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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest39:王都に向かえ その1

 朝――。


「旦那、起きて下さい」


 シェリーの声でマコトは目を覚ました。

 もっとも、まだ目を開けていない。

 そういう意味では寝ていると言ってもいいだろう。


「旦那、旦那ってば」


 業を煮やしたのか、シェリーが体を揺する。

 それほど力は込められていない。

 ゆさ、ゆさという感じだ。

 彼女と関係を持ってからそれなりに時間が経っているが、遠慮があるのだろう。

 深く関わることを恐れているのか。それとも性分か。

 どちらかは分からない。

 だが、その距離感が心地いい。

 起きたばかりなのに眠くなってくる。


「もう!」


 シェリーは怒ったように言って揺するのを止めた。

 気配が遠ざかり、ジャッという音が響く。

 光が目を焼き、眠気が吹っ飛ぶ。

 痛みを堪えながら目を開けて窓の方を見る。

 すると、シェリーがカーテンを開けたままの姿勢で動きを止めていた。

 振り返り、腰に手を当ててやや前傾になる。

 怒ったように頬を膨らませている。

 本当に怒っている訳ではない。

 怒ってますよというポーズだ。

 マコトは体を起こし、手の甲で目元を擦った。


「おはよう、シェリー」

「おはようじゃありませんよ」


 シェリーは呆れたように言い、体を起こした。

 マコトはベッドから下りて軽くストレッチをした。

 コキコキという音が体のあちこちから響く。

 それから机に歩み寄る。

 机の上には服が丁寧に折り畳まれて置いてあった。

 不意に影が差す。

 シェリーが机に歩み寄ったのだ。

 服を手に取り――。


「どうぞ」


 そっと差し出してきた。

 服くらい一人で着られると思ったが、口にはしない。

 アランのこともある。

 きっと、不安なのだろう。


「ありがとう」


 マコトは礼を言って、服を受け取った。

 シェリーの手を借り、普段の倍以上の時間を掛けて服と装備を身に着ける。


「どれくらいで……。いえ、何でもありません」


 シェリーは何事かを言いかけ、口を噤んだ。

 多分、どれくらいで戻って来られるのか聞こうとしたのだろう。

 マコトは少しだけ悩んで口を開いた。


「戻って来いって言うんなら毎日でも戻って来られるぞ?」

「そんな、戻って来いだなんて……」


 シェリーは口籠もり、わずかに視線を逸らした。

 マズったか、と頭を掻く。

 もっと言葉を選ぶべきだった。

 手を伸ばす。すると――。


「――ッ!」


 シェリーは息を呑んだ。

 マコトはそのまま頬に触れる。

 彼女は困惑しているかのような表情を浮かべた。

 だが、頬に触れる以上のことをするつもりがないと気付くと小さく微笑んだ。


「どうしたんです?」

「どうもしねーよ」


 シェリーは心地よさそうにマコトの手に擦り寄った。

 間を置いて口を開く。


「ただ、不安そうにしてたからよ」

「別に不安じゃありませんよ」


 なら、どうして不安そうにしてたんだよという言葉を呑み込む。

 いちいち口にしないのが大人というものだろう。

 しばらく頬に触れていると――。


「ちょいと不安だったかも知れませんね」

「そうか」

「まあ、アランのこともあったもんで」


 マコトは軽く目を見開いた。

 まさか、彼女の口からその名前が出るとは思わなかった。

 動揺していることに気付いたのだろう。

 シェリーはこちらに視線を向けた。


「どうしたんです?」

「いや、何というか……」

「まだ引き摺っていると思ってたんですか?」

「うん、まあ、そんな感じだ」


 マコトは言葉を濁した

 ビッグになって戻ってくるみたいな台詞を信じて何年も待っていたのだ。

 正直、一生割り切れないんじゃないかと思っていた。


「そりゃ、まあ、まだ引き摺ってる部分はあると思いますよ? でも、もうちょい前向きになろうと思ったんですよ」

「……そうか」


 マコトはやや間を置いて頷いた。


「まあ、旦那の気持ちも分かりますけどね」

「俺の気持ちって?」

「アランを不憫だと思ってるんじゃないんですか?」

「それは……」


 マコトは口籠もった。

 アランは何年もシェリーを待たせた挙げ句、盗賊に売った。

 許されることではない。

 だが、こうなってみると、同情にも似た思いがわずかながら湧き上がってくる。

 勝手なもんだと思う。


「済まねぇ」

「まったく、これだから男は」


 シェリーは腰に手を当て、拗ねたように言った。

 拗ねてますよというアピールだろう。

 マコトは小さく溜息を吐いた。


「そうだな。これだから男ってヤツは」

「本気に取らないで下さいよ」


 シェリーはそこで言葉を句切り、髪を掻き上げた。


「まあ、私も似たようなもんですね。これでも、自分では割と引き摺ってるつもりだったんですよ? それでアランの名前を口にしないようにしてたんですけど、さっき名前を呼んでみて、思ってたほどショックじゃなかったんですよ」

「そうか」


 マコトは頷き――。


「あまり似てねーな」

「何がです?」

「いや、俺は不憫だと思って、シェリーは思ってたほどショックじゃなかったんだろ? 全然、似てないじゃねーか」

「似てますよ。男も、女も過ぎたことを気にしちまうんですから」

「そう言われると、似てるような気がするな」


 シェリーがしみじみと言い、マコトは頷いた。


「……俺は戻ってくるよ」

「当たり前です」


 割と覚悟を決めて言ったつもりなのだが、シェリーはぴしゃりと言った。


「当たり前なのか」

「前にも言いましたけど、これでも前向きになっているんですよ。それに、散々引っ掻き回した後なんですから戻って来なかったら困ります」


 シェリーは腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らした。


「改めて言う必要はなかったか」

「何も言ってくれないと、それはそれで不安になっちまうんですけどね」


 どうしろってんだ、とマコトは心の中でぼやいた。

 もちろん、口にはしない。


「ところで、ユウカ達は?」

「ユウカさんも、フェーネちゃんも、リブさんも、フジカさんもとっくに下で待ってます」

「ローラは?」

「クリスティン様と一緒に迎えに来ると言ってましたよ」

「詳しいな」

「旦那がズボラなんです」

「申し訳ねぇ」


 シェリーが呆れたように言い、マコトは小さく肩を落とした。

 だが、いつまでもしょんぼりとしている訳にはいかない。

 イスを引き、バッグを手に取る。

 スイミングバッグに似ている。

 シェリーが驚いたような表情を浮かべる。


「荷物はそれだけですか?」


 ああ、とマコトは頷いた。

 どうして、そんなに驚いているのだろう。

 替えの下着があれば十分だと思うのだが――。


「旦那、次に遠出をする時は言って下さい。私が荷物を纏めますから」

「うん、まあ、その時は頼む」

「任せて下さい」


 シェリーはドンと胸を叩いた。


「じゃ、行くか」


 ええ、とシェリーは頷き、歩き出した。

 彼女に先導されて部屋を出て、廊下を歩き、階段を下りる。

 階段の途中で食堂を見下ろす。

 シェリーの言葉通り、ユウカ、フェーネ、リブ、フジカの四人がいた。

 中央のテーブル席で暇そうにしている。


「おはよう」

「おそよう」

「おはようッス」

「おっす」

「おはようございますみたいな」


 階段を下りて挨拶をすると、四者四様の挨拶が帰ってきた。

 シェリーはカウンターに、マコトは四人のもとに向かう。

 足を止め――。


「スゲー荷物だな」


 思わず呟く。

 ユウカとフジカに向けた言葉だ。

 フェーネはいつものリュック、リブはマコトよりちょっと大きめのバッグだ。

 ユウカとフジカはといえば馬鹿でかいキャリーバッグだ。


「海外旅行にでも行くつもりか?」

「マコトこそ、どうしてそんなに荷物が少ないのよ?」


 ユウカは不思議そうに問い返してきた。


「どうしてって……。リブも同じようなサイズだろ?」

「全然、違うわよ」

「何処が?」

「リブのはパンパンに膨れてるけど、マコトのは萎んでるじゃない」


 思わず尋ねると、ユウカはリブとマコトの荷物を交互に指差して言った。

 言われてみれば確かにその通りだ。

 小学生のスイミングバッグと水夫が担ぐ雑嚢くらいの差がある。

 頭を掻き、ユウカの隣に座る。

 ややあって、シェリーがテーブルにグラスを置いた。

 手に取って口にすると、レモンの爽やかな味わいが広がった。

 半分ほど飲んでテーブルに置く。

 ぺしぺし、とユウカが手の甲でマコトの二の腕を叩く。


「何だよ?」

「どうして、そんなに荷物が少ないのか聞いたでしょ? ちゃんと答えて」

「ちゃんとって下着がありゃ十分だろ?」

「十分な訳ないでしょ。まあ、下着が必要って判断した所は誉めてあげてもいいけど――」

「別に誉めてくれなくてもいいよ」

「折角、あたしが誉めてあげたんだから感謝して誉められておきなさいよ」


 マコトが言葉を遮って言うと、ユウカはムッとしたように言い返してきた。


「つか、なんでそんなに荷物が多いんだよ」

「普通でしょ? 替えの下着だけじゃなくて服も必要だし、寝間着も欠かせないわ。洗面用具にバスタオル、フェイスタオル、身嗜みを整えるためのエチケットセット、暇を潰すための本も必要ね。チェスっぽい何かとトランプに似たカードゲームも買ってみたわ」

「チェスっぽい何かとトランプに似たカードゲームって……」

「何よ? 文句があるの?」

「ぼっちになったのって随分前からなんだろ?」

「ぼっちって言わないで!」


 ユウカは声を荒らげた。


「あたしはぼっちじゃなくて孤高なの。分かった?」

「分かった。で、どうして孤高なユウカさんがチェスっぽい何かとトランプに似たカードゲームを用意してるんだよ?」

「奇跡的に自分の信条を引っ込めたくなるかも知れないじゃない」

「奇跡的って」


 マコトは顔を顰めた。


「文句があるなら口で言いなさいよ」

「孤高どころか寂しがり屋じゃねーか。それに奇跡的に誘ってもらえた時に備えるって」

「奇跡的に誘ってもらえた時じゃなくて、奇跡的に自分の信条を引っ込めたくなった時に備えてるのよ!」

「捨てちまえよ、そんな信条」

「……嫌」


 ユウカは間を置いて言った。


「そう言うと思ったよ。けど、まあ、気が向いたら付き合ってやるよ」

「馬鹿にして。覚えてなさいよ」


 ユウカが呻くように言った。

 割と優しい気持ちで言ったのだが、伝わらなかったようだ。

 フジカに視線を向ける。


「フジカもチェスとか、トランプを用意したのか?」

「私は刺繍でもしようかと思ってるみたいな」

「刺繍!?」


 ユウカが驚いたように声を上げる。


「アンタ、刺繍なんてできるの?」

「下手の横好きみたいな――って、どうしてそんな顔をするのみたいな?」


 ちらりと隣を見ると、ユウカが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「くッ、覚えてなさいよ」

「いきなり捨て台詞を吐かれたし。何なんですかそれはみたいな?」

「アンタこそ、何様のつもりよ?」

「何様って――」

「はいはい! お嬢様ね! お嬢様ッ! チェスっぽい何かとか、トランプに似たカードゲームを用意したあたしにセレブな所を見せつけてるって訳ね! 成功よ! 大成功! 心が折れそうだわッ!」


 フジカの言葉を遮り、ユウカは捲し立てるように言った。


「なんで、そんな目で見るのよ?」

「私でよければチェスっぽい何かとか、トランプに似たカードゲームに付き合うし」

「べ、別に付き合わなくていいわよ。刺繍でもやってりゃいいじゃない」

「一人で刺繍をするのも寂しいし」

「は、はッ、しょうがないわね。このクソセレブが……」


 ユウカは髪を掻き上げ、鼻で笑った。

 いや、鼻で笑おうとしたというべきだろうか。

 いつもに比べて口調が弱々しいし、鼻で笑い切れていない。


「ちょっと気遣いが足りなかったかもみたいな」

「……畜生、覚えておきなさい」

「うんうん、約束は守るみたいな」


 ユウカが打ちのめされたように言い、フジカは優しい声で応じた。


「やっぱり、ユウカには優しさが効くな」

「こういう所を見せられると見捨て……。色々と考えちゃうみたいな」


 フジカは口籠もりながら言った。

 多分、『見捨てられない』と言ったらまた昔の話を蒸し返されると思ったのだろう。

 賢明な判断だ。


「くッ、好き勝手言って」

「おはようございます!」


 ユウカが口惜しげに呻いたその時、声が響いた。

 ローラの声だ。

 店の入り口を見ると、ローラがスウィングドアを開けて入ってくる所だった。

 王都に行くからだろう。

 フル装備の上、マントを羽織っている。

 マコト達に歩み寄り、テーブルの前で立ち止まる。


「どうかしたんですか?」

「どうもしてないわよ」


 ローラが問いかけると、ユウカが拗ねたような口調で答えた。


「迎えに来たってことは?」

「はい、箱馬車の準備が整いました」


 マコトが尋ねると、ローラは大きく頷いた。

 ガタガタという音が響く。

 ユウカ、フェーネ、リブ、フジカの四人が立ち上がったのだ。

 やや遅れてマコトも立ち上がり、バッグを担ぐ。


「旦那、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよ」


 シェリーが足を踏み出し、マコトは彼女を抱き締めた。

 しばらくして離れる。


「閉店はできるだけ早めにな」

「もう! 旦那ったら」


 シェリーが怒ったように頬を膨らませ、マコトは苦笑した。

 すると、シェリーも微笑みを浮かべる。

 くすぐったい気分だが、悪くない。


「行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」


 マコトは改めて挨拶を交わしてシェリーに背を向けた。

 店の中にユウカ、フェーネ、リブ、ローラ、フジカの姿はない。

 置いていかれたのだろうか。

 ちょっと心配になって外に出ると、ユウカ達が立っていた。

 どうやら気を利かせて外で待っててくれたようだ。


「別れは済んだの?」

「……まあ、な」


 マコトはやや間を置いて答えた。

 別れではなく挨拶だが、それを指摘していつもの調子を取り戻されたくない。

 突然、ユウカが溜息を吐く。


「これからしばらくアッシーくんか」

「死語だろ、それ」

「しかも、相棒を恋人の所に送り届けるって」


 マコトの突っ込みを無視してユウカはぼやいた。


「一応、相棒だと思ってくれてるんだな」

「……そりゃね。付き合いもそれなりに長いし」


 ユウカは髪を掻き上げた。

 その拍子に耳が露わになる。

 恥ずかしいのか、真っ赤に染まっている。


「では、参りましょう」


 ローラが宣言して歩き出し、マコト達はその後に続いた。

 細い路地を通り、大通りに出る。

 すると、箱馬車が止まっていた。

 見覚えのある箱馬車だが、何故か二台止まっている。

 護衛だろうか。その周辺には五騎の騎兵がいる。

 突然、扉が開き――。


「遅かったのう」


 そう言って、クリスティンが馬車から飛び下りた。

 足を肩幅に開き、これでもかと胸を張る。


「相変わらず、生意気そうなチビジャリね」

「あ、すみません。調子に乗りました」


 ユウカがムッとしたように言うと、クリスティンはいきなり低姿勢になった。

 最初からそうしておけばと思わないでもない。


「で、二台あるけど、どっちに乗ればいいの?」

「一台目がワシ、フェーネ、リブ、フジカ、二台目がマコト、ユウカ、ローラじゃ」

「……」


 ユウカは無言だ。

 嫌な予感がしているのか。

 クリスティンの目が忙しく動く。


「な~んとなく人選に悪意を感じるけど……」

「そんなことありませんのじゃ」

「まあ、いいわ」


 ユウカが二台目の馬車に向かうと、クリスティンはホッと息を吐いた。


「おいら、兄貴と一緒がよかったッス」

「ガキみてぇなことを言ってないで行くぞ、痩せ狐」

「誰が痩せ狐ッスか」

「ユウカ、またねみたいな。行こう、クリスちゃん」


 クリスティン、フェーネ、リブ、フジカの四人が一台目の馬車に向かい、マコト、ユウカ、ローラは二台目の箱馬車に向かった。

 ユウカ、マコト、ローラの順で乗り込む。

 ローラが扉を閉め、程なく箱馬車が動き始めた。

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