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黒木君の恋愛事情

作者: 緋月叶

「栞ちゃんがどうなってもいいわけ?」



それが、彼女……川倉和梨の口癖だった。

そんなことを言われたら言うことを聞くしかないではないか。


臆病な自分を叱りつつ、嫌がる自分を押さえ込んで公衆面前で唇を重ねたりした。


もう、栞とは1か月も話していない。

目すら合わせてない。


こうなったのは、川倉ちゃんが転入してきたから。


この高3のクソめんどくさい時期に転入してきたのは何故かといえば、どうやら俺に一目惚れしたらしい。

校長に金を握らせたそうだ。


くだらない。



俺は栞一筋なのに。



「栞以外の女を愛そうとは思わない」



そう、はっきりと断った時の川倉ちゃんの般若の様な顔は今でも記憶に残っている。


――――衝撃的、すぎて。


それまでの川倉ちゃんの印象は、天然で、ホワホワしてて。


第三者の目で見れば可愛いんだろうなぁ、って顔だった。



入部したばかりの部活でも、栞と協力して一生懸命マネやってて。



良い子だなぁ、って思ってたんだよ?



なのに、




「じゃあ、あえりが栞ちゃんのこと傷つける、って言ったら?」


その言葉は、まるで呪いの言葉のようで。

それも、ニッコリと笑いながら言うんだよ?



あの時の川倉ちゃんは恐ろしかったなぁ。



今までの、友情や絆、信頼。

そんなの、帳消しになるような破壊力だった。



「嫌だったら、栞ちゃんと別れてね?それであえりと付き合って!」



断れ、なかった。


彼女の要求はエスカレートする。


「栞ちゃんの前であえりにキスして?」

「栞ちゃんと撮った写真全部消してよ。」

「栞ちゃんと買ったものとかも捨ててね?」



そのかわり、彼女は俺を愛してくれた。



「大好きだよ、徹っ」


でも、そんな甘ったるい声は求めていない。

俺のことを徹、って呼び捨てていい女は栞だけなんだ。



――――――徹!


あぁ、思い出したらきりがない。


彼女との思い出は掃いて捨てるほどある。

捨てるつもりなんてないけどね?



「徹〜明日デート行こぉ?」

「え、でも、明日は部活が…」


断れば、


「そんなの休めばいいでしょ?」


――――栞ちゃんがどうなってもいいわけ?


また、いつもの。


「たかが部活でしょ?彼女との時間を優先してよ。」


たかが、部活。


そう、川倉ちゃんが吐き捨てるように言う。


どんなに俺に取り入ろうと、そんな子を好きになる事は出来ないよ。


ましてや栞を傷つける、なんてほざいているからね。



それでも、俺は彼女に従ってしまう。


栞を、傷つけたくないから。



本当は、今すぐにでもキスして、川倉ちゃんに汚された唇を消毒して欲しい。


いっぱい、いっぱい抱きしめて、


「頑張ったね」


って言って笑ってほしい。


たくさん、たくさん愛しあいたい。



「とーるぅあえりのこと、好きぃ?」



ごめんね。



同じクラスなのに、喋りもできなくて、こんなの見せつけられて。



嫌だよね、ごめんね。



大好き。



愛してるから、泣きそうな顔しないで。


俺まで泣きそうになるから…




「ッ徹!?聞いてんの!?あえりのこと好きかって聞いてんの!」


ヒステリックな叫び声。


周りから非難の視線が浴びせられる。



「好きだよ、大好き。愛してる。」




この言葉を捧げるのは、生涯で栞だけの筈だったのに。



「ふふっあえりも愛してるよ!」



川倉ちゃん。


偽りの愛を、そんなに手に入れたいの?



俺にはわからないよ。



もう、疲れた。





――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――


――――――――――――



春樹に、殴られた。



千鶴に、ビンタされた。



月谷に、罵倒された。



どれだけ俺のことを蔑もうと、俺は言い返せない。


そんな資格、ないから。



殴られて、当然。



ビンタされて、当然。



罵倒されて、当然なんだ。



多分だけど、俺はクラスで浮き始めた。



女の子のファンも減った。




「あのカッコイイ黒木先輩に戻ってください!」



1年生の女の子に、泣きながら迫られたっけ。



川倉ちゃんが木の影から見ているのは気がついていたから、



「何言ってんの?これが、本当の俺だよ」



冷たく、返した。



涙でぐしゃぐしゃな彼女の顔は、驚くほど急速に熱が引いていく。


驚くほど、冷たい目になる。



「さいってーです」



バチン!と鋭い痛みが頬に。



「私は、こんな最低な人を好きになった覚えはありません!」


しゃくりあげながら、彼女は続ける。




「っ私の!気持ちを!弄んで楽しかったですか!?」

「……」

「それが本性なら、どうしてあの時あんなに優しくしたんですか!?」




――――――ごめんね、君にはもっと相応しい人がいる。先輩として、友達として、君の新しい恋を応援してる。



覚えてる。



よく憶えている。



「……話は、それだけ?どっか行ってよ。」



その冷えきった目。


俺は本当はそんなの見たくない。



なのに、そんな目させちゃって、ごめんね。



これも、愛する人を守るためなんだ。




「あはは!あんたとーるにこっ酷く振られてたね?」



彼女が、裏で笑い話にしてることも、




「アンタみたいなブスがあえりのとーるに近づくからよ!」



彼女が、裏でそう言ってることも、



「痛い?苦しい?ざーんねん。徹に近づいた罰よ」



彼女が、裏でそういう事をしてることも。




全部全部ぜーんぶ、知ってる。



それでも、見て見ぬふりをする俺。




殴られて、当然なんだ。



ビンタされて、当然なんだ。



罵倒されて、当然なんだ。




――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――


――――――――――――



「黒木くん!?」

「栞の、お母さん…?」


知らない、電話番号。


不審に思いながらも出てみれば、酷く焦った栞のお母さんの声が耳に飛び込んできた。



チラリ、と脳裏を掠めるのは気まずい思い。


きっと、栞のお母さんは、俺のしている酷いことを、知らない。


知ればきっと、裏切り行為だ、と怒るかもしれない。



2度と娘に近づくな、と言われるかもしれない。




……いつまで、逃げるつもりなんだよ、俺は。




「もし、もし」


「栞が!大変なの!家に帰ったら、倒れてて!」




――――――え?



身体に、力が入らない。


頭が、真っ白になる。


膝が、ガクガクと震えはじめた。



「きっと、栞に必要なのはあなたよ……病院に、来てくれないかしら?」



はい、と頷きかけて、詰まる。



……待てよ。



今の俺に、そんな資格はあるのか?



…いいや。



俺は、川倉ちゃんと付き合うことで、栞を守ってたんだ。


会っても、大丈夫。


我ながら、馬鹿な考えだと思う。



栞にしか言わない、と決めた言葉を好きでもない女に囁くような汚い男。


赦してくれるわけ、ないよね。



でも、叶うなら一度、君と本音をぶつけ合いたい。





――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――


――――――――――――


ベットで横たわる、真っ白な顔の栞。


整った顔には、苦しげな表情を浮かべていた。


そんな表情を、させてるのは俺、だよね?



ごめんね。



ごめんね。



謝って許してくれるかわからないけど、ごめん。




ガラガラ、と小さな音を立てて病室のドアが開く。



「黒木くん」

「お母さん」



悩ましげな、心配げな、顔をした栞のお母さん。


「先生と、話してきたの。命に別状はないそうよ」

「……良かった」



ホッと胸をなでおろす。


「倒れた原因は、ストレスらしいの」

「ッ!?」



スト、レス。




「周りの環境の変化により与えられた、過度なストレス」



――――― 黒木くん、心当たりない?




無いわけ、ない。




俺だ。




俺だ。




俺のせいだ。






「ッん…」

「栞っ!?」



小さな、苦しそうな喘ぎ。




慌ててベットに視線をうつせば、栞が眠たげな瞼をパチパチと瞬いていた。



「栞!良かったっ……良かったぁ…!」

「心配、したのよッ……」



お母さんと2人で、栞に抱きつく。





……と。






「おかあ、さん……と、誰?」




「……え、」




ねえ、栞。





「じょ、冗談は辞めてよね?」




真っ青になりながらも、おちゃらけてそう返せば





「おかあ、さん……この人、怖い……」






代償が、こんなに、大きいものだなんて。








聞いてないよ。







狡いよ。










嫌だよ。







逃げ出したい。







この状況から。







「この人、お母さんの知り合い?」








俺の心に、栞の怯えたような声が、冷たく響く。





バタバタと慌てた医者が病室を出入りする。






「検査をしましょう!」






あれ?





なんでこうなっちゃったの?







もう、わかんないや。






何も、わかんないや。








……わかりたく、ないや。






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