幕間 3
夕方のことだ。
少女は、一人の少女に言伝を頼まれた。
とは言っても、伝えるべき人物がまだ会議から出てきていないこともあって、すっかり夕日は沈んでしまっていた。
少女には予定があった。仕事に関わるようなものではないが、人との約束だったのですっぽかすわけにもいかない。電話で一言謝るか、少し遅れると伝えられればいいのだが、今日と明日は通信機器の類の使用を禁止されている。
別に、突然話しかけてきてこちらの事情も一切鑑みず頼みごとをしてきた少女のことなど、正直どうだっていいのだが、彼女はそれを無下にすることが出来るような人間ではなかった。
せめて誰かに伝えよう。柿原柵里という人物への伝言だったが、その人の役職を考えると、このまま待っていても時間が過ぎるだけだ。ならば、「柿原さんにお伝えください」と伝言ゲームをしてしまえば問題ないだろう。
少女は人がたくさんいる休憩スペースを出て、建物内の廊下で人探し。ここは本部だ。本部の人間に頼めば確実に伝わるだろうと、田舎者のようにキョロキョロ。
去年から数えれば十数回は来ているこの本部だけあって、外部の人間かそうでないかは、なんとなくだが分かる。今日は関係者が日本全国から集まっているので、目当ての人を探すのも簡単ではないのだが、
「あ」少女は声を漏らす。数人が行きかう人波の中で、一人の男性を見つけた。
その男を少女は知っていた。新人の自分にいつも優しく話しかけてくれる本部所属の人だ。
「あの」駆け寄りながら声を掛けた。
「ああ、久しぶり。あれ、一人? 今日は結ちゃんいないんだ。珍しいね」
スーツ姿の男性は、いつも通りの優しい口調で返してくれた。白髪交じりの髪に、優しげなシワ、そこからあふれる温かみが、この季節にはありがたい。
「はい、実は、ある人から伝言を頼まれちゃいまして」
「ぼくにかい?」
「いえ、柿原柵里さんに……。私、もう今日は帰らないと行けなくて」
「ああ柿原くんか。今会議中だからね。いいよ、一段落したら伝えておく。何て伝えたらいいかな?」
少女は、必死に言葉を思い出しながら、
「えっと……確か、うちは地元に帰るのでよろしく、みたいなことだったと思います」
「帰る? ってことは、柿原くんの付き添いの人かな。その伝言って誰から頼まれたの?」
「名乗らなかったので確かではないんですが、でもたぶん、涼風さんだと思います」
「涼風……涼風和奏ちゃんか。彼女は柿原くんの部下だから、たぶん涼風ちゃんに間違いないね」
すると男性は少し詰まって、そして小さく笑う。少女が首を傾げると、男性は笑いを押さえられないままに、ごめんごめん、と言いながら、継いだ言葉にもやや微笑が残ってしまう。
「それに、彼女は大の都会嫌いだから」
「都会嫌い、ですか」
少女は唖然とした。人前だというのにだらしなく口を開けてしまい、そのことに気付いた瞬間恥ずかしそうに俯いた。十代後半、年相応の恥じらいだ。
「きっと、東京にいるのが嫌になって帰ったんだね。去年もそうだったし」
「そんな勝手な」
「まあ、そんな子だって分かっていて柿原くんも連れて来たんだろうから、柿原くんは怒らないとは思うけど、本部としては誉められたことではないかな」
「ですよね……」
「いいよ、伝えておく。まあ、会議の一段落なんてまだまだだろうけどね。日は跨ぐかも」
ところで、と男性は繋いで、
「この後何かあるの? まだ会議中だけど離れちゃって、上司に文句とか言われない?」
「いえ、元々私、今日も明日も休みなんです。でもせっかく東京に来られるんだからと、今日だけは付き添いを許可して頂いて……」
「へぇ。じゃあ、これから明日までは観光だ」
「はい、観光は明日から……。今日は、その、以前お世話になった先生、というか、奥様にその後の報告を少々。先生も東京にいらっしゃるということで……ごめんなさい、大事な会議中なのに」
「ははは、そういうことか。確かにそんなこと言っていたよ。会議どうこうは気にしなくていいから、目一杯楽しんでおいで」
「は、はい!」
少女ははつらつとした笑顔を見せ、頭を下げること数回。そして本部を後にした。
頼まれごとを無下にして、後味悪く外に出ても、これからを満喫できるとは思えない。
さあ、ここからは全力で東京を楽しもう。少女は呟いて、約束の場所に向かった。
久しぶりに会う『先生』に、今の自分を見せるんだ、と張り切って。
少女の笑顔は、快活な少女にしても晴れやか過ぎる程、綺麗に咲いていた。
彼女もまた、後々……。




