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Quest7:宿に宿泊せよ【前編】



「そろそろ着くぞ」


 マコトはクリスティンの声で目を覚ました。

 正面にはクリスティンが、隣にはユウカが座っている。

 窓から差し込む光はやや黄色がかっている。

 どうやら、箱馬車に揺られている内に眠ってしまったらしい。


「よく眠れるわね」

「これでも、サラリーマンだからな。何処でも眠れるように訓練されてるんだ」

「そういうものなの?」

「そういうもんなんだよ」


 ふ~ん、とユウカは興味なさそうに頷いた。


「街に着いたらお主らはどうするつもりなんじゃ?」

「取り敢えず、教会に行って……たっぷり食って、たっぷり寝てから考えるよ」

「うむ、そうか」


 クリスティンは渋々という感じで頷いた。

 力を貸して欲しいと顔に書いてあるが、うかつに請け負ってごたごたに巻き込まれたくない。


「そんな顔をするなよ。しばらくロックウェルで活動しようかと思ってるからよ」

「う、うむ、そうか」

「は? 王都に行かないの?」

「行く理由がねーよ」

「あたし達に協力してくれれば元の世界に帰れるかも知れないのに?」

「元の世界な。帰りたい理由がないんだよな」


 マコトは頭を掻いた。

 家族に会いたいとは思わないし、恋人もいない。

 勤めていた会社はどうでもいい。


「……理由がないなら協力してくれてもいいじゃない」

「しばらくは一人でやりてーんだよ」


 ユウカは拗ねたように唇を尖らせるが、マコトは適当な理由を付けて断る。

 理由はクリスティンと同じだ。

 と言うか、彼女を見る限り、国王も、コウキ君とやらも信用できない。

 そんなことを考えていると、視界が翳った。


「案ずることはない。城壁のせいで暗くなっただけじゃ」

「城壁ってことは城砦都市なのか?」

「うむ、街の外は危ないのでな。辺境の村でも柵くらいはあるぞ」

「辺境の村か」


 のどかな田舎町でスローライフも悪くない。

 そんなことを考えていると、視界が真っ暗になった。

 トンネル、いや、門を通っているのだろう。

 しばらくすると、視界が明るくなった。

 窓から見えるのは石造りの街並みだ。

 城壁に囲まれているせいで敷地面積が限られているからか、多層建築が多い。

 パッと見る限り、三、四階建てが多いようだ。

 それなりに栄えているらしく人通りは多い。

 人種も人間、尖った耳のエルフ、樽のような体格のドワーフ、獣の耳や尾を持つ獣人と多様だ。

 普通の服を着ている者が多いが、鎧を身に着けている者もそれなりにいる。


「……中世ヨーロッパ?」

「どうみても中世は超えてるでしょ」

「どの辺が?」

「中世に窓ガラスがある訳ないじゃない」


 ユウカはそんなことも分からないのと言いたげな口調だ。

 言われてみればどの建物も窓ガラスがある。


「けどよ、中世を超えてるって感じじゃねーぜ?」

「じゃあ、中世ヨーロッパ風ファンタジーでいいわよ」


 強引に話を打ち切られる。

 自分から話を振ってきたのだから、快く付き合って欲しいものだ。


「取り敢えず、窓から糞尿を投げ捨てたりしてなさそうだな」

「ど、何処の未開の地じゃ?」

「ネットには中世ヨーロッパは暗黒時代で窓から糞尿を投げ捨て、飯は手掴み、風呂にも入ってなかったって書いてあったんだが……」

「お、恐ろしい。お主らの世界は暗黒時代じゃな」


 クリスティンは声を震わせた。


「ってことは衛生観念が発達してるってことか」

「その前に何百年も前だって説明しなさいよ」

「む、何百年も前のことなのか?」

「どれくらい前かは答えられねーけどな」


 そうか、とクリスティンは胸を撫で下ろした。

 きっと、マコト達の世界が今も窓から糞尿を投げ捨てていると思っていたに違いない。

 箱馬車のスピードがガクンと落ちる。

 目的地が近づいてきたらしい。


「名残惜しいが、これでお別れじゃな」

「こういう時は『またな』って言えよ」

「ま、またな……じゃ!」


 クリスティンが恥ずかしそうに言うと、箱馬車が大きな建物――恐らく、これが教会だろう――の前で止まった。

 扉を開けると、温かな風が吹き込んできた。

 食欲をそそる匂いがするのは夕飯時だからだろうか。

 マコトが箱馬車から降りると、ユウカもそれに倣った。


「……マコト様!」


 声のした方を見ると、ローラがこちらに近づいてくる所だった。

 マコトの前で立ち止まり、短剣を差し出してきた。

 見事な細工の施された短剣である。


「これをお持ち下さい」

「報奨金が出るからいらねーよ」


 ローラは短剣を差し出したまま動かない。

 どうしたもんかな、と天を仰ぐ。


「もらっておけば?」

「これも大事なもんなんじゃねーか?」

「受け取らないと、ずっとこのままよ」

「……分かった」


 仕方がなく、短剣を受け取る。


「ありがとうございます!」

「いや、それは俺の台詞だって。まあ、売ったりしねーで取っておくから返して欲しくなったら俺を探してくれ」

「はい、もちろんです!」


 ローラは勢いよく頭を下げると御者席に戻った。

 しばらくして箱馬車が動き出し、クリスティンが名残惜しそうに窓からこちらを見つめる。

 箱馬車が見えなくなり、マコトは溜息を吐いた。


「この短剣に意味があると思うか?」

「アンタに惚れたんでしょ。きっと、身分違いの恋だから、せめて短剣を持っていて欲しいみたいなノリよ」

「……マジかよ」


 思わず短剣を見つめる。

 心なしか重量が増したような気がした。

 だが、受け取ってしまったものは仕方がない。

 短剣をベルトに差し込み、教会を見上げる。


「スゲーな」

「相変わらず、貧弱な語彙ね」

「うるせーよ」


 教会と言うよりもTVで見た聖堂に似ている。

 シンメトリーと言えばいいのか、尖塔が左右から建物を支えている。

 営業時間らしく扉は開け放たれている。


「行くか」

「ボーッとしてても仕方がないものね」


 扉を潜ると、受付があり、その隣には掲示板が設置されていた。

 掲示板には見たこともない文字で書かれた紙が何枚も貼られている。

 見たこともない文字だが――。


「護衛? 薬草採取? どうして、普通に読めるんだ?」

「困らないように御使いがサービスしてくれたのよ」

「……それはありがたいんだが」


 コミュニケーション能力とチート能力を与えてくれたことには感謝しているが、もう少しチュートリアルを充実させて欲しい。


「まあ、文句を言っても仕方がねーな」

「そうね」

「報奨金を受け取るにはどうすればいいんだ?」

「報奨金については司祭様が対応されています」


 答えたのはユウカではなく、見知らぬ少女だった。

 ゆったりとしたローブのような物を着ている。


「司祭、様は何処に?」

「あちらに」


 少女は手の平で指し示した先には祭壇があった。

 円で囲まれた十字――ホーリーシンボルがあるだけのシンプルな祭壇である。

 その前に女が立っていた。

 ローブの一種なのか、幾重にもベールを重ねた服を身に纏っている。

 マコトは無言で歩き出した。

 長イスが整然と並べられたホールを抜け、数段しかない階段を上がる。

 すると、女――司祭が口を開いた。


「ようこそ、七悪の使い手よ」


 柔らかなアルトの声が耳朶を打つ。

 抑揚のない口調だが、絡み付くような色香を感じさせる。


「七悪?」

「我々は精神を司る精霊のことをそう呼んでいます」

「厨二心をくすぐられるけど、ちょっと不安になるネーミングだな」


 マコトは肩を竦めた。

 何しろ、世界的な組織から悪と呼ばれているのだ。

 世界の敵として扱われそうで怖い。

 そんな気持ちが通じたのか、司祭は口元をローブの袖で隠し、クスクスと笑った。


「心配には及びませんよ。七悪は比類なき力を持った精霊ですが、他の精霊と同じく制御できます」

「俺次第ってことか。自信ねーな」


 ボリボリと頭を掻くと、隣から動揺する気配が伝わってきた。


「自信がないと仰っている内は大丈夫でしょう」

「そんなもんかね」

「そういうものです」


 司祭は静かに答えた。

 警戒心の欠片も感じられない態度で言われると、そんなものかなという気がしてくる。

 ちょっと、とユウカが手の甲でマコトの腕を叩く。


「……アンデッドを倒した報奨金についてなんだが」

「では、こちらに左手を」

「ああ」


 言われるがままに左手を差し出すと、司祭は優しく手を重ねた。


「無窮ならざるペリオリスよ」

「――ッ!」


 司祭が囁いた次の瞬間、鋭い痛みが左手に走った。

 ただし、それも一瞬のこと。

 嘘のように痛みが消え去る。


「これで口座の開設と報奨金の振り込みが終了しました」

「……口座開設、報奨金の振り込み」


 もう少しファンタジックな用語を使って欲しい。


「残高照会はどうやるんだ?」

「左手に触れ、表示と仰って下さい」

「……表示」


 マコトが左手に触れて呟くと、ウィンドウが表示された。


「残高10万A?」

「Aは通貨の単位です。真鍮貨が1A、銅貨が10A、銀貨が100A、金貨が1000Aとなります」

「どれくらいの価値があるんだ?」

「それなりに腕の立つ職人であれば一日100A稼げます」


 ってことは100Aは1万円くらいか、と目星を付ける。

 日本円にして1000万円所持しているのは頼もしい。


「他に何か質問はございませんか?」

「ボーナスポイントの使い方だな」

「ボーナスポイントは消費することで機能を拡張することができます」

「どんな機能があるんだ?」

「こちらになります」


 司祭は胸の前で手を打ち合わせ、ゆっくりと離す。

 すると、手の間にウィンドウが表示された。

 ファンタジーのはずなのにSFチックだ。


「こんなにあるのか」

「……あたしも口座開設したいんだけど」

「失礼しました。マコト様、宜しいでしょうか?」

「ああ、構わねーよ」


 司祭が軽く叩くと、ウィンドウが横にスライドした。

 マコトはしげしげとウィンドウを見つめた。


「……微妙なスキルばっかりだな」


 思わず呟く。

 スキルはトータルで四十項目くらいあり、その殆どが耐性やステータス強化に関するもの――ゲームで言えばパッシブスキルなのだ。

 アクティブスキルと思われるものは鑑定の一種類。

 区分が微妙なものが心眼、看破、暗視、気配探知、気配遮断の五種類だ。

 他にも一つ気になることがある。

 それは毒耐性、麻痺耐性、混乱耐性、恐怖耐性から少し離れた所に状態異常耐性があるのだ。

 普通に考えれば毒耐性と状態異常耐性を取得すれば効果が上乗せされるはずだが、この世界の場合は状態異常耐性を取得したら毒耐性が無効化されそうで怖い。


「……ソウル・ヒールがないな」


 ウィンドウを見ながら首を傾げる。

 ついでに言うと、スキルとして存在するのは耐性まで、無効が存在しない。

 ユウカはソウル・ヒールをレアスキルと言っていたし、司祭はスキルを取得すると言わずに機能を拡張すると言っていた。

 つまり、ここで取得できるスキルは人間が持つ能力の延長線上にあるものでしかないのだろう。


「状態異常耐性、物理耐性、魔法耐性、暗視、気配探知、治癒力向上、鑑定……これで70ポイントだな。どうやって、スキルを取得するんだ?」


 ウィンドウに表示された文字に触れると色が変わる。

 どうやら、このウィンドウはタッチパネルになっているらしい。

 取り敢えず、状態異常耐性、物理耐性、魔法耐性、暗視、気配探知、治癒力向上、鑑定に触れる。


「この次はどうするんだ?」


【スキルを取得しますか?】


 独り言のつもりだったのだが、御使いの声が聞こえてきた。


「……はい」


 鐘の音が聞こえ、全身が総毛立った。


【ボーナスポイントを70ポイント消費して状態異常耐性、物理耐性、魔法耐性、暗視、気配探知、治癒力向上、鑑定を取得しました。残り30ポイントです。スキルの取得を続けますか?】


「取り敢えず、これでいいです。あとは改めて取得します」


 ウィンドウが音もなく消えた。


「……失敗したかな」


 ポイントを割り振ってキャラクターを強化するタイプのRPGを思い出す。

 満遍なくステータスを割り振った後、極振りが主流だと知った時の絶望感は半端ない。


「ちょっと!」

「何だよ?」

「あたしのお金5万Aしかなかったんだけど!」


 ユウカは左手のウィンドウを指しながら言った。


「スケルトン・ロードの分じゃねーの?」

「あたしも手伝ったじゃない!」

「……お前は」


 マコトは半眼で呻いた。

 要するに金を寄越せということだろう。

 ダンジョンでは自分の方が危険な目に遭っていたと主張したいが、納得しないに違いない。


「分かった。司祭さん、残高がこいつと均等になるようにしてくれ」

「宜しいのですか?」

「こいつの言い分にも一理あるしな」


 知らなかったとは言え、取り分について話し合わなかったマコトのミスだ。

 それに、こういう女は思い通りにならなければ延々と喚き立てるものなのだ。

 次にこいつと共闘する時は取り分について話し合ってからにしようと決意する。


「分かりました。では、二人とも左手を」


 司祭がマコトとユウカの手に触れた次の瞬間、ウィンドウの金額が7万5000Aに変わった。


「最後に、この辺に宿屋はねーか?」

「申し訳ございませんが、受付でお願いします」

「分かったよ」


 マコトは踵を返し、すぐに司祭に向き直った。


「まだ、何か?」

「いや、礼を言っていなかったと思ってな。ありがとうな」

「いいえ、これが私の役目ですから」


 そう言って、司祭は艶然と微笑んだ。

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