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灼熱は真実を捉えるのか 10

「すまんすまん。見つけたぜ、ちゃんとな」と、不知火からの通信に返したのは、日本魔術協会に所属する魔術師、和川奈月だ。


 和川は、今回の一番の目的ともいえる任務、『嘉多蔵亜里沙の保護』に動いていた。


 遊園地内で最も奥にある室内遊戯施設の中で、件の少女は、背もたれのないベンチに横たわって、静かに寝息を立てている。


 不知火は何故、敵の魔術師、サミュエル=ジョーンズとわざとらしく説明口調で会話をしたのか。時間を稼ぐような真似をしたのか。答えは全てここにある。


 サミュエルによりさらわれた嘉多蔵亜里沙の捜索は、ここまでは難航していた。それは、サミュエル=ジョーンズの手によって、遊園地そのものが認識し辛い状態になっていたからだ。不知火や神田川では、日が暮れてもこの遊園地を見つけられていたかどうか怪しい。が、現に今、遊園地内にいられるのは何故か。


 見つけたからに他ならない。和川奈月の、特殊な『体質』によって。

 この遊園地は、和川奈月だからこそ見つけられたのだ。


 サミュエルの目的がなんにせよ、嘉多蔵亜里沙が拉致された以上は、敵は少女を出来るだけ隠し通したいと思う筈だ。


 つまり、嘉多蔵亜里沙を隠すのならば、より堅牢な魔術を施して、より厄介な状態で隠しているということになる。それを探し出せるのは、やはり和川奈月だけだろう。


 作戦はこうだ。


 和川には、サミュエルが和川の姿を認識し辛くなる魔術(認識出来ないではなく、し辛くなる)をかけておき、不知火と神田川がサミュエルの気を引くことで和川の存在をサミュエルの中から消す。あとは少しでも時間を稼ぎ、嘉多蔵亜里沙が閉じ込められているであろう場所を、和川奈月がその特殊な『体質』によって見つけ出す。もし、敵が嘉多蔵亜里沙を人質として盾に使おうとしたなら、和川はサミュエルの認識の外から救出に全力をかける。


 ――という算段だったのだが。


 サミュエルに対する時間稼ぎも、厄介な魔術を以外に早く処理できたため、時間稼ぎを超えた成果になってしまい、和川の任務の価値は少々薄れてしまった。が、疲れ切った不知火に余計な負担をかけずに済んだ点では、十分な仕事ぶりなのかもしれない。


『そうか、見つかったか。で、亜里沙ちゃんは無事かい?』


「ああ……、ぐっすり寝てるよ」


『よし、じゃあすぐに連れて来てくれ、眠っている内に遊園地の外に出した方がいい。こんな惨状、子供には見せられないからね』


「おう」


 和川は室内遊戯施設の中を、足音をたてないように歩いた。小柄な少女は、遠足用のリュックサックを背負ったままぐっすりと眠っている。見た所、危害が加えられた様子はない。


 心の底から大きく息を吐き、「良かった、本当に」と、一安心する和川だった。

 が、しかし。


「隙ありいいいいいいいいいいいい!」と叫んだのは、何を隠そう、嘉多蔵亜里沙だった。


 眠っていると思われていた少女は、小学生特有の軽々とした身のこなしで飛び起きると、和川の隙をついて屋内遊戯施設の出口に向かって駆け出した。


「ちょっ!? え!? 寝てたんじゃないの!?」

『どうした!?』

「亜里沙ちゃんまだ起きてた! そんでそっちに行った!」

『何!?』


 さすがに和川も油断していた。捕まえようにも小回りのきく子供の方が屋内遊戯施設では早い。


 嘉多蔵亜里沙は外へ出た。

 夕暮れではあるが、数時間ぶりの外光に、亜里沙の視界が一瞬暗くなる。


 ほんの数秒後、鮮やかになっていく景色。


 白い息。

 オレンジ色の空。

 淡い影。

 目線が下がる。


 そして、そこには、


「おじ……さん……?」


 地面に転がり、空を仰ぐ、大男が一人。


 胸元の十字架を握ることも出来ずにいる、サミュエル=ジョーンズだった。


「おじさん!」一人の少女の声が、冬の空の下で空気を震わせた。


 少女は、自身を拉致した筈の大男の元へと駆け寄る。


 神田川は亜里沙の肩を掴み制止した。亜里沙はサミュエルの姿に涙を浮かばせ、手を伸ばしながら、叫ぶことを止めなかった。


 辺りには血だまりが幾つもある。煙が上がり、妙に焦げ臭い。しかしそれらに気を止めず、嘉多蔵亜里沙はただサミュエル=ジョーンズから目を離さなかった。


 和川にも不知火にも神田川にも、何故、嘉多蔵亜里沙がこのような反応をするのかは分からない。


「坊主、嬢ちゃんを外に出せ」

「は、はい」


 嘉多蔵亜里沙は手足をバタつかせる。


 神田川は力を入れ過ぎないように嘉多蔵亜里沙を押さえつけながら、外に出てきた和川に目線を送った。


 和川は体に魔術による補助をつけて、嘉多蔵亜里沙の元へと走り、神田川から託され、抱きかかえながら遊園地の外へと無理矢理連れだした。


 少女は暴れたが、抗える程の力は、小さな体にはもう残ってはいなかった。



     ***



 サミュエルの聴覚は、正常と呼べる状態からは程遠い。


 隣で誰かが叫んでいた。何を言っているかは、分からない。


 弱々しい、泣き声のように感じられた。それも、幼く可愛らしい。


 自分に話しかけているのだろうか。サミュエルには、それすらも分からない。分からないというのに、何故か心は揺れた。


 切れかけた蛍光灯のように、意識が明滅する。


 ここは故郷ではなく、日本だった筈だ。


 サミュエルの心を揺さぶる声など、こんな場所にあるわけがない。


 誰だ。


 目を開けさせろ。

 声を聞かせてくれ。


 その『姿』を、俺に見せてくれ――。



     ***



 サミュエル=ジョーンズにもはや自由はない。しかし、相手は魔術師。確実な制圧でしか得られない安心もある。神田川はサミュエルの首に掛けられた小さな十字架を外し、隠し持っていた数個の十字架と、藁で出来た球体を取り、藁の玉は手で潰した。


 魔術発動には必要な物がいくつかある。


 不知火にとっての赤石。神田川にとっての針金。そして、サミュエル=ジョーンズにとっての藁の玉。


 それらを奪うことは、制圧の第一歩だ。


 次に、不知火がサミュエルに捕縛用の魔術をかけた。魔術に必要なものを失ったサミュエルには、もはや抗う術がない。外部から何らかの干渉がない限りは、もう動けないだろう。


 そして、その上で。


「では、治療を施します」


「そこまでするか?」


「情報源ですから」


 不知火は腰元の茶色い袋から、残り少ない赤石を取り出し、サミュエルに振りかけた。

 赤い光がサミュエルを包む。


 不知火の医療魔術の精度は高い。目に見える傷も、目に見えない内部の損傷も、ものの数分で癒えていく。


 サミュエルの意識が、僅かに回復した。


「やあ、元気そうだね」明らかな疲れを見せつつ、不知火は言った。「とりあえず足に開いた穴は塞いだし、砕けた骨もある程度は繋がっただろう。一週間は安静にして欲しいところだが、それさえしておけば、日常生活に支障をきたすことはない。まあ、塀の中では安静にする以外にすることなどないだろうけどね」


 先程まで聞こえなかった耳がしっかりと機能しているのだろう。サミュエルに不知火の声はクリアに響いた。


「何故助けた? とでも言いたげな表情だが、こちらにも事情はあるんだ。さすがに今拷問魔術をかけたら君の命は保証できなくなるから口頭で質問するが、君の目的は何だい?」


「どういう、ことだ」弱々しい声でサミュエルは訊き返した。


「どういうことだ? じゃないだろう。君はあの女の子をさらい、さらには、リチャード=ドレークを雇って漁港で爆破テロを起こさせた。しかも、現状では日本全国で同じようなことが起きている可能性もある……。その目的を洗い浚い話せと言っているんだ。意味もなく傷を治すとでも? 罪人には、果たすべき義務が伴うことを忘れて欲しくないな。真相解明の一助になることは、君に課せられた義務の一つだ」


 と、不知火は言葉を並べたてるが、ようやく会話が出来るようになったサミュエルは、険しい表情を浮かべるばかりで、明確な答えを述べてはくれない。


 日本魔術協会本部に連絡が付かない程混線した通信札の回線は、恐らく同時多発的に起こっている事件の報告が入り乱れているからだろう。だとしたら、現在日本は、過去に例を見ないテロ事件の渦中にいることになる。一刻も早く情報を知り、現状を何とかしなければならない。


 だが、サミュエルは答えない。


「いい加減答えないと、君の命は保証出来ない」


 脅しではなく、事実として伝えるが、依然、サミュエルは答えない。


 それどころか。


「ちょっと待て……、先程、お前は何と言った?」


 疑問符をつけて言葉を返してくる始末。


 頭に血が上る手前で、不知火は、


「だから、君がわざわざ少女をさらい、爆破テロまで起こさせたその真意はどこにあるのかと訊いているんだ」


 荒らげないよう、言葉を選んで言うが、


「どういう意味かと聞いている」白を切るサミュエル。


 不知火にも分かっていることがある。それは、少女こと嘉多蔵亜里沙をさらったのは間違いなく目の前のサミュエル=ジョーンズであり、サミュエルは、この滝公園に最初に足を踏み入れた神田川を強襲した魔術師と接触していたということ。その襲撃者は、中部漁港にて爆破事件を起こした魔術師、リチャード=ドレークとも接触していたこと。


 加えて、滝公園に向かっていた魔術師の番場は、何者かからの襲撃を受けた。中部支部の管轄内のビルからは異常な魔力が発せられていたという事実。


 さらに、現状、日本魔術協会とは、一切の連絡が取れていないこと。


 それらが同時多発している中で、その発端とも言えるサミュエル=ジョーンズに、無関係だとは、言わせない。


 サミュエルは汗を流した。不知火の詰問に焦っているのか、眼球の動きや唇の動きに、妙な不審さが浮かぶ。


 だが、見て取れる変化から、真意を受け取ることは困難だ。


 不知火はサミュエルの表情から、黒、だと判断したが、表情が動く程の感情の揺れは、何も自分の思惑を言い当てられた時にしか現れないというものではない。


 サミュエルの口から零れた言葉は不知火の想像からは真反対のものだった。


「俺は、爆破事件など、知らない」


 何でもかんでも力尽く、を嫌う不知火にも、そうせざるを得なくなるような状況や、そういう手段を取らなければならないと判断するボーダーラインというものはある。切迫する事態に一番焦っていたのは、他でもない、不知火オーディン大和なのだ。


「事の重大さが分かっているならば吐け。君が依頼した悪行を。全てだ」


「俺は……知らない」


「とぼけるのもいい加減にしなよ。いつまでも無事を保証すると思わない方がいい」


「答えようがないものをどう答えろと言うんだ。俺は、未だにお前の言っていることが分からない」


 不知火の感情は激昂寸前と呼べるまでに来ていたが、サミュエルの言い分にブレはない。


 傍で見ていた神田川は、今にも胸倉に掴みかかりそうになる不知火の肩を取り、押さえつけるように力を込めた。それは、不知火に制止を促すものに他ならず、不知火は自身の昂りを半ば無理矢理抑え、神田川に託すように二、三歩下がる。


 神田川は倒れるサミュエルに合わせて膝を落とし、針金を数本取り出した。


「乱暴に物事を進めるのが嫌いなのは俺も同じだ。冷静かつ慎重に、そして確実に物事を進めたい。協力してくれると助かるんだがな」


 静やかな口調の神田川に、しかしサミュエルは、表情を変えない。


「俺が知っていることなど、ほとんどない」

「どういうことだ?」


 神田川が問うと、不知火の表情にも疑問が浮かぶ。


「爆破など知らない。そもそも、俺は誰も雇ってなどいない」


 その言葉を信じる者がいるかと言われれば、それは否。だが、目の前のサミュエル=ジョーンズに、偽りを吐くだけの余裕があるのだろうか。すぐにでも殺されかねないこの状況で、この男に、嘘をつき続けるメリットなどあるのだろうか。


 神田川は、サミュエルの喉元に針金の先を付けた。


「いいか。知っていることがあるなら、一つでも多く、いや、全てを話せ。どんな小さなことでもいい。全てだ」


 それは脅迫でしかなかった。針金は脈を突き刺せるだろう。だが、神田川にとっての針金は刃であり銃弾。変幻自在は最大の凶器。脅しと呼ばず何と言うか。


 そして神田川は信じたのだ。

 この男は、純粋な悪ではないということを。


「今、この国は危機に陥っているかもしれない。そこにお前が関わっていようがなかろうが、その一部にお前は組み込まれている。間違いなくだ」


 不知火は、気持ちを落ち着けるように、神田川の言葉に耳を傾ける。


「お前は言ったな。罪を犯さなければ守れぬものもあると。きっとお前の母国には、罪を犯してでも守りたいと思う大切なものがあるのだろう。家族か、恋人か、それは知らんが……。だがな、それは、この国に住む一人一人の心の中にもいるんだ。平和を愛する、『表』であり『光』が、家族を愛し、恋人を愛し、友を愛する人々が、今この瞬間にも多く煌めいている。俺は、そんな人達を守るために魔術師になった。守るためならばなんだってする。お前を殺すことも厭わない。その覚悟でここにいる。魔術師とは、そういう存在であるべきなのだ」


「何が言いたい」


「――生きる国は違えど、守るべきものは同じではないのか」


 その言葉に、サミュエルは、感情を見せなかった。


 神田川の想いは、常に一つだ。

 冷静さは、今、目の前にあるものを、決して見失わない為。つまり、ここにある確かな幸せを見失わない為。守るべきは『表の世』。魔術を知らず、穏やかな日々を営む、全ての『光』。その為にこそ、『裏の世』である魔術は、『闇』という名の魔術はあるのだ。


 サミュエルは目を閉じ、不知火もまた、胸元に手を当てた。


「話せ。全てだ」


 サミュエルの首元にある針金の先が、皮膚から少し、離れた。


「いいだろう、だが、それなりの金は寄こせ」


「何様だ」不知火は灼熱をその手に纏う。


「ここで俺が全てを話すということは、得られるものがなくなるということだ。旅費すら得られなければ、家族が飢える」


「帰ることが出来ると思っていることに憤りを覚えるが、善処しよう」


 ため息を吐きながらそう答えた神田川だったが、何かに気づいたように首を少し上向け、すぐさま視線をサミュエルへと落とした。


「ちょっと待て、得られるものだと……お前は金が目当てだったのか? 嘉多蔵嬢を誘拐し、身代金を得ようとしていただけということか?」


「ふん、それはそれで稼げたかもな……だが、そうじゃない。俺は与えられた仕事をこなし、雇い主から金を貰うだけさ」


「雇い主?」


「言っただろう。俺は誰も雇っていない……。雇われた側なのだ」サミュエルの弱々しい声が、静かに真実を語る。「雇い主の顔は知らん。ただ、『日本魔術協会中部支部管轄内にいる、協会理事の孫を拉致し、翌朝まで時間を稼げ』と書かれた手紙を受け取って、その指示通りに動いただけだ」


「会ってもいない相手からだというのに、信じて受けると」


「報酬は三十万ドル。そう書いてあった。破格だろう? これで家族は、金に困ることはなくなる。俺も、この危険な仕事から足を洗える。たとえこれが偽りだったとしても、本当である可能性に賭けたのさ」


「そんないい加減な……」思わず呟いた不知火に、


「そうでもしなければ生きていけない場所も、この世界にはあるということだ。覚えておけ」


「犯罪者が説教のつもりか?」


「いや、事実を言ったまでだ」


 サミュエルは虚ろな目のまま不知火を見つめ、不知火もまた、サミュエルを睨んだ。

 正義と悪の対峙である、という構図は、まだ変わらない。


 神田川は咳ばらいをし、夕暮れに白い息を吐いた。


「他に書かれていたことはないのか。その依頼主の思惑や目的はなかったのか」


「ないな。俺が仕事として受けた任務は、子供の拉致、時間稼ぎ。それと、ここに来る前、手紙に同封されていたよく分からん物を、指定されたビルの屋上に置いておくよう指示された。それだけだ。そこにどういう思惑があるかなど、俺には知る由もない」


 サミュエルが発した一つの単語が、不知火の中で引っかかった。


「ビル……まさかそれは、中部支部近くのビルか」中部支部の魔術師、松来からの通信を思い出したのだが、


「いや、俺は貴様らの中部支部へは近付いていない。別のビルだ」


「そ、そうか……」


 不知火は、同時多発している騒動の一つとされる、『日本魔術協会中部支部の近くにあるビルから、強力な魔力反応があった』という件を想起したが、早とちりだったか。


「どこのビルに置いた?」神田川が続いた。


「二ヶ所。一つは、いくつかの川が交わる所の、すぐ横にあったタワー。外から昇り、屋外の頂上に置いた。そして、もう一つは駅。隣町の、駅近くのビルだ」

「二つ? 何を置いたかまでは分からないのか」


「置いたのは、おかしな石のようなものだ。それが何なのかは知らない」


 サミュエルは息を切らしながら、それでも、あきらかな回復は見せて、言葉を継ぐ。


「どうだ、手掛かりになりそうか」サミュエルの問いに、神田川が答える。


「知らん。とりあえず、その石とやらを調べる他はない」


 神田川は白い息を吐きながら立ち上がる。


「では、最後に聞くが、」


 核心を突く用意をして、


「依頼主は誰だ。顔は知らずとも、名くらいは、依頼書にでも書いてあったんじゃないのか」


「――そうだな……、その名を見なければ、さすがに海を渡ろうとはしなかったのかもしれないな」


 その言葉に、不知火は少しだけ目を見開いた。


「依頼主の名は――」



   ○



 中部支部の松来とのやり取りをし終えた神田川は、咳払いを一つし、サミュエルの監視を続ける不知火に指示を送る。


「不知火、坊主と合流しよう。この男以外にも、同様の依頼を受けた者が大勢いるかもしれない。現状動ける魔術師が少ない以上、嘉多蔵嬢の安全を保証できる場所はない」


「連れて行くと?」


「三人で警護する。その辺りは柔軟に対応する」


「サミュエル=ジョーンズはどうします?」


 神田川は見下すように視線を落とし、


「時機に動けるようになるだろう……俺が結界を張る。お前よりは魔力も残っているしな」


「すいません」


「お前ほど精度は高くないが、何もしないよりはマシだろ」


「謙遜は止めてくださいよ」


「純然たる事実だ」


 針金を手に、神田川は詠唱をして、重みのある音と共に、堅牢な檻を創り出した。仰向けに倒れたままのサミュエルを、背の低い鋼鉄の棒が囲い、それらを繋ぐように、様々な長さの棒が複雑に入り組んだ屋根を形成する。公園のジャングルジムのようだった。


「死にたくなければ大人しくしておけ」


 冷たく吐き捨てた神田川の一言に、サミュエルは動きを制限された檻の中で息を吐き、


「情報提供者に酷い仕打ちだな」


「犯罪者の人権主張は好かんな。そう思うなら犯罪に手を染めるんじゃない」


 神田川は汗を拭い、不知火の肩に手を置いて、この場から離れるよう促したが、


「待ってくれ」サミュエルは必死に声を張り、二人を呼び止めた。「最後に、あの子供に一言、伝えて欲しい」


 怪訝な表情を浮かべながら不知火は振りかえり、神田川は、固めたような無表情のまま、サミュエルの方を見て、言葉を待った。


 サミュエルは、重たい上半身を檻のギリギリまで起こし、苦しさのあまり吐き出しそうになるが、それらを抑え込んで、擦れた息に声を乗せる。


「心を、その目で見ろ――と」


 必死に、神田川の目に訴えかける。


 神田川は無言で立ち去った。それを見た不知火も、一瞥しただけで、小さな遊園地を、サミュエル=ジョーンズのフィールドを、後にする。


 直後、サミュエルは、心臓の律動を微かに残し、ほんの僅かな力までも、失った。


長くなってしまいすみません。

今後もこういうこと……あるかもしれませんが、どうかお付き合いをお願いします。

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