定男
5 定男
「ゲーム機に横たわると、まずすぐに深い眠りノンレム睡眠に陥る・・・これは別に催眠ガスなどが出ているわけではないが、このゲーム機がその個人の脳波などを測定して、リラックスさせるよう調整していくためだ。
通常はレム睡眠とノンレム睡眠を数回ずつ交互に繰り返しながら眠っているわけだが、目覚める前のレム睡眠に入る瞬間にデータ通信を行って、それまでに分身が行った冒険のあらましを送ってくるというわけだ。
今回は初期データ作成なので1回のノンレム睡眠後のレム睡眠で書き込みを行う。
その後すぐに目覚めるわけだが、それほど不快は感じないはずだ。
今聞いた通り、始まりの村へたどり着いて一旦データ保存しない限り分身は定着しない・・・つまり消滅してしまう。
その時は本人には何もアクセス記録が送られてくることはないから、冒険をしていないのと同じだな・・・、難しくてできなかったとか、もう少しだったのにとかいった記憶も何もなく、何も覚えておらず、ただ眠っただけとしか本人は感じないはずだ。
分身が作られると同時に通信が断絶してしまうわけだから、異次元世界へ実体化したときと同様、分身は己の采配で冒険を続けていくことになる・・・、といっても冒険者の性格や進め方は継承されるはずだがね。
だから・・・君たちの分身を送り込むという事は、それぞれが一旦は向こうでゲームを保存して戻ってくる必要性があるという事だ。
だが・・・残されていたキャラクター作成データに疑問が残るので少し待っていただき、専門家の見解を聞いてからの方がいいだろう・・・、いくら分身とはいえあまりに過酷な状況が想定されるのであれば、よした方がいい。
少なくとも、お子さんはやめた方が得策だ。」
綾瀬が、分身作成の詳細説明をしてくれる。
どうせなら、今日の昼に電話したときに説明してほしかった。
『キッ・・ダンッ・・・・カチャッ・・ドガドガドガドガ』すぐに、表の方が騒がしくなった。
見ると体格のいい男が2人、ガラス戸を開けて入ってきたようだ。
先ほど間違いなくカギをかけておいたので、鍵を持っているという事は関係者という事だろう。
「おお、悪いな・・・、呼び出してしまって・・・。」
綾瀬が2人の顔を見ると、うれしそうな笑顔を見せる。
「お待たせ・・・、どれどれ・・・ちょっと装置を見せてくれ・・・、アクセス禁止の通達が出ていたから戻ってきたまま放置しておいたのが失敗だったな・・・、裏コマンドを使われていたとはな・・・・。」
俺と同い年くらいだろうか・・・恰幅のいい男性が綾瀬のもとへ歩いて行って少し微笑んだ後、ゲーム機の中に寝転んでモニターを確認する。
「本当だな・・・、どう思う?」
すぐにもう一人の男性に声をかける。
こちらの方は、大柄ではあるが長い髪はぼさぼさで無精ひげを生やし、青白い顔がさらに際立つように、目だけがぎらぎらと異様に輝いている。
「ふあー・・・十年ぶりの娑婆は、相変わらず車が多いし騒々しくて疲れるよ。
どうれ・・・、本当だな・・・。」
そいつはゲーム機の中に手を入れると、いとも簡単にモニターを外し、ゲーム機の横にかがんだままモニター表示を確認する・・・、あれ・・・モニターって外せたんだ・・・。
それよりも・・・、十年ぶりって・・・犯罪者か?捕まっていたっていう事か?
「おうそうだな・・・、何もここまで経験値を増やさなくてもいいのだろうにな・・・、このゲームでは、通常に進行させていくと、第2ステージのボスキャラ到達時点で経験値は50万程度のはずだ。
その・・・200倍だぞ・・・何を考えているのだろうな・・・、一体どれだけ魔物を倒せばここまで行きつくのか・・・、いや、魔神を何百回何千回と倒さなければならないか?
バグ取りだってここまでの数値は入れない。」
長髪男はあきれたように口を大きく開けながら、モニター画面のデータを触りまくる。
「すごいな・・・魔物の経験値も10000000だぞ・・・、こんな魔物が一体いるだけで通常なら世界は破滅だ・・・、それなのに、この装置だけでそんなやつらを5体は作り出しているな。」
「なんだって・・・?
魔物がそんなに強かったら、向こうの世界の超人たちやツバサだって敵わないだろ?
とっくに全滅して・・・だから、ツバサが夢の中でサグルたちに助けを求めてきたというわけか?」
綾瀬が、驚いた風に長髪男の手からモニターを奪い取る。
俺の心配をよそに、解析はどんどん進んでいっている様子だ。
「いや・・・超人たちは世界最強だから、悪の化身である魔物に対するときは、その魔物よりも常に少しだけ強いレベルで戦えるから、簡単にはやられないだろう。
それはおそらく世界最強の格闘家であるツバサだって同様のはずだ。
だが、その強さはあくまでも1対1での場合であって、魔物が多ければやられてしまうことだってありうるわけだ、そうだったよな・・・?」
長髪男は、なぜかそういった後に俺の方を見る・・・、なんで俺に同意を求めるの?
「いやー・・・なあにあの人・・・ちょっときもいんですけど・・・。」
その様子を見て、レイが体を引き気味にして長髪男を指さす。
「これっ・・・人を指さしてはいけないって、いつも言っているだろ?」
周りに聞こえないように小声で叱りながら、レイの右手を押さえつける。
うーん・・・だが、この男の顔には覚えがないことはない・・・、通信異常の説明会の時に壇上にいたような・・・、恰幅のいい男の方も同様だ。
だがしかし・・・長髪男は・・・犯罪者っぽいか?
「おお・・・紹介が遅れたが・・・、こいつが青空商会のもと代表取締役の大空翔だ。
そうしてその弟の定男だ。」
綾瀬が見た目は爽やかで恰幅のいい男性と、長髪のちょっときもい男を紹介してくれる。
見た目からはとても兄弟とは思えないのだが・・・、そういっているのだからそうなのだろう・・・。
「あの髪の長い男は・・・、何か悪いことをして捕まっていたのかい?
10年ぶりって言っていたが・・・?」
すぐに、綾瀬に耳打ちして確認を取る。
「ぷぷっ・・・ああっ・・・、さっきサーダが言ったことを真に受けているのか?
お前が馬鹿な事を言い出すものだから・・・こいつはいい年をして引きこもりで・・・、自宅からほとんど外には出ないやつで・・・、1時期このゲームの開発に携わっていた時は会社へ通ったりもしていたんだが、ゲーム機を政府に没収されてしまってからは、また元の引きこもり生活に戻っちまったわけだな・・・。
決して捕まって刑務所に入れられていたというわけではない・・・、まあ、見た目は相当に怪しいから仕方がないがね・・・。」
綾瀬は俺にだけ答えてくれればいいことを、大声で笑いながら説明してくれた。
「そっそうですか・・・、失礼しました。
村木サグルです・・・、これは娘のレイ・・・。」
ううむ・・・とんだ勘違いか・・・、失礼なことを言ってしまった。
「源五郎です・・・。」
「おおそうか・・・、シメンズメンバーお揃いというわけだな・・・?
レイ・・・ちゃん・・・?
想像していたよりちょっと若すぎるが、想像通りかわいいなあ・・・。」
長髪男はレイの前にすすっと近寄ってくると、膝を曲げてレイに視線を合わせて笑顔を見せる。
「きゃあっ・・・、いやあー・・・。」
すぐにレイは後ずさりした後に、俺の後ろへと逃げてくる。
「ありゃりゃ・・・、嫌われちまったか・・・。」
長髪男は、少しがっかりした様子で肩を落とした。
「話を戻すが・・・1対1の戦いであればツバサだって格闘技では世界最強のはずだが、複数の魔物たちで囲まれてしまえば、やられてしまうこともありうる。
しかし・・・ゲームの世界でさえあれば、リセットするかあるいはGの半分を失うことを覚悟さえすれば、復活は可能だ・・・、だが、その回数には制限がある・・・、千回までだ。
千回リセットや死ぬことを繰り返した場合、その冒険者は不適として次に倒された時には消滅するというか・・・、千回目に復活したときにはもう通信ができなくなる・・・、恐らく今のツバサがその立場なんじゃないかな・・・?
ねえ、レイちゃん?」
今度は猫なで声で、レイの名を呼ぶ。
ううむ・・こいつもロリコンか・・・?しかも引きこもりという事のようだ。
レイも嫌がっているようだし、こいつがいくらレイのことが気に入ったからって、こいつにはレイは渡さんぞ・・・!
「彼もシメンズのことを知っているという事は・・・、あのゲームに参加していたという事なのかい?」
長髪男に直接聞けばいいのだが、間に綾瀬を挟もうと綾瀬に向かって質問する。
「ああ・・・、奴は魔神役で参加していた。
こいつの暴走が、通信不具合の原因と言えば察しが付くだろう?」
綾瀬がにやにやと笑みを浮かべながら、定男の方に振り返る。
「いや、まあ・・・あの件は申し訳なかったと反省しているさ・・・、なにせ説明会で願いが叶う星であることを暴露せざるを得なくなってしまったわけだからな。
その挙句に各国政府に目をつけられて、ゲーム機が没収されてしまったというわけだ。
会社もなくなってしまったしな・・・本当に反省している。」
そういって長髪男は右手で後頭部をかく・・・、本当に反省しているのか、ちょっと疑問・・・。
「それはそうと・・・、その装置で作り出したキャラの履歴を確認することができるのかい?
今接続しているキャラの設定状況を見ることができるだけかと思っていたのだが・・・。」
俺が購入したゲーム機には、分身作成のためのサンプルとしてダミーデータが入っていたが、それ以外に入力データは確認できなかった。
あれは、新しいゲーム機だったせいなのだろうか?
「ああ・・・このゲーム機にアクセスした履歴はすべて残るな・・・、保存データは一度プレイヤーに転送した時点でプライバシー保持のために消去しちまうし、アクセスも本人以外ではできないようになっているが、サービスコマンドを使えばキャラ設定や通信などの履歴は、何世代前でもさかのぼることができる。
これは人のデータを盗み見ようという目的ではなく、あくまでも故障時に原因を探るために、いつまで正常に動作していたのかなどを履歴確認できるようにしているだけだがね。
それで行くと・・・経験値10000000の魔物を5体、経験値99999999の町民や農民など一般人は5人作り出しているな・・・。
しかも日付は・・・魔物たちを作成したのは、政府に没収される寸前だぞ・・・、政府に没収される前に一度会社で回収した当日だ。
ふうむ市民キャラの作成は日付の間隔から言って、ゲーム機が戻されてからのことだろう、1年半後になっている。
魔物もこのくらいのレベルになると、雑多な人格データを合成した人造の人格を与える必要性が出てくるから、あまり大量に作ることはできなかったのだろうな。
1個人の人格を乗り移らせた市民キャラは、このゲーム機では5人作り出している・・・、こちらも一晩ではこのくらいが限界だろう、名前がついているぞ、ハヤテとハヤブサとオウカとツグミにツバメだ・・・。
市民キャラであればまだしも、ねばねばの液状の魔物に人格を与えるのはどうかと思うね・・・。
恐らく魔物たちを送り込んだ後、体裁を繕うために最後にダミープログラムで書き換えたのだろうが・・・、没収された後に各国の研究者たちがアクセスしたが、ことごとくゲーム保存できずに失敗してしまい、このゲーム機は実際には使えないという評価を下されたわけだ。
そうしてゲーム機が戻されてきてから、今度は市民キャラを送り込んだわけだ。
その後は使われることはないと踏んで、ダミープログラムも設定しなかったのだろうな、なにせ倒産した会社の自社ビルに、保存されていただけなわけだから。
魔物は雑魚キャラではないから有限ではあるが、冒険者ごとに出現する設定だから、市民が何度倒しても場面が切り替われば復活するはずだ。
いくら超人をも凌駕しかねない一般市民たちとはいえ、魔物退治するとなると困難を極めていることだろうな。
経験値の差から魔物に簡単にやられることはないだろうが、市民に関しては冒険者と同じく本体がいるわけだから、通信して復活できない限りは有限の命だとは思うのだが・・・。」
定男という長髪男が腕を組んで考え込む。
「一体何が目的なんだろうな・・・。」
大空翔と紹介された大男も同じく腕を組み考え込む・・・。
「こうは考えられませんか・・?
裏コマンドなんて、ゲームの開発者以外は知らないことでしょう?
だったら青空商会のゲーム開発者の誰かが、政府に没収されるゲーム機を解析されないために、非常に強い魔物たちを作ってゲームの世界に投入した・・・、恐らくゲームの初期画面の始まりの村手前に出現するよう設定したのです。
そうすることによりゲームにアクセスしようとしても、冒険者たちはすぐに魔物に倒されてしまうから、始まりの村まで到達できないわけです。
つまりはデータ保存できないからゲームの世界に入ることができない・・・、つまりこのゲーム機は使えないことになる・・・、そうなればはるかかなたの惑星へ通信するなどという事は、ただのデマだったと解釈されて、ゲーム機が返却されると踏んで行ったことではないかと・・・。
この後に魔物だけですとゲームの世界の市民キャラも全て魔物に倒されて全滅してしまいますから、魔物に打ち勝つための市民キャラも作り出して、一応村の体裁を保とうとした・・・、と考えられます。」
すると突然、源五郎が口を開いた。
確かにそう考えれば、納得がいかないことはない。
「いや・・・確かにこのゲーム機で作り出した魔物は全部、中央諸島 始まりの村 東の森に生息するよう設定されているが、町民や農民たちは南部大陸のヨランダの住民設定だ。
ゲーム機は百台以上あったからな、恐らく東の森以外の地に配置された魔物たちもいたと考えるのが普通だ。
ざっと計算しても500体以上の魔物たちがいてもおかしくはないわけだ・・・なにせ、戻ってきたゲーム機はランダムに選択された1台だから、これにだけ魔物が設定されていたと考える理由はない。
初期アクセスを妨害するだけなら、こんなにも大量に送り込む必要性がないわけだ・・・、これだけの経験値を持った魔物なら1体だけ東の森に生息させておくだけで十分なはずだ。
さらに・・・ゲーム機を悪用しようとしても、願いが叶う星で願わなければ、ゲーム以外のことは実現できないのだと、俺たちは政府役人に向かって主張していたわけだ。
そのためどちらかというと、没収されて解析されることに関しては特段反対はしていなかった。」
定男が意外な事実を告げる・・・、あれあれ?没収されても平気だったというの?