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Quest7:宿に宿泊せよ【後編】



「……ここが宿か」

 マコトは建物を見上げて呟いた。

 建物は煉瓦造り三階建て、外壁は歴史を物語るように薄汚れている。


「せ――」

「西部劇にでも出てきそうな宿ね」


 ユウカがマコトの言葉を遮って言った。

 彼女の言う通り、宿の扉はウェスタンドアになっていた。


「ホントにここに泊まるの?」

「嫌なら別の宿に泊まれよ」

「別に嫌って訳じゃないけど」


 マコトが突き放すと、ユウカは不満そうに唇を尖らせた。

 この宿に泊まりたくないという気持ちが伝わってくるようだ。

 まあ、気持ちは分からなくもない。

 この宿は大通りから離れた場所にあり、閑散としている。


「お金はあるんだし、もう少し高い宿に泊まってもいいんじゃない?」

「俺は金を節約したいんだよ」


 どうやって、この世界で生きていくのか決めていないが、生活する術を身に付けるまでは節約するべきだろう。


「……でも」

「……」


 マコトは無言で宿に入ると、そこにはテーブルとイスが並んでいた。

 奥にはカウンターがあり、その向こうには大きな棚がある。

 店の隅には手摺りのない階段があった。

 どうやら、一階部分は食堂兼酒場になっているようだ。

 営業時間外なのか、単に人気がないのか、客の姿はない。

 どうしたものか、と天を仰ぐ。


「……ようこそ、『黄金の羊』亭へ」


 しっとりとした声が響き、布で髪を隠した女性がカウンターの陰から姿を現した。

 鼻筋は通っていて、唇はぽっちゃりとしている。

 視力がよくないのか、目を細めている。

 あとは疲れたような雰囲気を漂わせなければ美人で通じる顔立ちだ。


「お客さんですよね?」

「ああ、教会に紹介されたんだ」


 マコトはカウンターに向かった。

 歩を進めるたびにペリという音が響く。

 恐らく、料理の脂などが床に染み込んでいるのだろう。


「一日30Aで泊まれるって聞いたんだが、間違いないか?」

「ええ、その通りです。だん……」


 女性は目を細め、顔を近づけてきた。


「随分、若いんですねぇ」

「金はあるから心配しないでくれ。と言っても、大部分は教会に預けてるけどな」

「ちょっと待って下さいよ」


 女性はカウンターの陰に隠れた。

 ゴソゴソという音がしばらく続き、板を手に立ち上がった。


「それは?」

「教会から貸与されたもんで、これを使うと旦那の口座から私の口座に金を移動できるんですよ」

「便利なもんだな」

「大金を持たずに済むんで便利なもんですよ。まあ、仕組みはよく分かっちゃいないんですけどね」


 女性は困ったように笑う。

 仕組みが分からないと言うのなら、マコトだって仕組みが分からないままに文明の利器を扱っていた。

 街を見た時は文明レベルが高いように見えなかったが、現代に匹敵する技術を有しているようだ。


「何泊の予定で?」

「取り敢えず、三日」

「90Aですね。10A追加で支払ってくれれば朝食と夕食を用意しますよ?」

「じゃあ、それで」


 女性は指で板を操作し、マコトに差し出した。

 板には光る文字で『三日分の宿泊費として100A』と表示されている。


「どうすればいいんだ?」

「指で名前を書いて、左手を置いてくれりゃいいんですよ」

「ふ~ん」


 板に名前を書き、左手を置く。

 すると、ウィンドウが表示され、残高が7万4900Aに変わった。


「これで支払いは完了です。そちらの……」

「あいつは泊まるか決めかねてるんだと」

「決まったら仰って下さいね」


 女性はカウンターの下に板を戻した。


「……その板に名前はあるのか?」

「私はタブレットって呼んでますけどねぇ」


 女性は肩を竦めた。


「なあ、あ~……」

「何ですか、旦那」

「何て呼べばいい?」

「女将でも、店主でも、マスターでも……シェリーでも好きなように呼んで下さって結構ですよ」

「分かった、シェリー。追加料金を払ったら洗濯を頼めるか?」

「いきなり呼び捨てるなんて随分な旦那ですねぇ」

「好きなように呼んでくれって言ったのはシェリーだぜ。それに俺はガキじゃねぇ」


 マコトが言い返すと、シェリーは再び顔を近づけてきた。


「はいはい、分かりましたよ」


 シェリーは体を起こし、ガックリと肩を落とした。

 多分、聞き分けのない子どもの相手をしているような気分なのだろう。


「それで、洗濯を頼めるか? できれば着替えも用意して欲しいんだが?」

「そう言や、ちょいと臭いますね」


 シェリーはクンクンと鼻を鳴らした。


「で、どうなんだ?」

「仕方がないですねぇ」

「いくら払えばいい?」

「それくらいロハでやってあげますよ。若い旦那」


 シェリーは『若い』の部分を強調して言った。


「ただで洗濯してくれるんなら、ここに泊まりたいんだけど?」

「同室でいいですかね?」

「あたしはこいつの恋人じゃないから!」

「そりゃ、申し訳ないですねぇ」


 ユウカが声を荒らげると、シェリーは軽く答えた。

 申し訳ないなんて思っていなさそうな口調だ。

 カウンターからタブレットを取り出し、操作を始める。


「……やっぱり、金は払うよ」

「遠慮しなくてもいいんですよ?」

「ただでやってもらうのはな」


 自分だけならまだしも、ユウカの分まで無料で洗濯させるのは心苦しい。

 それに、とマコトは店内を見回した。


「流行ってるように見えねーしな」

「失礼なことを言いますね。これでも、私の食い扶持くらいは稼げてるんですよ」

「気分を害したんなら謝るよ。けど、俺も結構な額を稼いでるんだ」

「……分かりました。じゃあ、服のレンタル代込みで10A頂きます」


 シェリーは溜息交じりに言った。


「あたしは払わなくていいのよね?」

「少しは遠慮しろよ」

「厚意には甘えるべきでしょ?」

「……お前ってヤツは」


 マコトは深々と溜息を吐いた。


「はい、どうぞ」

「名前を書いて、左手をおけばいいのね?」

「ええ、その通りです」


 ユウカは板に名前を書き、左手を置いた。


「これで支払いは完了です」


 シェリーはその場にしゃがみ、すぐに立ち上がった。

 手にキーホルダーの付いた鍵を握っている。


「好きな方をどうぞ」


 マコトが鍵を受け取ると、ユウカもそれに倣う。


「俺は101」

「……あたしは102」


 ユウカは鍵を見つめている。

 多分、男と同じフロアは嫌だな~みたいなことを考えているのだろう。


「トイレとお風呂は部屋に付いてるのよね?」

「ええ、付いてますよ」

「そいつは凄いな」


 思わず呟く。

 金額の割に設備が充実している。

 日本なら最低でも5、6000円は取られる所だ。


「着替えはあとで持って行くんで、二人は部屋でゆっくりしていて下さい」

「先に風呂に入っても大丈夫か?」

「ええ、マスターキーを持ってるんで構いませんよ」


 垢擦りタオルがあればいいんだが、とマコトは階段を登った。

 一段上がるごとにキシという音を立てる。

 101号室は階段を上がってすぐの所にあった。

 ユウカは101号室と102号室の扉を交互に見た。

 扉の間隔から部屋の広さを予測しているのだろう。


「すごく狭そうね」

「こんなもんだろ。じゃあ、あとで」

「そうね」


 扉を開けて中に入る。

 内側から鍵を閉め、細く狭い通路を進む。

 扉があったので、開けてみると、洗面台、便器、シャワーがあった。

 壁には小さな棚があり、垢擦りタオルとバスタオルが置いてあった。


「……風呂に入りたかったんだが」


 ぼやいても仕方がない。

 扉を閉めて通路を抜ける。

 すると、そこは四畳半程度の空間になっている。

 家具……ベッド、机、イスのせいで自由に使えるスペースは半分もないが。


「結構、いい部屋じゃないか」


 マコトは部屋を見回して呟く。

 ビジネスホテルのシングルルームに匹敵する。

 金額を考えればこちらの方がコストパフォーマンスに優れている。

 コートを脱ぎ捨て、ベッドに腰を下ろす。


「……ようやく宿に到着か」


 ダンジョンで目を覚ましてから長い道のりだった。

 ゲームならすぐに宿に泊まれるのにテンポが悪い。悪すぎる。


「……これからどうするかな」


 ダンジョンにいる時は生き残ることに必死で考えている余裕がなかった。

 だが、余裕があればあったで何も思い付かないのだ。


「本当にどうすんべ」


 溜息交じりに呟いたその時、扉を叩く音が響いた。

 扉を開けると、思った通り、シェリーが籠を持って立っていた。

 籠の中には着替えが入っている。


「どうぞ」

「ありがとう」

「お金をもらっているんで、礼を言う必要はありませんよ」


 籠を受け取り、礼を言うと、シェリーは少しだけ照れ臭そうに言った。



 マコトはシャワーを浴びると一階に向かった。

 階段からは一階の様子が一望できる。

 シェリーはカウンターで食事を作っていた。


「おや、随分と綺麗になりましたねぇ」

「久しぶりにシャワーを浴びてサッパリしたよ」

「着心地はどうです?」

「サイズがデカいし、ごわごわしてるな」


 上着は肩からずり落ちそうだし、ズボンはベルトがなければストンと落ちてしまう。

 それに肌触りも悪い。


「そこは最高の着心地って言えばいいんですよ」

「最高の着心地だ」

「今頃、言い直しても遅いですよ」


 シェリーはふて腐れたように唇を尖らせた。

 どうしろって言うんだ、とマコトは頭を掻きながらカウンター席に座った。


「飯は?」

「まだまだ掛かりますよ」

「じゃ、酒をくれ」

「若い旦那が酒を飲むのは感心しませんねぇ」


 そう言いながらグラスをカウンターに置く。

 マコトはひんやりと冷たいグラスを口元に運んだ。

 透明な液体を口に含むと、爽やかな味わいが口内に広がる。


「……レモン水かよ」

「そりゃ、若い旦那に酒なんて飲ませられませんよ」

「まあ、いいけどよ」


 次は一気に飲む。

 冷気が火照った体に心地良い。

 まるで細胞一つ一つに染み込んでいくような感覚さえ覚えた。

 どれだけ若いと思われているのか。

 多分、この店が流行らないのはシェリーのせいでもあるのだろう。

 チビチビとレモン水を飲んでいると、ユウカが下りてきた。

 ワンピースのような物を着ている。


「は~、生き返ったわ」


 そう言って、マコトの隣に座る。


「お酒なんて飲んでるの?」

「レモン水だよ」

「じゃあ、私も」


 シェリーは苦笑しつつ、カウンターにグラスを置いた。

 ユウカをそれを手に取り、一気に飲み干した。


「プハーッ! 生き返るわ~」

「おっさんかよ」

「それはアンタでしょ」


 ユウカはペシッと手の甲でマコトの腕を叩いた。

 何が面白いのか、シェリーは微笑みを浮かべてこちらを見ている。

 ふとユウカの仲間のことを思い出した。

 王都に戻るにしても可能な限り情報を集めた方がいいと思ったのだ。


「そう言えばヴェリス王国の騎士団について知ってることはないか?」

「これまた唐突ですねぇ」

「で、どうなんだ?」

「騎士団が来たって話は聞きましたけど、ダンジョンが消えちまったとかで帰り支度をしてるとか何とか」

「騎士団が来たってのに曖昧な情報だな」

「そりゃ、私達みたいな庶民にゃ縁がないですからねぇ」


 同じ国に属しているとは言え、騎士団は軍隊だ。

 そんな連中が来たというのにシェリーは落ち着き払っている。


「不安はないのか?」

「この辺りは古戦場でダンジョンが多いんですよ。領主様はよくやってますけど、手が回らないこともあってねぇ」


 シェリーは小さく溜息を吐いた。


「上手く共生関係が築けてるんなら気にすることもねーか」

「共生どころか、おこぼれにも与れませんよ」


 シェリーが苦笑したその時、キィという音が聞こえた。

 声のした方を見ると、三人組の男女が店に入ってくる所だった。

 一人は白銀の鎧を身に纏った優男、もう一人は重厚そうな鎧を身に纏い、巨大な盾を背負った大男、最後の一人はマントの下に白いセーラー服を着た少女だった。

 ユウカのクラスメイトで間違いないだろう。


「申し訳ありません。まだ準備ができてないんですよ」

「お金を払うので、少しだけ休ませてもらえませんか?」


 ユウカがピクッと反応する。

 すぐに三人の所に行くのかと思ったが、座ったまま動こうとしない。

 それでも、口元には笑みが浮かんでいる。

 サプライズを仕掛けようとしているのではなく、声の主が片思いの相手――コウキなのだろう。


「……ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます」


 迷惑になると考えたのか、三人は隅の席に座った。


「……初めての遠征は失敗だな」

「そうだね、友達を死なせてしまったよ」


 大男が暗く沈んだ口調で言うと、優男は申し訳なさそうに頷いた。


「死者一名、行方不明者一名ですものね」

「そう、だね」


 優男は少女の言葉に傷付いた様子で頷く。


「クソッ、タカヤのヤツがいればこんなことにはならなかったんだ」

「言っても仕方がないことだよ」

「けどよ! 全員が協力しなきゃならない状況で『お前には従わねぇ』だぜ。おまけに五人も引き抜いていきやがった」


 大男は手の平に拳を打ち付けた。

 どうやら、タカヤなる人物がクラスメイトを率いて離脱したようだ。

 タカヤがいれば失敗しなかったみたいなことを言っているので、離脱したのはダンジョンを探索する前だろう。


「わたくしはタカヤさんが出て行ってくれてよかったと思っています」

「おい、ホシノ」

「タカヤさんは、その、協調性がある方ではありませんでしたから」


 少女――ホシノは言葉を選ぶようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「……サトウさんを早く探さないとね」

「サトウか」


 話題を変えようとしてか、コウキがユウカのことを口にする。

 隣を見ると、ユウカは耳まで真っ赤にしていた。


「サトウも死んでるさ」

「そんなことはないよ」

「……正直に言えば、あまり熱心に探さなくてもいいんじゃねーかと思ってる」

「タケシ!」

「タケシさん!」


 優男とホシノが鋭く叫んだ。


「コウキ、腹を割って話そうぜ。お前だってサトウは苦手だっただろ。皆で決めたことに後から文句を言ってきてよ」

「……」

「……」


 二人は大男――タケシの言葉にあっさりと沈黙した。


「……正直に言えば、少しだけ苦手だった」

「わたくしも」


 沈黙の後、二人はそんな言葉を口にした。

 お前らが苦手と言っている女がここにいるんだが、と隣を見る。

 ユウカは顔面蒼白で俯いていた。


「サトウが行方不明になったって聞いて、俺は納得したよ」

「タケシ!」


 コウキは再び鋭く叫んだ。

 やはりと言うべきか、ユウカは仲間とはぐれたのではなく、置き去りにされたようだ。

 和を乱す人間を排除したいという気持ちは分からないでもないが、死ぬような状況に追いやるのはどうかと思う。


「悪かったよ。けど、サトウのために使える時間はないぜ。俺達は失敗したんだ。これ以上、心証を悪くしたら見捨てられるかも知れねぇ」

「……分かったよ」


 コウキは長い沈黙の後で絞り出すような声音で言った。

 隣を見る。

 泣いているのか、ユウカは肩を震わせていた。

 酷い話だ、と思う。

 ユウカの状態から事情を察したのか、シェリーは口を開いた。


「お客さん、そろそろ」

「すみませんでした。お代はここに置いていきます」


 三人はペコリと頭を下げて食堂から出て行った。


「シェリー、酒を頼む」

「ええ、少し強めのを用意しますよ」


 シェリーは慌てふためいた様子で棚のボトルを手に取り、琥珀色の液体をショットグラスに注いだ。


「まあ、飲め」


 マコトはショットグラスを受け取り、ユウカの前に置いた。

『少し強め』の言葉に偽りはないらしく、酒精の匂いがツンと鼻腔を刺激する。


「ふ、ふざけるんじゃないわよ!」


 ユウカは琥珀色の液体を一気に飲み干すとショットグラスを叩き付けるようにカウンターに置いた。


「何が皆で決めたことよ! アンタ達が勝手に決めたんじゃない!」

「落ち着けよ。シェリー、もう一杯」

「は、はい」


 シェリーは空になったショットグラスに琥珀色の液体を注いだ。


「何も分からなくて、不安で、それでも、頑張ったのに! あたしは頑張ったのよ!」

「分かるよ、お前の気持ちはよく分かる。辛かったよな」


 マコトが優しく背中を叩くと、ユウカの目から大粒の涙が零れ落ちた。


「……コウキ君も、ホシノさんもあんまりじゃない」

「そうだな。あれはねーよな」


 確かにあれはない。

 高校生だから仕方がないと言えば仕方がないが、あの三人は面倒でも皆で話し合うべきだったのだ。


「……お酒」

「はい、どうぞ」


 ユウカがポツリと呟き、シェリーが琥珀色の液体をショットグラスに注いだ。

 それを一気に飲み干す。


「……大体、タカギ君が出て行ったのだって」

「タカギ?」

「タカギ タカヤ」

「ああ、そういう名前なのな」


 きっと、あだ名はタカタカに違いない。


「今日は飲め。飲んで嫌なことを忘れちまえ」

「大体……」


 ユウカは捲し立てるように恨み言を口にし、ゴンッとカウンターに額を叩き付けた。


「……ぶっ殺してやる」

「怖ぇ」


 思わず呟く。

 泣き喚いたりせず、真顔で、しかも、低く押し殺したような声で『ぶっ殺してやる』である。

 嫌な予感がするな、とマコトは小さく呻いた。



 クリスティンは執務室のイスにどっかりと腰を下ろした。

 頭の中にあるのはあの二人の客人のことだ。

 どうすればあの二人を自分の配下に加えられるかをずっと考えている。

 我ながら薄情なものだと思う。

 部下はクリスティンを守るために死んだのだ。

 彼らの死を悼み、どのようにして遺族の悲しみを和らげるのか考えるのが筋だろう。

 しかし、自分は領主なのだ。

 領民――死んだ部下の家族を守るために義務を果たさなければならない。


「やはり、あれしかあるまい」

「……クリス様?」


 隣にいたローラが訝しげに呟く。


「ローラ、ローラ・サーベラス」

「はっ」


 クリスティンが名前を呼ぶと、ローラは背筋を伸ばした。

 彼女は素晴らしい騎士だ。

 美しく、強い心を持っている。


「お主はワシの部下じゃな?」

「はっ、私の剣と命はクリス様に捧げております」

「ワシが死ねと言えば死ぬな?」

「はっ、私の死がエルウェイ伯爵領のためになるのならば喜んで」


 おお、とクリスティンは感嘆の声を漏らした。

 自分には勿体ない騎士だ。

 そんな彼女に過酷な運命を強いなければならないことに心を乱される。


「……お主に特別な任務を与える」

「特別な任務」


 ローラは鸚鵡返しに呟き、緊張によるものか、ゴクリと喉を鳴らした。


「い……くっ、言えん」

「クリス様。このローラ・サーベラス、騎士になった時より死は覚悟しております」

「分かった」


 クリスティンは居住まいを正し、自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。

 意を決して口を開く。


「いっちょ、あの男に夜這いを掛けてきてくれんかの?」

「嫌です!」


 ローラは即答した。

 まさに電光石火のスピードだ。


「ワシのために死ぬと言ったばかりではないか! それが舌の根も乾かぬ内に発言を翻すとは何事じゃッ!」

「そ、そういうことはお互いを知ってからするべきなんです!」


 ローラは耳まで真っ赤にして叫び、恥ずかしそうに身をくねらせた。


「だ、大体、領主ともあろう者が夜這いだなんて言葉を――」

「いっちょ、膜をぶち破られてこい」

「もっと悪いです!」

「言葉を飾っても仕方がなかろう。とにかく、あの男を誘惑して子種を仕込んでもらえばいいんじゃよ」

「クリス様が行けばいいじゃないですか」

「ワシは幼女じゃぞ」


 子どもを産める体ならば夜這いの一つや二つ仕掛けてやるが、それには十年単位の時間が必要だ。

 それだけの期間、男を繋ぎ止めるのは至難の業だ。


「で、どうなんじゃ? 妊娠したらワシが全力でバックアップしてやるぞ。男だったらワシの婿にしてやってもよいぞ」

「え、えう」


 なかなか斬新な回答である。


「どうなんじゃ?」

「か、考えさせて下さい」


 ローラは消え入りそうな声で言った。

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