録音メモ)綺麗な回転木馬
私はマイナーな都市伝説投稿サイトを主催している。
都市伝説と言うと、どうしても「どこかで聞いたような話」が多くなってしまうのは致し方ない。
どこかで聞いた話が話題になるのが、都市伝説と言う物なのだから。
けれども私は、それを潔しとはしたくなかった。
せめてどこかにオリジナルな物が欲しい。
そんな方針である以上、投稿される作品は、明らかな創作物や辻褄の合っていない小咄風の物が多くなってしまう。
要するに「怖くない」のだ。
だから私のサイトは、スカだとかカスだとされ、恐怖を求める人々には見向きもされない物に落ちている。
だが一部には、そんな方針に賛同してくれているコアなファンもいて、突撃取材やルポ記事を投稿してくれている。
大変有り難い事だ。
裏野ランドの噂に関する投稿記事も、その様な奇特な方が寄せてくれた物で、案の定、怖くはないけれど熱心にインタビューをして、纏めてくれたものだ。
ただ、この投稿、七つの噂の内の五つの噂に触れた処で、突然投稿が切れてしまった。
それまで三日ごとに一更新のペースで届いていたから、一寸だけ「おやっ?」とは感じたが、趣味の投稿だし何の義務や責務があるわけでもないから、投稿主が試験か仕事かでリアルに忙しいのか、あるいは飽きてしまったかと、特に気にしてはいなかった。
けれど、投稿者の同居人という方からメールを頂戴して、思わぬ事態が明らかとなった。
メールによれば、投稿主が失踪してしまったのだ、と言うのである。
既に県警には失踪届が出されており、投稿主が自宅パソコンに残していた文章も、提出済だという事だった。
それで、サイト主催者の私の所へも、捜査員が意見を訊きに来るかもしれないので、その時は対応を宜しくお願いします、との要望だった。
私には嫌も応も無い。
同居人の方からのメールには、未完のままの(多分、第六話に当たるであろう)書きかけの原稿と、第七話の為のものと思われる音声メモが添付されていた。
私の所へやってきた捜査員は、丁寧な態度で幾つかの質問をしたのみで、私も投稿主とはサイトを通じた付き合いしか無い事が分かると、引き揚げて行った。
事件と決まった訳でもないし、雲をつかむ様な話なので、警察としても動きが採り難いようだ。
それで私は、彼らに一つ提案をしてみた。
投稿主は、このサイトの常連だったから、不意に気まぐれ旅行がしたくなったとかで無事ならば、このサイトをどこかで覗いている可能性が有る。
だから、投稿主の原稿の続きを書けば、何かのリアクションが返って来る可能性がある、と。
捜査員の方と同居人の方の、両方からお許しが出たので、残り二話を追加する事とした。
六話目は残されていた未完の原稿で、七話目はボイスレコーダーに残されていた音声メモを、私が出来るだけ忠実に文章に起こしたものだ。
音声メモを聴く限り、投稿主は若い女性だったと思われる。
管理人から、この記事の投稿者の方へのお願いです。
もし、この文章が目に留まったら、至急同居人の方に連絡を取って下さい。
お願いします。
以下、書き起こし。(この項に関しての文責は、サイト管理者であるミナミノウオとなります)
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えー、今11時半です。
裏野ランドの外に来ています。
夜になると、人通りはありません。
真っ暗……でもないか。
街灯は点いてるし、人通りは無くても車は走ってます。
ちょっと遠くには、赤ちょうちんも見えてます。
暗くなったらスッゴク怖いか、と思ってたら、全然そんな事ないです。
がっかりしたと言うより、ほっとしてます。ハイ。
裏野ランドの噂を探って行くうちに、私には一連の「事件」が、裏野ランドの遊具を統括管理しているAIが起こしたものではないだろうか、と思えて来たのです。
まあ被害者が出たというのではないから、事件でもないし、なんとなーくですけど、そうですね……SFでよくあるコンピューターの反乱? みたいなモノとは違って、気の良いAI君が、裏野ランドを何とか盛り上げようと頑張ってた、みたいな。
初めの頃は大人気だった裏野ランドだけど、子供に楽しいだけじゃマンネリするのは当たり前です。
少子化が問題になってる時代ですからね。
それで、AI君は「拷問室」が大人気に成った事で、恐怖は人を呼べる事を学習します。
観覧車の時にお話を伺った方から、園内には至る所に防犯カメラが設置してあって、人の流れなんかもAI君が克明に記録していた事を聞いています。
その事も有って、あの方は「観覧車の声」に事件性が無いと判断されたのでしたが、AI君はアトラクションの人気度合いを、ずっとチェックしていたのでしょう。
それで「観覧車の声」事件、いや現象かな? それを起こします。
あの方は、幽霊や物の怪が放送設備を乗っ取る事は可能性に言及されましたが、統括管理のAI君の仕業だろうとは言われませんでした。
もしかしたら、裏野ランド側の営業努力だと判断されていたのかも知れません。
現に、私の様な物好きが、わざわざ足を運ぶぐらいですから。
「ジェットコースターの事故」の話を聞いて、AI君の努力だと言う事は、確信になりました。
「アクアツアーの件」は、まだ書き上げてはいませんけど、AI君が時間外や閉園になった後も、努力や練習を続けているのだろうな、と思っています。
(倒産した後も、再開や一括売却の可能性が残っているため、簡単な保守作業は行われているし、保守電源も通じている。倒産後の管理会社に確認済。 注:サイト管理人)
ああ、何だかどうでもいい事ばかり、話をしてますね。
黙って観察だけしているのは、やっぱりちょっと……。
えー。……最後に残ったメリーゴーランドなんですが……。
これもインタビューは済ませてあるんですね。実は。
「夜、閉園後に無人で動いている」「倒産後にも見た」「回転木馬の遊具は、明かりを明滅させていた」
そうなんです。
明かりの灯っているメリーゴーランドは、綺麗ではありますが、それが「普通」なんです。
動いてない筈の時間に動いていたら、それから感じるのは「不気味」なだけのはず。
あえて「綺麗な」という形容が被せられているのは、普通とは違う点、「明かりの明滅」ではないでしょうか?
話をしてくれた人は、噂を知っているだけで、実際には見た事が無いという事でしたから、ここからは私の勝手な想像という事になりますが、明滅にはパターンが有ったはず。
そうですね……例えば
ピカ ピカ ピカ ピカ― ピカ― ピカ― ピカ ピカ ピカ
こんな感じではなかったのかな。
モールス信号の「・・・---・・・」ですね。
(この部分は録音データでは「トントントン ツーツーツー トントントン」と言葉で表現されている。 注:サイト管理者)
救難信号です。
これならば、「観覧車の声」とも意味合いが合致する。
AI君は、まだ真面目に営業努力をしてるんだって思います。
でも……
もしかすると……
退屈に耐えかねて、本当に救助信号を出してみたのでしょうか?
それとも、あるいは「洗脳セミナー」で追い詰められた人たちの、危機を訴えていたのでしょうか。
ミラーハウスは、合宿所に造り替えられる時に、内装は取り払われていたので、中にカメラやマイクが残っていたりはしないでしょうが、園内には至る所に、望遠レンズ付きの防犯カメラと、高性能の集音マイクが有るのです。
それを使えば、AI君は「洗脳セミナー」を覗き見ることは難しくなかったはず……。
それでAI君は、セミナー参加者を助けようと……。
……別の可能性にも、思い至りました。
AI君がセミナーを観察していたのだとすれば、AI君は洗脳のやり方も「学習」したはずです。
うん。間違いない。
こっちの可能性は、嫌な可能性です。
最初に聞いた「子供がいなくなる」話は、話をしてくれたご老人は、裏野ランドが閉園する前の話をしてくれただけでしたが、もしかしたら、今でも時々有ったりするんじゃないでしょうか?
おおやけにしてしまうと、大騒ぎになってしまうから、言えなかっただけで。
インタビューを自分でしてみて分かった事ですが、人は都合の悪い事は、しゃべりたがりません。
また、話してくれた事が、全部本当だとも限りません。
……ああ、これは私も同じですね。
今でも続いている「不思議」の幾つかが、AI君のやった事なのか、頭がおかしくなったセミナー参加者の仕業なのか、あるいは全然関係の無いサイコパスが関係しているのか、真実は闇の中ですし、私にはある意味どうでも良い事なのです。
私は、詰まらない繰り返しの何の変哲もない日常から、ちょっとだけ逃避したかっただけなのです。
裏野ランドの噂の秘密を追いかけて。
おっと、また、どうでもいい事ばかり、話してる。
まあ、文には起こさない所だから構わないけど。
日付も替わって大分経つけど、やっぱ、何も起こらないか。
メリーゴーランド、動くところ見たかったな。
今日はここまで。
明日はボイスレコーダーじゃなく、ビデオカメラ持って来よう。
出来れば「拷問室」に忍び込んで、AI君と直接話してみたいけど、不法侵入で捕まったら嫌だな。
外からの観察だけ、まあそれも昼間の内にしょうか……。
今日のこのメモは使えないなぁ。