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象るもの Ⅱ
神田川は息を潜めながら、それでも敵と思われる魔術師からの奇襲を想定し、魔術発動の準備は静かに進めていた。
結界の張られた空きテナント。共に身を隠す嘉多蔵亜里沙は、少しでも結界から遠い所にということで奥に寝かせてあるが、特に仕切りがあるという訳ではないので、安全とは言えないだろう。
魔力が回復したとはいえ万全ではない。
神田川英明、ベテラン魔術師と呼ばれるようになったが、まだまだ壮年。体力の衰えはまだ信じたくはない。無力さも、目を逸らせるのならそうしたい。
目の前の危機に、正面から受けて立てるだけの力が残されていない自分自身は、神田川にとってもはや自分ではない。
湧きあがる悔しさを必死に押し込めて、結界の外を舞う悪性高き魔力に気を配る。
集中だけは欠かさない。悪意から、守るべきものを守る。ただそれだけの為に。
そして神田川は、大粒の汗を流した。
――何故だ、何故お前がここにいる――
それは、絶望にも似た災厄のように、神田川には感じられた。
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