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象るもの 2

 魔術師のセオリー。


 魔術師の戦闘スタイルは、基本的には大きく二つに分けることが出来る。『近接戦闘特化型』と『遠距離魔術特化型』だ。


 例えば、盾を用いて攻守に優れた戦闘を行う神田川英明は近接戦闘特化型。


 水の速さを活かして離れた所からの攻撃を得意とする笹見みづきは遠距離魔術特化型だ。


 もちろんこれらは大きく分ければ、であって、細分化することはいくらでも出来るのだが。


 では、和川奈月と不知火オーディン大和はどうか。


 不知火は遠距離魔術特化型だ。汎用性の高い炎は遠距離でこそ輝く。


 そして、和川奈月は近距離戦闘特化の魔術師だった。


 和川の近距離戦闘とは、神田川のように武具を使うのではなく、自身の躰に直接魔術を施すことで、人間の身体能力の限界を超える、もしくは潜在能力の開花とも言えるかもしれないが、つまりは生身の体では本来不可能な力を発揮させることにある。


 だからこその、最速。


 そして魔術師の戦闘におけるセオリーとは、近接戦闘特化が敵と直接交戦、それを遠距離魔術特化が支援する。つまり、役割の分担がはっきりとしているのだ。だからこそ魔術師の戦闘は多勢が圧倒的優位。直接交戦している中で後方支援がバンバン飛んで来るのだから、当然と言える。


 和川奈月は肉体の限界を超えた。


 先程は油断した。背を向けた相手に先手必勝を狙いすぎたのだ。


 今回は細心の注意を払う。敵の一挙一動に気を配る。


 その速さは、十数メートルの距離を無にするように一瞬を生みだし、魔術師リオウ=チェルノボグへと攻撃を加える。


 白髪の魔術師は冷静さを保っていた。無傷の少年に動揺はしたが、そこで心を乱されないからこそ名に箔が付いているといえる。


 和川は、容赦なく体術をリオウへとぶつける。だが、


「当たらないな。無理だ、貴様程度じゃあ俺は捉えられない」


 最速の和川の拳を、子供と戯れるかのように軽々と避ける。


「無傷で立ちあがった時は素直に驚いた。どんな小細工をしたかは知らない……、だが、それすらもねじ伏せて、圧倒的な実力差というものを見せてやろう」


「いい気になんなよ! 足もとすくわれるぜ」


「ふん、威勢だけだな」


 常に拳を放ち続ける和川は、数十秒の間手を休めることはなかった。容易に放てるわけもない最速の拳を、ひたすら。


 しかし、その拳を余裕の笑みを浮かべながら躱すのがリオウだ。


 和川は肉体の限界を魔術により越えてなお、幾度も空気を叩くだけ。標的を射ぬけない。


 では、全力の拳を全てかわされ、空振りを続けたボクサーはどうなるだろうか。


 決定的な隙が生まれるのだ。


 いや、リオウにとってはそんなものどうだっていい。隙があろうがなかろうが、彼にとっては、和川を吹き飛ばすくらいどうということはないのだから。


 リオウはその隙に攻撃を放つ。ほんの僅か、当事者でなければ分からないような僅かな脚のふらつきを、リオウ=チェルノボグは見落とさなかった。


 隙に気付いたのはリオウだけではない。


(しまった!)


 和川奈月自身も、絶望的な隙に気付いてしまう。


 やたら長く感じるこの刹那の中で、リオウの表情が和川の視界の端に映った。


 あの衝撃再び――その筈だったのだが。


 リオウの魔術、速度威力ともに優れた〈衝撃(クラッシュ)〉が和川の躰に襲いかかることはなかった。


 交戦中の両者は目を見開く。が、しかし現状の理解をするのに時間は必要なかった。


 先程と同じ事象は起きた。つまり、霧状の何かがリオウを中心に放たれた。だが、その霧状の何かを、目の前を横切ったオレンジ色の炎が瞬時に焼き尽くした。


 それによってリオウの魔術は不発に終わったのだ。


「ほう」


 感嘆。リオウは声を漏らしたが、それも赤子を誉める程度のもの。


 和川は咄嗟に距離を取りながら、声を上げる。


「やっとかよ!」


 援護射撃。魔術師による戦闘のセオリー。不知火オーディン大和による魔術の発動が、ようやく和川の援護をしたのだ。


「すまない。準備に手間取った」


 という不知火の言葉に、上のステージに立つリオウはやはり不知火を見下す。


「あの金髪もなかなかに魔術の発動が早いじゃないか。まぁ、合格レベルだ」


 不知火はリオウから目を逸らさない。恐怖からではなく警戒として。


「油断するなよ和川。攻撃の手を緩めるな」


「お前に言われなくても分かってる!」


 一度取った距離を詰め、固く握りしめた拳を放つ和川。今度は正確さを重視し、闇雲には撃たない。だがそれでも避けられる。見切られていては、どんなに正確さに気を使っても無意味だった。


 そして、攻撃の機会をうかがう不知火。後はタイミングだけだった。


 だが、


「残念だな。貴様の拳は早い。並の魔術師なら避けるだけで精一杯だろう。金髪の魔術発動も、まぁ早い方だ。あれだけの威力の魔術をあれだけの準備で放てるなら、この国じゃあ重宝される人材なのだろうさ」


 賛辞と呼ぶには些か毒が効いていた。


 リオウ=チェルノボグが立つステージは、どう足掻いた所で数段も上。届かない。


「だが……このリオウ=チェルノボグ相手では落第だな」


 その直後、静寂は本物の戦場になった。


 破裂音だった。それは空気を割るような、鋭く、とげとげしいものにも感じられた。脳が揺さぶられるような強暴な音は、和川が受けたものと同様の魔術によるものだ。


『〈衝撃(クラッシュ)〉』


 先程とは比べ物にならないパワー。魔術に関しては無知に近い和川でも、それは目で見てすぐに感じられた。


 そう、和川は、『それ』を見ていた。


 標的は和川ではない。


 不知火オーディン大和だったのだ。


 和川の拳を簡単に避けながら、またも一瞬の早業で、やや離れた場所に立つ不知火に魔術攻撃を放って見せた。


 絶望を生んだ。不知火の躰は数メートルも弾き飛ばされ、叫び声も上げられないまま屋上の出入り口である扉に叩きつけられた。


「はっ。馬鹿め」冷酷は短く吐きだされる。


「っぁ! ぐぅ……っ!!」


 苦しみもがく不知火の痛みは声にもならない。


「大和!」和川が叫んだその時、


「あ?」


 状況に見合わぬ声を白髪の魔術師は発した。


「なんだ、金髪の方は普通に傷つくのか」


 ドロリと、屋上に赤い液体が流れ出る。不知火は苦しみに喘ぎながら、攻撃が直接当たった脇腹から流れ出る液体を、必死に手で押さえようとしていた。


「大丈夫か大和!」


 和川は不知火の方へと視線を向けずに声を出す。素早く敵魔術師との間に立ち、不知火の躰を庇っているためだ。


「大丈夫、だ。まだ、サミュエルとの戦いで施した防御魔術が、生きていた……致命傷じゃない……。君は、敵から目を……、逸らすなよ」


 どこからともなく攻撃を与えるサミュエル=ジョーンズとの戦いで、不知火は自身に防御魔術を施していた。その経験を踏まえ、この戦闘に入る前に魔力の消費を厭わず準備しておいたのがここにきて役に立った。これがなければ、この一撃はもっと大きいものになっていたかもしれない。


 そのせいというのもあるだろうが、不知火の魔力は、その大部分が既に消費されていた。満身創痍といってもいいだろう。万全からは程遠い。


「君は、敵の動きを止めることだけに専念しろ。」


 その声は震えていた。痛みに耐え、それでもなんとか絞り出した声は、和川の鼓膜を僅かに震わせた。


「ああ」


 不知火は、それでいい、と心の中で呟いた。


 赤黒い色に染められていたその手は、寒さと痛みに震えながら、腰元の袋へと伸びていく。


 手いっぱい赤石を掴み、左脇腹の傷を覆うように振りかける。もう一度袋から大量の赤石を取り出し、自分の周りに撒いていく。一つ動作を行う毎に、不知火の汗は増していく。


 闇夜に、淡い橙色の光が浮かんだ。


 不知火の回復魔術が、自身の深い傷をいやし、痛みを和らげていく。


 黒髪の魔術師と白髪の魔術師のさらなる衝突は、直後に始まった。


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