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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest5:スケルトン・ロードを討伐せよ【後編】



 スケルトン・ロードの口に光が灯る。


「クソッタレェェェェッ!」

「――――ッ!」


 衝撃波が放たれ、天井から轟音が響く。

 衝撃波が天井を貫いたのだ。


「……痛ぇ!」


 マコトは歯を食い縛った。

 左手がなくなり、手首から血が噴き出している。

 スケルトン・ロードが衝撃波を放つ寸前、掌底で顎を押し上げた代償だった。

 こうなると分かっていればもう少し躊躇った。


「オォォォォォォォッ!」


 自身を鼓舞するために雄叫びを上げ、右拳を鎧の脇腹に叩き込む。

 硬い感触が伝わってくる。

 視線を落とすと、鎧がわずかに黒ずんでいた。

 スケルトン・ジェネラルの鎧は容易く貫けるようになったのに黒ずむだけとは――。

 だったら壊れるまで殴るだけだ。

 拳を振り上げた次の瞬間、衝撃が全身を貫き、マコトは柱に叩き付けられた。

 立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。


「捕縛陣!」


 ユウカの声が響き、光の帯が伸びる。

 だが、スケルトン・ロードはそれよりも早く、加速していた。

 右腕は再生し、剣を握っている。剣が振り下ろされる。

 マコトは死を確信したが、その瞬間は訪れなかった。

 剣は眼前を通り過ぎただけ――要するに空振りしたのだ。

 マコトは距離を取るために床を強く蹴った。

 銀光が閃き、腹部が灼熱する。


「捕縛陣!」


 光の帯が伸びるが、スケルトン・ロードは剣で切り裂いて逃れる。

 さらに剣を振り回しながら突進してきた。

 優雅とはお世辞にも言えないが、切っ先がわずかに体を掠める。

 気が付けば防戦一方に陥っている。

 打つ手がねぇ、と激痛に耐えながら認める。

 相手に付いていくことはできるが、倒すための手段がないのだ。

 スケルトン・ロードは大きく踏み込み、剣を振り下ろした。

 咄嗟に床を蹴ったが、肩から脇腹までを切り裂かれる。

 マコトは着地と同時に膝を屈した。


「捕縛陣!」


 光の帯がスケルトン・ロードを絡め取った。


「早く逃げなさいよ!」

「……逃げてーけどな」


 ズボンが血でぐっしょりと濡れている。

 恐らく、致命傷だ。

 レベルアップによる回復しか望めない現状では戦って勝つしかない。

 どうすれば勝てる、とスケルトン・ロードを見上げる。


「……クソッタレ」


 小さく吐き捨てる。鎧の黒ずみが消えている。

 どうやら、鎧にも修復能力が備わっていたようだ。

 どれほどの修復能力か分からないが、腕が再生したことを思えばそれに近い能力を備えていると考えるべきだ。

 一撃で鎧を破壊するだけの攻撃力が必要だ。


「……これ以上の攻撃なんて」


 マコトは右手を見下ろし、あるアイディアを思い付いた。

 今まで噴き出した炎を収束させていたが、炎の量を増やせばどうか。

 限界まで炎を引き出して収束させれば鎧を貫くことができるのではないか。


「できるか?」


 自問し、嗤う。

 できなければ死ぬだけだ。


「点火!」


 漆黒の炎が右腕から噴き出す。

 もっと炎を、と念じる。

 炎が勢いよく噴き出し、半身を覆い尽くす。


「ちょっと何してんのよ!」

「……」


 マコトはユウカを無視し、炎に意識を集中する。

 警戒しているのか、スケルトン・ロードは動きを止めている。

 その間に炎をイメージする。

 荒れ狂い、全てを焼き尽くす炎のイメージだ。

 だが、炎は大きくならなかった。

 ふと過去の出来事が脳裏を過ぎった。

 大学に進学できなくなった時のこと、必死に就職活動したこと、パワハラ、クレーム処理、恋人と過ごした束の間の平穏と別離、兄とその家族に対する憎悪――。

 そして、あの夜の出来事。

 普通でよかった。

 普通に大学に進学して就職して、普通に人生を過ごしたかった。

 ただ、それだけのことが自分には許されなかった。

 どうして、自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。


「……ざけんな」


 小さく呟く。

 ドロドロとした感情が込み上げてくる。

 それは怒りだ。

 自分を取り巻く環境――世界に対する怒り。


「……ふざけんな」


 怒りは常に自分と共にあったように思う。

 心の奥底に沈め、爆発しないように抑え込んできた。

 しかし、怒りが収まることはなかった。

 噴火の瞬間を待ちわびるマグマのように熱く、流動し続けていた。


「ざっけんなッ!」


 マコトは怒りを爆発させた。

 漆黒の炎が全身から噴き出し、粘度の高いマグマのように纏わり付いてきた。


「……収束」


 漆黒の炎が右拳に集まる。

 その時だ。

 甲高い音が響き、激痛が這い上がってきた。

 まるで神経を焼けた火箸で掻き回されているかのような痛みだ。


「ぎ、ぃ――ッ!」


 歯を食い縛りながら手を見下ろすと、右手の中指――その第一関節までが黒曜石のような光沢を持つ何かに覆われていた。

 収束させた炎が物質化したのだろう。

 これなら敵を倒せるという確信がある。

 そのためには最低でも五指を覆う必要がある。

 しかし、指先が覆われただけで耐え難い激痛に襲われている。

 五指を覆ったら、どれほどの痛みに襲われるのだろう。


「……ハッ」


 マコトは嗤った。

 できなければ死ぬだけだ。


「もっと、もっとだ!」


 マコトは天を仰いで吠えた。

 際限などないかのように全身から炎が噴き出し、物質化していく。

 激痛が思考を蝕む。


「痛ぇ、痛ぇ、痛ぇ――ッ!」


 右腕を抱えて座り込む。

 手を切り落としたくなるような激痛に苛まれ、数秒前の決断を後悔する。

 こんなに苦しむくらいなら死んだ方がマシだった。

 そうだ。

 どうして、死にたくないと考えてしまったのだろう。

 顔を上げると、スケルトン・ロードがゆっくりと剣を振り上げた。


「……はは」


 マコトは虚ろに笑う。

 殺されるのが待ち遠しかった。

 まるで射精を我慢しているような気分だった。

 剣で頭をかち割られたらどんなに気持ちいいだろう。

 きっと、それだけで人生と引き替えにしてもいいような絶頂感を味わえるはずだ。

 スケルトン・ロードが剣を振り下ろしたが、期待していた絶頂感は訪れなかった。

 訪れたのは左腕を縦に斬り裂かれた痛み。

 ひ、ひひひ、とマコトは縦に斬り裂かれた左腕を見ながら笑った。


「ひ、ひひ、ヒィィィィィヒャァァァァァッ!」


 喉も裂けよと笑う。

 自分はこういう人間なのだ。

 生き汚い。

 死んだ方がマシと言いながらいざその時が来たら怖じ気づく。

 炎が溢れ出し、右腕に収束する。

 炎がバキバキと音を立てながら物質化し、右腕を覆っていく。

 不意に炎が途切れると、そこには漆黒の装甲で肘まで覆われた右腕があった。

 激痛は治まっていない。


「ヒィハーーーーッ!」


 手刀で左腕に食い込んだ刃を切断し、震える脚で立ち上がる。

 警戒しているのか、スケルトン・ロードは後退った。


「クヒヒヒヒッ!」


 マコトは倒れ込むように手刀を振り下ろした。

 スケルトン・ロードは盾を構えたが、手刀は盾を支えていた腕まで両断する。

 すかさず距離を詰め、五指を開いた状態で手を突き出す。

 手はあっさりと鎧を貫通し、突き抜ける。


「……あ?」


 思わず声が漏れる。

 意識が一瞬で元の状態に戻ってしまった。

 何の感触もなかった。

 腕を引き抜きながら鎧を引き裂く。

 鎧の下には弱点である赤い球体が存在しなかった。


「ッ!」

「――――ッ!」


 右手を目の前に翳すと同時にスケルトン・ロードは衝撃波を放った。

 右手が弾き飛ばされる。

 肩をねじ切られたと思うような衝撃だったが、残念ながら右腕は無事だ。

 あの激痛は今もマコトを苛んでいる。

 歯を食い縛り、スケルトン・ロードに拳を叩き付ける。

 わずかな抵抗の後、頭蓋骨は塵と化して飛び散った。

 上半身が泳ぎ、蹈鞴を踏む。


「やったか?」


 振り返ると、スケルトン・ロードは頭蓋骨と片腕を失った状態で立っていた。

 ベキベキという音と共に再生が始まる。


「ちょっと、どうなってるのよ!」

「俺に聞くんじゃねーよ!」


 マコトはユウカに叫び返した。


「……もしかして、本当に」


 不死なのだろうかという言葉をすんでの所で呑み込む。

 本当に不死ならば神殿の周辺に部下を配置しないはずだ。


「トリックがあるはずだ」

「どんなトリックよ!」

「お前も考えろよ!」


 マコトはスケルトン・ロードを見据えながら思考を巡らせた。

 いや、巡らせようとしたと言うべきか。

 思考が激痛で千々に乱れる。


「クソッ、右腕が痛ぇ」

「左手は?」

「右腕に比べりゃ屁でもねーよ」


 正直、正気を保っていられるのが奇跡に思えるほどだ。


「……気休めだけど」


 ユウカは申し訳なさそうに右手に手を翳した。

 青白い光が右腕を照らし、ほんの少しだけ痛みが和らいだような気がした。

 その分だけ思考を巡らせる余裕が生まれた。

 スケルトン・ロードの行動を思い出す。

 考えてみれば不自然な行動が多々あった。

 どうして、炎弾を躱せるスピードがあったのに盾で受けたのか。

 どうして、ユウカの魔法を避けなかったのか。

 どうして、空振りをしたのか。


「セオリー通りなら赤い玉を何処かに隠してるんじゃない?」


 ユウカはこともなげに言った。

 まあ、確かに必殺技を受けても死なない悪役は弱点を分離させているのがセオリーだ。

 では、スケルトン・ロードは何処に弱点を隠しているのか。


「玉座だ!」

「玉座よ!」


 マコトとユウカは顔を見合わせて叫んだ。


「ユウカ!」

「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、穿て穿て礫の如く、我が敵を貫く礫となれ! 顕現せよ、魔弾!」


 ユウカの放った魔弾が玉座を打ち砕いた。

 その下から出てきたのは一抱えもある赤い球体だった。

 マコトは駆け出した。

 そうはさせない、とスケルトン・ロードが追い掛けてくる。

 余裕がないのか、ユウカに見向きもしない。

 それは玉座に隠された赤い球体が本物であることの証左だ。


「もう遅ぇッ!」


 渾身の力で右腕を振り下ろすと、球体は爆散した。

 ガチャガチャという音が背後から響き、肩越しに背後を見る。

 そこにはバラバラになった骨が転がっていた。


「あ~、しんど」


 マコトは大きく息を吐き、その場にへたり込んだ。

 ケガのせいか、炎を使い過ぎたせいか疲労感が重くのし掛かってくる。


「これで終わったのよね?」

「知らねーよ」


 チッ、とユウカは舌打ちしてスカーフを外した。

 そして、マコトの傍らに跪くと左腕を強く縛った。


「御使いの声は?」

「そう言えば聞こえねーな」


 エラーでも起きたのだろうか。


「死んじゃうわよ」

「そっか」


 マコトは懐からマルボロとジッポーを取り出した。


「こんな時に馬鹿じゃないの」

「……別にいいだろ」


 マルボロを口に銜え、火を点ける。紫煙を肺に導き、激しく噎せ返った。

 やはり、煙草を吸えない体になってしまったようだ。

 視界がぐらりと揺れた。最初は出血のせいかと思ったが――。


「地震?」


 ユウカの言葉でそうでないと分かった。揺れは徐々に激しさを増していく。

 このままでは神殿が崩壊するかも知れない。


「どうなってるのよ!」

「知るかよ」

「逃げるわよ」

「あ~、無理」

「無理じゃないわよ!」


 ユウカはマコトの左腋に頭を潜らせると立ち上がった。


「普通は右じゃね?」

「あんな強いアンデッドを斬り裂いた右腕に触れる訳ないでしょ! 死んだらどうするのよ!」

「そうだな」


 出口を目指して歩き出すが、真っ直ぐに進むこともままならない。

 立っているだけで精一杯だ。

 それなのにユウカはマコトを置いて逃げだそうとしない。


「……お前って、いいヤツだったんだな」

「仲間を見捨てて逃げるほどあたしは人でなしじゃないわよ!」

「なかなかいないんだよな~」


 はは、とマコトは笑った。


「何を笑ってるのよ?」

「いや、俺は運がよかったな~と思ったんだよ」

「何処がよ!」


 ユウカは苛立ったように叫んだ。

 それが切っ掛けになった訳ではないだろうが、石畳が割れ、柱が次々と倒れていく。

 巨大な岩が天井を突き破り、落下の衝撃で散弾のように飛び散る。

 さらにピシッという音と共に亀裂が入った。


「何よ、これ?」


 ユウカが驚いたように目を見開く。

 それもそのはず、亀裂は何もない空間に走っていたのだ。

 亀裂はパキパキと音を立てて広がり、枝分かれしていく。

 空間がたわみ、ガラスのように砕け散る。

 その向こうにあったのは闇だ。


「……ガラスじゃねーんだから」


 マコトは小さく呟いた。たとえばガラス板に描いた絵を割ったらこんな風になるかも知れない。

 空間が砕け、闇が範囲を広げていく。

 気が付くと、足場以外は闇に呑まれていた。


「これからどうするのよ」

「さあ、な」


 足場が砕け散り、マコトの意識は途切れた。

 その寸前に御使いの声が聞こえたような気がした。

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