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最後の竜騎士と黄昏の王国  作者: 権田 浩
第七章「帝国の陰」

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3.マイラ ―盟約暦1006年、秋、第13週―

 大広間と通路を挟んで隣接している給仕室では、デザート職人のアヒムと数人の召使いたちが仕事をしていた。朝食、正賓、夕食と一日三回ある食事のうち最もしっかりした食事が昼の正賓で、次に朝食、夕食は簡単な軽食や飲み物だけで済ます事が多い。


 貴族の場合、夕食に甘い菓子や果物、酒を楽しむ習慣があるので、デザート職人にとっての本番はこの夕食時だ。


 今もマイラの目の前では、アヒムが木皿の上を菓子と果物で飾っている。アヒムは痩せて目つきが鋭く、外見も言動も粗野な印象の男だが、作る料理はまるで乙女が見る夢のように美しくて愛らしい。


「できたぞ」

 アヒムに言われても、マイラは呆然としていて気付かない。

「マイラ嬢? おい、ちょっと、聞いてんですか?」

 少し強めに言われて、マイラは我に返った。

「あ、はい。ぼーっとしちゃった……」

「途中で落としたり、崩したりしないで下さいよ」

 アヒムは眉を寄せてしかめ面で言った。


 マイラはデザートを盛った木皿を手に、給仕室を出た。

 目の前の大広間では、臣下たちが夕食を楽しんでいる。以前なら聞こえてくるのは音楽か、控えめな会話の声だけであったが、今はがやがや騒がしい。


 大広間で食事しているのは確かに臣下ではあるが、それは〝ファランティア王国の〟ではなく、〝北方連合王国の〟である。おそらく北方連合王国の上位王もそこにいるだろう。


 アデリンが王の勤めとして大広間で臣下と食事を共にしたのは、即位後の一日だけだった。その日はブランも同席して、大広間はファランティア王国と北方連合王国とで半分に分かれていた。


 しかしステンタールが不審な死を遂げた夜から、アデリンは自分の寝室に引き篭もってしまった。玉座に座る事もなく、自室で命令書などに署名をするだけだ。


 アデリンが大広間で食事をしなくなったので、臣下たちも遠慮してやって来なくなり、来るのは遠慮のない北方人だけになった。大広間だけでなく、彼らは城内でも我が物顔で振舞うようになっている。


「これじゃ、誰の城だか分からない」と召使いや城勤めの人々が裏で囁いているのをマイラは知っているし、「王にもっとしっかりしてもらわないと」という意見にも同意はする。だが同時に、アデリンに同情する者はいないのかという苛立ちもあった。


 先王の暗殺を始めとして、立て続けに起こった恐ろしい事件にアデリンは打ちのめされてしまったのだ。次の標的は自分だとマイラに漏らした事もある。もし自分がアデリンの立場だったら、やはり耐えられないと思う。


 先王の暗殺は、城内で最も安全と思われていた王の寝室で起こった。そして先王の〈王の騎士〉であるステンタール卿も自室で怪死した。喉を潰され、ワインの池に沈んで溺死したような有様だったという。身体は異様に膨れ上がり、体内にはワインが詰まっていて、口からは死後も溢れ出ていたらしい。


 その夜はステンタールの別邸でも魔術師十八人が死亡していた。死亡者には先王の宮廷魔術師であったアリッサも含まれている。アリッサは顔を爪で引き裂かれていたが、直接の死因は頭部への一撃で、岩に頭を打ちつけられたとされている。

 城内にいた二人の魔術師、書記官のコーディーとドンドンも行方不明だ。二人ともいずれ死体で見つかるだろうと噂されていた。


 城下では、次はアデリンかハイマンかモーリッツか、などと不謹慎な話題が広まっている。そして城内でも城下でも、これらはエリオ・テッサヴィーレの仕業だとまことしやかに囁かれていた。エリオは暗殺者であり、それを専門とする魔術師でもあるというのだ。


 このような状況でアデリンの側に仕えるのははっきり言って怖い。だが、アデリンが寝室に入れるのはマイラとウィルマの二人しかいない。それも最初はマイラだけだったのだ。女王が自分を頼りにしている、という自覚は恐怖を乗り越える力になった。


 とは言え、自分の時間が全く無いというのは負担が大きく、それでウィルマがマイラ一人で毎日朝から晩までお仕えすることはできないと説得してくれたのだった。それでもほとんどの時間をアデリンの側にいるので、実家に手紙も書けずにいる。


 大広間の裏にある通路から、近衛騎士に守られた〈王の居城〉へと入り、回廊を歩いていると前方からハイマンが歩いて来た。


 いつも厳しい顔をした怖そうなおじさん、というのがマイラのハイマンに対する印象である。今日はいつにも増して怒りの気配をまとっているように感じられた。

 マイラはいつものように道を空け、目線を下げてハイマンが通り過ぎるのを待つ。しかし、ハイマンはマイラの前で立ち止まり、話しかけてきた。

「確か……マイラだったな。すまんが、話がある。顔を上げてくれ」


 ハイマンは周囲を気にした小さな声で言った。マイラは驚きつつも、「はい」と言って顔を上げる。


「陛下が心を許しているのは、お前だけだと聞いている。私はテイアラン陛下に、部屋に引き篭もるのは止めて頂きたいと進言しているが聞く耳を持って下さらん。お前からも、それとなく言ってはもらえないだろうか?」


「えっ、私が……ですか?」

 ハイマンは「うむ」と頷いた。


「現状のままではいかんというのは、お前にも分かるはずだ。王は玉座にあらねばならぬもの。陛下に進言するのは気が引ける、というのは分かるが、主君に対して必要な助言をするのも臣下の勤め。侍女として城で働くという事は、王妃様個人に忠誠を誓うという事なのは言うまでもなく分かっていよう。いわば、王に対する近衛騎士のようなものだ。ウィルマ侍女長にもこの話はしてある。同様の事を言われるかもしれん」

「は、はい……」としかマイラには言えなかった。


「お前にしかできぬことだ。頼んだぞ」

 ハイマンは回廊を去って行った。その背中を見送りながら、マイラはしばし佇む。

(私にしかできないこと……それが私のすべきことなのかな……)

 漠然とそんなふうに思い、再びアデリンの部屋に向かって歩き出した。


 扉の前にいる近衛騎士に会釈してからアデリンの部屋に入り、デザートの盛られた木皿をテーブルに置いて寝室の扉をノックする。最近では返事があるほうが珍しいくらいなので、「陛下、マイラです。入ります」と言って扉を開けてしまう。


 木皿を持って中に入ると、アデリンの寝室は臭かった。大量の香水で誤魔化そうとして、それがより酷い状況にしている。アデリンは窓を開けるのも拒否していたから、空気は淀み、香水と体臭と酒と料理のにおいが混ざり合って充満していた。

 この寝室には便所もあるが、中に入って扉を閉めるのも嫌がるので、必要な時は扉を開け放したままで用を足している。もちろん、その間もマイラは同じ寝室にいなければならない。


「陛下、夕食をお持ちしました」

 マイラはテーブルに木皿を置いた。ベッドに横たわるアデリンがのっそりと起き上がる。


 引き篭もってからのアデリンは酒と食事で恐怖を紛らわせようとするかのように、ますます酒浸りになって食欲も旺盛だ。


「夕食を取りに行くだけにしては、長かったのね?」

 アデリンの声に不機嫌さがにじむ。

「申し訳ありません、陛下。寄り道などはしていないのですが……」

 しかし、マイラの言葉をアデリンは聞いていないようだった。

「ねぇ、それ、毒見はされているの?」


 この夕食が用意される間、マイラも同じ部屋にいたが、疲れて呆けていたので見張っていたというほどではない。だが毎日の夕食を用意しているアヒムが毒を入れるはずがない、とマイラは思った。どうして急にそんな事を言い出すのか、と困惑しつつマイラは答える。


「ご安心下さい。デザート職人のアヒムは長年、王家にお仕えしている者です。毒を盛るなどあり得ません。でもご心配でしたら、私が毒見いたしましょう」

 そう言ってマイラが小さな焼き菓子を手に取った瞬間だった。


「駄目ぇっ!」


 突然、アデリンは叫んでベッドから飛び降りると、猛烈な勢いで駆け寄ってマイラの手から菓子を叩き落した。手を叩かれた痛みに思わず顔をしかめる。そのままアデリンはマイラを抱きしめて、金切り声を上げた。


「あなたが毒見なんて駄目っ! もしあなたまで死んだら、私、誰も……信用できる人は誰もいなくなってしまうじゃないの!」


 マイラは声が出なかった。突然の出来事に驚いていたし、その柔らかい巨体に押し付けられて苦しかったし、何を言うべきか分からなかったからだ。ただ、叩かれた手がじんじんと疼いている事だけは、はっきりとしていた。

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