魔術師 10
リオウは和川に〈衝撃〉を放ち距離を取ると、降り注ぐ三つの水の塊、〈鮫〉を一瞬で薙ぐ。
爆ぜた鮫型砲弾は雨のように打ちつけた。
「余計なことを」不知火は笹見に向かってそう呟いた。
炎を多用する不知火には、この雨は相性最悪だからだ。
舌打ちする不知火を横目に、リオウの攻撃対象は一人の少女に向けられた。邪魔をするなと言うように、一瞬で笹見、もとい、分厚い盾を構えた番場の前に立つ。
だが、黙って見過ごす和川ではない。
リオウが番場に一撃を加える一歩手前で、和川の最速の拳が突き出される。当たりはしなかった。だが躰のバランスは奪えた。
それを隙と呼ぶには尚早。しかし唯一の好機。
番場はパチンコ玉サイズの鉄球を盾から数十発放出する。防御特化の番場では威力不足。茶々を入れる程度にしかならない。
が、リオウが鉄球の対応に僅かに時間を取られた。
その間一秒。
その瞬間に、発砲音に似た音が五回空気を叩いた。その音の正体に気付いたのは、四人の魔術師。つまり中部支部所属の四人だ。
見えない弾丸が火花となって屋上の床スラブで大きく爆ぜる。魔力で生み出された弾丸の威力は通常兵器をゆうに超えるが、リオウの髪を掠める程度で、傷は負わせられない。
「チッ」
リオウは舌打ちをして音の出所を探る。が、当然見て分かるような所にスナイパーは潜まない。
(江成さんの〈七五式・魔術銃弾〉。来ていたのか。にしても見えない所からの遠距離射撃……変わらないなあの人)
不知火は心で呟き、援護に謝辞を送る。
リオウ=チェルノボグがどれだけ優秀な魔術師であろうと、冷静さを失った今、これだけの攻撃の対処には骨が折れる。
和川の最速。番場の鉄球。笹見の水製兵器。江成の銃弾。個別のクオリティーは大したことのないものでも、一斉に攻められれば取るに足らないとは言えない。
柄にもなく、ボロボロの服からは汗だくのリオウの肉体が覗いていた。
きっと平常心ならばこうも焦りはしないし、そもそも遠慮の一つもなしに超強力な、いわゆる必殺技的なものも撃てるのだろう――すなわち、そうさせなかった男たちがここにはいる。
どんな強者も所詮は人間。特に、確信犯は感情を捨てられない。そこは、十分に弱点と言えた。
隙とはなにも肉体の疲労からしか来ないというものではない。精神の安定を失えば、それはもう決定的な隙になるのだ。
リオウ=チェルノボグに、既にその条件は揃っていた。
どこからともなく、江成の〈七五式・魔術銃弾〉が七発、リオウの動きを阻害するように的確に着弾した。
笹見の水製河豚型毒ガス弾〈河豚〉が爆ぜ、リオウだけを包むように毒ガスを漂わせた。
番場の〈鉄球連射〉が逃げ場の一切を奪う。
――そして、和川奈月の最速がさらなる進化を見せた。
身動きの取れないリオウに和川奈月は正面から突撃していく。速度を上げる。拳を握る。
だが。
「この程度――」
リオウの声に、和川が僅かに反応を見せる。
直後、振動と爆音が廃絶部を襲った。リオウが放つ魔術によって、隕石のような衝撃が魔術師を一斉に襲う。
江成、笹見、番場の魔術が瞬く間に消えていく。
リオウ=チェルノボグに自由が戻った。
しかし和川は攻撃を止めない。
刹那はまるで永遠だった。
和川奈月の拳。リオウ=チェルノボグの拳。
二人の魔術師の全力が相まみえる。
その筈だった。
「っ!?」
リオウが状況を理解するのにコンマ三秒を要した。
姿が消えたのだ――今目の前にあった筈の、黒髪の魔術師の姿が。
白髪が揺れる。ボロボロの服が靡く。
和川奈月の姿は、背後にあった。
気付いた所で――、
「遅ぇ!」
最速の拳が、無防備な背中にクリーンヒットした。
鈍く、重たく、骨の軋む惨たらしい音が響く。対リオウ、初めての一撃だった。
空気と唾液を吐きながらリオウは転がる。口内の血を吐く。躰を起こしたリオウはすぐさま、和川に向かって〈衝撃〉を放った。
だがまたしても当たらない。和川は寸前で消えてしまう。
リオウは警戒を強くするが、それ掻い潜って和川の拳は再び放たれる。
今度も背後からだった。
リオウも同じ轍は踏まない。視界の端に映った和川の攻撃をリオウは寸前でかわす。
いや、むしろそのかわす動作が仇となった。
拳を振りかざしたまま和川が消える。
その姿は、リオウが回避した場所に現れた。
威力の増した拳が腹部を抉る。苦痛に顔が歪む。防御魔術が意味を成さない。和川の神の守護者のせいか、威力が桁外れなのか、単にリオウの防御力が落ちたのか。
ほんの僅かな隙が命取り。それはまだ変わらない。
強化魔術によるブーストを受けた蹴りがリオウを襲った。
大魔術廃絶部屋上の端から端まで、リオウの躰が飛ばされた。
「――おっと。もう一つ言っておくべきだったよ」
ダメージを負うリオウに、追い打ちをかけるように不知火が口を開く。
「君には、僕ら、つまり敵になる戦力以外にももう一つ知っておくべきことがあったんだよ。それはね、君の味方の力さ。もしかしたら味方未満、なのかな。だってほら、君は今、何故和川奈月の攻撃をまともに食らっているのか分からないだろう。いや、正確には、何故和川奈月の姿が見え隠れするのかが分からない、かな」
息を切らせ血を滲ませるリオウ=チェルノボグは、用心深い男だった。
故に。
「君は、雇った魔術師の力を把握していたかい?」
総力戦!ようやく拳が届いた!
次回もよろしくお願いします!
 




