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Quest8:装備を整えよ【後編】



 マコトが宿に戻ると、ユウカがカウンターに突っ伏していた。

 シェリーはカウンターからこちらを見ている。


「シェリー、ただいま」

「やっぱり、旦那でしたか」


 シェリーは胸を撫で下ろした。


「随分、買い込んだんですね」

「籠手と脚甲のせいで多く見えるんだよ」


 軽く肩を竦め、ユウカの隣に座る。


「……胃がムカムカする」

「二日酔いって言うんだ。覚えておけ」

「もうお酒は飲まない」


 ユウカは呻くように言った。


「で、お前はこれからどうするんだよ?」

「あの三人……いえ、あたしをダンジョンに置き去りにした連中を含めれば六人ね。六人に復讐するに決まってるじゃない」

「それで、どんな復讐をするんだ?」

「殺すに決まってるじゃない」

「そうか、頑張れよ」

「手伝ってくれないの?」


 ユウカは体を起こし、真顔でそんな台詞を吐いた。


「手伝わねーよ。何を真顔で寝ぼけたことをいってんだ」

「寝ぼけてないわよ!」

「余計、質が悪ーよ!」


 マコトは怒鳴り返した。


「お願い! エッチなこと以外なら何でもするから!」

「いやいや、殺人の手伝いさせておいてエッチなしはねーだろ!」

「それ以外は何でもするって言ってるじゃない!」

「殺人の手伝いさせるならやらせろよ!」

「いいじゃない! もう二十人も、三十人も殺してるんだから! 今更、五、六人増えたって変わらないでしょ!」

「変わるだろ!」


 マコトは叫んだ。

 痛い目に遭わせるくらいなら手伝ったが、殺人を手伝うのは全力で断りたい。

 と言うか、巻き込んで欲しくない。


「はい、旦那」

「ありがとよ、シェリー」


 マコトはシェリーがカウンターに置いたレモン水で喉を潤した。


「どうしても駄目?」

「駄目に決まってるだろ。脳みそ、腐ってんのか」

「そ、そこまで言うことないじゃない」

「いやいや、普通は言うだろ」


 ユウカは傷付いたような表情を浮かべたが、ふざけるなと言いたい。


「じゃあ、どうすればいいのよ」

「……どうすればって」


 自分で考えろよという言葉を呑み込む。

 ユウカに任せたら話が進まない。

 双方に利のある提案を行うべきだろう。


「連中がピンチの時に助けてやるってのはどうだ?」

「助ける?」


 ユウカは露骨に顔を顰めた。

 言い方も『たぁ、す、け、るぅ?』である。


「連中がピンチの時にドヤ顔で助けるんだよ。格下だと思ってる相手に助けられたヤツの顔は見物だぜ」

「それよりコウキ君とタケシ君の四肢を切断して、その前でホシノさんをレイ――」

「怖ーよ!」


 マコトはユウカの言葉を遮った。


「つか、四肢切断って何だ! お前、コウキ君とやらに片思いしてたんじゃねーの!?」

「は!? あたしの気持ちを裏切ったんだからそれくらいされて当然でしょ!」

「当然じゃねーよ! 四肢切断ってメキシコのマフィアかよ!」

「じゃあ、骨を折るだけでいいわよ」

「どっちも断る! つか、クソみたいなことを言ってるのに妥協してます的な雰囲気を醸し出すな!」


 しかも、高みの見物を決め込む気満々だ。


「じゃあ、どうするのよ」

「どうするもこうするも言った通りだよ。犯罪に手を染めなくても連中を悔しがらせることくらいできるだろ」

「ピンチの時に助けるくらいで悔しがるの?」

「プライドが高そうだったから悔しがるだろ。他にも連中が攻略しようとしてるダンジョンを先に攻略したり、武闘大会みたいなので勝ったり……とにかく、こっちが上って所を見せるんだよ」

「それで本当に悔しがるの?」

「ああ、悔しがる」

「……」


 マコトは断言した。

 ユウカは訝しげな表情を浮かべたが、ここは根拠がなくても断言すべきシーンだ。


「具体的には?」

「取り敢えず、俺達の生活基盤を固めるべきだな」

「……地味」

「相手は正社員、こっちはフリーターだぜ」

「……フリーター」


 ユウカは呻くように言った。


「実際は無職みたいなもんだけどな。せめて、自営業者くらいにならねーと勝負にならねーよ」

「そっか、生活しなきゃなんだ」

「当たり前だろ」


 マコトはうんざりした気分で言った。


「アルバイトしたことがないから少し不安」

「自分なりにどうするか考えると気が楽になるぞ」

「それって経験則?」


 ああ、とマコトは頷いた。

 先行きが不透明だから不安になるのだ。

 自分がこれからどう行動するのか考えれば多少は不安が和らぐ。


「それで足りなけりゃ最初から上手くできる人間はいねーって考えろ」

「自己欺瞞っぽくない?」

「いいんだよ、それで」

「そんなもんかな?」

「そんなもんだ」

「そっか」


 そう言って、ユウカは立ち上がった。


「部屋に戻るのか?」

「まだ気分が悪いから部屋で休んでるわ」


 ユウカは億劫そうに階段を登っていった。


「旦那、お疲れ様です」

「マジで疲れたよ」


 マコトはグラスを手に取り、レモン水を飲み干した。


「復讐に付き合うつもりなんですか?」

「まさか、俺はそこまで馬鹿じゃない」


 カウンターにグラスを置くと、シェリーは何も言わずにレモン水を注いだ。


「二人の関係に口出しするつもりはありませんけどね。泣かせちゃ駄目ですよ」

「恋人じゃねーんだから」

「おや、違うんですか?」

「違ーよ」


 シェリーが意外そうに言ったので、訂正しておく。


「だとしても女の子を泣かしちゃ駄目だと思いますけどね」

「へいへい、気を付けるよ」


 正直に言えば同意できない価値観だ。

 男が率先して労苦を引き受けるという考え方が好きになれない。

 それでも、気を付けると言ったのは反論しても無駄だと知っているからだ。

 へいへいと口にしたのはせめてもの抵抗だ。

 利用するだけの関係になるつもりはないし、その逆――利用されるだけの関係になるつもりもない。


「……ふぅ」


 マコトは小さく溜息を吐いた。



 『白銀竜の鱗』亭――ロックウェルの表通りに面した最高級の宿だ。

 コウキはそのエントランスでクラスメイトと向かい合っていた。

 この一ヶ月間苦楽を共にしてきた仲間は泥と血に塗れ、憔悴しきっていた。

 小さなダンジョンを死に物狂いで攻略した結果だった。

 ヴェリス王国最強の騎士団に師事したとは言え、やはり訓練と実戦は異なる。

 コウキは自ら先陣に立ち、仲間を鼓舞する中でそのことを強く意識した。

 もっと実戦的な訓練を積んでいれば仲間を失わずに済んだかも知れない。

 湧き上がる慚愧の念を必死で抑え込む。

 上に立つ人間は感情を表に出してはならない。

 感情を表に出せばそれは部下に伝播してしまう。

 故にいつもと変わらぬ口調で話しかける。


「皆、王都に帰還するのは明日だ。疲れているだろうけど、すぐに宿を出られるように荷物を纏めて置いて欲しい」

「え~、マジかよ」

「もうヘトヘトなのに」

「勘弁してくれよ。明日でいいじゃん」


 非難がましい声が上がるが、コウキは動じない。

 衣食足りて礼節を知るではないが、疲れている時はこういうものだろう。

 だから、皆が落ち着くのを待って口を開く。


「……頼むよ」

「コウキが言うなら仕方がないか」

「そうね。疲れてるのは皆一緒だもんね」

「もう一踏ん張りするか」

「ありがとう」


 コウキが礼を言うと、ホシノとタケシ以外の皆は自分の部屋に向かった。

 相談事でもあるのか、ホシノは何か言いたそうな目でこちらを見ている。


「どうしたんだい?」

「あの、相談があるんです」

「悪いけど後にしてくれないかな」


 ホシノの目から涙が零れ落ちた。


「あ……すみません。疲れてるのに」


 ホシノは涙を拭い、その場から走り去った。


「コウキ、余裕がないのは分かるけどな。ああいう態度はないんじゃないか?」

「すまない。これからシャーロット姫に連絡をしなきゃいけないんだ。やっぱり、スポンサーだしね」


 ヴェリス王国の第二王位継承者であるシャーロットがコウキに猛烈なアプローチを仕掛けているのはタケシも、ホシノも知っている。


「ったく、しょうがねーな。俺がフォローしてやるよ」

「悪い、タケシ。恩に着るよ」

「あんま気にすんな。こんな時だから協力しないとな」


 タケシは苦笑いを浮かべ、踵を返した。

 コウキは小さく息を吐き、自分の部屋がある最上階に向かった。

 もう少しで最上階という所で男に出くわした。

 コウキと同じ白銀の甲冑に身を包んだ偉丈夫だ。

 額は広く、鼻梁は広く長い。

 小さな瞳は愛嬌を欠片も感じさせず、への字に結ばれた唇は分厚い。

 彼こそがヴェリス王国最強の騎士、ルーク・アバディーンだ。

 レベル49の騎士であり、物理に特化したスキル構成をしているため不破城砦の異名を持つ。


「コウキ殿、ダンジョンを攻略したと部下から聞きましたが?」

「ええ、皆が死に物狂いで頑張ってくれたお陰です」

「ほうほう、その皆には私の部下も入っているのですかな?」

「ええ、もちろんです」


 ほうほう、とルークは頷いた。

 その口元には下卑た笑みが浮かんでいる。

 形式的とは言え、ルークは上司だ。

 上司に対して敬意を払わなければならない。

 コウキは道を譲り、頭を垂れた。

 頭を垂れることくらい何でもない。


「いつもそれくらい可愛げがあればいいのにな」

「……」


 そう言って、ルークは階段を下り始めた。

 コウキは音が聞こえなくなった所で頭を上げ、自分の部屋に向かった。

 コウキは自分の部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。

 フロアの四分の一を贅沢に使用した部屋には大抵の物が揃っている。

 冷蔵庫――という名のマジックアイテム――からレモン水の入った瓶を取り出し、ソファーにどっかりと腰を下ろす。


「……役に立たない女だな」


 ソファーに寄り掛かり、天井を見上げる。

 役に立たない女とはホシノ――ホシノキララのことだった。

 華道の家元の娘という立場もあり、学校では女子の纏め役を務めていた。

 だが、この世界では華道の家元の娘なんて肩書きは何の役にも立たない。

 今でも女子の纏め役というポジションを維持できているのはコウキとタケシと親しいからだ。

 それがなければスクールカーストの最下層にまで転落するだろう。


「サトウユウカを失ったのは痛かったな」


 彼女がコウキに食って掛かれば食って掛かるほど必死で皆を守ろうとしているのに文句を言われていると同情が集まったというのに。

 タケシとホシノは彼女を嫌っているが、コウキは可愛いとすら思う。

 コウキに好意を抱いているくせに必死にそれを隠そうとする様は見ていて滑稽だった。

 徹底的に利用して捨ててやろうと思っていたのだが、こんなに早く排除されるとは思ってもみなかった。

 恐らく、原因は彼女の出自にある。

 コウキ達の学校――私立大河学園高校は選ばれた人間が集う場所だ。

 入学するには財力だけではなく、家格も求められる。

 頭がいいだけの、父親が誰かも分からない女の居場所ではない。

 まあ、要するに最初から仲間ではなかったということだ。


「最後に結束力を高める役に立ったからよしとするか」


 コウキは気持ちを切り替える。

 これからシャーロットと話さなければならない。

 忍耐を要求される仕事だが、この国を手に入れるには必要なことだ。

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