第四章――朝陽を浴びて 1
まだ日は昇らない。だが、朝が確実に近付いていることは、夜とは質の異なる突き刺すような寒さが教えてくれた。
和川は真っ赤な目を擦った。さすがに二時間弱の睡眠ではスッキリするはずもない。
「でも、眠らないよりはマシだろう?」
涼しい顔で不知火は嘲るように言った。
「まあな。魔術使って爆睡した卑怯者には分からないだろうけど」
「術者本人しか効果を発揮しないものなんだから僻むな。その分、戦力としては誰より使えることを宣言しておくよ」
「へいへい。そうかよ」
「で、出海結。君は、英気を養うことはできたかい」
と不知火は立て膝に腕を載せて訊ねた。
結は、光なき闇夜を窓越しに見つめながら、毛先の不揃いな髪を揺らして首を振った。
「眠れませんでした。目を閉じると、夕夏ちゃんの顔が浮かぶんです。だから、眠りませんでした。眠らない方が、いいと思って」
出海結の真っ赤な目は、涙を流した彼女の夜を表わしていた。
不知火は鼻息を鳴らす。
「まあ、いいさ。君がそれでいいなら、それがいい」
「じゃあ、二人を起こして行動開始な。作戦はどうする。工房の場所が分からないんじゃどこから作間たちが出てくるかも分からない。どうやって刀を取り返す?」
「今から捜すべきは『SSパッケージ』じゃないね」
「はあ?」
「千林だ。奴が刀を奪い取るならこの町しかない。彼にはもう一つ目的があるからね」
「出海夕夏、もとい、出海結を殺すことってか」
「どちらも同時に遂行することが出来るのはこの街だ。長引かせることはしたくないだろうからね。であれば、」
「千林こそ、死に物狂いで『SSパッケージ』を見つけ出す。そこで、俺たちはその両方を叩く」
「総力戦でね」
潜める必要もない声を、早朝だからと抑えた二人の会話は、それでも二人の魔術師の目を覚まさせた。
涼風は「ふぁ~」と小さく欠伸をして。
番場は、お腹をボリボリと掻きながら。
「おはようお二人さん。じゃあ、もう時間がない。とっとと行くぜ」
「ふあ? どこにですか和川くん」
涼風の間抜けな声は、強張った肩から力を奪った。
「千林を捜すんだよ。そんで泳がせて、作間の居場所を千林が見つけたら、一網打尽だ」
「誰案?」
「確か大和。たぶん」
「確かじゃなくて間違いなく僕だ。君にこんなこと思いつくわけがないだろう」
「ばっかお前! 俺がいたことで辿り着いた最善手よ」
涼風はにやにやと笑いながら、
「あー。いつもの二人だ」そう言って、沈む結の表情を見つめる。「なんとかなりそうですよ、ね、出海さん」
「え?」
「こうなった二人は、たぶん、もう無敵ですよ。うち、それを知ってるんです」
「どうしてそこまで」
「んー兄弟みたいだから、ですかね」
「兄弟」
「そう。兄弟。いいですよね、兄弟。最強の絆だと、うちは思いますよ」
結は小さく頷いた。
「うん。わたしも、そう思う」
不知火と和川が遂には互いの襟元を掴みそうになったので、「おいおいやめとけ」と番場が止めに入る。いつもなら一緒に笑っているところだが、さすがの番場もこの事態にふざけるようなメンタルは持っていなかった。
その証拠に。
「お前らそこまでにしとけ。千林の方だって二人も仲間がいるんだ。もう既に作間たちと鉢合わせているかも知れないだろ」
と口にしたわけだが。
「――なか、ま?」
和川と、何より出海結が首を傾ぐ。
「それ、聞いてない」和川の声はきしめんのように平たくなって。
「あれ、涼風言ってないの?」番場は疑問符。
「そういうのは番場さんのお仕事かと」涼風は人任せ。
「そういうことだ。いたんだ二人」番場は開き治って。
「早く言えよ馬鹿! 全然状況変ってくるじゃねえか!」
『SSパッケージ』プラス千林で考えていた和川らの考えはここで一気に破綻する。
そもそも千林が単独で動いているなどと考えていたことが問題なのだが、その様子を見せなかったことにすっかり油断していた。
が、この男だけは違う。
「あのね和川。君は何を焦っているんだい。千林に仲間がいることは分かっていただろう。そもそも出海夕夏がここにいる結に残したメッセージに、千林が誰かに刀の奪取を命じていたことが分かっていたじゃないか。その時点で、千林が一人でないことは明らかだ。はあ。君にその頭がないことを一々失念する僕自身に失望するよ」
「え、そうなの?」
「そうだ」
なんだ焦って損した、と和川が一息ついて。
「仲間とは、どんな?」
結は至極真面目な顔で訊ねる。
「二人、でしたよね番場さん」
「おう。男女だ。男は背が高くて、黒髪でセミロング。女は髪を結んでいて、右肩から流してた。そうだ、名前。女は……えっと、金森、とか言ってたかな」
「金森さん!?」叫んだのは出海結だ。
「どうした出海」
和川は訝って、結は口調を早める。
「状況が変わりました。もし不知火さんが仰っていた通り『先遣』と『SSパッケージ』が別であるなら、金森さんがそこにいることはおかしいんです!」
「つまり?」不知火が問う。
「金森さんと一緒にいたのは、おそらく繁野さんです。二人は元『SSパッケージ』でした」
和川は手のひらに拳をポンと乗せた。
「そういえば『SSパッケージ』は六人だったって言ってたな。ってことは、大和、まさかその二人が――」
「なるほど、それは厄介だ。そういうことだったのか」
不知火は、自身の右目を多う金色の前髪を思案と共にいじった。
「その二人が『SSパッケージ』の動向を作間から聞き、千林に流すスパイ。ということは、千林は作間を捜す必要もなく、工房近くで作間らを待ち伏せることができる。それはまずいね。つまり、『SSパッケージ』があと一時間で工房からの逃亡を図ることも千林は知っている。僕らが考えているより、千林は優位に立っているんだ」
不知火が赤石を握った。
「涼風の〈蝉〉もあって、千林は行動を制限せざるを得ないから、彼も作間捜しには苦慮すると考えていたが、情報を容易に手に入れられるなら話は別だ。時間が惜しい。本当は発見次第全員で奇襲をかけるつもりだったが、この事態だ、分散することにしよう。涼風はまだ魔力が戻っていないだろうから、和川と番場さんでサポートして欲しい。いいね和川。君も手負いだが、ここで君を戦力に数えないわけにはいかない」
「こんなもん傷の内に入らねえよ」
「いいだろう。そして、僕は出海と組む。また暴走する可能性もあるし、君はどうも近接戦闘に特化しているようだ。遠距離戦闘型の僕がいると都合がいいだろう」
「はい」結の返事は力強かった。
「よし、急いで悪いが五分後にはここを発つ。各自準備を。詳細はこの五分で詰めよう」
不知火は握った赤石を涼風に手渡す。光を灯し、魔術を行使した。
「防御魔術だ。最低限の魔力が戻るまでの有限にはなるが、ないよりはマシだろう」
「おー。さすが先輩。抜かりないですね」
涼風が手を叩く。不知火は「当然だ」とばかりに鼻を鳴らし、
「さあ。時間がない。寝起きで悪いが、すぐに行動に移そう」
和川、涼風、結の決意の声が揃った。
各々が必要な準備を進める。不知火は、想定できる事態に関しての対処を、手を動かしながら皆に伝えた。
そして。
ここまでの流れを黙って見ていた番場が、小さく一言。
「え、不知火ちょー頼もしいんですけど」
「本来あんたの役目だよ」
和川の突っ込みが炸裂した。
次回から更新ペースを二週間に一回とさせて頂きます。
よろしくお願いします。




