陽はまた落ちる 2
冷えた空気では信号の赤がやけに明るい。散見される民家には、時折にぎやかに煌煌と光る家があり、夕暮れ前だというのに、電飾が冬を彩るかのように輝いている。そのせいか、冬の街は田舎にしては華やかだった。
そんな中、この黄色い建物だけは、イルミネーション一つなくとも悪目立ちしている。
日本魔術協会中部支部、大魔術廃絶部だ。
二人の魔術師が中に入ると、エントランスのような所に、見知った人物が二人。一人はジャージー姿。一人は高校の制服姿で、安物のソファに座っていた。暖房がかなり強めにかけられている。冷え切った肌が痒くなるほど暖かい。
「遅かったな」
建物に入った瞬間殴りかかれば良かった、と和川と不知火は後悔した。声を掛けられると手を出しにくい。
その気取った態度に苛立ちの度合いをやや高めながら、不知火はやっと冷静を保った。
「こ、これは番場さん。昨日から働きづめだそうで、大変ですね。お疲れの様子が見て取れますよ」不知火の言葉には皮肉がこもっていた。
「お前ら良かったな、事後処理免除で。地獄だぞ……ずっと働き続けてるよ不眠不休で。もう脳味噌が自分のものじゃないみたいだよちくしょう。外付けハードディスクみたいな感覚だから」
疑問符が誰の頭にも。
「もういっぱいいっぱいってことだよ。無理矢理容量広げて頭回してる感じだな」
「つまり頭がおかしい、と」
「まあ……それでいいや」
馬鹿にされているのが分からないのが馬鹿の馬鹿たる所以であると不知火は思う。
番場最人。日本魔術協会中部支部に所属する魔術師で、防御特化の魔術師だ。リオウ=チェルノボグの件でも解決に一役買い、十分貢献した筈なのだが、何故か事件が終結を見た後にこそ大忙しで、事後処理に追われている一人だった。
疲れきった顔には戦意を喪失させる何かがあるらしく、さすがに和川も不知火も手は出さないが、そのせいか、番場の愚痴は続く。
「小木曽さんがな、『お前何もしてないんだからオレと同じだけ働け』って言って。ほら、五角形の儀式場の中にいた人達、一時的ではあれど微量の魔力が入れられてたんだ。一人一人健康チェックもしなきゃいけなくて。普通の健康被害じゃないから、医療機関を受診してくださいとも言えないし、他の支部から応援呼ぼうにも、他所は他所で忙しいとかぬかしやがって」
「番場先生も大変なようで」と、ここで口を挟んだのが、ソファに座る少女だった。
大魔術廃絶部、三人目のメンバー、涼風和奏。優しい声音の彼女は、都会嫌いを必要以上にこじらせ今回のお迎えを放棄。廃絶部で待機だった。
番場は背もたれに体重を預ける。
「あーあ。涼風は良いよな。美味しいトコ持って行ってよ。お前なんて明け方になってちょーっと働いただけじゃねえか。ちょちょいっと得意分野活かしただけでこれだよ。俺なんてずーっと走りまわってたぜ? なのにまるで頑張ってない人扱いだ。なんだこれ、不公平だ!」
「そんなことを言われましても。そもそも世の中は不条理なものですよ」と涼風も苦笑するしかない。
一日仕事だった番場に対し、涼風は夜間どころか早朝手を加えた程度の働きだったにもかかわらず、和川らと同様に事後処理免除となったことを、番場は僻んでいた。
「ちくしょー俺も防衛会議行っとくんだったなあー」
「何言ってんすか。今年やっと初担任になれたからって、他ならぬ小木曽さんが気を使ってくれたんじゃないっすか。……結局早退することになったかもしれないけど」
「あのなあ和川。あの人の厳しさを直接受け止める俺らの身にもなってみろ。自分が体力馬鹿だからってそれを他人にも要求するんだよ小木曽條二って男はさ」
「ご愁傷様でーす」
「和川てめっ。腹立つ言い方しやがって!」
「それは分かりましたが、番場さん」不知火がうんざりした様子で割って入る。「帰ってこいと言われたからには、何か理由があるのでは」
「ん? ああ、そうそう、そうだった。愚痴りに来たんじゃなかった。これじゃあ何のために俺がここまで連れて来たんだって話だよな。ちょっと待ってくれ。今トイレ行ってんだ」
トイレ? と和川達が首を傾げると、水が流される音が微かに聞こえた。
この場に待機していた涼風も、何やら事情を理解していない様子だ。
「お、戻って来るな」番場が廊下に目を向け、「おーい。三人やっと来たぞー。長かったな、デカイ方か?」と言った。その直後のことだった。
細く鋭いと衝撃が、僅かに番場の頬と鼓膜を掠めた。それは、ピアノ線が切れる音に似ていた。
油断しきっていた番場は、指の一つすら動かせぬまま、その場で目を見開いていた。
さらに、カチャリ、と、かん高い音。
そこには、一人の少女がいた。
「あ、あの」口笛のような、透き通った声だった。「番場さん、でしたか。女の子扱いをしてくださいなんておこがましいことは言いませんが、せめて、その、あるべきデリカシーは備えておいてもらわないと、困ります」
和川らの視線が一点に集まった。
頬をほんのり赤らめ、俯き気味の少女。肩甲骨辺りまで伸びた艶のある黒い髪で、表情はやや幼く、すらりとしたスタイルだが背丈は低めだった。ピッチリめの紺色タートルネックのニットに、ラインの出るジーンズ……と、それなりにオシャレなようだが、足下はスニーカーというなんとも詰めの甘い格好をしていた。しっかり見てみれば髪の毛先も荒い。身だしなみに気を使っているのか無頓着なのかよく分からない。
そして、そこにいる少女の姿は、というよりもその少女の持ちモノには、普通ではない、つまるところ違和感があった。
本来持っていることなどあり得ないそれが、少女の『裏』と『闇』を垣間見せる。
「それ……もしかして――」
和川はそれを指さした。
覚えがあったのだ――少女の手に握られている、〈日本刀〉に。
不知火は「なるほど」と呟いて、その刀の持ち主の目を見つめた。
「ということは君が、今日駅で僕らと会う筈だった――出海夕夏さん、かな」
迷駅だとか名駅だとか呼ばれている駅で、和川と不知火が待ちぼうけをくらった待ち人の特徴を、和川達はこう聞いていた。
どんな格好をしていようと、その手に刀があったなら、出海夕夏その人である――と。
「はい。出海です。連絡もせずに直接こちらに伺ってしまい、申し訳ありませんでした」
言いながら、出海夕夏は、深々と頭を下げた。
「いや、まず謝ろう。俺に」番場は青白い顔で言った。
それは、出海の刀によるいわゆる斬撃だった。刃から放たれる魔力は、張りつめた糸のような鋭さで番場を襲ったということなのだろう。なんて凶暴な。さりとて、自業自得ではある。
「こんなに目立つ刀……よく騒ぎにならなかったな」
和川はじろじろと鞘に収められた刀を見つめる。
出海は恥ずかしそうに、しかしクールな声音を装って、
「いや、あの、これはあくまでも魔術的な代物なので、一般の方は見ることが出来ません」
「……だから?」
「持っていても騒ぎにはならないってことだよ、和川。全く、相変わらずだね君は」
お得意の無知を晒した和川に、不知火はさらに「一目見れば気付くだろうに」と追い打ちをするように呟きながら、刀を見つめ、「それにしても立派な日本刀だね」と感嘆する。
「あの、お好きなら、刀身、見ますか?」
「ああ、是非ともお願いしたい」
見るからに嬉々とした不知火だったが、和川からするとあの不知火が制服姿なのが笑えてしまう。見慣れているはずなのに、笑えてしまう。迎えに出掛ける前に学校に立ち寄りたいと律儀に制服に着替えて行ったのが災いして……面白い。
不知火は出海に歩み寄り、抜かれたまばゆい銀色の刀身を凝視した。
「綺麗な刀だ……反りといいこの濤瀾刃の刃文といい、いや、あまり刀に詳しくはないが、この刃が美しいことだけはよく分かるよ。魔術的な代物、と言うけど、刀自体は本物だね。しかし歴史的なものというよりは、まだ最近打たれたもののようだ」
出海は驚きを浮かべ、
「さ、さすがですね。ええ、この刀は、天羽々斬……と言いまして」
「というと、古事記」
「はい。大蛇を斬ったという伝承を基に、魔術的な効果を付与した刀です。知り合いの、刀鍛冶に打ってもらいました」
「なるほど。ということは、これは一種の術具。君にとっての武器ってわけだね」
出海はこくんと頷いた。
いつものことながらさっぱり分からない和川と、「ほぉ」と頷きながらの涼風。何故こうも知識に差があるのか……はさて置いて。
やや忘れ去られた感のある番場がわざとらしく咳払いをして注意をひきつける。いつの間にか頬には大きな絆創膏がされていた。さすがは教師。いざという時の為の応急処置道具はポケットに忍ばせているらしい。傷もないのに大袈裟な。
「おほん、じゃあ、改めて紹介させてもらう」番場は出海の隣に立ち、「彼女は、魔術師だ」
今更である。
「所属は中部支部……とは言っても北陸分所だが。出海夕夏。どうも俺達が対リオウに苦戦していた頃、北陸分所でも色々あったらしく、その事件解決に向けて協力して欲しいとのことでここに来たそうだ。ちなみに言うと、和川と涼風と同じ十六歳な」
「なんだタメか」
「だとしても初対面ですよ、和川くん」
出海は眉をピクリと動かしたが、慌ててもう一度深く頭を下げた。人見知りの嫌いがあるのか、クールさを装っていても、どうも挙動に落ち着きがない。
「その事件と言うのは」不知火は右目を覆う前髪を触りながら、出海に問う。
「えっと、まずは謝罪をさせてください……。今日は申し訳ありませんでした。防衛会議初日から北陸が大雪で、公共の交通手段が断たれてしまって、つい先程復旧したらしいんですが、わたしはタクシーでこちらに……」
「ああ、ニュースで見たよ。新幹線まで全線動かなかったんだってね。そうか、北陸から来たのか」
「はい。防衛会議から帰ってもまだ動かなかったので、早々に新幹線は諦めまして――」
「んん?」といきなり気色の悪い声を漏らしたのは涼風だった。『東京』というワードに、どうも引っかかったらしい。
「あの、もしかして……、出海さん、うちと防衛会議でお会いしました?」
「え? あ、あ……ああ、はい、そうです。会いました、東京で。そういえば……というか、今更気付いたんですか」
「え。気付いてないです。思い出せてないです。でもなんとなく……ん~」
「ざ、残念です。覚えていてもらえているものだと思っていたので」
「面目ないです」
番場が両の手のひらを二度叩いた。静かなエントランスには妙に響く。
「じゃ、お前ら全員ソファに座れ。本題に入ろうじゃねえの。かくいう俺もまだ何も知らないしな。依頼内容、聞かせてくれるか、出海夕夏」
「……あ、はい。すみません」
五人の魔術師は、座り心地の悪い安物のソファに腰を掛けた。安物なのだ。つまりこのソファ、とっても硬い。
むずむずとしながら、特に座り心地を気にするのは不知火だが、出海はお構いなしに口を開く。
そして彼らは、今回巻き込まれることになるであろう事件について、出海夕夏から聞かされるのだった。
出海夕夏……あれ、見たことある名前だぞ? はい、以前にも作中に出た名前です。是非探してみてください!
次回もよろしくお願いします。




