4)こえが きこえる
論理的に考えて、おかしいでしょう?
観覧車から聞こえる『小さな』声、なんてね。
ふん、このウワサを流した人物は、何を考えているんだか。
観覧車から「助けて。」って声がするシチュエーションには、どんな場合が考えられると思いますか?
おっと、「助けて。」じゃなくて、「出して。」だった。
まあ、その方がハッキリするか。
「出して。」って言う以上は、その人はどこかに『閉じ込められている』、これに異存は有りませんよね?
うん、ありがとう。貴方も論理的に物事を理解出来る人で助かりますよ。
ここから説明しなくちゃならないのでは、匙を投げる処です。
観覧車で人を閉じ込める事が可能なスペースは、どこだと思いますか?
……ゴンドラの中? 結構です。その通り。
え? それだけしか、思い付かないって?
もう一ヶ所あるじゃないですか。
チケットを回収する人が詰めたり、緊急停止する操作盤が置いてあったりする、観覧車の脇の小屋ですよ。
……外から丸見えだ?
貴方ねぇ……それを言うなら、ゴンドラだって同じじゃないですか。
ゴンドラに、人を隠しておくことは出来ますか?
展望タワー替わりの巨大観覧車ならいざ知らず、あそこに有るのは、ゴンドラの数が八台しかない子供向けの小規模な代物です。
高所恐怖症の人だって笑って乗れますよ。
一周に要する時間だって、たかが知れてる。
……いや、失敬。
私が言いたかったのは、「誘拐犯が人質を隠しておけるような場所」という事ではなくて、純粋に「人を閉じ込める事が出来るスペース」と言う事なのです。
これなら、お分かり頂けますか?
……結構。
事件にしろ、事故にしろ、今上げた二つの場所に閉じ込められたら、人はどのような行動を採るでしょうか?
……ふん。その通りですな。
ドアかガラス――ゴンドラだったらアクリル板ですか――バンバン叩いて、大声で助けを呼びます。
決して『小声で』こっそり呼びかける、なんて事はしないのです。
聞こえませんからね。
猿轡でも噛ませられて、大声を出せないというのなら、近くを通る人に聞こえる程度の声を出す事も無理でしょう。
近くって言っても、遊具と通路の間は柵で仕切られていて、距離が有りますからね。
そうでなかったら、ただ乗りされてしまいますよ。
だから、大声を出せない場合だったなら、頭でドアなりアクリル板を頭突きするか、足で底板か壁を蹴って音を出します。
誰かに気付いてもらうのに必要なのは、大声でなければ、大きな音なのです。
この時点で、噂の非論理的な矛盾点は、ご理解頂けたと思います。
何々? 超自然現象の可能性、ですか?
……よろしい。幽霊だか何か、既にヒトでないモノの存在が「ある」と仮定しましょうか。
でも、同じ事なのです。
自分の存在を主張し、開放を求めるのであれば、「それ」は目立つ必要があります。
不特定多数の相手にメッセージを送るのであれば特に、誰に対しても目立つよう、分かり易いカタチでね。
目立たないカタチで救難信号を送っても、それでは、救助には結び付かないわけです。
救難信号とはちょっと異なりますが、自分の意思を伝えるためには、菅原道真は雷を落とし、バンシーは泣き叫ぶ。
時には、メッセンジャーとして使うために、誰かに憑依してもいい。
……そうです、そうです。
幽霊であれ、妖精であれ、あるいは全く他の知的生命体であれ、表現方法はフリーハンドで様々な方法が採られるにしろ「目立たなくては」意味が無い。
特に幽霊だった場合には、人間の思考方式と表現方法を理解している訳ですから、それをトレースすれば良いのです。
音声――これはノイジーな騒音という意味ではなく、件の「出して。」という声も含めた信号音という場合ですが――これを発生させるのであれば、壁や床を打撃するよりも、もっと簡単な方法も考えられます。
放送機器を乗っ取れば良い。
どこそこの誰ダレに監禁されている、速やかな開放を望む、以上要求終わりってね。
観覧車には園内放送用のスピーカーが付いていますし、脇の小屋にはハンディスピーカーや放送用のマイクだってあるでしょう。
幽霊と電子機器は、相性が良いって言うではありませんか。
ははははは 冗談ですよ。幽霊ならば、姿を見せる方が勝負が早いでしょう?
ゴンドラに姿を現してもいいし、プラカードを持って観覧車の前に立てば、一目瞭然だ。
「シャイな幽霊かも。」ですって?
……いや、否定なさらずとも結構ですよ。
それこそ、私が言いたかった事ですから。
そうなのです。この噂あるいは現象は、仮に「本当に起こった事」だとすれば、非常識なまでに『抑制的』なのです。
まるで誰かに、遠慮か配慮しているようじゃありませんか。
拘禁された側が、拘禁している側に「遠慮」なり「配慮」する必然性って何なのでしょうね?
まるで両者の間に有るのは「非ゼロ―サム型」の対立と共存のようではありませんか。
だから私は「噂」を非合理的だと結論したのです。
まあ、可能性が有るとすれば、その存在は「遊園地から解放されたがってはいるけれど、遊園地とは共依存の関係にある」という特殊なケースでしょうね。
遊園地の経営側から、抑圧か虐待を受けている被雇用者、とかね。
けれども私の調査では、従業員側に、その様な不満は見出せませんでしたよ。
むしろあの遊園地では、機械化や自動制御を進めた結果、経営が苦しいのは別として、従業員には十分な休養と休日とが保証されていました。
企業体質的には、典型的なホワイト企業だったのです。
私がお話し出来るのは、これが全てですね。
それでは、ごきげんよう。




