Blood stained snow
正午に連絡すると夕夏が言ったからには、夕夏は必ずそうするだろう。結は不安の中でも、そう信じることに決めていた。
けれど、彼女はメールも、通信さえもしてはこなかった。
結は妙な胸騒ぎに苦しんでいた。
そもそも夕夏が送ってきたそれは、姉妹間における緊急事態を告げる文言だったのだ。携帯電話にそれが届いた瞬間から、もはやいつも通りの日々はどこかに遠退いていた。
ただでさえ、北陸分所で『風裂』と『波断』が盗難されたのだ。北陸分所は中部支部からの連絡を受け付けられないほどに慌ただしくなっていた。魔術師も少ない。捜索には『切り拓きし者 』の力も借りているとは言え、現状、さらなる不測の事態に動けるのは、結と、兄の雪路だけと言っていいだろう。
一体、夕夏に何があったというのだろう。この胸騒ぎはなんなのだろう。
こんな世界に身を置いていれば、平穏が崩れる瞬間に立ち会ったことなど一度や二度ではない。つまり知っていたのだ、この感覚を。
いてもたってもいられず、結は北陸分所の扉を開けて、大雪の降る真昼の世界に飛び出した。
風が吹いていた。羽織ったコートのファーが首許で激しく揺れる。結の長い髪を結んでいた青いゴムが飛ばされ、腰まである綺麗な黒髪が暴れていた。
嫌な予感がする。ざわついた胸が、まるでどこかに導くように、ここにいてはいけないとでも言うように、心臓の鼓動を早めていた。
それは、双子だから感じる特別な何かとも言えるだろうし、同時に、この闇の世界に身を置くことで染みついた第六感とも言えるのかもしれない。
そして、結はそれを、目にしてしまった。
焦燥と予感が導く先。
人陰のない公園。
降り積もった真っ白な雪を、おびただしい量の血が、真っ赤に染めていた。
中心に、出海夕夏の姿があった。
心臓が握りつぶされたかのようだった。衝撃が彼女を襲う。小刻みに爆発するような音を、心臓は体内で響かせる。
「あ、あ……あぁ、あっあぁ」
声にもならない声が漏れ出す。
雪が、結の足の自由を奪った。一歩。一歩。吹雪によってすぐに積もっていく新雪がさらさらと舞った。結は覚束ない足を諦め、四つん這いになって彼女の元へと進んだ。そして、真っ赤な中に躰を沈めて、叫んだ。
「ゆっ……ちゃん……ゆぅ、ちゃん……夕夏ちゃん!」
夕夏の肌は白かった。ほんのり赤らむはずの柔らかな肌に、あるべき色がないみたいだった。
薄着のまま倒れる彼女の躰は、真っ二つにしようとしたかのように縦に大きく傷を残し、そこからはおびただしい量の血が流れていた。
「いや……いや……夕夏ちゃん……」
凍るような寒さの中で、雨のような大粒の涙を流す。雫は、夕夏の頬に落ちた。
ぴくり、と。僅かに夕夏の指先が動いた。
「ゆ……い、ちゃ、」
それは、夕夏の微かな生の証だった。
結は震える手で夕夏の頬に触れる。そして、耳を寄せた。
――結ちゃん、聞いて。
夕夏が、そう言っているような気がしたのだ。
「でん、わ。し、てた。ぶんしょ。かた。えす、ぱっく。せんけ、ん。ご、だつ。ころし、て、でも、うばえ」
夕夏が必死に絞りだすそれは、今にも風で消えてしまいそうな蝋燭の火のように儚い。
「うん、分かるよ。分かるよ夕夏ちゃん。聞こえたよ」
結の涙声は、一音鳴らす度に枯れていった。
そして、夕夏の声は消えた。ただ、血を失っていく唇は、最後にこう開かれた。
――おねがい。
出海夕夏の息は、そこで途絶えた。
結は叫んだ。この世で最も愛する人の名前を。いつも隣に立って、誰よりも同じ時を過ごした大切な人の名前を。
声にもなっていなかった悲鳴のようなそれさえも雪と風はかき消して、染まった赤を隠すようにまた白雪が、そこに積もり始めていた。
次回もよろしくお願いします。




