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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest33:指輪を購入せよ




※


 マコトが目を覚ますと、そこは見慣れない――シェリーの部屋だった。

 天井を見上げ――。


「……見慣れない天井だ」


 有名なアニメの台詞をアレンジして呟く。

 自分でも馬鹿なことをしていると思うが、リアルタイムで視聴した世代だ。

 こういうことをしたくなることもある。

 隣を見るが、シェリーの姿はない。

 どうやら、もう仕事を始めているようだ。


「……さて」


 どうするか、と天井を見上げて思案する。

 正直に言えばもっと寝たい。

 だが、シェリーが働いているのにごろごろしているのはどうかと思う。


「……起きるか」


 体を起こし、ベッドの下を見る。

 裸なので服が欲しかったのだが、床には何もなかった。

 どうするかと視線を巡らせ、ベッドサイドのテーブルに服が置かれていることに気づく。

 丁寧に折り畳まれたそれは昨夜マコトが脱ぎ散らかしたものではない。

 シェリーが部屋から持ってきてくれたのだろう。

 彼女の気遣いに感謝だ。

 本当にありがたいが――。


「……どんどん駄目人間になっていく感じがするな」


 シェリーがいなくなったら何もできなくなりそうだ。

 やはり、自分はタコ壺のタコだ。

 マズい、マズいと思いながら居心地がよくて壺から抜け出せない。

 そういう意味でシェリーは魔性の女だ。

 そんな風に感じながら危機感を抱けないのだからもう手遅れなのだろう。

 この流れに従おう、とマコトは溜息を吐き、ベッドを下りた。

 服に手を伸ばし、メモ帳が置いてあることに気づく。

 メモ帳には『服を着る前にシャワーを浴びて下さい』と書いてあった。

 確かに昨夜はハッスルしたのでシャワーを浴びねばなるまい。


「……やっぱり、駄目人間になってるよな」


 マコトは頭を掻きながらシャワールームに向かった。


※


 ひとっ風呂浴びて食堂に行くと、カウンターにいたシェリーがこちらを見た。

 やや遅れてカウンター席に座っていたユウカが顔を上げ、うげッという顔をする。

 どうしてそんな顔をしたのか分からないが、ちょっと傷つく。


「旦那、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 マコトはシェリーに挨拶を返し、指定席――カウンター席の端に座った。

 ちなみにユウカが座っているのは二つ隣の席だ。


「おはよう」

「お、おはよう」


 ユウカは口籠もり、そっぽを向いた。


「どうし――」

「はい、どうぞ」

「おお、サンキュ」


 シェリーがグラスをカウンターに置いてくれたので礼を言う。

 グラスを手に取り、中身――レモン水を半分ほど飲む。

 朝起きて初めて飲む水だからか美味しく感じる。

 グラスをカウンターに置くと、シェリーが口を開いた。


「今日はどうするんですか?」

「ロジャース商会に行って装備を買ってくる」


 葛葉との戦いで籠手と鎖帷子が壊れた。

 しばらくのんびりするつもりだが、いざという時に備えておきたい。

 あとはマジックアイテム――魔法付与(エンチャント・マジック)の指輪が欲しい。

 あれがあれば魔法、精霊、気――三つの力を相乗した攻撃ができる。


「ユウカはどうするんだ?」

「あ、あたしは宿でごろごろしてるわよ」


 ユウカは上擦った声で言った。


「どうかしたのか?」

「どうもしないわ。平常運転」

「いや、明らかにおかしい。いつものユウカなら文句を言うはずだ」

「いつものあたしって何よ!」


 ユウカが声を荒らげ、マコトは安心した。

 どうやら、いつもの調子が戻ってきたようだ。

 さて、この次は何と言うのだろう。

 マコトの期待を裏切り、ユウカはそっぽを向いた。


「ふん、別にいいじゃない。あたしだって文句を言わない時くらいあるわ」

「何か企んでるのか?」

「企んでないわよ」


 ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。

 声もムッとしたような感じだ。

 もしかして――ああ、いやいや、これはセクハラだ。

 マコトはユウカから視線を逸らした。


「体調が悪いんなら病院に行った方がいいぞ」

「すこぶる快調よ」

「本当か?」

「本当よ」

「…………本当か?」

「なんで、頑なに信じようとしないのよ?」


 ユウカは唸るような声で問い返してきた。


「俺の知っているユウカは四十度の熱に浮かされていてもごちゃごちゃ言ってくるヤツだ」

「何処の世界のあたしよ」

「今、目の前にいるお前に決まってるだろ」

「マジでムカつくわね。けど、本当に体調は悪くないの」

「本と――」

「分かったわ」


 ユウカは手の平を向け、マコトの言葉を遮った。


「本当のことを言うわ」

「なんだ、やっぱり何かあったんだな」

「ええ、そうよ」


 ユウカはこちらを向き、俯いた。

 すぅぅぅ、と息を吸う。

 そして――。


「アンタがカウンター脇の扉から出てきたからでしょうがッ!」


 ユウカはびりびりと窓ガラスが震えるほどの大音量で叫んだ。

 シェリーが目を見開いているから相当なものだ。


「普通に接すりゃいいだろ」

「それができりゃ苦労しないわよ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。


「なんで、あたししかいない時に狙い澄ましたように出てくるのよ! しかも、すっきりした顔して! そりゃ、二人がそういう関係だって分かってるけど、今のアンタに突っ込みを入れるのはあたしの能力を超えてるのよッ!」


 ユウカは両手で顔を覆い、足をばたつかせた。

 恥ずかしいらしく耳まで真っ赤だ。

 シャワーを浴びたのでさっぱりとした顔だと思うが、藪蛇になりそうだ。


「そういうのは意識すると余計に恥ずかしいんだぞ」

「あたしは多感な年頃なの! 敏感に反の――ッ!」


 ユウカは身を乗り出して叫び、ハッとしたような表情を浮かべた。


「お前は中学生か」

「まだ、何も言ってないわ!」

「どうせ、敏感に反応って言葉からエロい妄想をしたんだろ。このムッツリスケベが」

「スケベ女なんて言わなくてもいいでしょ!」

「ムッツリスケベって言ったんだよ!」

「同じことじゃない!」

「違ーよ! 人間とワオキツネザルくらい違ーよ!」

「卑猥なことを言わないで!」

「ワオキツネザルの何処が卑猥なんだよ! マダガスカルの国獣だぞ!」

「ぐッ! う、うっさい!」


 ユウカは呻き、顔を真っ赤にして叫んだ。


「だ、大体、マコトには女子高生の繊細さが分からないのよ」

「エロワードに過剰反応する小学生にしか見えねーよ」

「アラフォーには分からないわよ」

「それは関係ねーよ」

「はッ、そんなことを言って……」

「なんで、黙り込むんだよ」


 顔を真っ赤にして黙り込むユウカに突っ込みを入れる。


「何でもないわ」

「どうせ、『そんなことを言って、いやらしい妄想してるんでしょ?』って言いそうになって、『こんなことを言ったらエロい方向に話が進むんじゃないかしら?』とか考え直したんだろ。分かってるんだよ、お前の考えそうなことは」

「あたしの頭の中を覗かないで!」

「……ユウカ」

「な、何よ?」


 マコトが静かに声を掛けると、ユウカは言い淀んだ。


「頭、大丈夫か?」

「な、なんで、素で言うのよ」

「電波を受信してる人みたいなことを言うからさ、ちょっと」

「あたしを可哀想な人みたいに言わないでよ」

「……」

「な、何よ、その目は……」


 マコトが無言で見つめると、ユウカは胸を庇うように両腕を交差させた。


「間違いがあるから指摘しておく」

「間違いって何よ?」

「可哀想な人みたいじゃなくて、可哀想だと思ったんだよ」

「アンタ、マジで最低ね!」


 ユウカは叫んだ。


「大体、あたしの何処が可哀想なのよ。こんなに美人で、頭がいいのに」

「性格だな」

「即答するんじゃなくて、ちょっとくらい努力しなさいよ!」

「何の努力だよ」

「可愛い所を探す努力に決まってるでしょ!」

「ハードル高ぇな」

「そんなに高くないわよッ!」

「じゃあ、お前は自分の何処が可愛いと思うんだ?」

「何処って……」


 ユウカは黙り込み、おずおずと口を開いた。


「こ、こう、意地っ張りな所とかポイント高くない?」

「意地ばかり張られてもな~。やっぱり、ツンとデレはセットであるべきだと思うんだよ」

「なんで、否定するのよ!」


 ユウカはカウンターを叩き、立ち上がった。

 そして、カウンターに視線を向けた。


「どうぞ」

「ありがと」


 シェリーがグラスをカウンターに置き、ユウカはそれを一気に呷った。


「プッハーッ!」

「水の飲み方も今一つだな」

「可愛い水の飲み方なんてないわよ」


 ユウカはうんざりしたように言い、グラスをカウンターに置いた。


「大体、アラフォーだからエロいことを考えている発想が――」

「どうして、その話題に戻るのよ」

「まあ、黙って聞け」


 マコトが居住まいを正すと、ユウカもそれに倣った。


「アラフォーともなると大変なんだ」

「……」


 ユウカは無言だ。


「女の人とエレベーターに乗ると……」

「乗ると?」

「ああ、ここで痴漢ですって叫ばれたら人生が詰むなと思うんだ」

「なんで、そんなことを考えてるのよ」


 ユウカは虫でも見るような視線でこちらを見た。


「危機管理ってヤツだな」

「単なる被害妄想でしょ」


 ユウカは吐き捨てるように言った。


「という訳でおっさんがエロいことを考えてると思ったら大間違いだ」

「ど……チェリーだから拗らせるわけじゃないのね」

「……」


 マコトは前に向き直り、グラスを口元に運んだ。


「突っ込みなさいよ!」


 ユウカは叫び、手の甲でマコトの二の腕を叩いた。


「突っ込んだらまた何か言うんだろ?」

「言うけど! あたしが決死の覚悟でチェリーって言ったのよッ?」

「安い覚悟だな」

「うっさいッ!」


 ユウカは声を荒らげ、睨め付けてきた。

 突っ込みを待っている。

 いや、突っ込めという無言の脅迫だ。


「……拗らせるのに年齢は関係ないんじゃねーの?」

「もっと真面目に突っ込みなさいよ!」

「そんなポンポン突っ込めねーよ!」

「さっきまでポンポン突っ込んでたじゃない!」

「意識すると出ねーんだよ!」

「絞り出して! 何でもいいからネタを捻り出してッ!」

「無理だって言ってるだろ!」

「出して! いいから出してッ!」

「下ネタしか出そうにねぇ」

「下ネタ?」


 ユウカは不思議そうに首を傾げ、羞恥心からか真っ赤になった。


「変態! 変態変態変態ッ!」

「何でもいいって言ったじゃねーか」

「下ネタは嫌! 下ネタのネタにされるのは絶対に――」


 ユウカはハッとこちらを見た。


「何だよ?」

「さっきあたしから目を背けて病院に行けって言ったわよね?」

「そ、そうだったか?」


 マコトはユウカから目を背けながら言った。


「なんで、目を合わさないのよ?」

「そういう日だってあるだろ」

「あんた、まさか……」


 ユウカは黙り込んだ。


「汚された! 汚されたわッ! 性的な目で見られた!」

「せ、性的な目でなんて見てねーよ」

「じゃあ、なんで病院に行けって言ったのよ?」

「それは……調子が悪いのかなって」

「汚された! マコトに汚されたッ! 脳内で陵辱された!」


 ユウカは叫び、両手で顔を覆った。


「旦那達は仲がいいですねぇ」


 シェリーはしみじみとした口調で呟き、グラスにレモン水を注いだ。


※


 街のあちこちから釘を打つ音が聞こえてくる。

 マコトは大通りを歩きながら――。


「結構、うるさいな」


 と小さく呟いた。

 昨日、人間は逞しいと言ったにもかかわらず、こんなことを呟いている。

 やはり、自分は人間ができていないのだろう。

 だから、尊敬されないのだ。

 フランクは数日でユウカの信頼を勝ち取ったのに――。


「……尊敬か」


 マコトは空を見上げた。

 尊敬されるような行動を積み重ね、失敗して積み重ね直す。

 まるで賽の河原だ。

 石を一つ積み、二つ積み――鬼(ユウカ)に崩される。

 辛い。

 辛すぎる。

 想像しただけで心が折れそうだ。

 そこまでして尊敬されたいのか。


「いや、そこそこでいいな、そこそこで。今の関係が気に入ってない訳じゃねーし」


 マコトは合理化を完了させ、ロジャース商会の前で立ち止まった。

 足場を組んで建物を修理しているが、すでに営業を再開しているようだ。

 扉を開けて中に入ると、店員がそそくさと近づいてきた。


「ようこそ、ロジャース商会へ。マコト様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「籠手が……ああ、鎖帷子もか。とにかく、二つとも壊れちまってさ」

「なるほど、新しい装備をお求めということですね」

「まあ、そういうことだ」

「では、こちらに」


 店員は演技がかった動作で店の奥を指し示した。

 手の平が指し示すのは装備品が並んでいる売り場ではなくカウンターだ。

 高価な装備を売りつけられそうな雰囲気だ。

 ユウカを連れてくればよかった。

 彼女なら店員の足止めをしてくれただろう。


「どうぞ、こちらに」

「……ああ」


 高すぎるようなら出直そう、と心に決めてカウンターに向かう。

 カウンターはガラス製だった。

 その中では宝飾品がキラキラと輝いている。


「……どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 マコトは店員に促されるままイスに座った。


「籠手と鎖帷子ということでしたが、具体的にどのようにお考えですか?」

「具体的にか」


 マコトは腕を組んだ。

 初めて購入したアダマンタイト合金製の籠手と鎖帷子をと考えていたが、わざわざ尋ねてきたのだからもっといい品があるということだろうか。

 クリスティンから譲り受けた魔法強化の力を秘めた籠手があればいいのだが――。


「魔法を強化してくれる籠手はねーか?」

「はい、ございます」

「あるのかッ?」

「はい、この日のために準備させて頂きました」


 店員はその場にしゃがみ込み、すぐに立ち上がった。

 アタッシェケースのようなものを抱えていた。

 カウンターに置き、金具を外す。


「こちらがご希望の品になります」

「おおッ!」


 アタッシェケースが開き、マコトは身を乗り出した。

 しげしげと籠手を見つめる。

 外側に金属のプレートが重なり合うように配置されている。

 内側は革製だ。

 それは――。


「最初に買ったヤツとデザインがそっくりなんだが?」

「制作者が同じですので」


 マコトが尋ねると、店員はしれっと言った。


「値段は……10倍って」

「マジックアイテムですので」

「まあ、そうだよな」


 鑑定と念じると、ウィンドウが表示された。

 そこには魔法強化とある。


「如何でしょう?」

「買うよ」

「ありがとうございます。鎖帷子はどうされますか?」

「物理耐性のある鎖帷子があればいいんだが……」


 マコトは右腕に触れた。

 葛葉レベルの敵に何処まで通用するのか分からないが備えは必要だ。


「生憎、物理耐性のスキルを付与された鎖帷子は……」

「そうか。じゃあ、前と同じアダマンタイト合金製の鎖帷子を頼む」

「承知いたしました」


 店員は鎖帷子を取り出し、カウンターの上に置き――。


「代わりと言ってはなんですが、指輪は如何ですか?」

「指輪?」


 はい、と店員は笑った。


「魔法を使えるようになる指輪やスキルの付与された指輪です」


 ああ、とマコトは声を上げた。

 買おうと思っていたのにすっかり忘れていた。


「魔法付与(エンチャント・マジック)の指輪はあるか?」

「はい、用意しております」

「じゃ、それを一つくれ」


 店員はカウンターから指輪を取り出した。

 銀色のシンプルな指輪だ。

 値段は――籠手と同じくらいだ。


「物理耐性の指輪は?」

「はい、こちらになります」


 店員がカウンターから指輪を取り出す。

 値段は魔法付与の指輪より高い。

 ルビーのような石が埋め込まれているのでそのせいだろう。

 宝石付きか、とマコトは腕を組んだ。

 殴り合ったら壊れてしまいそうだ。


「これはこれで買うけど、宝石なしのデザインはないか?」

「宝石なしとなりますと、特別注文になります」

「特別注文か」


 特注――何とも不安を掻き立てられる言葉だ。


「どうされますか?」

「値段次第だな」

「ああ、お値段でしたら」


 店員は懐から電卓、もとい、タブレットを取り出した。

 数字を入力した後、こちらに向ける。

 値段は――。


「特注って割に魔法付与の指輪と同じくらいなんだな」

「サービスさせて頂きました」

「『無理でした』はなしだからな」

「もちろんですとも。ロジャース商会は『口約束も契約』をモットーとしておりますので」


 店員は力強く言い、拳を握りしめた。

 口約束も契約――頼もしくもあり、恐ろしくもあるモットーだ。


「じゃ、特注で」

「はい、承りました」


 店員が素早くタブレットを操作する。

 マコトは支払いを終え、店を出た。


※


 マコトが『黄金の羊』亭に入ると、二人の少女が駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ!」

「……いらっしゃいませ」


 そう言って、二人は勢いよく頭を垂れた。

 マコトは二人を見つめ――。


「何をやってるんだ?」

「――ッ! マコト様!」

「……冒険者だけでは食べていけないので」


 二人――メアリとアンは顔を上げた。メアリは驚いているようだが、アンは落ち着いた様子で自分達の境遇を語った。


「ちょっと、誤解されるようなことを言わないで!」

「……事実です」

「違うわよ! これは世を忍ぶ仮の姿なのッ! あくまで副業!」

「……だそうです」

「そうか」


 マコトはアンの頭を軽く撫で、指定席――カウンター席の端に座った。

 カウンターではシェリーがグラスにレモン水を注いでいる。

 ちなみに隣の隣にはユウカが座っている。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 シェリーがカウンターにグラスを置き、マコトは礼を言って手に取る。

 口元に運び、半分ほどレモン水を飲んでカウンターに置く。


「で、どうなんだ?」

「メアリちゃんとアンちゃんのことですか?」

「そうだよ」

「今まで使っていた宿が満室になってたそうですよ」

「それでただで泊めてやってると?」

「私はそこまで酔狂じゃありませんよ」


 シェリーは困ったような表情を浮かべた。


「宿の仕事を手伝うから宿泊費をまけてくれって言われたんです」

「お人好しだな」

「手伝ってくれた時は賄いを振る舞うってことで片が付きました」

「そうでもないか」

「『働かざる者、食うべからず』ですよ」


 シェリーはクスクスと笑った。


「あ、でも、二人とも葛葉の件でそれなりに稼いだんじゃなかったか?」

「えっと、それは、えへへ」

「……借金の返済で消えました」


 マコトが肩越しに視線を向けると、メアリは誤魔化すように笑い、アンは淡々と事実を口にした。


「アン!」

「……事実です」

「そうだけど! そうなんだけど!」


 メアリは口惜しそうに地団駄を踏んだ。

 マコトは苦笑し、ユウカに視線を向けた。


「やけに大人しいな」

「――ッ!」


 声を掛けると、ユウカは鬼のような形相で睨み付けてきた。

 だが、この様子なら誤解されることはないだろう。

 マコトはポーチから小箱を取り出し、ユウカの前に置いた。


「何よ?」

「プレゼン――」

「あー! マコトさんがユウカに何かを渡したみたいな!」


 マコトの言葉をフジカの声が遮った。

 声のした方を見ると、フジカが階段を駆け下りてくる所だった。


「ちッ、上で大人しくしてりゃよかったのに」

「その態度にとってもとっても傷付くけれど、今はその小箱が気になるし!」


 ユウカが吐き捨てるが、フジカは何処吹く風だ。


「何かな! 何かなみたいなッ!」

「なんで、アンタの前で開けなきゃならないのよ」

「とっても、とっても気になるし!」

「開けないといつまでも付きまとうって意味ね。ったく、鬱陶しいったら」

「ユウカの毒も今は気にならないし」

「レベル18のくせに」

「ぐッ! そ、それは言わない約束だし!」


 ユウカはぽつりと呟くと、フジカは呻いた。

 やはり、レベルが上がっていなかったらしい。


「んな約束してないわよ」

「それで、小箱の中身は何みたいな?」


 ちッ、とユウカは舌打ちして小箱を開け、驚いたように目を見開いた。

 指輪とマコトを交互に見る。

 そのまま動きを止める。


「き、気持ちは嬉しいんだけど! だ、駄目だからッ!」

「多分、ユウカが思ってる意味じゃないと思うし」

「囃し立てたくせに、なんで否定するのよ!」


 フジカが冷めた口調で言うと、ユウカは声を荒らげた。


「どうせ、プレゼント返しみたいなもんだし」

「アンタ、マジでムカつくわね。マコトがあたしに惚れてる可能性だってあるでしょ」

「白いカラスを発見するくらいの確率だし」

「見込みなしってことね」


 ちッ、とユウカは再び舌打ちし、チラチラと視線を向けてきた。


「そ、そういう気持ちなら応えられないから。返すわ」


 そんなことを言いながらユウカは指輪をじっと見ている。


「プレゼント返しだぞ。遠慮するな」

「アンタも最悪ね!」


 ユウカはいきなり立ち上がり、小箱を振り上げた。

 そのまま投げるのかと思いきや、イスに座って手袋を外した。

 指輪を身に付け、にへらと笑う。


「なんで、笑うんだ」

「笑ってないわよ!」


 ユウカは叫び、フヒヒと笑った。

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