Quest36:新生ダンジョンを攻略せよ その7
「「メアリ!」」
アンとフジカが悲鳴じみた声を上げる。
恐らく、二人の脳裏には剣に貫かれたメアリの姿が浮かんでいることだろう。
マコトもそうだ。
怪我をしてもいいから何とか攻撃を凌いで欲しい。
水薬もあるし、フジカもいる。
すぐに治療できるのだ。
切っ先がメアリの脇腹を捉える。
メアリはよろめくようにして距離を取った。
脇腹が血でぐっしょりと濡れている。
ダメージは大きいが、致命傷ではない。
運がよかった訳ではない。
攻撃を繰り出した瞬間、スケルトンの体が傾いだのだ。
それがなければもっと大きなダメージを負っていた。
誰の手によるものか。
それは――。
「油断しすぎッス! おいらがフォローしなかったら死んでたッスよ!」
フェーネの声が響く。
そう、彼女がスリングショットで礫を放ったのだ。
「アン、フジカ、射線を確保しつつ、スケルトンに近づくッス! メアリはおいらがスケルトンを足止めしている間に治療するッス!」
「「「了解!」」」
フェーネが指示を出し、メアリ、アン、フジカの三人が声を張り上げる。
威嚇のつもりだろうか。
カチカチ、とスケルトンが歯を打ち鳴らす。
フェーネがスリングショットで礫を放つ。
だが、スケルトンは盾で礫を受け止めた。
盾に身を隠し、距離を詰めようとする。
フェーネは移動したり、攻撃を仕掛けたりしてスケルトンをその場に釘付けにする。
メアリがポーチから水薬を取り出し、震える手で栓を開けた。
傷にかけると、水薬は光を放ちながら蒸発する。
アンとフジカは移動し、射線を確保している。
「あとは任せるッスよ!」
「はい!」
メアリが声を張り上げ、フェーネは攻撃の手を休めた。
スケルトンがフェーネに向かおうとするが、メアリが行く手を遮る。
「よくもやってくれたわね!」
メアリがポールハンマーを振り上げる。
また盾で受け止めるかと思いきやスケルトンは跳び退って躱した。
ボスだけあって判断力が優れているようだ。
ポールハンマーが空を切り、スケルトンが剣を突き出す。
メアリは横に跳び、何とか切っ先を躱した。
う~ん、とマコトは唸った。
切っ先を躱せたが、これは思い切りポールハンマーを振り下ろさなかったせいだ。
怪我をしたばかりだ。
警戒心が先に立っているのだろう。
「はッ!」
メアリが横薙ぎの一撃を放つ。
だが、盾で防がれた。
スケルトンがわずかに膝を屈める。
もしかして、盾撃が使えるのだろうか。
だとしたらマズい。
メアリは体格に恵まれている方ではない。
盾撃を喰らったら吹っ飛ばされる。
そこに――。
「昇――」
フジカの声が響き、スケルトンが跳び退った。
「魔法を使う前に逃げられたし! 超頭がいいみたいなッ!」
「……嫌な相手です」
フジカが叫び、アンがぼそっと呟く。
確かに嫌な相手だ。
だが、駆け引きが成立すると考えれば悪い相手ではない。
「二人とも援護は頼んだわ!」
「……もちろんです」
「了解みたいな!」
メアリが再び間合いを詰め、ポールハンマーを振り下ろす。
だが、盾で受け止められる。
やはり、頭がいい。
頭のよさだけならば骸王に匹敵するのではないだろうか。
スケルトンは剣を突き出そうとし、よろめいた。
メアリがポールハンマーを反転させ、石突きで顎をかち上げたのだ。
チャンスだ。
彼女もそう考えたのだろう。
追撃を仕掛けようと足を踏み出し、何を思ったのか動きを止める。
次の瞬間、尻尾が跳ね上がった。
なるほど、これを警戒して足を止めたのか。
マコトがメアリの立場ならば踏み込んで手痛い反撃を喰らっていたに違いない。
戦いに関するセンスは彼女の方が上のようだ。
「……長引きそうだな」
マコトは小さく呟いた。
※
「はッ!」
メアリがポールハンマーを振り下ろす。
スケルトンは盾で攻撃を防ぎ、反撃に転じようとする。
そこに――。
「昇――」
フジカが声を上げ、スケルトンが跳び退る。
魔法の効果範囲から逃れるためだ。
ならば、とアンが矢を番える。
だが、スケルトンはメアリの陰に身を隠す。
ぐッ、と誰かが口惜しげに呻く。
マコトの予想通り、戦いは千日手の様相を呈していた。
三人はきちんと役割をこなしている。
危険な場面は何度もあったが、そのたびに連携して切り抜けた。
もちろん、チャンスもあった。
しかし、三人はチャンスを活かすことができなかった。
スケルトンが間合いや立ち位置、連携の穴を上手く利用したからだ。
いや、決定力不足というべきか。
たとえばメアリ――彼女はよくスケルトンを引きつけている。
だが、得物であるポールハンマーは小回りが利かない。
攻撃した後は隙だらけになる。
それが彼女を消極的にしていた。
もっと身体能力が高ければ、あるいはもう一人前衛職がいれば違う展開になったはずだ。
もしくは後衛に攻撃力があればか。
このままじゃマズいな、とマコトは目を細めた。
メアリが攻撃を仕掛け、スケルトンが盾で防ぐ。
反撃に転じようとした所でアンとフジカが援護する。
ルーチンじみた戦いだ。
このまま戦いが続けばメアリ達は敗北する。
人間は疲労し、アンデッドに疲労しない。
それが理由だ。
手遅れにならない内に手を貸すべきだろうか。
ダンジョン探索の目的は概ね達成したが――。
「……成功体験も積ませてやりたいんだけどな」
マコトは小さく呟いた。
困難を乗り越えた経験は今後の糧になってくれるはずだ。
さて、どうする? と自問したその時――。
「はぁぁッ!」
メアリが裂帛の気合いと共にポールハンマーを振り下ろす。
かなり疲労が蓄積されているのだろう。
戦い始めた頃に比べて動きは精細を欠いている。
スケルトンが盾で受け止め、カンッという音が響いた。
ポールハンマーの柄が盾の縁を叩いた音だ。
ふとリブが手の中でポールハンマーの柄をスライドさせたことを思い出した。
狙ってやったとは思わない。
多分、偶然だろう。
「アン! フジカッ!」
メアリは大声で叫び、ポールハンマーを引き寄せた。
アンとフジカが距離を詰め、スケルトンは跳び退ろうとした。
だが、できない。
ポールハンマーの先端が盾に引っ掛かっていたからだ。
逃げられないと察したのか。
スケルトンが剣を突き出す。
カランという音が響く。
剣とそれを支える腕が地面に落ちた音だ。
スケルトンが剣を突き出そうとした瞬間、アンが矢を放ったのだ。
光に包まれた盾割の鏃だ。
フジカの声は聞こえなかった。
恐らく、いざという時のために魔法で強化した矢を温存していたのだろう。
尻尾が動き、メアリの足に絡みつく。
マズい。このままでは引き摺り倒される。
そこで――。
「昇天みたいなッ!」
フジカの魔法が完成した。
もちろん、効果範囲内だ。
光を浴び、スケルトンが硬直する。
「このッ!」
メアリが蹴りを入れる。
体が自由に動けば耐えられただろう。
だが、今は硬直している。
スケルトンは背中から地面に叩き付けられた。
「死……ねぇぇぇぇぇッ!」
メアリは地面を蹴り、ポールハンマーを振り下ろした。
ポールハンマーが頭蓋骨を捉え、大きな亀裂が走る。
「もう一丁ッ!」
メアリが再びポールハンマーを振り下ろした。
頭蓋骨が砕け、破片が飛び散る。
足に絡みついた尻尾を振り解き、すぐに跳び退る。
ポールハンマーを構え、スケルトンを睨んでいる。
「……ようやく倒せたみたいな」
フジカが深々と溜息を吐いたその時、スケルトンが動いた。
「「「――ッ!」」」
三人が息を呑む。
無理もない。
頭蓋骨を砕いたのに動いたのだ。
「……なるほど」
ポン、とマコトは手を打ち合わせた、
ようやく謎が解けた。
何故、それなりに装備を整えた冒険者が殺されたのか。
普通のアンデッドならば死ぬほどの損傷を与えても動いたからだ。
「そんな! 頭蓋骨を叩き割ったのにッ!」
「……動かなくなるまで攻撃を加えましょう」
「マコトさん! ピンチですッ!」
メアリ、アン、フジカが叫ぶ。
いや、アンはいつも通りか。
ともあれ、メアリとフジカはちょっとパニックに陥っているようだ。
「……落ち着け」
「落ち着けません!」
フジカが叫んだ。
どうやら演技をする余裕もないようだ。
「俺の経験上、そのスケルトンは体の外に魔石を隠してる。それを砕け」
「「「魔石、魔石、魔石……」」」
三人がきょろきょろと周囲を見回し、スケルトンが体を起こした。
ペキペキという音が響く。
頭蓋骨が再生する音だ。
「もったいぶってないで答えを教えて下さい!」
「多分、祭壇の中」
「多分!?」
フジカが上擦った声で叫んだ。
「祭壇の中だよ、祭壇の中」
「聖光弾、聖光弾、聖光弾――ッ!」
フジカが立て続けに魔法を放つ。
聖光弾が祭壇を直撃する。
だが、祭壇はビクともしない。
「使えない! 聖光弾は使えないですッ!」
「私がやる!」
フジカが口惜しそうに叫び、メアリが駆け出した。
祭壇の間近で急停止、ポールハンマーをフルスイングする。
亀裂が走り、メアリが叫ぶ。
「フジカ!」
「祝聖刃!」
「はぁぁぁッ!」
メアリが魔法で強化されたポールハンマーを振り下ろした。
今度こそ祭壇が砕け、中から魔石が姿を現した。
サイズは両手で隠せるくらいか。
「これで……トドメ!」
メアリがポールハンマーを振り下ろし、魔石が砕けた。
ガシャという音が響く。
スケルトンがバラバラになった音だ。
さらに何かが割れるような音。
見上げると、ダンジョンに亀裂が走っていた。
亀裂は大きくなり、ダンジョンが砕ける。
その向こうにあったのは闇。
「攻略成功だな」
小さく呟いたその時、ダンジョンが一気に砕けた。
※
おっと、とマコトは足を踏ん張った。
どうやら外のようだ。
「「きゃッ!」」
可愛らしい声が響き、正面を見る。
すると、メアリ、アン、フジカの三人が尻餅をついていた。
すぐ近くには砕けた魔石が転がっている。
「フェーネは何処だ?」
「ここッス」
マコトが周囲を見回すと、フェーネが木の陰から出てきた。
全員、無事のようだ。
ホッと息を吐き、空を見上げる。
重なり合う枝の間から夕焼け空が見えた。
「ユウカがいればよかったんだが、今日はここで野宿か」
「この時間ならまだ馬車があると思うッス」
フェーネはマコトに歩み寄り、チラチラと地面に視線を向けた。
視線の先にあるのは砕けた魔石だ。
おいら達がもらってもいいッスよね? という心の声が伝わってくるようだ。
どうするのか決めねばなるまい。
少し考え――。
「魔石は三人で分けてくれ」
「いいんですか?」
メアリがこちらに、いや、フェーネに視線を向ける。
どうやら彼女にも心の声が伝わっていたようだ。
「ぐぅ、いいッスよ」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
フェーネが呻くように言い、メアリとアンがぺこりと頭を下げる。
「私はこれでいいし」
そう言って、フジカが魔石を手に取った。
一番小さな破片だ。
「あとは二人で分けてみたいな」
「いいの?」
「今回は二人に付き合ってもらった感じだし」
フジカが微笑んだ直後、ゴッという音が響いた。
音のした方を見る。
すると、フェーネが木に蹴りを入れていた。
フジカの対応が不満だったようだ。
「えっと、フェーネちゃん?」
「今、姐さんの気持ちが分かったッス」
ゴッ、ゴッとさらに蹴りを入れる。
「私、何かしちゃったみたいな?」
「金持ちの優しさは貧乏人にゃ毒なんだよ」
マコトは小さく溜息を吐き、メアリとアンに視線を向けた。
「そういう訳で、あとの魔石はメアリとアンのものだ」
「あの、本当に――」
「……ありがとうございます」
メアリの言葉を遮り、アンは魔石を拾い上げた。
「アン!」
「……遠慮せずにもらいましょう」
「で、でも……」
「……また借金をする羽目になりますよ?」
ぐぅ、とメアリは呻いた。
「……前回、借金を返せたのは奇跡です。次は無理です。娼婦になるか、奴隷になるか。貴方と一緒ならば、まあ、楽しいかも知れませんが」
「ありがたく頂戴いたします」
メアリはがっくりと頭を垂れ、魔石を手に取った。
ポーチにしまい、立ち上がる。
やや遅れてアンとフジカも立ち上がった。
マコトはフェーネに視線を向けた。
彼女はまだ木を蹴っている。
「フェーネ、行くぞ」
「……了解ッス」
マコト達は乗合馬車の停留所に向かった。
※
「ん? 誰かいるな」
マコトは目を細め、乗り合い馬車の停留所を見つめた。
粗末な待合室に人がいる。
人数は三人。一人は待合室のベンチに座り、二人は背後に控えている。
近づくにつれて姿が鮮明になる。
待合室で待っていたのは――。
「……なんだ、ユウカじゃねぇか」
「なんだとは何よ。折角、迎えに来てやったのに」
ベンチに座っていたユウカがムッとしたように言った。
ちなみに背後に控えていた二人はリブとローラだ。
「何を企んでるんだ?」
「……企んでないわよ」
マコトが尋ねると、ユウカは少し間を置いて答えた。
目が泳いでいる。
嘘を吐いているに違いない。
「そろそろ、ダンジョンを攻略する頃だと思って迎えに来てやったのよ」
「だったら、なんでダンジョンの近くで待ってなかったんだよ?」
「それは、あれよ、あれ。ローラ、あとは任せたわ」
「私ですか!?」
ユウカが事情の説明を丸投げし、ローラは驚いたように目を見開いた。
「実はダンジョンの場所が分からず、ここにいれば――」
「はい、終了」
え!? とローラが再び目を見開く。
「リブ、頼んだわ」
「あたいが説明するのかよ」
今度はリブに丸投げする。
彼女は難しそうに眉根を寄せ――。
「色々あったんだよ」
「つまり、そういうことね」
リブが首を傾げながら言い、ユウカは満足そうに頷いた。
一体、何に満足しているのかと思わないでもない。
だが、突っ込みを入れた所で大した答えは返ってこないだろう。
仕方がない。
納得したふりをしてやるか。
「分かった。色々あったんだな」
「アンタ、納得したふりをしてやるかとか思ったでしょ?」
「分かってるならスルーしろよ。面倒臭ぇ」
「面倒臭いって何よ!? 折角、迎えに来てやったんだから感謝しなさいよ」
「どうせ、何かあるんだろ? 分かってるんだよ、お前の考えそうなことは」
「チッ、マジでムカつくわね。そんな態度を取ってると転移魔法を使ってあげないわよ。ちなみに馬車は明日の朝まで来ないわ」
「じゃあ、お前らだけで先に帰れよ」
勝ち誇ったように笑うユウカにマコトはうんざりした気分で返した。
「ならフェーネとメアリ、アンを連れて帰るわ」
「私が抜けてるみたいな!」
「なに、連れて行って欲しいの?」
「久しぶりに会ったらいつもよりムカッとするし」
「アンタもね」
どうするの? と問い掛けるようにユウカが視線を向けてきた。
「俺は朝まで待つからお前らだけで帰ってくれ」
「へ~、いいの?」
「屋根もあるし、一日くらいどうってことねーよ」
マコトは待合室の天井を見上げた。
穴もないし、これなら雨が降っても大丈夫なはずだ。
「夜、ガタガタと寒さに震えながら『ああ、あの時、意地を張らずにユウカに転移魔法を使ってもらえば』って後悔する羽目になるわよ?」
「毛布もあるから大丈夫だろ」
「甘い! マコトは自然を甘く見てるわッ!」
ユウカはベンチから立ち上がり、近づいてきた。
「こんな所に残ったら凍死するわ」
「置いていきたいのか、連れて帰りたいのかはっきりしろよ」
「……」
うんざりした気分で言うと、ユウカは黙り込んだ。
「黙り込むなよ」
「ちょっと考え事をしてたのよ」
「分かった分かった。帰ったら用件を聞いてやるから」
「あたしは今すぐ言いたいの!」
ユウカは声を荒らげた。
「なら今すぐ言えよ」
「分かった――」
「明日、宿に戻ったら断るかも知れねぇけどな」
「アンタ、マジで最悪ね!」
ユウカは顔を真っ赤にして言った。
「まあまあ、二人とも……」
流石、騎士というべきか。
ローラが割って入った。
まあ、騎士は騎士でも暗黒騎士だが――。
「転移魔法で帰って、宿で用件を伝えればいいじゃないですか」
「用件を伝えて断られたら嫌だし」
ローラが提案するが、ユウカは不満そうだ。
「マコト様、そんなことないですよね?」
「用件にもよるな。犯罪関係のお願いはちょっと……」
「アンタ、あたしを何だと思ってるのよ!」
「前に殺人を手伝えって言ったよな?」
「記憶にないわ」
マコトが尋ねるが、ユウカはきっぱりと言った。
「お前ってすごいよな」
「誉めても何も出ないわよ。それで、どうするの?」
「宿に戻ってから聞くよ。手伝うかどうかは……まあ、犯罪じゃなければ」
「言質を取ったわよ! ここにいる全員が証人だからッ!」
「分かったよ」
「なら善は急げね! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ――」
ユウカは杖を握り締め、呪文を唱え始めた。





