魔術師 8
白髪の魔術師、リオウ=チェルノボグは、特定の結社に所属しない、いわばフリーの魔術師だった。世界各地を飛び回りながら傭兵として戦地を目の当たりにし、誰よりも世界の真実を知っているつもりでいた。
敵こそ悪であり悪こそ平和の敵である。戦地では敵を殺すことが正義、そう鼻を鳴らしてはその圧倒的な力を振るってきた。
――だが、世界はそこまで単純ではなかった。
兵器があれば、そこに闇は集い蠢く。
争いとは平和の為にあるのではない。争いは欲する者の為にあるのだ。兵器と金と権力。それに気付いた時にはもう、魔術師の手は、血に染まり過ぎていた。
大切なものを守る為には、敵を倒すのではなく、世界を変えなければならないことを、魔術師は思い知らされた。
闇を知った魔術師は、だからこそ、自分が平和を実現させるんだと誓った。どんなことをしてでも、真の平和を現実のものにして見せると。
目の前に広がる凄惨な光景が脳裡に焼き付いて離れない……そんな世界でしか生きてこなかった彼は、それでも常に、平和を愛し続けていた。
間違ってなどいない。自分こそが正しいのだ。
そこらで平和を称えながら裏では札束を数えることに必死な偽善者よりは、よっぽど自分が正しい。
現実を見つめ、実現不可能な理想なんて語らずに、ただひたすらに平和を目指す。そこにどんな犠牲があっても、その先に輝かしい未来があるのなら、自分の手を何度血で染めようとも意思を貫き通す。
その筈だった。
崇高だったそれは、目の前の魔術師によって呆気なく砕かれてしまう。
理想を語る暇があるのなら現実を変えることに終始する。そうやって生きて来た白髪の魔術師は、夢も希望も、全てが消えて行くのを感じた。
――あの日、血で染まった手のひらに抱えた『光』に、本当の平和を誓った。
かつての約束も、やはり砂のように崩れ、空に散っていく。
平和を求めて何が悪い。小さな犠牲が多くの命を救うならそれは正義じゃないか。折れてたまるものか。犠牲を払おうと、それ以上の人が平和を感じられるのなら、リオウにとっての平和は実現するのだ。
その為ならば、自分は――
悪魔にでも、成り下がってやる。
次回は今週金曜日に更新予定です。
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