」
「いや、それはマズい」
「何でよ? あたし達のレベルなら楽勝でしょ?」
「迷ったらどうするんだよ」
盗賊がこの辺りで生きていくために最低限の強さを備えていると仮定すれば大抵の相手はマコト達の敵ではない。
むしろ、敵は知識や情報のなさである。
「知ってるか? 富士の樹海で発見される死体は道から50メートルくらいの場所にあるんだぜ」
「……方位磁針を買えばよかったわ」
ユウカは森を見つめ、ガックリと肩を落とした。
薄暗い森を見て、迷ったら出られなくなると考えたのだろう。
「もう完全にピクニックね」
「弁当も持ってきたしな」
マコトは天を仰いだ。