青空商会
3 青空商会
「どこなの?そのゲーム機屋さんって?」
レイがきらびやかに照明でライトアップされたショーウィンドウを、つぶさに眺め歩きながらつぶやく。
元青空商会ビルは、家から電車で20分ほどの都内のオフィス街にあった。
「ゲーム機屋さんじゃあないんだ・・・まあゲームを販売することは販売したんだがね・・、本業はパパの勤めている会社と同じく商社って言って、いろいろな会社から商品を買い付けて、別の会社に売ることにより利益を上げている会社だったんだ。」
「へえ・・・じゃあ、パパの会社のライバルってわけね?」
「いや・・・ライバルだなんて・・・、向こうは年商何百億っていう大きな商社だったし、何より扱っていた品物が違ったからね・・・。
まあ、そんな会社がゲームも製造販売したときは驚いたんだが、しかも百万円なんて言う、今でもそうだけど当時では群を抜いて高額のゲーム機だ・・・、とても普通じゃあ購入しようとは思わないよなあ・・・。
きちんとした会社だったし大企業だから、ゲーム機の性能に関してはそれなりに期待はしていたんだけどね・・・、まさかそれが別の惑星にアクセスするための装置だったなんて、最初は思わなかったよ。
それでも販売に際してデモを行ってくれて、そのあまりのリアルさに夢中になってしまい、ほとんど即決で購入したというわけだ。」
俺が10年前のことを懐かしく思いながらレイに説明してやる・・・、まあ何度も話したことではあるのだが。
「ネットで調べた地図から行くと、この先の交差点を右に折れてすぐのところだ。」
スマホの地図検索の案内を見て話しながら歩いていくと・・・、交差点を右に曲がった先に照明のついていない、そこだけ薄暗がりの場所を見つけた。
「あそこだな・・・、弁護士さんはまだ来ていないのかな・・・?」
『ギィッ』大きなビルの前のガラス扉の入り口前で、中をうかがおうとしたら誰もいないはずのビルの扉が、突然開いた。
「きゃっ!オバケ?」
レイが驚いて飛びのく。
「さっ、早く中に入ってください・・・。」
ところが、ドアの向こうから聞きなれた声が聞こえてきた・・・。
「大丈夫だ、お化けなんかじゃない。一緒に入ろう。」
レイの手を引いて真っ暗なビルの中に入り、後ろのガラス戸を閉める。
中は薄暗がりで奥の方に照明がついていて、思ったほどの暗闇ではない様子だ。
恐らく透明と思われたガラス戸に、薄い色の遮光フィルムが張ってあるのだろう。
薄暗い内側からは外の様子はよく見えるが、街灯などで明るい外側からは、ビルの中の様子はほとんど見られないのだろう。
「念のため、鍵をかけておいてください。」
『ガチャン』奥の方からする声の指示に従い、ガラス戸のロックをかける。
そうして照明のついている奥の方へと歩いていく。
「だっ、大丈夫よね?オバケとかまものなんか出てこないわよね?」
「大丈夫だ、パパがついているだろ?」
腰が引け気味のレイをなだめながら、手をつないでゆっくりと歩いていく。
「お久しぶりです、ご無沙汰しております。
今朝から何度もお電話いただいた様子ですが、電話に出ることができずに大変申し訳ありません。
でもリーダーたちだったら必ず今日ここに来るだろうと踏んで、僕は僕なりに何とか時間を作ってやってまいりました。
なにせ大きな商談がまとまりそうな重要な時でして、社員一同不眠不休で対応している所だったのです。
流石に会社の代表者が私用であけるというわけにはいかず、とりあえず契約成立のための道筋まで何とかこぎつけて、あとは明日以降という事にして今夜は時間をとることができました。
ぎりぎりまで状況が読めなかったために、ご連絡もできず直接こちらにお邪魔したわけです。
青空商会のことは以前から調べ上げていて、何かあった時はこちらのゲーム機からアクセスされていただけるよう、ネゴシエーションは済ませておりましたものですから。
ところが一度アクセスしてしまえば、あとは週一にアクセスすればゲームとしては進行可能と思ってきてみたのですが、どうも勝手が違うようです。」
まだ幼さを顔に残した長身の青年が、笑顔で迎えてくれた。
「げっ・・・」
「ダーリン!・・・、お久しぶりー。」
源五郎・・・と俺が発する前に、レイに先を越された。
「ダーリンじゃないだろう?源五郎さんだ・・・いや、ショウさんか・・・、悪いね。」
すぐに源五郎に抱き着こうとするレイを押しとどめて、注意をする。
「ふんだ・・・、ダーリンでいいんだもんねーっ?」
レイは俺の手を振りほどいて、源五郎に駆け寄り抱き着いていく。
「おやおやレイちゃん・・・、久しぶりだねえ。
うーん・・・、ますますきれいになって・・・、お母さんに似てきたね。」
長身の源五郎が娘に合わせて、しゃがみ込んで挨拶してくれる。
「そうやって、きれいだのかわいいだの言って喜ばすもんだから・・・、ダーリンって呼び始めたんだ。
あまり娘を誘惑しないでくれ。」
30間近とはいえ、若作りの源五郎は20代前半といっても十分に通用するだろう。
年商何億ものITベンチャーの社長というだけでもモテモテだろうに、すらりとした身長にあどけないルックスと、モテないわけがない。
レイが幼い時から何度もうちに遊びに来ているのだが、最近色気づいた娘は将来は源五郎のお嫁さんになるんだと主張して、彼のことをダーリンと呼び始めた・・・、どうせアニメかテレビドラマの影響だろうが、ここ2年程前からそう呼び始め、奴はそれを嫌がらずにレイの相手をしてくれている。
もう彼女どころか奥さんがいたっておかしくはない年の源五郎は、今のところ親しく付き合っている女性の話は聞かないのだが、それでも外に出れば2人や3人は意識している娘がいるだろう。
このままレイがヒートアップしていくと、突然源五郎が結婚なんてことにでもなったら、恐らくレイの心は深く傷つくことになるだろう。
そんなレイを見たくはないので、最近はあまり源五郎に合わせないよう仕組んでいたのだが、ちょっと失敗のようだ。
源五郎とパーティを組んで一緒に何ケ月間も冒険なんてことにでもなったら・・・、うーん、どうしよう・・・。
「あははは・・でも、レイちゃんがかわいいのは本当のことだから・・、そうしてだんだんときれいになってきたんだよねー?」
源五郎は上機嫌で小学生の娘に愛想を振るう・・・、ううむ、奴はロリコンか?
うちの娘でよければ・・・、いやいやいや・・・そんなことはあり得ない・・・。
友達として親しくしてくれてはいるが、相手は億万長者だ。
レイには悪いが、お隣のお子さんの健太君と仲良くしているぐらいがちょうどいいんだ。
「そんなことよりも、ちょっと勝手が違うっていうのは、どういう事なんだい?
確か1週間に一度程度ゲーム機で寝れば、それまでの記録は残っているんじゃあなかったかな?
俺もそのつもりで、今後は毎週末にでもここに通うつもりでいたんだけれどもね・・・。
まあ、最初のうちは状況も分からないから毎日アクセスして方針を検討する必要性はあるとは思うけど、今週末からゴールデンウィークだし、そこまで行けば何とかなると思っていた。
レイも参加するって言ってきかないし学校もあるから、ずっと毎日ここまで通うというのは、ちょっと無理があるぞ。
妻が臨月だし予定日がゴールデンウィークと重なるから、レイをどこへもつれていってやれないところで、ちょうどいいとも思っていたわけだが、当てが外れたな。
まさか1台しかないゲーム機を、家に持って帰るわけにもいかないしね。」
毎日通うという事にでもなったら、申し訳ないがレイには参加をあきらめてもらうしかなくなってしまう。
毎晩夜遅くにここまで通わせられないから、俺と源五郎の2人だけでアクセスするしかない。
「えー・・いやよ、あたしは絶対に参加するから!」
察しのいいレイは、すぐに頬を膨らませてそっぽを向く。
こうなるともう、何を言っても聞かない。
「それが・・・ですね・・・、その逆で・・・一度向こうへ行ってしまうと、もうこっちと通信できないわけで・・・。」
源五郎の声のトーンが、だんだんと小さくなっていく。
「ええっ・・・、だってこのゲーム機は毎晩ベッド代わりに眠ると、分身が経験したそれまでの冒険の記憶が送られてきて、目覚めたときにはあたかも自分自身が冒険していたように感じるわけだろ?
たった1ケ月と少しの間だったけど、毎日休みなくアクセスしていたが、向こうの星との通信はできていたぞ。
そりゃあ・・・一時期願いが叶ってしまい、異次元世界に実体化したときは通信ができなかったが、それでも何とか元のゲームの世界に戻ってきて、通信は再開されたじゃないか。
まさか、政府に没収されてあちこちいじられてしまい、通信機能に障害が生じているとかかい?」
願いが叶う星との唯一の通信手段であるゲーム機が、解析という名のもとに破壊されてしまったのだろうか?
「いえ・・・そうではなくて・・・。」
源五郎がなおも言いづらそうにしている。
「それに関しては俺から答えるとしよう・・・、青空商会の破産管財人の一人を務めている、綾瀬だ。
といっても俺は弁護士ではなくて、どちらかというと学者というか・・・、青空商会の破産に際して残された物件の資産価値を見極めるために、管財人の中に名を連ねているだけだ。
まあ、俺自身は青空商会社長だった大空翔とは旧知の仲で身内のようなものなのだが、大空家の血縁関係がない身内以外で、他にこの装置の価値を評価できる人間もいないという事で選出された。
実をいうと俺自身もゲームに参加していて、シメンズメンバーとは一緒に冒険した仲で、サグルやレイ・・・おっと・・・お子様だったか・・・、はて?それから源五郎・・・だったはずだが・・・。
ゲームは10年前のことだったから、そのころは・・・???」
部屋の奥の暗がりから突然姿を現した、恰幅のいい男性が説明の途中で口ごもる。
「ああ・・・これは娘のレイで・・・、実を言うとサグルである俺と、同じくシメンズメンバーだったレイとの間の娘で・・・、ちょっとややこしいのだが、こっちは本物の・・・というか、名前をレイとつけたわけだ。」
すぐに娘の方のレイを紹介する。
「だが・・・申し訳ないが、俺はあなたのことは全く覚えていない。
なにか次元を超えたアクセスをしても、記憶が残るような設定をされていたのかね?」
口ぶりから察すると知り合いのようだから普通に話してしまうが・・・、一緒に冒険をしたメンバーにこんな奴はいなかったはずだ・・・というか、シメンズメンバーはツバサを入れて4人だったはずだ。
俺も妻も、もちろん源五郎も、異次元世界から戻ってきたときに、たった1日分以上の記憶は持っていなかった。
最低でも1週間分は記憶が残るはずだったが、それらが残っていないという事に関して、過去にさかのぼったために、以降の記憶は消えてしまったのだと自分を納得させたのだが、確かにツバサだってその間の記憶があるといっていた。
彼女の場合は、もともとあの星の生まれだから特別だと思っていたのだが、違ったのだろうか?
俺たち以外のメンバーが、パーティに加わっていた時期があったという事なのだろうか?
「一緒に冒険したとはいっても、俺は冒険者として参加していたわけではなく、どちらかというと悪役の方の・・・、魔王軍の隊長の一人を担当していた。
その時にある事情から、シメンズメンバーと魔王軍メンバーが共同戦線を張って、パーティを組んで行動していた時があったのだ。
本来であれば、当然のことながら冒険者に倒されてしまうだけの役なので、これといったストーリーを経験することもなく、一度アクセスしておけば後は勝手に向こうの世界の分身である俺が話しを進めていく・・・次々とやってくる冒険者たちに倒され続けるわけなのだが・・・、それだけのはずだった。
万一プログラムに不具合があった時やシステム動作が不安定になった場合の対処のために、プログラマーや設計開発者たちの分身を送り込んでいたわけだな。
もうアクセスする事はないと、ゲーム機自体は封印していた。
ところが次元を超えて実体化してしまった後、再び戻ってきたのを知って、その間の出来事を確認できないものかと、俺は自分が与えられていたゲーム機に再びアクセスしてみた。
すると、その間の記憶が次々と流れ込んできた。
なんと1年あまりの長期間であったために、一晩だけでは通信が終わらずに、実に2週間もの間ほぼ眠らずに・・・、というか逆だな、ほとんど寝て過ごしてようやくというか、シメンズメンバーとの冒険の内容は逐一伝わってきた。
どうやら最初の冒険の時に魔人の能力を用いて時間を戻したのだ・・・、ただしそれを行ってしまうと、冒険者たちはそれまでの記憶や経験を一切失ってしまうと・・・、ある特定の時間にならなければ目覚めない魔王軍の隊長である俺は、記憶を引き継いだまま時間をさかのぼることができたようだ。
そのためシメンズメンバーとの冒険の記憶は今でも残っている・・・、よかったら、これからおいおい話をしてあげてもいい。
あのゲームでは1週間どころか、年単位のデータでも記憶することは可能なようだが、残念ながらゲーム機に設定を残すことができるのは一人だけだ。
もう一度同じ設定を入力したとしても同じ人物と認識されることはなく、分身を再び作成することになってしまい、記憶を引き継ぐことはできない。
そうしなければ同じデータを入力すれば複数台から一つの分身に同時アクセスできてしまい、主たる人格が混濁してしまう恐れが出てきてしまう。
一つのゲーム機で設定した人格は、そのゲーム機で連続継承する以外は複製できないようになっているわけだ。
今や使えるゲーム機は1台しかないため、3人でアクセスするには一人ずつ順にデータを書き換えながらアクセスしていくしかないわけだね。
そうなると書き換えられた分身とのアクセスは、叶わなくなってしまう。
さらに、このゲーム機は1時期戦略兵器とまで疑われたものであるため、いくら解析に失敗して惑星間通信ができる根拠を見出すことができなかったとしても、いまだに監視対象として頻繁に政府役員が状況確認にくる。
いつゲーム機のアクセス履歴を確認すると言われるか知れないため、このゲーム機に設定を残すことはできないので、最後にアクセスした分のデータもダミーデータで上書きする必要性がある。
こちらでアクセスした履歴を完全に消してしまうわけだな・・・。」
綾瀬という男性は、申し訳なさそうにその大きな体を縮こまらせながら説明してくれる。
そういえば一度ゲーム機を返却してしまうと、それまでにゲームしていた分身とは2度とアクセスできなくなるって、通信異常の説明会の時に説明してくれていたなー・・・。