幕間 2
夕暮れ時の東京。
目的地である『本部』に到着した涼風和奏は、暖房の効いた一室でパイプ椅子に座り、俯いて過ごしていた。
付き添いという形で上京した涼風だったが、必要があったかと訊かれると、どうにも疑問がある。
『防衛会議』というものに、今回は参加したのだ。
とは言っても、会議そのものに参加したのは、共に東京にやって来た柿原柵里とその他の上司、先輩だけであり、涼風は本部内の休憩スペースで寛ぐ以外に時間の消費をする方法がなかった。
「携帯使用禁止となるとまた……退屈はより色濃くなるわけで」涼風はぼそぼそと呟いた。
特に本部周辺は、今日に限って通信機器の類いは使用を禁じられている。通信札だけは例外なのだが、何故だか今日はそいつが働いてくれない。
何十人もの人間が退屈そうに寛ぐ休憩スペースはどうも人の気配がありすぎて、心と体を休めることには向いていない。涼風は落ち着けないでいた。
「会議……きっとまだ終わらないんだろうなあ」
ジッとしていることしか出来ないのかと言われればそうではない。どうせ太陽が落ちる頃になろうとこの会議は終わらないのだから、少々抜け出して、携帯の電源を入れてもいい所まで行ってしまえばいいのだが、
「出て行っても、帰って来られないと困るしなぁ」
何と言ってもこの涼風和奏、どうにも方向音痴の嫌いがあり、地元でさえ、といった感じなのだ。そんな人間が都会を彷徨うのはリスキーだった。
ならばいっそ、
「帰っちゃう、というのもアリ……かな?」ブツブツと零す心の声は本音以外の何物でもない。
とにかく、涼風は都会が嫌いだ。喧騒が嫌いだ。人混みが嫌いだ。
自分がここにいる必要がないのなら、帰った所で大して問題にはならないだろう、というのが、涼風が都合よく事を運ぶ言い訳になっていた。
内緒で抜け出せばさすがにやいやい文句を言われるかもしれない。
それならば、と。
「あのぉ……」涼風は、すぐ隣に座っていた同世代と思われる少女に声を掛けた。「お願いがあるんですが」
「え……? な、なんでしょうか」
戸惑いを見せた少女に涼風は逡巡したが、
「あの、うち、ちょっと地元に帰らなければいけない重要な仕事がありますので、お先に失礼します。そのことを、会議が終わったら、上司の柿原柵里にお伝えして頂きたいのです」
無論、用などない。
「は、はぁ……」
「あご髭を生やしたザ・チョイ悪親父って感じの方なので、雰囲気でなんとなく分かると思います。無理を言って申し訳ありません。では、お願いします」
相手からの了承を待たず椅子から立ち上がり、涼風は休憩スペースからいそいそと出た。人と話すことさえも苦手なのだ。
言い残された少女は茫然としたまま、「え、あの……」と小さな声を漏らす。
「そんなこと言われても、私ももう帰るんだけど……」
すなわち、任務放棄で帰宅をし、あわよくば説教さえも免れようしていた涼風だったが、世の中そうそう上手くいくものではないということなので、翌日の説教不可避。
涼風も本来は責任感の塊のような少女なのだが、都会嫌いは絶対。ありとあらゆるリスクを考慮してもこの部屋を出るという選択肢を選んだ。
涼風は当てにならない通信札と電源の入っていない携帯を握りしめ、『本部』を出た。
「さて。帰りましょう。まずは……、東京駅ってどっちですかね?」
まだ携帯の電源を入れるわけにはいかず、地図アプリも使えない。勘に頼る他はないのだ。人に訊こうにも、夕暮れ時に周囲を出歩く同世代の少年少女はどうにも不良じみていて、涼風にはハードルが高い。
「よし、勘ですね!」
人間の最終兵器、勘。頼れるのは結局自分だけ。
しかし、もしもその勘が全て悪い方向へ向かわせたとしたら、素直に会議が終わるのを待っていた方がなんだかんだで帰宅は早かった、なんてこともあるのかもしれない。
そしてその可能性は、限りなく百%に近い。
いや、それでもいち早く帰る為の行動に移りたい。残念ながら、涼風はそういう人間だった。
彼女もまた、必要なピースなのです。




