2)べつじんのように ひとが かわる
うん? ミラーハウスに入った人の人格が替わる話か。
ああ、本当だよ。間違いない。
けれど、遊園地が遊園地として営業していた時の事じゃあないぞ。
潰れた後の事だ。
あそこが倒産した事情は聞いてるね。
うん。それなら、話は早い。
潰れたけれど、権利が複雑で処分が出来ない。
けれども、あれだけの土地を、ただ遊ばせておくのも勿体ない。
だから、ミラーハウスの建物を貸す事になったんだよ。
内装を全部取っ払って、会議室と言うか合宿所としてね。
債権者の一人が「短期契約の良い借り手がいるから。」って事で。
期間は一回が三日から一週間の毎回契約ってね。
額もそこそこだし、一回ごとの契約期間が短いから、いざとなったら後腐れが無いのも良かった。
けれど、美味い話には気を付けろって言うだろ?
ああそうだ。厄介な借り手だったんだ。
いや、居座った訳じゃないし、犯罪行為をやってたわけでもない。
そこで始まったのは、合宿型のセミナーだったんだ。
「自己啓発」とか「人格改造」とか有っただろ?
ん? 知らない?
……そうなのか。まあ、一番盛んだったのは、80年代とか90年代とかだから、若いアンタが知らなくても不思議はないのか。
ふん。下らん話だよ。
問題を解決し、物事を改革するのに必要なのは、まず自分を変える事だっていう趣旨の合宿なんだが、
――え? 有益そう?
馬鹿言っちゃいけない。
やってた事は「総括」さ。
学生運動家とか過激派とかが、元は仲間内でやってた事だ。
まず、自分の醜い所を徹底的に晒す。
それを周囲が、これまた徹底的に叩く。
睡眠時間も休息時間も無く、時間無制限のエンドレスだ。
人格が崩壊して、涎を垂らして泣き喚くまで、な。
で、廃人になった奴だけが「受け入れられる。」
おかしくなっちまったヤツが、王様になるのさ。
……ああ、異常だろう。おかしいよな。
でも、一時期は信じられないくらい流行ったんだぞ。
セミナーの「卒業者」は、これからの時代を担う先覚者だ、とか言ってな。
さすがに「卒業者」の異常行動が表面化するようになってからは、手のひらを返したマスコミにも叩かれるようになって下火になったんだが、その後も性懲りも無く、色々と名前を変えて何回も復活してるな。
……うん。カルトだよ。
そうだな。「主催者」とか「スタッフ」のヤツらは、金が目当てじゃないんだよ。
他人を支配する喜びって言うのかなぁ。
超越者になって、虫けらを見下す楽しみこそが、真の報酬だったんだよ。
嫌な話じゃないか。
大企業の人事部を丸め込んで、幹部候補生研修なんてものに乗り出した一派もいたみたいだけれど、そちらは殆ど上手くいかなかったみたいだね。
頭でっかちで現場を知らない事務屋の馬鹿どもは騙せても、研究所やら工場やら営業やらの実務担当には、簡単に見抜かれた。
こんなクソ研修、リアルの問題解決には、何の役にも立たないってね。
問題解決に必要なのは、何が問題なのかを見極める事であって、「何でもかんでも私自身が問題です。」じゃあ、話にならないだろ?
例えば、そうだな。その会社がネジを作っているとしようか。
そのネジの強度が問題になった時に、「ネジを作っている私の心がけが問題です。」なんて答えを出したら、張り倒されるよなぁ。
問題なのは、材質か、太さか、ネジのピッチか、表面加工か、そんな所から潰して行くのが「当たり前」のやり方だろ。
だけども、人事って結構な力を持ってたりするから、研修を受ける候補生には、現場の上司から『裏マニュアル』なんて物がこっそり配布されてたりしてたんだよ。
「洗脳された者は、この様な行動を取る。」みたいな行動例だ。
洗脳されたフリをするために、結構真面目に勉強してたぞ。
……裏マニュアルね。うん。貰いもしたし、配りもしたよ。
その人事担当の低能重役が左遷されるまでは。
まあ、そんなこんなで、関連会社の重役が、ミラーハウスの合宿所の賃貸収入の話を、経営会議に上げてきた時には、ちょっとだけ嫌な感じがしたんだよ。
その会社は、例の低能重役が飛ばされた先だったからな。
あの馬鹿重役は、左遷先でも洗脳研修を社員に受けさせようとして、勇退っていう名目のクビになってたんだけど、賃貸契約の話を持って来れるくらいの繋がりは残ってたんだな。
調査会社を使って調べてみたら、案の定だ。
「驚くほどポジティブになった。」とか「人が変わった様に思慮深くなった。」なんてキナ臭い臭いのする話が、わんさと出て来る。
やってたのは、洗脳セミナーさ。
念のため言っておくと、犯罪ではないよ。
ただ、犯罪としては扱われないって事だ。
関連会社には、賃貸収入分はウチが肩代わりするから、ミラーハウスの件からは手を引けって指示を出した。
株主総会では、その事がちょっとだけ問題になったけど、「あの事業は自己啓発系の教育関連です。」って説明したら、質問者も直ぐに察してくれたな。
それで、あの遊園地の債権者の中で、ウチの関連会社だけが『ミラーハウス問題』で、マスコミに名前が出なかったわけだ。
危険予知と危機管理。それに救われたわけでね。
上手く立ち回ったのではないんだよ。