Quest6:盗賊を討伐せよ【中編】
※
数時間後、マコト達は川沿いを歩いていた。
人間を見つけるどころか、その痕跡さえ見つけられていない。
先の見えない状況は不安を掻き立てるものだが、不安は感じない。
何とかなるんじゃないかという気がする。
これはステータス――かなりハイペースで歩いているにもかかわらず、疲労を感じていない――のお陰だろう。
体力的な余裕が精神的な余裕に繋がっているのだ。
――!
声が聞こえた。そんな気がして立ち止まる。
「急に立ち止まってどうしたのよ?」
「声が聞こえなかったか?」
「聞こえないわよ」
「空耳か」
自分では大丈夫だと思っていたが、幻聴が聞こえるとは重症だ。
考えてみればダンジョンで目を覚ましてから連戦連闘だったのだ。
精神的に参っていても不思議ではない。
「今日は早めに休んだ方がいいかもな」
「は~、野宿か」
マコト達は再び川沿いを歩き始めた。
しばらくして――。
――ッ!
「また聞こえた」
「あたしには聞こえなかったわよ」
「ちょっと待ってくれ」
マコトは目を閉じ、意識を集中させる。
――ッ! ――ッ!
「……声じゃねーな。こう、頭の中に響いてる感じだ」
「御使いの声みたいな感じ?」
「言葉じゃないが、感情は分かるみたいな……説明が難しいな」
マコトは頭を掻いた。
たとえて言うなら外国語で激しく捲し立てられているような感じだ。
何を言ってるか分からないが、感情は何となく伝わる。
「けど、争ってるのは分かるぜ」
「口喧嘩じゃないわよね」
ユウカは難しそうに眉根を寄せた。
多分、争いごとに巻き込まれたくないと考えているのだろう。
「どっちか分かる?」
「ああ、あっちだ」
マコトは目を開け、正面を指差した。
「どうするの?」
「取り敢えず、行ってみる。他に当てもねーし」
「殺し合いの真っ最中だったら?」
「物陰に隠れて様子を見る。俺達に何とかできそうで、善人悪人の区別が付いたら善人の方を助ける」
「区別できなかったら?」
「その時は殺し合いが終わるのを待って、生き残った方の後を追う」
う~ん、とユウカは唸った。
「かなり行き当たりばったりじゃない?」
「ダンジョンで目を覚ました時から行き当たりばったりだよ、こっちは」
「ま、仕方がないわね」
ユウカが軽く肩を竦め、マコトは走り出した。
※
これはヤバいな、とマコトは森の中を駆けながらそんな感想を抱く。
軽く走っているつもりなのだが、景色が恐ろしいスピードで流れていく。
ふとバイクに乗せてもらった時のことを思い出す。
あの時は風が頬を撫でていく爽快感と生身では決して出せないスピードに魅了されたものだ。
それだけのスピードを出しているのに息が上がらない。
その気になればもっとスピードを出せそうだった。
さらに感覚が付いてきている。
何処に何があるのか分かるし、迫り出した木の枝を簡単に避けられる。
――! ――!
「間に合うか?」
声が小さくなっている。
戦闘が終わりに近づいているのだろう。
まあ、戦闘が終わってすぐに撤収することはないと思うが。
「俺って、甘ちゃんだな」
もし、襲われているのが善人――女、子どもであるのならば助けてやりたい。
そんなことを考えているのだ。
そろそろだな、とマコトはスピードを上げた。
森が途切れ、視界が開ける。
そこは街道だった。
森の中を通っているにもかかわらず、道幅はそれなりに広く、舗装されている。
晴れた日に歩けばさぞ気分がいいだろう。
一応、今日も晴れているのだが、今は無理だ。
累々と死体が横たわり、濃密な血の臭いが漂っている。
少し離れた場所に箱馬車が留まっている。
その箱馬車を守るように同じ制服を着た二人の剣士が薄汚い格好をした男達と戦っていた。
薄汚い格好をした男達は十人くらいいるのだが、上手く連携が取れていない。
レベルも高くないのか、死体の殆どは薄汚い格好をしている。
「……おっと」
マコトは木の陰に身を隠し、様子を見る。
二人の剣士――一人は金髪の女だ。髪は少年のように短く、ボディーラインはスマートだ。
もう一人は髭面の男だ。
髪と髭は茶色、瞳も同じだ。
ケガをしているらしく、苦しげに顔を歪めている。
薄汚い格好をした男達は武装に統一感がない。
共通点は臭そうな所か。
「ちょっと、置いて行かないでよ」
「隠れろ」
「分かってるわよ」
ユウカはムッとしたように言って、その場にしゃがんだ。
少しだけ息が荒くなっているが、十分な余力を残しているようだ。
「で、どんな状況なの?」
「山賊っぽい連中が馬車を襲っている」
「助けないの?」
「お前を待ってたんだよ。ステータスを確認してくれ」
はいはい、とユウカは木の陰に身を隠しながら戦闘の様子を窺う。
「小汚い格好をしている連中は人殺しね。レベルは5前後、1人だけレベル8がいるわ。制服を着ている2人はレベル15とレベル12ね」
「レベル差があっても数の力には敵わねーのか」
「レベル差があるからあれだけの人数を相手にできるんでしょ」
マコトが溜息交じりに言うと、ユウカは呆れたように言った。
「どうやって、助けるの?」
「ここから魔法をぶっ放せば楽勝だろ」
「あたしを人殺しにするつもり?」
「殺人犯を殺しても罪にはならねーんだろ?」
「……人殺しはちょっと」
ユウカは深刻そうな表情を浮かべた。
「まあ、そうだよな。分かった。俺が行ってくる」
「頑張って」
「代わりと言っちゃなんだけど、スカーフを貸してくれ」
「何に使うのよ?」
そう言いながらスカーフを差し出してきた。
マコトはスカーフを三角形に折り、顔の下半分を隠した。
「報復されたくねーからな」
「全員殺せばいいじゃない」
「おま……自分は人を殺したくないって言ったのに皆殺し推奨かよ」
「あたしは自分の手を汚したくないの!」
「俺もそうだよ!」
いくら山賊でも殺したくない。
「重傷を負わせたら逃げねーかな?」
「あれだけ殺されて逃げない連中が逃げる訳ないじゃない」
「そうだよな」
マコトは頭を抱えた。
戦闘員の四割が死んだら全滅と見なされるという話を聞いたことがあるが、山賊は六割、下手をすれば七割死んでいる。
「やっぱり、協力してくれ」
「人殺し以外なら」
「あそこの岩が見えるな?」
マコトは身を乗り出し、箱馬車よりも大きな岩を指差した。
「俺があの岩の上で高笑いする」
「……高笑い」
「かなり注目されると思うんだよ」
「そりゃ、そうでしょうよ。で、その後は?」
「俺に視線が集まってる間にユウカが魔法を放つ」
「あたしが危ないじゃない!」
「全員殺せば大丈夫だろ?」
「だから、あたしは人を殺したくないの! さっさと助けに行ってきなさいよ!」
「仕方がねーな」
マコトは頭を掻きながら木の陰から出ると、女剣士が押し倒される所だった。
殺されてしまったのか、もう一人の姿はない。
女剣士は拘束され、山賊の1人がズボンを下ろしながら近づいていく。
どうやら、強姦しようとしているようだ。
「待てぃ!」
マコトが大声で叫ぶと、山賊達は動きを止め、きょろきょろと辺りを見回した。
「あそこだ!」
「誰だ、てめぇは!」
山賊はズボンを上げながらこちらに向き直った。
無視されるかと思ったのだが、なかなかノリのいい連中である。
気の利いた口上を述べてやりたい所だが、残念ながら何も思い浮かばなかった。
「貴様らに名乗る名などない!」
「畜生! てめぇら、やっちまえ!」
「ぶっ殺してやる!」
男が物騒な台詞を口にして突っ込んでくる。
やはり、仲間と連携するという発想がないようだ。
「死ねやぁぁぁぁッ!」
男が剣を突き刺す。言葉に偽りはないようで首を狙っている。
しかし――。
呆れるほど遅いな、とマコトは切っ先を見つめた。
まるでスローモーションだ。
懐に飛び込もうと一歩踏み出し、思い直して反対側に改めて踏み出す。
剣が目の前を通り過ぎ、マコトは男の手首を掴んだ。
そのまま腕を捻り、鼻っ柱に膝を叩き込もうと思ったのだが、男の体が宙に浮く。
仕方がなく、木の幹に叩き付ける。
すると、木が激しく揺れ、木の葉や毛虫がボタボタと落ちてきた。
手を放すと、男は頽れた。
ピクピクと痙攣しているが、頭の厚みが半分になってしまったので、助からないだろう。
「あ?」
マコトは自分の手を見つめた。
人を殺した。
殺すつもりはなかったのだが、殺してしまった。
にもかかわらず、動揺はなかった。
「こんなもんか」
やけに冷めた気分だった。
虫を殺した時のように感情が動かない。
「てめぇ! よくもリッキーをッ!」
別の男が剣を振り下ろす。
先程、殺した男はリッキーと言うらしい。
まあ、どうでもいいことだが。
ヒョイッと避けて、脇腹に拳を叩き付ける。
うっ、と男は吐き気を堪えているかのように呻き、大量の血を吐いた。
そのまま地面に倒れる。
血を吐き、苦しそうにのたうっている。
楽にしてやろうと足を上げるが、思い直す。
男は致命傷を負っている。
水薬か、回復魔法でもなければ死は免れない。
「……ふ」
マコトは小さく息を吐き、近くにいた男の太股に蹴りを入れる。
鈍い音と共に太股が内側に曲がる。
「ま、待っ――ッ!」
男は手の平を向けてきたが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。
マコトは拳をフルスイング。
男は空中で反転し、後頭部から地面に叩き付けられた。
「……点火」
漆黒の炎が右腕から噴き出し、男達がどよめいた。
精霊術が珍しいのか、漆黒の炎が珍しいのか彼らの反応からでは判断できない。
「……炎弾」
マコトは軽く目を見開いた。
今まで炎弾を形成する時には右腕を包んでいる炎が全て消費されたが、今回は切り離された炎が渦を巻くように収束したのだ。
「小せぇな」
大きさはビー玉くらい、外見もよく似ている。
もっとも、ビー玉は内側から黒い光を放ったりしないが。
炎弾を無造作に放る。
レベルが上がってパワーアシスト機能でも追加されたのか、矢のように飛んでいった。
炎弾は男の胸に触れると閃光を放ち、火柱と化した。
「ぎぃ、ギヒィィィィィィッ!」
男が悲鳴を上げた。
「転がれ、転がるんだ!」
「消えねぇ! 消えねぇよッ!」
男は地面を転がって炎を消そうとしたが、その間にも体はボロボロと崩れていく。
動きが止まり、体が一気に崩壊する。
沈黙が舞い降りる。
「ここで逃げるのも手だぞ?」
マコトは殺すのも面倒なので忠告した。