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Quest6:盗賊を討伐せよ【後編】

「ここで逃げるのも手だぞ?」


 マコトは殺すのも面倒なので忠告したのだが――。


「……や」


 一人の男――ズボンを下ろしていたヤツだ――が声を絞り出した。


「や、やっちまえ!」

「う、うぉぉぉぉッ!」


 男達が雄叫びを上げて突進してきた。

 普通は逃げの一手だろ、とマコトは心の中で突っ込みつつ、跳び退る。

 山賊の親分にしては判断力が今一つだ。

 もしかしたら、親分が死んで、地位を引き継いだばかりなのかも知れない。

 マコトは地面を蹴り、一番端にいる男に肉薄する。

 擦れ違い様に顔面を殴ると、勢いがあったからか、男は空中で一回転半して後頭部から地面に叩き付けられた。

 男が頽れ、その隣にいた男がぎょっとした顔でこちらを見る。

 どうやら、マコトのスピードに動体視力が追いついていないようだ。

 男がこちらを向きながら手斧を一閃させる。

 斜めに振り上げるような軌道だ。

 体を屈めて手斧をやり過ごし、膝に蹴りを入れる。

 と言っても足の裏で押すような蹴りだ。

 膝が拉げ、男の体が傾く。

 ハイキックか、踵落としに繋げたい所だが、柔軟性に自信がない。


「い、痛ぇッ! 俺の、俺の脚がッ!」


 男は倒れ、悲鳴じみた声を上げた。


「炎弾!」


 炎の一部が渦を巻くように収束し、黒い光を放つ球体を形成する。

 そのまま悲鳴を上げる男に放る。

 炎弾は男の体に触れるやいなや爆発的に膨れ上がる。

 質量保存の法則は何処に行ったのだろうと思わなくもない。


「ギィィィィィィィッ!」


 男は悲鳴を上げ、狂ったように手足をばたつかせた。

 残った男達は二手に分かれ、炎を迂回して近づいてくる。


「点火!」


 マコトは腕を振り下ろしながら叫んだ。

 炎が激しさを増し、火炎放射器のように一方の男達に向かって伸びる。

 驚愕にか、男達は足を止め、大きく目を見開いていた。

 炎が男達を呑み込み、激しく燃え上がった。


「ヒィィィィッ!」

「痛ぇ、痛ぇよッ!」

「か、体が崩れる!」

「母ちゃん!」


 男達は悲鳴を上げながら地面を転がったが、しばらくすると動かなくなった。

 マコトは生き残っている男達を見た。

 すると、男達はビクッと体を竦ませた。

 実力差は分かったはずだが、まだ戦うつもりなのか、武器を捨てようとしない。


「う、うわぁぁぁぁッ!」

「いや、逃げろよ」


 雄叫びを上げて突進してくる男達に突っ込みを入れる。

 体捌きのみで振り下ろされた剣を躱し、掌底を叩き込む。


「点火!」

「ま、待っ――!」

「や、止めて下さい!」

「お願いします、お願いします!」


 残った三人に炎を浴びせる。


「……何か忘れてるような気がするな」

「て、てめぇ! 動くんじゃねぇッ!」


 溜息を吐きつつ振り返ると、山賊の親分が女剣士を羽交い締めにしていた。

 女剣士は半裸に近い状態だ。

 遠目では分からなかったが、かなりの美人だ。

 切れ長の目は意志の強さを感じさせ、鼻梁はスッと通っている。

 薄い唇は怜悧さを感じさせる。


「こ、この女がどうなってもいいのか!」

「構わねーよ」

「何だと?」

「だから、構わねーって言ったんだよ。待てぃとか言っちまったけど、よくよく考えてみりゃ助ける義理なんてねーしな」


 マコトは頭を掻いた。

 半分は本心、もう半分はハッタリだ。

 もちろん、ここまでやったのだから助けたいという気持ちはある。

 しかし、ここで下手にへりくだれば人質が有効だと思われてしまう。


「……ほらよ」


 炎弾を形成し、無造作に放る。

 パワーアシストは機能せず、山なりの軌道を描く。

 攻撃されるとは思わなかったのか、山賊の親分は大きく目を見開いた。


「クソッ!」


 山賊の親分は女剣士を突き飛ばすと身を翻した。

 炎弾が女剣士に触れ、爆発的に膨れ上がる。

 しかし、彼女は何事もなかったように炎の中から現れる。

 マコトはニヤリと笑い、山賊の親分を追った。

 回り込んで絶望を与えるなんて真似はしない。

 単に背後から蹴りを入れる。

 それだけで山賊の親分はトラックにはねられたように吹っ飛んだ。

 膝から着地し、地面に叩き付けられる。

 それでも、勢いを殺すことはできず、何度か回転した後でようやく止まる。

 死んでいるのか、ピクリとも動かない。


「大丈夫か?」

「――ッ!」


 マコトは炎を消して手を差し伸べた。

 すると、女剣士はビクッと体を強張らせた。

 碧眼を彩っているのは紛れもなく恐怖である。

 助けてやったのにと思わなくもないが、これだけの大虐殺をしてしまったのだ。

 怖がらない方がおかしい。

 女剣士は意を決したように立ち上がり、服装を整えた。


「助けて頂き――」

「な、何人殺してるのよ!」


 女剣士の言葉が遮られる。

 振り返ると、ユウカがこちらに近づいてきていた。

 おっかなびっくりという言葉を体現したかのような歩き方だ。


「そんなにビビるなよ」

「怖いに決まってるでしょ! 平然としてるアンタが異常なのよ!」

「やってみると、意外に大したことねーよ?」

「こ、この殺人鬼!」


 そんなに罵らなくても、とマコトは頭を掻いた。


「――ッ!」


 突然、ユウカが息を呑んだ。

 倒れていた山賊に足首を掴まれたのだ。


「放して!」


 ユウカは振り解こうとした。

 要は力任せに脚を振ったのだ。

 彼女は魔法使いと言ってもレベル72だ。

 レベル10未満の盗賊など簡単に振り解ける。

 実際、簡単に振り解けた。

 問題は脚を引き戻してしまったことだ。

 ゴギィッという音が響き、盗賊の後頭部が背中に密着する。


「……嘘?」


 ユウカは信じられないと言うように盗賊を見つめた。


「嘘よね? 嘘って言ってよ。あたしは振り解こうとしただけで……」

「分かってるよ。うっかり殺っちまったんだろ」

「違うから! これは事故だから!」


 ユウカは声を荒らげたが、あまり深刻そうではない。

 いや、まあ、深刻と言えば深刻そうだ。

 しかし、その深刻さは人を殺した罪の意識に耐えかねてではなく、どうやってこの場を切り抜けようかというものに見える。

 もしかしたら、彼女も人を殺したという意識が薄いのかも知れない。


「殺人鬼の世界にようこそ」

「だから、わざとじゃないんだってば!」

「話の腰を折って悪かったな。俺はマコト……イチジョウ マコトだ。それで、こっちの女がサトウ ユウカだ」


 自己紹介すると、女剣士は背筋を伸ばした。


「私はエルウェイ伯爵の騎士ローラ・サーベラスと申します。助けて頂き、ありがとうございます」

「そんな大したことはしてねーよ。アンタの同僚も助けられなかったしな」


 マコトは地面に倒れる髭面の男を見つめた。

 馬鹿話をしている間に殺されてしまったのだ。

 正直、バツが悪い気持ちで一杯だ。

 しかし、女剣士――ローラはそう思わなかったようだ。

 瞳を涙で潤ませながら必死で言葉を絞り出す。


「主の命を守ることこそ騎士の務め、彼も喜んでいることでしょう」

「恋人か?」

「違います。ですが、仲は悪くありませんでした」


 そうか、とマコトは頷いた。


「……詫びって訳じゃねーけど、何かあったら力を貸してやるよ」

「ありがとうございます」


 やはり、絞り出すような声だった。

 どうするか、と少しだけ途方に暮れたその時、箱馬車の扉がゆっくりと開いた。

 ローラは振り返り、箱馬車に駆け寄った。

 ドレスを着た少女――と言うか、幼女が箱馬車から出てきた。

 柔らかそうな蜂蜜色の髪をツインテールにしている。

 目鼻立ちは整っているものの、やや吊り目がちで生意気そうだ。

 幼女はこちらに歩み寄り、マコトの前で足を止めた。


「ワシがエルウェイ伯爵、クリスティン・エルウェイじゃ」

「……ワシ」

「何か文句でもあるのか?」

「いえ、滅相もない」


 幼女――クリスティンはぎろりと睨み付けてきたので、馬鹿にする意図はなかったことを伝える。


「お主の活躍は馬車から見ておったぞ。大儀であった」

「う~ん」


 マコトは小さく唸った。

 何故だろう。

 誉められている気がしない。

 時代劇調なのがいけないのかも知れない。


「……今はこれくらいしか渡せるものがないが」

「クリス様!」


 クリスティンがネックレス――銀のチェーンに指輪を通したものだ――を外して差し出すと、ローラは悲鳴じみた声を上げた。

 よほど大切なものなのだろう。


「受け取らんのか?」

「ん~、いらね」

「ちょっと!」


 ユウカが手の甲でマコトの腕を叩く。


「どうして、受け取らないの? あたし達はお金を持ってないのよ?」

「そうなんだけどよ。いくら何でも子どもから物を巻き上げるのはな」


 人としてどうよ、と思う。


「なんと! いらんと申すのか!?」

「ああ、大切なもんなんだろ? だから、もらえねーよ」

「そうか」


 クリスティンは嬉しそうにネックレスを身に着けた。

 まあ、ユウカは未練がましそうにしているが。


「……実は、この指輪は母上の形見でな」

「そんなもんを差し出すな」

「信賞必罰は世の常ぞ」

「思い出は切り売りするもんじゃねーよ」


 少なくとも子どもの内は、と心の中で付け加える。

 大人になれば嫌でも切り売りしなければならない時があるのだ。


「気持ちは分かるけど、あたし達は文無しなのよ?」

「盗賊の死体を漁りゃなんとかなるだろ」

「お主にはプライドがないのか!」


 ユウカの質問に答えたら、クリスティンに突っ込まれた。


「死体を漁るくらいなら指輪を受け取ればよいではないか!」

「金なら受け取ってたよ。つか、金を持たずに旅をするってどーよ?」

「教会に預けとるから問題ない」


 クリスティンはムッとしたように言った。

 流石は世界組織と言うべきか、教会は銀行業務も行っているようだ。


「何処の教会でも金を下ろせるのか?」

「当たり前じゃ」

「……当たり前なのか」


 どうやら、教会は何らかの方法で情報を共有しているようだ。


「しかし、分からんな。お主くらい強ければいくらでも金を稼げるだろうに、どうして文無しなんじゃ?」

「目が覚めたらダンジョンだったんだよ」

「おおっ、お主らは客人まれびとなのじゃな」

「客人?」

「うむ、ペリオリスによって異界より招かれた者をそう呼ぶんじゃ」


 マコトが鸚鵡返しに尋ねると、クリスティンは鷹揚に頷いた。


「ダンジョンに召喚されたなんて初めて聞くが、アンデッドを倒したのなら教会から報奨金が出るぞ」

「証拠もねーのに?」

「?」


 マコトが問い返すと、クリスティンは不思議そうに首を傾げた。


「……クリス様」

「発言を許す」

「お二人は討伐数が記録されることをご存じないのではないでしょうか?」

「おお、そういうことか」


 ローラが言うと、クリスティンは合点がいったとばかりに頷いた。


「アンデッドを倒した数は記録されるのか?」

「ええ、モンスターの討伐数は記録されます」

「へ~、便利なもんだな」


 隣を見ると、ユウカは感心しているかのように頷いていた。

 自分よりも一ヶ月早くこの世界に来たくせにどうして何も知らないのか不思議でならない。


「まあ、これで野宿せずに住むな」

「ホントによかったわ」


 ユウカは胸を撫で下ろした。


「ところで、お主らは何処に行くつもりなんじゃ?」

「取り敢えず、街に行こうと思ってる」

「……そうか」


 クリスティンは神妙な表情で頷く。


「ワシらはロックウェルに向かうつもりなんじゃが――」

「あたしは王都に戻りたいんだけど?」


 ユウカがクリスティンの言葉を遮る。


「……ロックウェルまで護衛してもらえればと思ってたんじゃが」

「マコト様」


 クリスティンが残念そうに俯き、ローラが真剣な眼差しをこちらに向ける。


「ロックウェルと王都ってどっちが近いんだ?」

「王都までは馬車で10日、ロックウェルなら夕方までには着くぞ」

「じゃ、ロックウェルだな」

「ちょっと~」


 ユウカは情けない声を出した。


「王都に行く用事なんてないんだから近い方に行くに決まってるだろ」

「仲間と合流しなきゃならないのに」

「それはそっちの都合だろ」

「……くっ、分かったわよ」


 ユウカは小さく呻き、吐き捨てるように言った。


「護衛してくれるということでよいか?」

「ああ」

「そうか!」


 マコトが頷くと、クリスティンは嬉しそうに笑った。

 周囲が明るくなった。

 そんな気にさせる笑顔だった。


「街に行く前に死体を片付けないとな。盗賊の死体は俺が片付けるとして……」

「うむ、護衛の遺体は……後で回収する」


 クリスティンは沈痛な表情で護衛の遺体を見つめた。

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