魔術師 4
高らかに叫び声を上げようじゃないか。そして、自分の力を最大限使い切り、平和な世界への第一歩を踏み出そうじゃないか。それが、数分前までのリオウ=チェルノボグの理想だったのだろう。
本来ならば。
この瞬間に、五ヶ所の魔術鉱石は蓄え高められた純度の高い魔力を大量に放出し、五角形の儀式場内の人間に蓄積させていた魔力も暴れ始め、万全の状態で禁じられた大魔術〈掟破り〉の発動に入る筈だった。
何故だ――リオウは呟いた。
あれだけの魔力が、一切、どこからも溢れ出てこない。術者たるリオウの元へ集まって来る筈の魔力がやってこない。
様々な魔術の発動の為に用意しておいた魔力貯蔵庫からの魔力の供給もない。
あれだけ慎重に準備をして、厄介になりそうな手練の魔術師のいないこの日を選んで、計画を進め、ようやくここまで来たというのに、何故だ。リオウには何も分からない。陽の光さえ忌まわしく思える現状に、一人の魔術師が口を開いた。
「さあ。どうする? 種明かしが欲しいかい?」
不知火オーディン大和。日本魔術協会中部支部、大魔術廃絶部に所属する若き魔術師が、朝焼けに金色の髪を揺らし、白い肌にオレンジ色の輝きを浴びて、その頬笑みは神々しさにも似たものを纏いながら、堂々、勝利の宣言を行う。
「言った筈だ。君はもっと、僕らのことを調べておくべきだった、とね」
リオウは力の入らない脚を屋上でなんとか立たせながら、
「何?」
顎が震えていた。ならば相応に声も震える。平静を保てという方が酷だと思ってしまう程、リオウの表情は苦痛に歪んでいた。
「君の想定ではこうだったんだろう。――防衛会議の為に本部に出向いている魔術師は戦力には数えない――違うかな? だとしたら、まずそこが間違いだったんだ。
一人、その枠に当てはまらない人間がいるんだ。僕ら、中部支部、大魔術廃絶部にはね」
すると不知火は、懐から携帯を取り出した。間違えた、と呟いて、改めて不知火は通信札を取り出す。
「もう通信札でやり取りをしても構わないね。バレた所で問題はない」
そして、リオウも、そして味方である筈の和川すら何も分からないまま、不知火は通信札に魔力を注いだ。
「――やあ、お疲れ様。それで、首尾はどうかな」
通信相手へと送った言葉に、疲れ果てたような声でレスポンスがあった。
『お疲れ様です不知火先輩。いや、意外とギリギリでしたよ。五分前、ってところですかね』
その声に反応したのは、和川だった。
「お前……和奏か!?」
『ああ和川くん、お元気そうでなにより!』
まるで和川が病床に臥せっていたかのような言い方だった。和川自身は不本意だったが、そこに突っ込んでいる場合ではない。
「お前戻ってきてたのか」
『当たり前です。うちが東京に居続けられる訳ないじゃないですか』
和川から発せられた名前、「和奏」。それを聞いたリオウは、日本魔術協会の魔術師について調べた時のことを思い出していた。リオウの記憶の中には確かにある。
――涼風和奏。
毎年防衛会議に出向いていた少女だ。今年も例に漏れず、という情報は得ていたので、真っ先に敵戦力の中から外していた者の一人だった。本来ならまだ東京にいて、それならば通信札は通じない――だが現に通じている時点で、涼風和奏は、既に中部支部圏内に入っているということになる。
「何故だ、涼風和奏は防衛会議に行っていた筈」
やはりそれくらいは調べていたか、といったように不知火は微笑んで、
「せっかくそこまで調べたのならちゃんと最後まで行くべきだったね。涼風和奏――彼女も中部支部大魔術廃絶部所属の魔術師、までは知っているだろうが、とても温厚で、何より実力のある魔術師だ。ただね、一つ、いや二つかな。厄介かつ大きな問題を抱えているんだ」
『問題って……それは不知火先輩も和川くんもですよね? だからうちが今年も行ったんですよね? ね?』
優しい口調で問いただす涼風に不知火は耳を貸さない。和川だけは、「一つはお前だけだけどな」と言ってあげたのは優しさなのだろうか。
「実はね、彼女はとてつもなく都会が嫌いなんだ。だから毎年、防衛会議に行ってもその日の内に帰ってきてしまう。無断だったりもするし、強引に、だったこともあったね。駄目だと言っても帰ってきてしまうんだから相当さ。だったら、だ。今日も必ず帰って来ると僕は、というか、和川も中部支部の皆も分かっていたんだ。
しかも、さらに厄介なことに、彼女はあり得ない程の方向音痴で、どこに向かうにも誰かの同行は必須なんだ。でもこちらに帰って来る時は一人だから、その時役立つのは、ありがたいことに通信札だね。通信札は発信者の位置情報を着信者に伝える。だから、今回も東京から戻って来た彼女を、通信札を使って、とある場所まで、松来さんに誘導してもらっていた。……そう言えば、君は通信札での通信を傍受していた筈だけど、気付かなかったかい?」
煽るような口調にリオウは少々の苛立ちもあったが、そこに感情の全てを振りきる余裕はない。涼風の存在に気付かなかったのはもはやどうでもいい。ノーマークだったのは確かだ。通信の傍受も二人の魔術師がやって来た時から怠っていた。
問題は、何故、禁じられた大魔術、〈掟破り〉は発動しなかったのか。
「苛立っているだろうからそろそろ答えようか。もうもったいぶる必要もないしね」
不知火は通信札から聞こえる声に、経緯の説明を促した。涼風和奏は、どこで何をしていたのか。
『え、うちが説明するんですか。では……。
まあ端的に言いますと、この場所、つまり駅前の十七階建てのビルの屋上に置かれていた魔術鉱石を、一切の力が行使されないよう、入念に、〈封印〉をさせてもらいました』
ようやくの参戦、と言ったところでしょうか。彼女も地道に頑張っていたのです!




