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最後の竜騎士と黄昏の王国  作者: 権田 浩
第六章「世界の果て」

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5.トーニオ ―盟約暦1006年、秋、第12週―

 いっそのこと、力ずくで拉致するか――という考えがトーニオの脳裏を過ぎったが、そんな事は不可能だった。トーニオにとっては難しくないレッドドラゴン城への潜入でも、抵抗する人間あるいは意識のない人間を連れて行くとなれば別である。テイアランに、今更エリオを信じろというのも無理な話だとトーニオにも分かっていた。本来の計画では、この時のためにテイアランから信頼を得ておくはずだった。


 あの地下牢での暗殺者騒ぎがなければ逃げるつもりはなかったし、話す機会さえあれば、亡命を申し出る事もできた。暗殺者を送り込んだ者――ブランだとほぼ確信している――が、そこまで読んでいたとは思っていないが、あれさえなければと思わずにはいられない。


 もっとも、エリオが逃げ出さずに地下牢でおとなしくしていたら、帝国の魔術師に暗殺されていたかもしれない。剣を振り回す相手なら何とか対処できても、魔術師相手に戦う方法をエリオは知らない。


 いずれにせよ、エリオの死を口実に開戦を望んでいたのはレスターだけではなかったという事は間違いないのだ。だからブランのいる部屋に向かってテイアランが走り出すのを見て、トーニオは思わず叫んだ。

「駄目です、陛下!」


 テイアランを助けに来たというトーニオの言葉は本当だった。少なくとも、この場をどうにかするという短期的な意味では。長期的な意味では嘘になる可能性もあるが、それはロランド次第だ。


 もしテイアランがトーニオの手を取っていた場合、そのまま城を抜け出してホワイトハーバーへ行き、そこからアレックスの手引きでテッサまで逃げる計画だった。テイアランには、〝帝国に見つからない安全な場所で御身を保護する〟と説明するつもりだったが、すぐに変だと気付かれるだろう。しかし城から出てしまいさえすれば、後は拘束して連れて行く事もできるので、実際には拉致と言っても過言ではない。


 ロランドは、ファランティア王を密かに手中に収めておけば、いずれ役に立つと考えている。皇帝レスターがファランティアを特別視しているというのは、帝国内でも一部の人間には知られていた。ロランドが帝国の北進計画――すなわち、ファランティア併合――を知った時、その計画にはファランティアへの被害を最小限にするという意図が見えていた。テッサニアの併合すらも、ファランティア併合に向けた一歩かもしれないと考えれば、テイアランを手に入れておく事には大きな意味がある。


 ファランティアがレスターの弱点になりうる――そうロランドは考えているに違いない。


 テッサニアという名称はロランドが都市国家群を統一した時に作ったものではない。都市国家群は以前にも統一された事があり、その時にテッサニア王国という名称が使われている。テッサは、その王都であった。その血筋にあるロランドが、一族の正当な権利であるテッサニア王の地位を取り戻そうとしても不思議ではない。


 ロランドの野心がアルガン帝国を利用したのか、アルガン帝国がロランドの野心を利用したのかは難しいところだが、いずれにしても帝国の支援を受けてロランドは都市国家群を統一し、テッサニア連合王国として復活させた。


 アルガン帝国はすぐに支援の見返りを求め、ロランドは戦いを避けて帝国に下った。そのためテッサニア連合王国は一週間で帝国属領テッサニアになってしまったが、もし戦っていたら今頃は完全にアルガン帝国の一部となっていただろう。ロランドは属領の執政官という立場を得て、望みを繋いだ。そして、彼の野心はまだ消えていない。帝国からの独立だけでなく、あわよくば帝国を飲み込もうとさえ考えている節がある。


 トーニオは縄橋子に手をかけて屋根から身を躍らせ、反動を利用して回廊に飛び降りた。

(どうする――)


 計画はすでに破綻している。脱出すべきだというのは分かっているのだが、トーニオは何か方法がないかと考えながらテイアランを追った。テイアランは一目散に、回廊から左に廊下へ入っていく。


「――エリオだ!」というテイアランの声が聞こえた。


(誰かいるのか)

 トーニオが壁に張り付いて立ち止まり、廊下を覗き込んだのと、テイアランが床に倒れたのはほぼ同時だった。胸の刺し傷から溢れ出る血の量と、光を失って見開かれた目から、ほぼ即死だと思われた。倒れたテイアランの向こうには熊のような巨漢の影が立っている。手にしたナイフはぬらぬらと濡れていた。


 ブランがテイアランを殺した理由を考えている余裕は、トーニオには無かった。テイアランの死体を跨ぎ、ブランが巨体に見合わぬ速さで向かって来たからだ。


(テイアランの代わりに、ブランの首を持っていくか?)

 考えるのは自由だが、選択するのはロランドであってトーニオではない。だからトーニオは袈裟懸けにしたナイフベルトから投げナイフを抜いて投げたものの、牽制程度の手加減した攻撃になってしまった。それは、ブランと対決するには甘すぎた。


 廊下にかけられたランタンの明かりがあると言っても、暗い中を飛んでくる小さな投げナイフを手にした得物で叩き落とすのは至難の業だ。ブランはそれをやってのけ、さらに血塗れのナイフをトーニオに向かって投げた。

 トーニオが廊下から顔を引っ込めたので、ナイフは中庭の生垣に突っ込む。続いてブランが回廊に飛び出してきて、巨大な拳をトーニオの顔面めがけて打ち込んできた。

 壁から離れるようにしてその拳を避けたトーニオだが、ブランはその動きを読んでいたらしく裏拳を横に振るう。トーニオは常人離れした素早さでそれも避けた。


 ブランは持っていた唯一の武器を投げてしまった、とトーニオは思ったが、それは間違いだった。ブランの腕の圧力と風を切る音はまるで棍棒のようで、肉体そのものが恐るべき凶器なのだ。


 ブランは連続して拳を繰り出したが、トーニオは後退しつつ全ての攻撃を避ける。だが、戦いではブランに一日の長があった。

 本命の一撃に見せかけた大振りの突きを下に潜って避けた時、トーニオの目の前にはブランの丸太のような脚が迫っていた。慌てて両手で防御したが、骨が軋むような激しい衝撃を受けて、身体ごと空中に吹き飛ばされる。


 しかし、それはブランの蹴りの威力だけによるものではない。トーニオ自身も衝撃を受け流すため後ろに跳んでいたのだ。トーニオの目がぎらりと輝き、空中で回転しながら一瞬の間に二本の投げナイフを投げていた。ナイフは正確に、殺意を持ってブランの首から上を狙っている。

 思わずやってしまってから、トーニオは〝しまった〟と思った。ブランを殺せとは言われていない。


 ブランは素早く反応して太い腕で顔を庇った。二本の投げナイフがその腕に突き刺さる。そうしていなければ、一本は右目に、もう一本は喉に突き刺さっていたはずだ。


 トーニオは戦慄した。しかし、この機を逃しはしない。受身を取って床の上で回転し、反動を利用して起き上がると、回廊の手すりを踏み台にして跳び上がる。支柱のわずかな出っ張りに手をかけて柱を登り、するすると屋根に上がった。


 屋根の上に出ると、周囲の音がよく聞こえる。近衛騎士と思しき鎧の音と声が騒がしくなってきていた。エリオを捕らえたステンタールとかいう騎士の声もする。一刻の猶予もないので、トーニオはあらかじめ決めてあった経路を辿って屋根の上を走った。


 武装したブランと戦場で相対したら間違いなく殺される、とトーニオは思った。それはつまり、ロランドがそのような事態にならないよう注意しなければならないという事でもある。


 トーニオは屋根の上を通り、軒を伝って、東棟を目指した。やっと騒ぎが伝わったのか、衛兵や近衛騎士たちはトーニオと反対に〈王の居城〉に向かっていく。屋根の上や、大塔(グレートタワー)を見上げる者は一人もいない。


 東棟の上まで来たトーニオは、屋根から手を伸ばしてタニアのいる部屋の窓を小さく拍子をつけて叩いた。まさか眠ってないだろうな、というトーニオの心配は無用で、すぐに窓が開いてタニアが身を乗り出す。「失敗した。行くぞ」と短く状況を伝える。


 タニアは頷いて、窓枠に足をかけた。その手をトーニオが掴む。タニアは部屋の中に向かって、「トーニオと行くわ。ごめんね、マイラ」と小さく呟いた。少しの時間も惜しいトーニオは、タニアを屋根に引き上げて背中を押す。

「先に行け」

 走り出したタニアの背中を追って、トーニオも走り出した。

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