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最後の竜騎士と黄昏の王国  作者: 権田 浩
第八章「聖女の行軍」

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2.ギブリム ―盟約暦1006年、冬、第3週―

※地震の描写があります。

※苦手な方は読み飛ばして下さい。

「目的地は〈世界の果て山脈〉より北にあります」とアンサーラが言った時、ランスベルはとても驚いた様子だった。ホワイトハーバーを出て、北へと向かっている道中の事である。


 その頃ランスベルは酷く落ち込んでいたから、好奇心を刺激して心を動かそうとしたのかもしれない。そういうやり方はギブリムにはできないものだった。だからランスベルの事はアンサーラに任せて、ギブリムはこれからの道のりについて考えた。


 人間たちが〈世界の果て山脈〉と呼ぶ山々にはギブリム氏族の地下都市があり、第一区画を通れば縦断できる。歩いて踏破するより遥かに安全で快適だ。魔法の力を使っても〈世界の果て山脈〉を徒歩で越えるのは危険すぎるから、他に選択肢はないと言ってもいい。


 ギブリムは〈盟約〉に関する事なら全権を委ねられているので、竜騎士だけでなくエルフ――しかもナイトエルフの狂王の娘――でさえも都市に入れる事ができる。それでも、無人の第一区画を北に抜ける道以外に立ち入らせるつもりは無かった。無論、氏族の住む第二区画への道を教えるなど論外だ。


 しかし、ギブリムが第二区画に立ち寄らない計画にしたのはそれだけが理由ではない。彼自身が第二区画の門を出る時に誓ったのだ。

 再びこの門を潜る時は必ず結果を持って帰る――と。


 実際、足りなくなった食料を得るために第二区画まで戻った時、門を守る衛兵はギブリムの姿を見て叫んだ。

「ヴァルデンがお戻りになられた!」


 その事はすぐに広まり、たくさんのドワーフが門までやって来てしまった。ギブリムがまだ旅の途中だと告げると、彼らは冷静を装ったが、内心で落胆しているのが分かった。心配していたとおりの反応だ。


 事情を話して物資を用意してもらう間もギブリムは自らの誓いを守って門の外で待ちながらグランデルの神官長と話した。グランデルはドワーフの神の一柱で、秘密と知識の番人である。その神殿にはたくさんの知識と秘密が隠されている。故郷の世界(ドワーフホーム)を離れて以来、神官たちが神の声を聞く事はないが信仰は失われていない。神官長は神の代理として知識や秘密の開示を担っていた。


 ギブリムは竜騎士の状態について話したが、さすがの神官長もその知識はないと答えた。代わりに夢の世界に閉じこもるエルフの話をして、それと似た状態ではないかと神官長は推測した。


 必要な物資を山と担いだギブリムは再び第二区画を離れ、ランスベルとアンサーラのいる家まで戻ってきたのが一週間前の事である。


 目覚めたランスベルが出迎えてくれないものかという期待は、姿を見るまでもなく裏切られた。規則正しい呼吸音と静かに脈打つ心臓の鼓動を〈ドワーフの感覚〉が捉えてしまったからだ。今も、〈ドワーフの感覚〉はずっと同じ鼓動を感じている。暖かい部屋で椅子に座り、ギブリムはじっとランスベルが目覚めるのを待っていた。


 アンサーラも同じ部屋にいるが、一日の大半を瞑想して過ごしているのでほとんど会話はない。眠ったままのランスベルが衰弱しないのはアンサーラの魔法のおかげだが、それが彼女の負担になっているのだ。エルフにとって瞑想は睡眠に近いものでも、本当の意味で眠っているのとは違う。つまりアンサーラは寝ずに魔法を維持しているような状態なのだ。いずれは力尽きてしまうだろう。


(それまでにランスベルが目覚めればいいが……)

 何度目になるか、ギブリムはそう思った。

 自分には何もできないという現実への苛立ちや焦燥感が態度に出ないようギブリムは自制してきたが、それでも現状に対してふつふつと怒りがたぎってくる事はある。


 全身の皮膚が泡立つような、髭がぴりぴりするような感覚があって、ギブリムはまた怒りの発作が始まったかと思ったが――違った。〈ドワーフの感覚〉が地下のずっと深い所で発生した振動を感知したのだ。


 この〈世界の果て山脈〉を含む北方地域で地震は珍しい。もっともそれは人間にとって、である。人間には感じられない微かな振動も感知するドワーフにとっては小さな地震程度そう珍しいものではない。地中を掘り進むドワーフ自身が起こす事もあるくらいだ。


 しかし今、感じ取っているのはその程度のものではない。


「ギブリム、何かが近付いてくるような……」と、アンサーラが目覚めて言った。ほぼ同時に、家全体がびりびりと細かく振動を始める。ギブリムには雷が地中を進んで向かって来るように感じられていた。激しい音――というより衝撃波――に目を回しながら、緊迫した声で叫ぶ。


「アンサーラ、テーブルの下に隠れろ!」

 椅子から跳び上がり、ランスベルを庇うようにベッドの縁を掴んだ瞬間だった。


 〝ドン〟


 何かが爆発したような衝撃に突き上げられて、家そのものが浮かび上がったように感じた。続けて激しい横揺れが襲ってくる。この部屋にあるテーブルと椅子、ベッドは床と一体になっているが、それ以外の細かな品物は右へ左へと部屋中を飛び回って、いくつかはギブリムの背や頭を打つ。


 ギブリムは両腕に力を込めて、ベッドから放り出されそうになっているランスベルの身体を必死に押さえ続けた。他の部屋からは家具が倒れるバタンバタンという音や、整頓した荷物が床の上を滑っていく音がしている。


 ギブリムにとっても初めて経験するような大地震であった。


 〈ドワーフの感覚〉には、大地の底が割れ、山脈そのものが動いているように感じられる。氏族で最高位の戦士である彼でも恐怖を感じずにはいられない。ぐっと歯を食いしばる。


 実際にはそれほど長い時間ではなかったかもしれないが、しばらくして揺れは治まった。アンサーラが魔法の光を呼び出して、部屋を緑の光で満たす。テーブルの下から出ようとするアンサーラを、ギブリムは制した。

「まだそこにいろ。揺り返しが来るぞ」


 部屋の中は散らかっているものの、天井や壁に亀裂などは見当たらない。これが人間の家だったなら、三人とも崩れた家の下敷きになってしまっただろう。


 再び、ぐらぐらと山脈が揺れ出した。十分に大きな地震と呼べる揺れだが、最初ほどではない。


 ギブリムは実際の揺れと、それ以上を捉える〈ドワーフの感覚〉に目を回しながら、それでも眠り続けるランスベルの顔を見て念じた。

(目を覚ませ、ランスベル。大地もお前を起こそうとしているぞ)

 しかし、ランスベルの瞼はぴくりとも動かなかった。

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