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『トゥルルルルートゥルルルルー・・・・、おかけになりました電話番号は・・・ガチャッ』

「ふうっ・・、まだ駄目か・・・」


「昼休みにまで、得意先に電話かね?

 仕事熱心なのはいいことだが、休憩するときはきちんと休憩した方がいいらしいよ。


 仕事と休憩時間のメリハリがないと、ずるずるとただ時間を過ごすだけになりがちのようだ。

 休憩時間は体と頭を休めてリフレッシュした方が、業務に戻った時の効率が上がるらしい。」


 休憩室で一緒に弁当を食べている課長が、何度も電話をかけなおしている俺に向かって、笑顔で話しかけてくる。

 結婚しても共稼ぎのため、なかなか弁当を作ってもらう暇もない時が多いのだが、今の時期は妻が出産休暇をもらっているため、毎日弁当を持たせてくれているわけだ。


「いやあ・・・仕事ではなくて、友人に電話です。

 今朝早くからかけているのですが、つながらなくて・・・。」


 後頭部をかきながら笑顔で答える・・・、恐らく耳たぶまで真っ赤になっていることだろう。

 納期が押してきたときなど、得意先と昼休み時間でも電話するのは毎度のことなのだが、今回は私用だ。

 しかも言ってみればゲームに関することなので、ちょっとばつが悪いのだが、出社中とはいえ休憩時間だし、まあ大目に見ていただこう。


「おおそうかね・・・、じゃあ週末からのゴールデンウィークに関してのお誘いかな?

 今年は祝祭日の並びがいいからそのままでも5連休だし、有休をとれば9連休も・・・村木君は・・・、ああそうか、奥さんの出産がちょうどその時期に当たっているんだったね。


 じゃあゴールデンウィークは家族サービスでどこか遠くへ・・・というよりも、奥さんの出産の立ち合いと、入院中にお子さんの面倒を見ることで終始しそうだね?

 うちの娘なんか・・・・」


 部下の面倒見が非常にいい課長は、俺の家庭事情もまる分かりで、妻の出産予定日まで正確に把握している。


 課長のお宅も俺の家族同様、娘さんが一人だけで、ここ数年は娘さんがいかに早く父親離れしていくか聞かされ続け、うちはまだ小学校低学年なのだが先行きが恐ろしく、いかに頻繁にコミュニケーションを取っていくことが重要かをアドバイスしてくれている。


 さらに次の子が男の子と分かっているので、うらやましいと垂涎のまなざしを向けられているのだ。

 仕方がないので源五郎へ連絡することはあきらめ、少しスマホで調べ物をすることにした。



「どうだったの?源五郎君には連絡ついた?」

 家へ帰るなり大きなおなかを抱えた妻が、キッチンから声をかけてくる。


 帰宅すると、みそ汁のいいにおいが立ち込めてくる家はかねてからあこがれだったのだが、期せずして産休の妻がいるためここ数日は夢のような毎日だ。


 これを機に、専業主婦になってもらいたいところだが、流石に都会暮らしで2人の子持ちともなると、日々の生活費のみならず学費・・・特に将来への学費の蓄えに加え、マンションなどの購入費用の貯蓄を考えると、小さな商社勤めの俺なんかの給料では、3人の家族を養っていくのは難しいだろう。


 妻が産休をもらえただけでもラッキーと考え、当面は共働きが続くことは覚悟しなければならない。

 ちなみに俺の勤めている会社は、男子社員の育児休暇制度はあるにはあるが、無給のため取得することがためらわれ、基本妻がどうしても手が空かないときは普通に有休をとって対応していた。


「いや・・・、どうしても連絡がつかないからあきらめた。

 夢の様子だと、かなり深刻な様子だから、すぐに行く必要性があるのだろうが、ゲーム機は手元にはない。


 源五郎は頼りになる奴だし、IT企業の社長で金を持っているから何とかなりそうな気もしないでもなかったのだが、なにせ政府に没収されてしまった装置なのだから、いかな源五郎でもまず無理だろう。


 そのため、自力で解決することにした。」

 カバンから弁当箱を取り出して流し台の脇に置くと、そのまま寝室に行って部屋着に着替える。


「自力って・・・どうするの?

 まさか願いがかなう星に行きたいって、一緒に念じるってわけじゃあないわよね?

 ここは地球であって、願いがかなう星ではないのよ?」


 揚げ物をしていた妻は弁当箱の包みを解くと、空になった中身を見て満足そうに微笑み、弁当箱を流し台の中の洗い桶につけた。


「そんなことはわかっているさ・・・以前ネットニュースで見たんだけど、青空商会・・・あのゲーム機を販売した大空兄弟たちの会社だけど、ゲーム機が政府に没収された後、1年持たずに倒産しただろ?

 あれから9年たっているんだが、未だに自社ビルはそのまま放置されている・・というのも負債総額が大きすぎて、自社ビルの抵当額が膨大だから買い手がつかないという事らしい。


 その時のニュース写真がこれだ・・・よく見ると自社ビルの入り口がガラス戸になっているが、奥に何かがあることが分かる。

 これを拡大していくと・・・。」


 以前ネットからダウンロードした青空商会自社ビルの写真をスマホで表示しながら、キッチンの妻のところに歩み寄っていき、画面を見せてやる。


「あっ、これ・・・あのゲーム機じゃない・・・、へえ全部没収されたと思っていたけど、1台だけ残されていたと言わけね?

 うーん、でも・・・これはただのレプリカなんじゃないの?だから、没収されずに残っているだけじゃ・・・。」

 妻が少し笑顔を見せたが、すぐに気が付いて首を横に振りうなだれる。


「俺もそう考えたさ・・・でもまあ、無駄とはわかっても念のために確認してみようと思って、青空商会の破産管財人のところに電話してみたんだ。

 この時の記事に名前が出ていたんだが、大きな弁護士事務所のようで、ネットですぐに調べられた。


 怪しいものではないことを証明するために、俺の名前を出して事情・・・夢の中の話だって言ったら、精神科を紹介されるかとも思ったが、なぜか親切に応じてくれて、あの装置は正真正銘本物のゲーム機だって教えてくれた。


 政府で没収したゲーム機の通信の方式など、各国の一流大学の研究者たちが調べても、超長距離通信が、しかもタイムリーにできる理論づけなど全く解明できなかったらしい。

 それもそのはず、あの星で願ってそれが叶っていただけだからね。


 しかも実際に通信しようと何度も試みたらしいのだが、いずれも失敗・・・なにせ研究者たちは研究のために通信確認したかったためで、ゲームの世界にアクセスしたいと願ったものは一人もいなかったせいだろうと、管財人の人は説明してくれた。


 各国へ配布されたゲーム機は研究者たちの手によって、バラバラに分解されてもその内容が解明されることはなく、1年でその解析は打ち切られたらしい。

 どうやら、あのゲーム機を通じて遥か別銀河の星とアクセスしてロープレを行うという事は、まやかしであるという結論付けをしてね。


 青空商会は、積極的に他惑星との通信を行っているという事を謳ってゲーム機を販売したわけではなかったから、詐欺罪で訴えられることはなかったようだが、ゲーム機は分解され各部品一つ一つまで詳細に解析された後、通常の電子機器と何らそん色ない部品群のみ使われているという解析結果のみ報告され、持ち主への返却は見送られたという事のようだ。


 1台だけ分解を免れたゲーム機は倒産した直後の青空商会へ戻されて、いまだに本社ビル1階に放置してあるらしい。

 つまり、あのゲーム機を使えば、ツバサのもとへ行くことができるかもしれないんだ。」


 俺は昼休みに過去の記憶を頼りにネットで調べ、帰宅途中の電車の待ち時間でアクセスした内容を妻に説明してやる。


「へえ・・・でも青空商会は倒産して、買い手もつかないビルの中にゲーム機はあるわけでしょ?

 そんなビルの中に入ることなんてできないじゃない・・・、まさか忍び込むなんて言わないでしょうね?

 そんな犯罪めいたこと・・・、もし捕まったらどうするのよ?」

 俺の説明を聞いて、妻が心配そうに俺の顔をまじまじと眺める。


「そっ・・・そんなことする気はないさ。

 さっきも言っただろ?破産管財人の人が、なぜか親切に教えてくれたって・・・。


 俺も理由はわからないんだが、俺の名前を向こうはどうやら知っているみたいで・・・俺の話を聞いた後、緊急事態だろうから、特別にゲーム機を使わしてくれるというんだ。

 破産して買い手もつかないビルでのことなので、表立ってやることはできないから夜遅くになってしまうが、今夜にでも待っていてくれるという事らしい。


 どうしてそんなに親切なのか聞いたら、願いが叶う星のことを管財人も知っていて、向こうで起きている事柄に不安を抱くので、対処に行っていただけるならありがたいって、逆に感謝されたくらいだ。」

 俺が、先ほど連絡した内容を順に説明していく。


「へえ・・・じゃあ、うまくするとまたあの星へ行って、ゲームができるというわけね?

 あっ・・・でも・・・あたしは行けないわよ・・・、夜遅くの外出は胎教によくないし、第一こんな大きなおなかじゃあゲーム機に入らないわよ。


 それに・・・おなかに子供がいる状況でゲーム機に入ると、お腹の子が向こうの世界でどうなっているのかも、心配になってしまうから・・・。」

 妻は残念そうに首を振る。


「ああ、そうか・・・、じゃあ仕方がない、お・・・」


「じゃあ、あたしが一緒に行ってあげるわ。」

 じゃあ俺一人で・・・と言おうとしたとたん、下の方から元気な声が聞こえてきた。

 いつの間に学校から帰ってきたのか、8歳になる愛娘が笑顔で俺の方を見上げている・・・。


「あらレイ・・・、いつの間に帰ってきていたの?

 帰ってきたら、きちんとただいまって挨拶するんでしょ?」

 妻がキッチンのカウンター越しに、顔を出しながら小言を告げる。


「きちんとあいさつしたもーん・・・、でも、パパもママもお話に夢中になっていて、あたしのことなんか無視していたでしょ?

 仲がいいのはけっこうだけど、少しはぼうはん意識を持たないと、って思っていたらゲームのお話でしょ?


 パパとママに何度も何度も繰り返し聞かされた、あの、別の星に行って自分の分身に乗り移って戦うっていう・・・、伝説のゲームよね?あたしも行く・・・絶対に行く!」

 レイは、うれしさのあまりなのか飛び跳ねながら話す。


 そう・・・あのゲームで知り合ったことから、俺の妻を呼ぶときは俺は当初レイと呼んでいた。

 本名は秋子というのだが、たったの1ケ月ほどしか使わなかったゲームでの体験が四六時中頭の中に残り、結婚してからも彼女のことはレイと呼んでいた。


 ところが第一子として娘を授かった時、彼女はどうしてもその子にレイと名付けるといってきかず、結局押し切られる形で娘の名はレイとなった。


 そのためうちには俺の中では2人のレイがいるわけだが・・・、今更本名の秋子とも呼べないので、普段は公の場では彼女のことは妻と称し、子供の前ではママと呼ぶことにしている。

 そうしないとレイと呼びそうになってしまい、ややこしいからだ。


「うーん・・・、だけど、今夜遅くの約束だからなあ・・・。」

 さすがに8歳の娘も連れて行くので時間を早めてくださいと、これから交渉するわけにもいかず、かといって遅い時間に娘を連れ歩くというのもはばかれる。


「いやよ・・・絶対に行くわ・・・、なにせ、もう耳にタコができるくらいに冒険の話を聞かされて、ずっとうらやましいって思っていたんだから・・・。

 今の高価なバーチャルゲーム機だって、あのゲームにはかなわないだろうなんて言われて、どれだけあたしがくやしい思いをしてきたか、分かる?


 絶対に行くのよ・・・、ねえ、いいでしょ?」

 レイは飛び跳ねながら、カウンター越しに妻に同意を求める。


「源五郎君にも連絡が取れないわけでしょ?

 あたしは行けないし、あなた一人だけだと心もとないから、レイも連れて行ってあげれば?


 これでいて、なかなかロープレに関しては頭の回転も速くて、難しいダンジョンをクリアするための作戦とか、謎解きなんか得意なのよ。

 そのあたりはあなた譲りなのかもしれないわね・・・。」


 妻が笑顔で愛娘のバックアップをする。

 俺が残業などで帰宅が遅いときなど、結構遅くまで2人でロープレに興じているらしいことは感づいていた。


 10時には寝るよういつも厳しくしつけているのだが、たいていのロープレというゲームは、とりあえずダンジョンをクリアするか、記録ポイントまで到達できなければ、やめられない・・・というかやめる気がしない。

 そのため、うるさい俺がいない隙にばかりゲームをしているようなのだ。


「分かった分かった・・・だが、今夜の10時だぞ?いつもなら就寝時間だ・・、起きていられるか?」

 仕方がないので、娘を連れていくことは認めることにする。

 なにせゲームにまつわる話なのだ・・・、ここで道徳的な事柄を強く説いても仕方がないだろう。


「絶対平気・・・!

 じゃあ早いとこお風呂に入ってご飯食べて・・・、宿題を済ませなくっちゃね!」

 娘は超乗り気で、すぐに服を1枚1枚脱ぎ捨てると、そのまま裸で浴室に駆け込んでいった。


「目を離さないでいてね?深夜は危険なのと、はぐれてしまって一人でいると補導されたりするんだから・・・。」

 妻が少し不安そうにその姿を目で追う。


 だから娘は連れてはいけないと・・・と言いたかったが、もう引き受けたのだから何も言うまい。

 娘の脱ぎ捨てた服を拾い集めて脱衣かごにまとめて入れると、俺も部屋着を脱いで浴室に入っていく。


 まだかろうじて娘は一緒にふろに入ってくれている・・・、課長のところは小学校に入ったとたんに、一緒にふろには入ってもらえなくなったと嘆いていたが・・・。


 そうしていつもなら晩酌をするわけだが、この日ばかりはビールも飲まずに食事のみにした。

 なにせアルコールが入ったままでは、まあまともには戦えんだろう・・・。



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