象るもの 3
不知火は、魔術師の中でも屈指の実力者だ。十八歳という若さを鑑みれば、天才と呼ぶのも決して惜しくはない。
数多くある魔術の中で特に重要視されるものがある。
『医療魔術』。
多くの知識、繊細な技術。それらは手にしようとして手に入れられる程容易なものではないからだ。
そしてその医療魔術を自在に操る不知火オーディン大和は、必然的に優秀と評される。
不知火はとある建物の屋上にて、物陰に隠れながら、雑念をかき消すかのように夜空を見上げていた。
脇腹からは赤黒い液体が流れ、まるでそのおどろおどろしい色を隠すかのように、辺りは不思議な淡い光が浮かんでいる。光は不知火の全身を包み、深い傷を徐々に癒していく。
ものの数分で大きな傷は塞がれ、痛みと呼べるものも少しずつだが取れてきている。それは、不知火の技術によるところが大きいだろう。
医療魔術はその性質上、自身に対しての効果が薄れる。外科医が自分の躰を手術することが不可能なように、とまでは言わないが、理由としては同じだ。
だからこそ不知火は、幾つもの魔術を同時に発動し、絶妙なタイミングで重ねることで効果を発揮させていく。自身への効果が薄いのなら、濃くなるまで重ねればいいのだと、傷ついた躰で繊細なコントロールをし、魔力を消費しながら、自身の躰に魔術をかけていくのだ。
医療魔術を得意とする魔術師でも、これだけの技術を持っている者は稀有。少なくとも日本魔術協会に、ここまでの医療魔術を扱える魔術師は二名しかいない。もちろんその内の一人は不知火なのだが。
一通りの医療魔術を躰のあちこちに施すと、不知火は体を起こした。
治療を始めて、一体どれだけ時間が経っただろう。決して短くはない。大量の魔力を消費した不知火だったが、どうにも横になっていられなかった。
一人の少年が、圧倒的実力差の敵魔術師と対峙している。
何度となく叩きつけられる攻撃に耐えながら、それでもなお、常人には計り知れない速さで立ち向かっていく。拳を放とうと蹴りを繰り出そうと、敵に当たることはないというのに。
不知火には、ただ休んでいることなんて、出来なかった。
きっとあの少年は自分を待っている。あの少年はそういう男だ。
妙に言うことはでかいくせに、一人じゃ何にも出来やしない。出来ないと分かるとすぐに誰かに頼る。かといって、全てを投げ出すようなことはしない。一人じゃ何も出来ないあの少年は、自分自身の弱さを知っていて、だからこそ誰かに自分を託せて、誰かと共に何かを成し遂げようとする。
初めて会った時は、なんて馬鹿な奴なんだと思った。
まるで現実を見ていない、理想だけをベラベラと語る馬鹿な奴だと、見下していた。
でも違う。
あの男は、酷く現実主義者なのだ。だが、その目標とする現実は、幻想のような理想で、しかしそれを現実にしようと、真剣に考え、行動し、世界を変えてやろうと本気で考えているような奴なのだ。
不知火は今でも、あの男を馬鹿な奴だと思っている。知識もなければ知恵もない。技術もなければ術もない。
それでも不知火オーディン大和は、そんな彼を、全力を以って助けたいと思う。
ボロボロになった躰でも、自分の力が使い物にならなかったとしても、地を這い、蹲るような惨めな思いをしたとしても、不知火は、彼と共に、馬鹿みたいな理想を叶えたいと思う。
簡単ではないが不可能ではない。そう信じている夢を。
――大魔術廃絶部。
この場所で、成し遂げようと思う。
傷ついた不知火は戦いに戻ることが出来るのか……。




